やしきたかじんが出ている深夜テレビ番組(毎日放送)を、月に一度くらい見ている。関西だけの番組で、たかじんの独断と本音のすさまじい大阪弁トークがおもしろい。今週も週刊誌の深読みをしたり、女性キャスターの品定めなんかしていたが、なんの話からだったろう。突然「長女・二女・便所」と言った。司会者があわてて「これは昔から言われている言葉を言ったまでです」とフォローした。そして、次に「長男・次男・○○男」と言ったのを笑って聞いたけど忘れてしまった。やっぱり悪い言葉だけれど、「便所」ほどではなかったよ。
しかし、「長女・二女・便所」とはよく言ったものだ。わたしは三女として生まれた者として、このページで何度も三女論を書いてきた。「シンデレラ」にしても「美女と野獣」にしても、三女の一発逆転の物語である。こういう物語があるくらいに、三女に生まれてきた者は差別されてきたのである。
考えてみれば、ひとつは「長女・二女・便所」は男の側からの言葉で、三女とつきあってもいいことはないという功利的なものであろう。長女と次女なら親の愛とともに財産が付いてくる。もひとつは、三女は性格が地味でひがみっぽく、便所みたいな存在ということかもしれない。わたしを見ればそうかも(笑)。わたしの場合は、親に厄介をかけないでいると、親はそういう手間のかからない子ということで、手間をかけてくれなかった。長女・次女・四女は手間がかかったので、可愛かったのだと思う。
それにしても、「長女・二女・便所」という言葉は究極の三女論だと感心してしまった。昔からの言葉には真理が宿っている。