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曾根崎書店のおっちゃん

覚えている人がいるだろうか。阪急東中通りの近く、バナナホールの少し手前の左側に、曾根崎書店という小さな本屋があった。小さいのに有名だったのは、左翼関係の雑誌や新聞を扱っていたからで、1970年頃は学生や労働者の客で賑わっていた。わたしはそこの経営者の神野さん夫婦と40年近くつき合いがあった。夫婦で本屋をはじめて、夫が配達に行っている間は妻が店番する。子どもが産まれると、子どもをヒザにのせて店番し、トイレに行くのもたいへんだった。
わたしは本を買いに行くうちに、だんだん話をするようになり、ツケにしてもらったころには、あらゆる本をここで買うようになっていた。生活に追われる夫婦のためにとか言って、坂口安吾、泉鏡花、室生犀星、中野重治、南方熊楠、内田百けん、夏目漱石、プルースト、その他の全集を買った。広辞苑も牧野植物図鑑も買った。雑誌もたくさん買っていた。店番しながらおしめを替えていた2人の子どもが、成長して結婚しても、週に一度は行って本を買い続けていた。
左翼関係の本に関係ない文学好きの客が、おっちゃんのファンとして自然に集まり、狭い店の中でお酒を飲んだり、わいわいと文学論があふれていた。店番以外には1個しかない折り畳み椅子に腰掛けているのはたいていわたしだった。そしてその後はジャズ喫茶やロック喫茶、安い中華食堂に行ったものだ。わが家でてっちりパーティをやったこともあったし、おっちゃんが突然、風呂に入れてくれと立ち寄ったこともあった。
80年を過ぎたころだったと思うが、店が入っている小さなビルが改築するとかで、突然閉店が決まった。最後の夜はたくさんの常連客が集まった。
その翌年に夫婦で事務所まで訪ねてきてくれたが、おっちゃんに会ったのはそれが最後になった。文通は続けていて、震災の翌々年の2月の終わりごろ、ハガキを出したら奥さんから電話があった。「ハガキがいま着いたから電話したんやけど、彼は昨日亡くなってん」と泣いて言う。ガンで入院していたのだが、昨日は外泊日で、家のお風呂に入っていて倒れたそうである。「後で言うつもりやったけど、こんなときにハガキが着いたのは縁があったからやね」とのことで、翌日お葬式に行った。あれから7年経った。

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2004年02月29日 20:42に投稿されたエントリーのページです。

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