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2004年10月 アーカイブ

2004年10月02日

ベルリンブックスで見つけた本、長沢節「弱いから、好き」

先日、心斎橋に行ったとき、久しぶりに古書店「ベルリンブックス」に寄った。好きな人の本って目に飛び込んでくるものだ。1989年に出た長沢節の本である。手に取ってそのまま離さずに他の本を眺めて、片山健の絵本を見つけて2冊を買った。店主と少し話をしてから帰ったがうれしくてしかたがない。でも、まだ「ブラック・リスト」を読んでいるので、こちらはお預けである。
「ブラック・リスト」を駆け足で読み終わっって、時間をおいてもう一度読むことにした、その前に一息入れようと長沢節を読む。「弱いから、好き」、なんて素敵なタイトルなの。
わたしが長沢さんを好きになったのは少女時代、「白鳥」という雑誌の表紙と名作物語の挿絵であった。(このことは長沢さんが亡くなった1999年6月に書いているのでお読みください。)
その後どうしてはるかと気になっていたが・・・ファッション誌での活躍や、セツモードセミナーの存在をいつごろ知ったのかしら。なんとなくお元気なんやと安心したりして・・・。
それからずっと後になって雑誌「装苑」や「ハイファッション」で映画を中心にしたエッセイを連載されているのを愛読した。ファッション雑誌が元気でおもしろかったころだ。だからこの本は一度読んだものが多い。ダニエル・デイ・ルイスの美しさを書いたものなどよく覚えていた。お風呂やベッドのことなど独身で気ままな生活ぶりなど、私生活を書いたところもおもしろい。足首の細い男性への偏愛も楽しい。
「男の優しさ」という章に、「あの人、弱いからきれい」「あの人、弱いから好き」「あの人、弱いからセクシー」というのが私の三段論法だと書いておられる。1989年に書かれていたことを、わたしはいまごろになって理解した。

2004年10月04日

女性専用車に乗った

張り切って梅田まで行ったのに、お目当てのウィリアム・モリス展は昨日で終わっていた。昨日の夜大丸梅田店の前を通ったとき、「ウィリアム・モリス展」のポスターを見たので、頭から火曜日までと信じ込んで今日行ったんだけど、日曜日で終わっていたんだよね。あーアホくさ。
しょうがないので、英国展をゆっくりと眺めて、KAZUMIさんのサイトで教えてもらったスチルトンチーズを買い、ついでにアイリッシュブレッドとギネスケーキを買った。その後は行き慣れた阪神百貨店で、古びてしまったサイフの替りを買って、晩ご飯の魚その他を買った。
御堂筋線でちょうど女性専用車が前にきたので乗った。通勤時間だけなら関係ないが、土日を除く毎日の終日になったので、わたしも乗れる。乗ってみたら男性がけっこういる。男性はいままでどこであれ、自分が拒まれることがなかったんじゃないかしらね。だから電車が止まったら乗るだけなのね。わたしの前に座った女性(ハタチくらいのとてもおしゃれな子)が、隣に座った男性に「ここは女性専用車です」とドスの利いた声で言った。そしたら男性のほうは「えっ!」と驚き、外へ出るか隣の車両に行った。計4人、サラリーマン風。梅田から心斎橋までを観察していたが、その他の女性たちは他のことには無関心な感じ。男性たちもなにも気がつかずに乗っている。他の車両より少しだけ空いていた。
わたしとしては、女性専用というのはあまり好きではないが、長い年月の通勤電車でどれだけ痴漢にあったか数えきれない。思い出すだけでアタマにくるもん。専用車で女性が痴漢に出会うのが少しでも防げるならいい。

