「〈インテリア〉で読むイギリス小説」という本を図書館で見つけた。まだパラパラとしか見ていないのだが、ジェーン・オースティンのカントリーハウス、ジョージ・エリオット、チャールズ・ディケンズのヴィクトリア時代のインテリアからはじまって、現代にいたるイギリスの小説に書き表されたインテリアについて述べてあり興味津々である。
インテリアという言葉を知ったのはいつごろだろうか。言葉は知らなかったけれど、わたしは子どものときからインテリアに憧れていた。姉が持っていた紙でできたドールハウスは、折り畳んだ紙を広げると部屋の壁があり戸棚などが描かれていて、テーブルや椅子はうまいぐあいに床に糊で貼られていて立つのだった。その部屋の住人の名前はくるみちゃんで、友だちもいて、紙の着せ替え人形なのだった。姉が飽きてくれたときはどんなにうれしかったか。紙の部屋とくるみちゃんとで物語がどんどんできていくのだった。
それから中原淳一である。雑誌「ひまわり」には着るものだけでなく、インテリア記事がたくさん載っていた。貧乏で子だくさんの家だったから、狭い家の中の狭い自分のスペースをどうしておしゃれにするかが大問題だった。中学生のときに買った小さな本棚はいまも使っているが、花や人形を飾ったりしてどれだけ楽しんだことか。
独立してはじめて住んだ6畳の木賃アパートや、その次ぎの2間の文化住宅では、インテリアもクソもなく部屋中本だらけだった。その次は1LDKの公団住宅で、このときはずいぶんと凝ったものである。いま使っているテーブルもこのときに買った。同じ部屋なのになんでこんなに広いのかとウワサがたって、近所の人が見に来たことがある。なーに、人並みの結婚家具を持っていないだけなのである。