おもしろいのでどんどん読んでいきたいのだがなかなか進まない。これから数日は会報づくりがあるので、読む時間がまたとれなくなる。途中までしか読んでないのに、だれかになにかをしゃべくりたくなる本なのだ。ということで今夜は町田康「告白」の半分までの感想を。
町田康は1962年大阪生まれ、高校時代に町田町蔵という名前でバンドをやっていた。ちょうどわたしがロック・マガジン社を知ったころだ。知り合いの若者たちがニューウェーブ系のバンドをはじめて、ミナミのバハマに出たのを見にいったりしていたそのころ、町田町蔵も活躍していて、すごいパンクだと評判は聞いていた。行ったことがないのが残念である。バハマの前に若い女の子がいっぱいいるので、なんだろうと張り紙を見たら町田町蔵が出演する日だった。
町田康という作家になってからは関心はあったが、いままで読んだことがなかった。あまり好きでない知り合いが絶賛していたので、気が引いてしまったということもある。アホやね。でも気になっていたので、今回はちゃんと買って読んでいる次第。
「河内十人斬り」として名高い、河内国赤坂村字水分に生まれた、熊太郎という男の幼年時代から十人斬りにいたるまでの物語である。会話がすべて河内弁なので声に出して読みたくなる。河内弁のニュアンスがわからない人はかなり損をしていることになると思う。
幼いころからの熊太郎の心理分析がまわりくどい文章で行われるが、普通ならどうしようもあるところを、どうしようもなくなってしまい、殺人にいたる。いまその過程を読んでいる最中である。
34歳になった熊太郎は、かつて一緒に遊んだ村人たちがすっかり百姓のおっさんになっているのに違和感を味わう。これの説明がおもしろい。フリーターと大学生がバンドを組んだようなものであり、フリーターにとってはバンドは人生だが、大学生には学生生活の一環であるという。10年もたてば隔たってしまうが、そのとき寂しいのはバンドを続けたフリーターでのほうである。熊太郎もいっぱし侠客のように振る舞っていたが、フリーターの寂しさをかかえていた。フリーターぽい人間としても興味津々たる本である。フリーターを通しながら熊太郎にならない生き方の可能性を探る(笑)。