2004年10月06日

お茶碗を洗いながら歌ったり考えたり

一日に3食をきちんと食べるし外食をあんまりしないので、毎度毎度ご飯をつくって食後には食器を洗う。このごろは相方の仕事がつまっていて、買い物にも食事づくりにもご協力いただけないので、全部わたしがやることになっている。つくるのはちゃっちゃとやるが、片付けるのがね。とは言っても、そんなに食器洗いは嫌いではない。ただ取っ掛かりが悪いだけである。やりだしたらハナウタ歌いながらやっている。このページのテーマもたいていそのときに思い浮かぶ。だから食器洗い機があったら困ると思う。食器を洗って台所の掃除というか、目に見えるところをざっと拭いておく。そしたらへんなところが気になって夜中の掃除になったりする。

2004年10月07日

サラ・パレツキー「ブラック・リスト」

待ちに待った「ブラック・リスト」。読み出したら物語に入りこんで猛スピードで読み進んだ。いつものことだが、ゆっくりと噛み締めて二度目を読む。いまはその途中である。
40歳になるあたりでヴィクが疲れを口にしだして、実は、わたしら読者はヴィクの今後はどうなるのか心配していたのだ。ヴィクは頭脳と経験を生かし、若い者が体を張ったらどうかなんて考えたこともあるが、それじゃヴィクではない。ここまできたら這ってでも闘ってもらいたい。
今回は疲れているけど、疲れたと言っている暇はないとばかりに走り回るヴィクがいる。ジャーナリストである恋人のモレルはアフガニスタンにいる。
サラ・パレツキーはニューヨーク貿易センタービルへのテロ攻撃以後、アメリカについて、また世界について深く考えたのだと思う。人々が恐怖に陥って思考を停止したかのような時期に、正気で腰を据えて考え抜いて書いた作品だと思う。
また、ヴィクがしっかりと非抑圧者の側についた行動をし、また軽口では富める者の生活と貧しい自分の生活を対比させるのも、いままで以上である。
サラ・パレツキーはハメット以来の真のハードボイルド私立探偵小説作家だということを、「ブラック・リスト」でわたしたちに証明してくれたと思う。

2004年10月08日

テレビで青春ドラマを2本

「g : mt グリニッジ・ミーン・タイム」(1999)はイギリスの青春ドラマ。4人の仲間の高校卒業の4年後を描く。父親の遺産を相続した青年はプロデューサーとなって、友人たちのバンドを成功させようと奔走する。売り出すにはボーカルがいると言われて妥協するが、天才的なトランぺッターは去って行き、麻薬の売人になってしまう。カメラマン志望の青年はオートバイ事故で脊椎をやられる。一人バンドに残った青年はボーカルの女性といっしょに音楽をやっていく。悲惨な運命が待ち受けていたわけだが、前向きであろうとする気持ちのほうが強く訴えかける映画。
「タップ・ドッグス」(2000)はオーストラリア/アメリカ映画。シドニーオリンピック入場式のとき、すごく精力的なタップダンスがあって驚いたものだが、この映画はそのタップグループ「ブーツメン」の誕生物語である。鉄鋼の町に育ったショーンは鉄鋼労働者になるのを嫌い、父の反対を押し切ってタップダンサーになろうとしている。兄はトラックを買って自営業者になろうとして、車を盗み部品を売ってお金を貯めている。兄が喧嘩で死んで一時は踊ることから逃げるが、工場が閉鎖されるとき、ショーンは労働者のためにとタップダンスショーを工場跡で公演することにする。タップシューズは労働者の安全靴に金具を補強したもの。グラインダーの火花が散る鉄板の上で蹴り跳ぶ。迫力あり。
2本ともできてから4〜5年経っているけれど、新しい映画を見ていないわたしには新しい映画だった。2〜3年映画から遠ざかっていたので、これからは映画館までは行けないけど、せっかくのテレビ映画は見るようにしよう。

