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文学少女の生き方「めぐりあう時間たち」

ヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」を主題に、三人の女性の生き方を描いたマイケル・カニンガムの「 The Hours 」(映画の原題も)の映画化である。もちろんテレビで見たのだけれど、すごくよかったし考えさせられることがたくさんあった。
ヴァージニア・ウルフ(ニコール・キッドマン)が夫に遺書を残して入水自殺をするシーンからはじまる。そして次は1951年のロサンゼルスの主婦ローラ(ジュリアン・ムーア)が「ダロウェイ夫人」」を読んでいる。子どもが一人おり、もう一人を身ごもっている。第二次大戦からもどった夫は妻をいたわっているが、妻の孤独感は深まるばかり。そして現代のニューヨーク。クラリッサ(メリル・ストリープ)は出版社で編集の仕事をしており、サリーという女性と人口受精して産んだ娘と暮らしている。この日、クラリッサの昔の恋人で、ずっと世話をしているゲイでエイズにかかっている詩人・作家のリチャード(エド・ハリス)が文学賞をもらったので、パーティを開こうとしている。リチャードはクラリッサをミセス・ダロウェイと呼んでいる。
この生きている時代が違う三人の行動が一致するとき映画のシーンが切り変わる。ヴァージニアは訪ねて来た姉に長いキスをし、ローラも訪ねてきた友人に度を超えたキスをする。そしてクラリッサはサリーと愛のキスをする。ヴァージニア・ウルフは男性と結婚していたがレズビアンでもあった。そのことをふまえているわけだ。
わたしはこの映画のいちばんのテーマは“文学少女の生き方”だと思う。ヴァージニアは執筆にかかると自分と作品の登場人物と二つの人生を生きることになる。そのために主婦の役目がこなせず女中を怖がっている。ローラは二人目の子どもを産んだあとすべてを捨てて家を出た。クラリッサの住まいに登場した老年のローラは「ほかに方法がなかった。あの暮らしは死だった。私は生を選んだ」と言う。クラリッサの場合は彼女ではなくリチャードが文学少女なのであった。
音楽がとてもよかったので、最後のタイトルに目を凝らしていたらフィリップ・グラスだった。

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2004年12月23日 10:54に投稿されたエントリーのページです。

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