わたしがはじめてジュネの本を読んだときは、まったく内容を理解できていなかった。これはすごい本だとは思ったが、読み直すこともせずにいまに至ってしまったのが残念でしかたがない。この伝記を読み終わったらすぐにジュネの本にとりかかろう。
エドモンド・ホワイトは優れた作家である上に、ジュネと同じく同性愛者であり、伝記を書くのにこれ以上に適した人はいない。
先日、ローラン・プティがテレビで「ストリートダンサーではいけない。ABCから練習してこそプロの踊り手だ。基礎がきちんとできているからこそ、自分の言うことをダンサーがすぐに理解でき踊れる」というようなことを語っていた。(ついでに、この本の最後のほうに、ジュネの台本によるバレエ「マダム・ミロワール」について書かれているのだが、成功を収めた公演について、ジュネはローラン・プティの踊りを嫌ったと書いてある。なにかイミシン。)
そういう見方で言えばジュネはストリートダンサーなのだけれど、文学はありがたいことに独学できる。ジュネは子どものときから読書家だったが、刑務所で本を読んで学び書くことに目覚め、自分の才能を信じてつき進んだ人である。わたしが共感するのは、わたしもまたストリートで育ったからだ。わたしの図書室は阪神電車の中だった。10代のわたしは通勤のときはもちろん、仕事で出かけたときに降りるべき駅で降りず、本を読み続けていた。刑務所と電車の差が、ジュネとわたしの差だわ(笑)。
ジュネは生後30週目にして母親に児童養護施設の遺棄窓口に連れて行かれた。そして貧しいフランスの田舎に里子に出されて大きくなった。村を離れてからは感化院や軍隊で過ごし、脱走し逮捕されることを繰り返した。上巻はその生い立ちからはじまって、感化院での生活、軍隊生活、盗みと逮捕と裁判と刑務所の詳しい記述が延々と続く。最後のほうになってようやくジャン・コクトーの知遇を得、パリの上流階級やインテリとつき合い、しかし泥棒を続けて捕まる生活が描かれる。
第二次大戦後フランス文化がいっせいに日本に入ってきた時期に、輝いていたフランス知識人や俳優の名前がいっぱい出てくる。わたしがせいいっぱい背伸びして、兄や姉の話を聞きかじり、映画雑誌をむさぼり読んでいた時期である。ジャン・コクトーの恋人ジャン・マレー、サルトルとボーヴォワール、ジャン・ジューヴェ、香水のゲラン、それらの人たちがジュネとどうかかわったかを知った。