神戸元町からトアロードを登ったところにあるCAP HOUSEという場所で、阪神大震災の記憶を伝えることについての展示とシンポジウムがあるので行ってきた。三宮から乗ったタクシーの運転手さんはそんな建物あるかいなという感じだったが、元は移民する人たちの施設だったと言うとすぐにわかった。1928年にできた国立移民収容所で、石川達三の小説「蒼氓」にも出てくるという。船をイメージしたアールデコ調で、建物だけをとったらとても素晴らしいが、廊下に貼ってある展示物を読むと、ブラジルへ移民する人たちがたいへんだったことがわかる。
2階が展示室になっている。廊下をはさんで小部屋が並んでいて、それぞれの部屋に展示物がある。壁一面に白い棚があって、区切られたところに封筒に入れた震災の情報が入っている部屋。ビデオを見せている部屋、朗読が聞こえる部屋もある。
シンポジウムは1階の広い部屋で100人近い参加者があり、展示物についての説明も含めて、笠原一人さん(建築史)、河崎晃一さん(美術)、寺田国宏さん(歴史)、山本唯人さん(社会学)の4人が話し、西栄一さん(神戸新聞社勤務でわたしの友人)が司会をした。
テレビ等の報道における特徴である「防災」「教訓」「癒し」「涙」「思い出」は記憶の「占有」や「共有」に過ぎない。被災者(地)共同体に記憶は閉じ込められている。そこから「他者」に何が伝わるか。また防災センターにたくさんの一次資料が保管されているが、その扱いについての疑問があげられた。
そこで、今回の展示になったのだが、当時の出来事を伝えるのに、当事者(特権化)対非当事者(受け身)となってしまうことを避け、出来事の体験を「分有」しようと言う。そして記憶を他者に「託す」のではなく「ゆだねる」というあいまいな方法を取ると言う。「託す」だとある種の関係性ができるが、「ゆだねる」には伝わるかどうかわからない未来に送るということになる。
その他いろいろなことが語られたが、わたしの気持ちにぴたっときたのはこういうふうな言葉だった。「記憶を他者にゆだねるということは、自らを差し出す弱者の立場に立つことだ。」これは震災の記憶だけでなくて、わたしもこのページで自分の記憶をずいぶん書いている。まさに他者にわたしの記憶をゆだねている。そして自らを差し出すのは弱者の立場からなのだと思える。
終わってから西さんと少し話して外へ出ると、週末ボランティアの岡さんが待っていてくれた。しゃべりながら坂をくだり三宮に出てしゃれた喫茶店でお茶した。甘いケーキがおいしかった。