« 春で、朧で、御縁日—泉鏡花「日本橋」 | メイン | 田辺寄席30周年記念落語会 〜春之輔師匠の「もう半分」を聞く会〜 »

怖い噺「もう半分」

毎月その月の田辺寄席が終わると、桂文太さんによる次の月の「演者・演題目録」の手書き原稿がファックスで届く。それを文字打ちして田辺寄席サイトにアップするのだが、先月の原稿を見てびっくりした。〈桂春之輔師匠の「もう半分」を聞く会〉となっていたのだ。桂春之輔師匠ははじめてだけれど「もう半分」ならガキの頃から知っている。そしてなんたることか、いまのいままで「もう半分」を思い出したこともなかったのに気がついた。
わたしが子どものころは一家そろって落語好きで、夜になるとラジオの落語を聴いていた。夏は怪談噺を蚊帳の中で聴いた。また怪談本をだれかが声を出して読むこともあった。ぞーっとして涼しくなる。暑い夏の古典的な過ごし方(笑)。そんな中で「もう半分」の最後のシーンは白眉だった。なんでそれを忘れてたんだろう。
先日、兄の家で父親の四十九日をやったのだけれど、そのとき「もう半分」と言ったら、兄に大受けしてみんなにあらすじを語ったりしていたが、やる場所が「田辺」と言っただけで、難波から南は天王寺まで、それより南は自分の地図にはないようなことをヌカシよった。わが兄がすっかりキタの人間になってしもて情けなくて涙も出ない(笑)。
そんないきさつがある「もう半分」だが、春之輔師匠の噺よかったです。そして、これは江戸落語かと思っていたら、その元は上方なんだって。四ツ橋近くの居酒屋が舞台で、いつも湯のみに半分だけ飲んでまたもう半分飲む、荷車引いて野菜を売るおじいさんがいた。その日は義理の娘が新町の苦界に身売りして作ったお金の五十両を、その店に置き忘れたことからはじまる。酒屋の夫婦はそのお金をネコババしてしまう。絶望したおじいさんが身投げする橋が西長堀川にかかる吉野屋橋、なんとわたしの生活圏の噺である。酒屋は繁盛して子宝にも恵まれるが、産まれた子どもがじいさんそっくり、夜中に行灯の油を飲んで「もう半分」。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://dp31082594.lolipop.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/720

About

2005年02月27日 23:00に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「春で、朧で、御縁日—泉鏡花「日本橋」」です。

次の投稿は「田辺寄席30周年記念落語会 〜春之輔師匠の「もう半分」を聞く会〜」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。