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剣客という生き方—池波正太郎「剣客商売」13冊目

このシリーズは秋山小兵衛が年を取りながら進んでいくので、読み進むとだんだんシリアスになっていくのがつらい。そして、田沼意次の失脚は実際にあったことなので、いかに小兵衛ががんばっても、世の中は思わないほうへ転がって行くのがわかっているからなおつらい。
苗売りの声が聞こえると「もうすぐ夏か…」と小兵衛はうんざりする。昔は夏が好きだったが、いまは冬のほうがよい。なぜなら「冬には炬燵があるからのう」なのである。老年に達した小兵衛の淋しさが伝わってくる。でもなにごとかあると元気になって活躍するのでほっとする。
「剣士変貌」では剣客という生き方について考えさせられる。【絶えず、おのれの剣と人格を磨きつづけ、剣客としての充実をこころがけてゆかぬと、結局は「いてもいなくても同じような…」剣客に……いや、人間になってしまいかねないのである。】道場を持っても自分よりも弱い弟子だけを相手にしていると、【(これでよいのか。弱い者だけを相手にしている、いまのおれは、これでよいのか……)その不安につきまとわれていたに相違ない。】こうして引用していると、剣客の生き方とは人間の生き方そのものではないか。
わたしは以前自分の暮らしを浪人に例えて“浪人暮らし”と書いたことがある。浪人の傘はりのようなパソコン仕事をして、浪人と似通った暮らしであると思っていた。いまは「違う、うちの暮らしは剣客だ」と考え直しているところである。雇い主からクビになって浪人をしているのでなく、自らが仕官の道を選ばす、独立して自らの腕で仕事をしているのだから、剣客そのものである。自分の腕で仕事をしていくばくかのお金を稼ぐ剣客商売じゃん。なんてカッコつけたけど、ああしんど。(新潮文庫 514円+税)

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2004年05月28日 19:56に投稿されたエントリーのページです。

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