秋山小兵衛が息子大治郎のところへ遊びに行って孫の小太郎と散歩しているとき、何度か幼い娘を連れたこざっぱりした姿の浪人に出会ったことがあった。その浪人がこの話の主人公、波川周蔵である。最初の章では、小柄な老人と風雅な料理屋で話し合っているのだが、老人は人を殺してくれと頼み、五十両さしあげると言う。周蔵はいまのところは引き受ける気がしないと断る。周蔵は第一級のプロの殺し屋なのである。
ある日秋山小兵衛は周蔵が浪人に襲われるところを目撃する。ものすごい強さを見せつけた周蔵に感心するが、それは周蔵の強さを試すための襲撃であった。そして試したほうは元の主君であり、周蔵の母親を自分の女として置いている。そこまでして周蔵を試したのは秋山大治郎を殺すためであった。
知り合いの料亭の主人から、浪人者の会話に大治郎の名前が出たと告げられ、小兵衛の気持ちはゆらぐ。調べていくうちに、田沼意次の行動にからんで大治郎が襲撃される可能性があり、襲撃するだろう相手は周蔵に違いないということになる。周蔵と大治郎が戦えばどうなるのか、周蔵のほうが強いかもしれぬ。小兵衛は悩む。
小兵衛と周蔵はともに、病いに伏す稲垣忠兵衛の見舞いに行っている。二人は同席したことがないが、忠兵衛が二人にお互いの話をしているという間柄なのである。
周蔵は妻と子を安全なところに避難させるために、最初の章の殺しを引き受ける。鮮やかに仕事を終えて、老人と語り合う姿はすがすがしいほどだ。
田沼意次が内密に外出するために乗っている駕篭を襲撃する日が来た。大治郎は駕篭につきそって歩いている。周蔵と浪人どもが斬りかかるが、周蔵が相手にしたのは依頼した側の浪人どもだった。駕篭から出てきたのは小兵衛であり、大治郎が羽織を脱いだときはたすきがけの姿であった。
ここで田沼意次に対する陰謀をひとつ潰すことができたわけだが、田沼失脚は目前である。小兵衛の老いとともに物語は陰影を帯びる。
波川周蔵はこのシリーズで秋山親子を除いたら、いちばん魅力ある登場人物かもしれない。いろんな魅力ある男女が出てくるけど、これほど強くて清潔な人はいない。武士として不運な運命にもて遊ばれて、なおまっすぐに生きようとする。最後に狂った母を引き取って、あとは静かに暮らすことになる。幸せを祈らずにはいられない。(新潮文庫 438円+税)