今週のNHKドラマ「お宿かわせみ」では、深夜の狐の行列が江戸の住民を驚かしていた。人間の姿をした狐が10人くらい、中心にある駕篭を守って行列している。行列が止まると、その駕篭が空中にそろそろと上っていく。その周辺には火の玉がゆらめいている。昔の夜は真っ暗だったから、見た人はとても怖かったろう。
池波正太郎の作品の中で狐が出てくるのは、まず「鬼平犯科帳」の「狐雨」。鬼平さんの部下の青木助五郎に狐がついた話である。狐がついた助五郎は鬼平さんの家の座敷で出された料理を手づかみで食べ、「油揚げは、まだか、まだか、まだか、まだか?」と催促する。「油揚げをどうして召し上がります?」「生でよい。生で、生で、生で」。何回読んでもおもしろい。「鬼平犯科帳」の中でも好きな1編である。
前置きが長くなったが、「剣客商売」8冊目にも「狐雨」という1編がある。これもわたしは好きだ。主人公の杉本又太郎に狐がつく話である。恋人の小枝が昔、狐の命を助けたことがあった。その狐はもう死んで、いまは伏見稲荷にいるのだが、小枝へのお礼のために又太郎の危機を助けようとやってきて、又太郎の体にとりつく。そして三年間は助けるから、三年間のうちに剣道をしっかりやって強くなれという。死にものぐるいで又太郎は大治郎の道場で修行することになる。
その狐の話し方がおもしろい。「このたび、小枝さまとあなたさまが苦しめられていると聞きおよび、上方からやってまいりました。アノ、お手助けをいたしたく存じます。私がアノ、あなたさまの体内へ乗り移れば、あなたさまは天下に敵うものなき剣の達人となられまする」。とても色気のある狐なのである。(新潮文庫 514円+税)