「剣客商売」全体をまだ読んでいないのだけれど、最後はどうなっているのだろう。「鬼平犯科帳」のほうは連載されていた「オール読物」をずっと買っていて、次号を楽しみにしていたのに、最後の作品は未完で終わったのだった。
「鬼平犯科帳」でも鬼平さんが疲れを感じるところがあったが、「剣客商売」は最初から秋山小兵衛は老齢なので、作者が自分の身に老いを感じたことを、そのまま小兵衛の身にあてはめて書いているようだ。そして、読者のわたしもまた「鬼平犯科帳」を読んでいたときと違い、老いを感じはじめているので、そのあたりに敏感になっている。
でも、老いを感じて共感しているだけではありません。こんなところがある。「隠れ蓑」では大治郎との会話で「といわれても、口や筆に出してあらわすことはむずかしい。わしもお前同様、その二人の身性については何も知らぬことよ」「はあ……」「なれど、胸の内に、言葉にならぬものががあって、わしのような老いぼれになると、何やらわかったような気もちになるのさ」。わかる、わかる、こういうのは年を取らぬとわからぬことじゃよ。
「徳どん、逃げろ」に出てくる、店の名前がなくただ「菜めし」と書いてある「六道の辻の菜飯屋」。大根や蕪の葉、小松菜など、青菜をきざみ、炊きまぜた飯はいつでもあり、そのほかには酒、熱い味噌汁、それだけしか出さぬ。こんな店で熱燗を飲んでみたい。(新潮文庫552円+税)