朝日新聞連載の五木寛之「みみずくの夜メール」を毎週なんとなく読んでいる。わたしはしっかりと新聞小説を読むほうで、4紙とっているときは朝夕8本の連載小説を読んでいた。せっかくお金を払っているのだからもったいない(笑)。いまは1紙だけだけど目を使うのとハカリにかけて読むから夕刊の小説は読まない。
先週の「みみずくの夜メール」(128回)に、倉田百三の「出家とその弟子」が岩波文庫と新潮文庫で出ており、85刷(新潮文庫)を数えていると書いている。その続きに中野重治の「五勺の酒」を探したが書店で見当たらなかったと書いている。なんで中野重治が突然出てきたのかなと思っていたら、今週(129回)を読んでわかった。五木ひろしのために「ふりむけば日本海」という歌謡曲の歌詞を書いていて、二番の歌詞に「五勺の酒」という文句を書いたそうである。ふむふむ、中野重治は日本海の人だもんね。
わたしが中野重治の全集を持っていたのはずっと昔のことで、だれかと旅行するときの費用に売り払ってしまった。熱が冷めると持っている気がしなくなるのである。どれだけの全集を買って読んであげくは売り飛ばしたかしれやしない。
しかし、中野重治には熱中した。「雨の降る品川駅」なんかいまでもそらで言えるし、「あかまんまの歌をうたうな」ってのには、それを言うこと自体が、あかまんまを歌っているやんかと笑ったものである。長編小説は「むらぎも」、短編小説は「萩のもんかきや」が好きだったが、「五勺の酒」もよかった。年老いた教育者が毎晩、五勺の酒を飲みつつ世を憂いてぐたぐたいう言葉に詩があった。五木さんが書いておられるのは、スタッフの中で「五勺」の意味がわかる人がほとんどいなかったんだって。わたしもそろそろ生きている化石かも。「むらぎもとは、むらがりたる肝の意」なんて覚えているんだもんね。「むらがりたる肝」とは人間の集まりということです。