2004年10月09日

楽しさの持続

VFCは1991年の11月に発足したので、今月の末でまる13年になる。ほんとにまあよくやってきたものだ。2・3年のつもりで引き受けたのだが、いつのまにやら10周年を迎え、それから3年経ってしまった。いま使っているコピー機のリースが終わる頃はやめようと思っていたら、もうその時期が近くなったらしくゼロックスから買い換えを言われている。また5年リースを組んであと5年がんばりますか(笑)。
わたしがVFCを引き受けたとき、いろいろな要望があったのだが、わたしがやろうとしたことはただ一つ、「楽しく語りあう」ことであった。バブル崩壊前の“できる女”みたいな人たちの集まりであることをやめ、生活から生まれる言葉を語ることを提案したのは、いまでもすごいことを考えたものだと思う。「楽しく語りあう」ということは、自分自身の言葉でなくてはならないのだ。斜めにかまえたり、上から見下ろしたりでは、楽しい言葉は出てこない。それに、こんな会で新聞記者が書くようなことを言ってもつまらない。書評家が書くような書評を書いてもおもしろくない。
自分の言葉で書くということは、毎月の会報で実践されていて、わたしは毎月の会報編集が楽しくてしかたがない。まだネットにはアップしてないけど、「旅に出る」「私の本棚」(今月から)など、楽しい連載があるのもうれしくてしかたがない。
しかし「楽しさの持続」はかなり難しいことで、楽しいからといって、日常のおしゃべりをそのまま持ってこられると困る。「楽しい」と「考えなし」とは別のものなのである。えらそうに書いたけど、13年間の蓄積から出てきた言葉です。

2004年10月10日

細野ビルヂングのジャズライブ

うちから歩いて5分で行ける細野ビルヂングは、最近レトロなビルとして脚光を浴びている。あの汚いビルと言っていた若者も雑誌に出てからは口調が変わってきた。
今日明日はジャズライブをするからおいでと、細野さんが誘ってくださったので晩ごはんを食べてから出かけた。場所が好きだから演奏が少々へたくそでも、という気持ちもあったのだが、始まったとたんに熱くなった。
メンバーはドラムが岩本ヒロユキ、ベースが中島教秀、ギターが箕作元総、ボーカルが山口修子。ものすごくよかった。わたしはいまのジャズをまだつかみきっていないのだが、先日の jazz room "nu things" での辰巳哲也といい、よい音楽を聴かせてもらってすっごくラッキーである。岩本氏のドラムはものすごくスピードと重量感があって、70年代の日野明を思い出した。ベースもギターもうまかったし、ボーカルはこれこそジャズボーカルじゃんとうなった。
場所がいいこともある。岩本氏はここで演奏したかったと言われたが、高い天井の広いホールで、思い切りドラムを叩けて幸せだったに違いない。
中島氏のと山口さんのとCDを買って帰っていま聴いているけど、とてもよくてうれしい。明日も行く予定。

2004年10月11日

音楽の悦び

細野ビルのジャズライブに今夜も行った。昨日のメンバーにソプラノサックスの平田葉子さんが加わり、ボーカルが東雲マリさんに変わり、また違う味わいがあってよかった。「朝日のようにさわやかに」ではじまったとき、幸福としか言いようのない気持ちがじわじわとわいてきた。昔ジャズを聴いていたころとは満ち足りかたが違う。昔はジャズに鼓舞されていたというか、先鋭的なもの、闘争的なものをジャズから嗅ぎ取っていたし期待していた。だからその先はもっと先鋭だと思ったパンクロックに行ってしまったのだと思う。心と体の官能や快楽よりもアタマの一部で聴いていたのだ。行き着いたところには音楽の快楽が失われていたのだ。その後はクラシックにもどり、オペラのCDをかけっぱなしで聴いていたりした。またその後はそのときどきで気に入ったものをジャンルなしで聴いてきた。
今年は jazz room "nu things"の阿木さんと再会して、いまはジャズなんだよと言われて聴きだしたという、たよりないことからはじまったのだが、そうなると神のお導きのごとく、新しいジャズを聴く機会に恵まれている。
「マイフェバレットシングス」「サマータイム」「You'd be so nice to come home to」・・・なんと、なんと、なつかしくて、美しくて、新しいんだろう。
最後の「オンザサニーサイドストリート」にいたっては涙が出そうになった。マリさんは英語で歌っていたのが突然、大阪弁になり「明日のことなんかどうでもええやん」って歌うんやもん。
帰りにベースの中島さんに挨拶して少しお話しした。「いまここで音楽を創っている喜び」を今夜味わったとおっしゃったのがうれしかった。演奏者にとっても聴き手にとっても素晴らしい夜だったのだ。興奮してまっすぐに帰れず、堀江へ出て8b ダイニングカフェでワインを飲んで帰った。

