昨日のシンポジウムの場所であるCAP HOUSEの暖房は、大きな部屋にだるまストーブみたいな円筒形のガスストーブが2つあるだけだったので、わたしは要領よくストーブにいちばん近い椅子を確保した。後列には座りやすそうな椅子が並べてあったが、そこに座った人は後ろの窓からの寒気で背中が寒かったと言っていた。でも100人も寄れば寒さはふっとんでしまう。
パネラーのうち3人は神戸の人だが、一人は東京の人でボランティアで神戸に来ていたそうだ。そしていま東京大空襲60年展にかかわっておられる。その関わりで関東大震災を経験した人からも話を聞いているそうで、当事者と非当事者の距離について話すのに適した人だったと思う。
パネラーの方たちは、よそからこの日のために呼んできた人でなく、主催者であり展示した人たちであることもよかった。司会者は知り合いだから内輪褒めになるけど、よくやってはりました。ほんと、よい企画だった。寒い中行ってよかった。
個人的な感慨として・・・2カ月前に107歳で亡くなったわたしの父親は、関東大震災と大阪大空襲で家を焼かれた経験を持った人だった。最後は物忘れがひどくなっていたが、二度の大経験は忘れずに何度も口に出していた。貴重な経験を聞きとったわたしの記憶は大切にしなくっちゃ。
話は変わるが、17日の週末ボランティア10周年のとき、代表の東條さんが「復興住宅への訪問日に決めた場所に行くと、まずSくんが現れて車から必要な品物をおろしてくれる。ばたばたしているうちにメンバーがぼちぼちやってくる。いつも自分一人ではないかと心配するが、それはいつも杞憂に終わっている」と話された。すごいことである。
とてもいろいろなことを考えさせてもらった神戸だった。