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高見順「今ひとたびの」

高見順の作品は何冊か読んだことがあるはずだが覚えていない。「今ひとたびの」は題名だけは知っていた。子どものころ家にあった雑誌に載っていたのだが、作品の中身はまだ読めなかった。百人一首を覚え始めたころで、百人一首からとったんやろな、かっこええ題やなと推察しただけである。新聞広告を見てむしょうに読みたくなって買ったのだが、文字がめちゃくちゃ大きくて薄い。薄暗いシャーロックホームズの隅の席で読むのにぴったりだった。2時間足らずで読了。うーむ、まんぞく、まんぞく。
「あらざらん此の世の外の思ひ出に今ひとたびの逢うこともがな」
主人公の私(加沢)は第二次大戦前の大学生で左翼運動家である。活動資金をカンパしてくれている友人の芝居を見に行って、舞台の暁子に一目惚れする。暁子はブルジョアの娘だが左翼青年たちともに交わりがある。婚約者や崇拝者がいるが、彼女も加沢に惹かれていく。左翼の冬の時代である。特高につけまわされて投獄され、釈放された後は徴兵される。戦地に送られてきた暁子の手紙に記されていたのがこの歌である。
逮捕や徴兵という大きな障害に阻まれて、また暁子の結婚という事態になっても、ひたすら恋いこがれる。結末は悲しさを超えて美しい。
主人公が自分を取るに足らない人間であるように書いているが、お金持ちで美貌の女性が惚れ込むのだし、作家として認められて最後には長編小説を頼まれるほどの男なのだ。なんや、これは「やおい小説」といっしょやなぁと最後に気がついた。おっと、「やおい」のほうが真似してるんか。(河出文庫 620円+税)

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2005年01月22日 01:01に投稿されたエントリーのページです。

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