2004年10月12日

いらち

大阪の人は“いらち”だと言われている。先日の新聞にそれを実証する記事があった。わたしは大阪生まれではないが相当ないらちである。ということは、いらちになるのは生まれではなく、生きている環境なんだ。
今日も中央大通りの信号を渡るのに、青になる前に足を踏み出したら、あそこの信号は、その瞬間に「まだ赤です」と電柱から声が出る(笑)。「もう少しお待ちください」と大阪人の時間心理に合わせてあるのが腹が立つ(笑)。
先日、東京から昔の友人がきたので案内して難波を歩いているとき、赤信号のときに渡ったら、「大阪の人って信号を無視するのね」と言う。そしてたくさんの人が信号無視しているのを見て、「みんなで渡ればこわくないか」っていうので、「なに言うてんのん、それぞれが自己責任で歩いているんや」と怒ってやった。
信号はわかりやすい例えだが、人間関係なんかでもそうなってしまう。「大阪人はじっと変化しない状態で待つことが耐えられない」と新聞に大学の先生の言葉が出ていたが、わたしはその典型やね。

2004年10月16日

仲田まりこ個展

まりこさんとは2年前に知り合ったんだけど会ったことはなかった。2年前の個展に相方が行って楽しい女の子だったということだったが、その日が個展終了日だったのでわたしは行けなかった。ポストカードを買ってきてくれたのが気に入ったので、仲田万里子公式ホームページを見たら、ユーモラスな各ページに爆笑。ポストカードやバッジの販売ページに「商売の部屋」とタイトルをつけるなんてすごくセンスが良い。ちょうど、当サイトのリンクページを考えていて元気なページがほしかったときだったので、お願いしてリンクさせてもらった。
去年はまりこさんに会えると個展に行ったのだが、一足違いで会えなかった。その間にまりこさんは着々と仕事をしていた。あるとき朝刊にはさまれた無農薬野菜宅配のチラシに、見覚えのある元気いっぱいの少女のイラストを見つけて、頑張ってるねとメールした。
今日は3回目の個展でようやく会えました。少女のまま成長したような、すらりとしたまりこさんと、ずんぐりのわたしは並んで絵を見ながらおしゃべり。
今回のメインは立体を写真に撮ってストーリーをつけ、絵本をページごとに見せるような感じに展示したもの。ブタのぶうとぶーこの楽しいラブストーリーである。ぶうはぶーことデートの約束をした日、早く目が覚める。家はドールハウスのように作ってある。ベッドにはパッチワークのふとん、窓があってカーテンがある。森を通ってぶーこの家に着いたがぶーこがいない。嫌われたかと落ち込むぶうを森の動物が慰める。象が家まで背中に乗せて連れて帰ってくれる。そしたらぶーこが家の前にいる。早かったから迎えにここまで来ちゃったのとぶーこが言い、ハッピーエンド。カップルのブタさんの後ろ姿が可愛い。
横に立体物が並べてある。家の中が2つ、外観が3つだったかな。それからブタが何体か。各動物。それらを万博公園に持って行って撮影したそうだ。最後のシーンにはクローバーがあった。また森のシーンではキノコが入っていたので聞いたら本物だそうだ。
絵本ができたらいちばんに買うからね。

