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舟橋聖一「ある女の遠景」

今月のはじめごろ講談社文芸文庫の広告を見て読みたいと思った。わたしがこの本を初めて読んだのは出版されてすぐだから1963年ごろである。なにがおもしろかったのか、ときどき出しては何十回も読んだが、もういいやと思って震災のときに捨ててしまった。それ以来忘れていたのだが、広告を見たら郷愁のような気持ちが起こって読みたくなり先日買ってきた。文庫本で1500円は高いけど、出版部数が少ないのだろう。さっそく読んでいるのだが、さすが何十回も読んでいるからよく覚えていた。
主人公の維子は九歳のときに、叔母の伊勢子の愛人泉中紋哉から接吻されたのを忘れることができない。第二次大戦中のことで、泉中は軍需産業の経営者で羽振りがよい。伊勢子がいるのに芸者時子との間に子どもができて結婚する。戦後になって伊勢子は自殺してしまう。泉中は政界に乗り出し保守派の大物代議士になっている。大人になった維子は叔母の仇を討ちたい気持ちで泉中に接近するが、かえってとりこになってしまう。維子の遠景に伊勢子がおり、その遠景に和泉式部の存在がある。二人とも和泉式部に惹かれており、伝説のある場所を訪ねて旅をするし、和泉式部日記はぼろぼろになるまで読み込んでいる。
維子は泉中に捨てられるかたちになって自殺した伊勢子のようにならないと、豪語しながらも親を捨て男をとるのだが、これが若い娘かというようなことを口に出したりしておかしな小説なのだ。なんでこんなにおもしろいのか、もう一度読みながらよく考えてみることにしよう。(講談社文芸文庫 1500円+税)

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2003年12月26日 23:25に投稿されたエントリーのページです。

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