【剣客として世を渡って来た者は、いつ何どき、どのような異変が待ち受けているやもしれぬ。】と、覚悟して秋山小兵衛は人生を生きている。
66歳になった小兵衛は、朝にはまだ早い時間に夢を見て目が覚めるが、目眩におそわれて躰がいうことをきかない。おはるは医師の小川宗哲を呼びに走る。仰向けになると天井がぐるぐるとまわっているように感じる。宗哲の診断は、小兵衛の躰の仕組みが変わって老人の躰になったための徴候が、人より遅く現れたのだと言う。おはるが煎じ薬を取りに行っているとき、小兵衛は寝ながら妙な物音がするのを感じる。そして物置小屋の前に侍が2人立っているのを追い払うのだが、そのときは目眩は消えていた。
物置にはかつての弟子井関助太郎が子どもを抱いてうずくまっていた。「二十番斬り」の物語の発端である。井関の父親は小兵衛と同じ道場で修行した仲であった。連れている子どもは主家筋の子であるらしい。その子どもを奪っていこうとする者たちをやっつける二十番斬りは、もうこれほどのことはできるまいと述懐するほどのものであった。
「鋭」と、小兵衛も大治郎も三冬も気合いを入れて斬り込む。「えいっ」というかけ声でなく、鋭い「鋭」という漢字の表現がすごい。
この物語の主な筋とは別に、田沼意次の長男が江戸城中で斬りつけられるという事件があり、この事件が小兵衛の心境をがらりと変えてしまった。これだけ武士社会が頽廃しているからには、徳川の世はもうそんなに長くはなかろう。それで、小兵衛は井関が連れていた子どもを、主家筋の九千石の大身旗本に返さず、その子を愛している町人である母方の祖父に渡すのである。
最後の1行がめっちゃ好き。剣客浪人浅井源十郎を打ち倒したのち、「今日は妙に冷える。おはる。夕餉は、油揚げ(あげ)を入れた湯豆腐にしておくれ」。「剣客商売」15冊目、あと1册でおしまいです。(新潮社文庫 438円+税)