2004年10月17日

田辺寄席30周年記念落語会〜文枝師匠の「船弁慶」を聞く会〜

9月に30周年記念落語会を3回やったあと、まだまだ記念落語会は続いている。今日は上方落語の大御所桂文枝さんが出演されるというので早起きした。どうせなら近くで見たいミーハー魂である。その甲斐あって前から2番目(一番前は首が痛いだろうから)の中央に座れた。噺家さんが目の前にいるのである。ラッキー。
今日の演目は、「開口0番・後藤一山」桂文太、「動物園」桂かい枝、「阿弥陀池」桂文華、「服部嵐雪伝」桂文太、「小言幸兵衛」桂文也、「船弁慶」桂文枝。
「後藤一山」は「くっしゃみ講釈」に出てくる講釈師の名前である。そのモデルが堀江の「ギョクリュウテイ一山」で、その口調が「くっしゃみ講釈」に残っているんだとか。
「動物園」は怠け者が移動動物園で着ぐるみを着て虎になる仕事にありつく話。かい枝さんはさらりと達者に演じた。「阿弥陀池」はうちの近所にある阿弥陀池和光寺の噺だから特に好き。文華さんは顔と噺がよく合っていた。「服部嵐雪伝」絵描きの嵐雪が芝居絵を描いて京都から追放され、大阪へ移住するが、また頼まれて芝居絵を描く。新町で遊んでいるとき納屋にいる病気の玉菊を見つける。遊女から足を洗うお金を出すかわりにモデルになってもらうが、その夜家で寝ていると玉菊の幽霊が出る。新町の遊女の幽霊、文太さんの色気のある噺にめろめろ。中入りがあって、「小言幸兵衛」は、子供のときからよく聞いていたが、内容はいろいろなのだろうか。この噺を聞いていたのかしら? 借家札を見て家を借りにきた人に、小言というより妄想を延々と話す幸兵衛に驚いた。文也さんはつかみがたい魅力がある。
さて、待ってました「船弁慶」。わたしはこの噺についてなにも知らないので先入観なしである。清六と喜八が友だち連中と船遊びに行くことにするが、口うるさい女房が帰ってきたのでごまかして出かける。船で芸者たちと遊んでいると、女房が川端で涼んでいて男どもを見つけ、タクシーみたいな船で遊びの船に近づき、夫婦喧嘩がはじまる。古き良き時代の船遊び。大阪の男と女のしゃべくりの妙に感激した。ものすごい早口で古風な大阪弁があふれる。最後は能「船弁慶」の仕掛けになる。おしゃれ。

2004年10月18日

田辺寄席30周年記念落語会(2)

昨日の田辺寄席報告の続きです。
わたしは文枝師匠の噺を一度も聴いたことがなかった。桂あやめさんがまだ花枝さんだったとき、噺のマクラに、文枝師匠に弟子入りをしたとき車の運転手をやらされたそうで、そのときの失敗談をあれこれした。それで聴いたこともないのに、文枝さんに親近感を勝手に持っていた
文枝さんの出番がくると、見台と膝隠が立派なのにかえられた。後で聞いたのだが、屋久杉で作られたもので、桂三枝さんが貸してくださったとのこと。座布団も新しい薄紫色のが敷かれた。これも後に聞いたところでは、文太さんが田辺寄席用に用意されたもので初使用なのだそうだ。
文枝さんが現れると場内に緊張感が漂った。滑らかに噺がはじまった。こんななだらかな大阪弁ははじめて聞いた。どっちかというとこの噺は汚い言葉の応酬である。特に女房の言葉のえげつないことはこの上ない。しかし、喧嘩や言い合いの言葉がなだらかなのである。古き良き大阪弁と言ったらええのかな。感動した。
今回は入場希望者が多いことを予想して予約制であった。日にちを決めて、年間パスを持っている人を優先して予約、その次は『寄合酒』が毎月配布されている人の予約、その残りがあれば希望者に予約となっている。昨日は予約なしで来られた方が沢山おられのでお引き取り願ったとのこと。来月もそうなので、もし行きたい人がいらっしゃったら田辺寄席サイトを見てからにしてください。予約の日にちが書いてあります。
中入りのときお菓子を食べていたら世話人会の人から、「テレビのインタビューに出たって」と言われた。横にもうマイクとカメラがある。聞かれた質問に答えただけだが、はじめての経験。11月8日(月)夜の7時54分〜56分の2分間なので、ボツにされているかもしれないけど、まあ見たってください。

