「聖杯」という言葉を知ったのは、子どものころ読んだ古い映画雑誌にあった映画ストーリーだった。どんな映画だったか調べようと思ったが手がかりが浮かんでこない。昔の二枚目俳優の名前をいろいろと思い出しているのだが、ぴたっと合わない。そのうちに突然浮かんでくるだろう。
さて、「ダ・ヴィンチ・コード」は超ベストセラーである。読み出したらやめられないと聞いていたが、自分が読むとは思っていなかった。VFC会員の岡田さんが書かれた「イエス・キリストのミステリー」というエッセイを読んで、キリスト教についての詳しい考察があると知り買いに行ったようなわけである。
まずストーリーがどんどん進んでいくのでさっさと読み終えた。恋愛もからんでハリウッド映画の冒険もののように話が進んでいくと思ったら、トム・ハンクス主演で映画化されるそうである。それから1カ月ほど他の作品を読んだり仕事が忙しかったりで、いまようやくゆっくりと読み終えた。
イエスとマグダラのマリアは夫婦で娘がいた。ところがイエスの死後、弟子のペテロが教団のリーダーになったときに、神の子と神格化するために、イエスは純潔でマリアは娼婦であるとしてしまった。しかし異端として弾圧されながら真実は伝えられてきた。いまやこちらが正しいという意見が(キリスト教信者を除いて)大勢をしめるようになっているそうである。こうしたことが詳しく書かれていてほんとに勉強になった。
わたしは少女小説によくキリスト教徒の娘やロマンチックな教会が出てきたから、子どものころからなんとなくイエスとマリアに対してほんわかした興味を持ってきた。そして、イエスとマグダラのマリアが恋人どうしだろうということも感じていた。けれども、欧米のキリスト教への背信を書いた小説を読むと、キリスト教の強さを感じてこれは理解不能だと感じる。聖杯についてもしかりで、知識は積もっていくけれども本質は理解できていない。それでも「ダ・ヴィンチ・コード」は女性への尊敬と愛にあふれた気持ちよい作品で、最後まで楽しく読めた。(角川書店 上1800円・下1800円)