ちょっと用事で出たときに公園の中を通ったら白いくちなしの花が咲いていた。とたんに20年前の思い出が甦った。
昨夜ビデオで『見出された時〜「失われた時を求めて」より』(監督ラウル・ルイス)を見たせいか。この映画では老いたプルーストが、ものや香りや会話や場所に触発されて過去を思い出していく。いまの場面がすぐに過去に変わるが、わたしは「失われた時を求めて」は三度目は挫折中だが二度読んでいるから、全体がつかめて興味深く見た。社交界の会話の中で「私たちも老けた」と相手に「たち」と言われてたじろぐところ、老いについての考察を映画の中でうまく表現していた。
20年前の今日、連れ合いが胃潰瘍で吐血して救急車で運ばれたのだが、そんなに毎年思い出さないのになんでだろう。プルーストとくちなしのおかげか。
その年に阪神が優勝したので何年前のことか思い出すのが便利なのである。とにかく暑くて雨が降らずかんかん照りの日が続いていた。ところが1か月の入院がはじまると雨が降り出し、病院に行くとき通った松島公園に白いくちなしの花がたくさん咲いていた。毎日傘をさして病院に行き、洗濯物が乾かずアイロンをかけていた。病院の夕ご飯は早くて、夏場所は千代の富士が横綱だったが、その一つ前の取り組みでご飯が来るのだった。
その年から2年後にMacがあった。世の中の進むのは早い。失われた時を早く見ださなくっちゃ。