2004年10月22日

レッドソックス贔屓 ロバート・B・パーカー

今年は野球(=タイガース)に関心を持たないで過ごしてきたけど、最後にはストやらなにやらと気になることがたくさん起こった。しかし野球そのものへの関心は薄れたままだ。新庄選手の活躍を喜んだくらいかな。
そこへ大リーグである。たいていの人はヤンキースを応援されただろうが、わたしはボストンレッドソックスを応援していた。もう20年にもなるけど、ボストンの私立探偵スペンサーが熱烈なレッドソックスファンだったから、スペンサーファンであるわたしもファンになったという単純なことである。ロバート・B・パーカーが書いたスペンサーを主人公とする作品を、10数年の間わたしは崇拝していた。いちばん好きなのが野球選手の危機を助ける「失投」だった。
よかったなぁ、「失投」。スペンサーには前の作品からつきあっている恋人がいたんだけど、ここからスーザン・シルバーマンが出てきたんだよね。そして事件の苦い解決の後に会いたくなったのはスーザンだった・・・。
あんなに熱中していたあのころがなつかしい。スペンサーとスーザンとホークの3人組が大好きだった。この3人が口に出す言葉が気が利いていて、日常生活にもよく利用したものである。ベーグルやホールホイートパンなどの食べものも教わった。そしてホークがホテルで注文するシャンパンとシュリンプカクテルもカッコいいと思ったなぁ。

2004年10月23日

ゲバラ写真展

映画「モーターサイクルダイアリーズ」が上映されるのに合わせて、「ゲバラ写真展」がジュンク堂梅田店のあるビルの6階でやっている。明日までなのでVFCの例会前に寄ってきた。ゲバラはなんと言ってもわたしの“青春の思い出”だから。照れながら会場に入ったが、たくさんの人が来ているのに驚いた。若い人も中年の人もいる。
ゲバラはいい男である。笑顔がなんともいえず可愛い。戦闘服とブーツ姿がさまになっている。誰と一緒でも目立ってカッコいい。若くして死んでしまったので、美しいままの姿が残されている。それでいまや世界中の大スターになってしまった。わたし自身もそんな世界の空気の中で写真を眺めている。でもいろんな意味で行ってよかったと思う。
帰りにジュンク堂をうろついていたら、「現代思想」の10月臨時増刊「総特集 チェ・ゲバラ」(1200円)が見つかったので買ってしまった。

2004年10月25日

太ってちゃダメ?

朝日新聞「生活」ページの連載に「意見×異見」というのがあり、毎週テーマを決めて意見の違う2人の有識者のコメントを載せている。今日のテーマは「太ってちゃダメ?」だった。テーマより先に山田真さんの写真が目についたので、アレっと思ってよく見たら、やっぱり山田さんだった。お目にかかったことはないが、お連れ合いの梅村さんは何度かお会いしている。梅村さんはVFCの会員で、「梅村こども診療所」サイトをつくらせてもらっているという縁なのである。サイトに山田さんの写真を載せているので、お会いしてなくても即わかったというわけ。
わたしはどっちかと言うと(実は、はっきりと言うと)太っているほうなので、こんなテーマを前にすると穴に入りたいような気になる。努力しないから太っているということを自分で知っているから(笑)。でも、さぁ、みんな細い人がかっこいいと、言い過ぎだと思うよ。プールに行くと、若い人でほっそりとして足が長い人が沢山いる。この細い体型を維持するために、もっともっとと鍛えているんだなぁ。なんかそれだけを人生の目的にしているみたいと思うのは、わたしの僻みか(笑)。
山田さんは、「子どもの体つきが変わった原因としては社会的要因が大きい」として、食べ物のこと、子どもを取り巻く環境のこと、そして、そういう環境を変えない限り、個人に対する指導だけでは肥満の増加は食い止められないと言われる。最後に、「肥満にやさしい社会」でありたものですとおっしゃているのが、なんかうれしい。

2004年10月26日

片山健の絵本2冊 「タンゲくん」と「もりのおばけ」

片山健の絵本と言えばなんと言っても「タンゲくん」が一番好きだ。それと片山健をはじめて知った澁澤龍彦訳の「長靴をはいた猫」も大好きで大切にしている。心斎橋の古書店ベルリンブックスで最近買ったのが、片山令子文の「のうさぎのおはなしえほん いえ」(ビリケン出版 2002)と「もりのおばけ」(こどものとも 1997)である。
のうさぎの本はシリーズで「ともだち」「みずうみ」など続刊があるらしい。ピンクの服を来たのうさぎさんは、ドアがうまく閉まらない自分の家が気に入らない。新しい家を紹介するとおおかみくんに言われて待つ間に、汚れた家を掃除するととても明るくきれいになった。きれいな部屋でおおかみくんとお茶して、外の雨音を聞きながら眠る幸せをかみしめる。
「もりのおばけ」はうすっぺらな絵本だけど、「長靴をはいた猫」と同じ系統の絵だったので、手に取った瞬間、わっと叫びそうになった。モノクロの絵本なんだけど、森の木やおばけが丁寧に描かれていて好き。森に弟と行ったぼくは、かけっこしながら森に入るが調子にのって奥まで行ってしまう。「おーい」と叫ぶとおばけが追いかけてくる。恐怖感がおばけの姿いろいろになるが、目をつぶって耐え、しばらくして開けると消えていた。やっと弟が追いついてきていっしょに帰る。

2004年10月31日

バルトーク音楽会

堀江のカフェ チャルカに行き始めてもう3年くらいになるだろうか。最初からお店でかかっている音楽が気になっていた。音の繰り返しが心地よい。スティーヴ・ライヒの感じと言ったらいちばん近いか。店の人に聞いたらCDがあるというので1枚買った。とても静かで気持ちがよい音楽。トウヤマタケオさんの2枚目のCD「hello 88」だった。
「バルトーク音楽祭」を「チャルカニュース」で知り、前売券発売日にちゃんと買いに行った。好きなバルトーク・ベラ(ハンガリーでは日本と同じく姓を先にする)の音楽を、これまた好きなトウヤマさんが解説し演奏するというのだから逃せない。お顔も拝見したいし。
堀江音楽祭参加イベントのひとつとしてのもので、チラシによると、
【解説・出演/トウヤマタケオ(電子ピアノ)、演奏/波多野敦子(バイオリン)
20世紀のハンガリーを代表する音楽家バルトークをリスペクトする音楽会です。ハンガリーの蚤の市で発見した偉人シリーズのディアフィルム(ハンガリー の紙芝居フィルム)を投影しながら、トウヤマタケオが解説。数曲の生演奏も交えながら、バルトーク・ベラの魅力にせまります。】というもの。
お店いっぱいに人が集まり、照明が消されディアフィルムがはじまった。白い壁に映されるバルトークの子ども時代や演奏中や山村に伝わる音楽を収集してまわったときの写真を、トウヤマさんの解説で見入った。そのあとに「バルトーク音楽の秘密」というテーマでお話があった。1、音楽って何? 2、時間の扱い方、3、音程の扱い方、4、バルトークの目指したもの、というテーマでレジュメも用意されていた。
わたしは音楽は好きだしよく聴くが、気持ちがよいとか鼓舞されるとか、自分の都合のよいように聴いている。それに譜面が読めないから耳で聴いて覚えてしか歌えない。あらゆる楽器にさわれない。音楽の本だけはたくさん読んでいるけど、雑多な知識があるに過ぎない。この日のトウヤマさんのお話はシンプルだったけれど、バルトークの本質について理解できたような気がする。
最後に演奏はバルトークの子どものための音楽をお二人が演奏した。フルートのパートをバイオリンにしたもので、すごくよく歌う感じがしてよかった。西洋音楽とすこし違った東洋的な旋律であることが、わたしをバルトークに誘うのかな。目の前で生の音を聴ける幸せで胸がいっぱいになった。
帰りにできたてのほやほやのCD「green」を買って帰った。

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