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「グレン・グールド・ロシアの旅」

土曜日の夜にNHKテレビでやるのを幸運にも気がついた。長いことグールドから遠ざかっていたのでありがたく見たが、いつロシアへ行ったのかも知らなくて、タイトルが不思議だった。
グールド24歳の1957年5月、ロシア(ソ連)へ演奏旅行したとても貴重な記録である。文化使節のようなものだったようだが、ロシアの人たちは彼のことを知らなかった。空港には美しい通訳&世話係が出迎えてモスクワのホテルに案内する。グールドはベッドがシングル2つをつなげておいてあるのが困ると言う。ダブルでないと眠れないのだ。困惑する通訳に気にするなと言い、大使館に電話してモスクワ滞在中は大使館で泊まったそうである。コンサート1日目はバッハの「フーガの技法」だった。客の入りは悪かったが、第1部が終わると聴衆は知り合いにすぐ来いと電話をする。そして第2部は超満員となった。次はチャイコフスキーホールで「ゴールドベルグ変奏曲」を弾いて絶賛を浴び、リヒテルにほめたたえられた。それからレニングラードに行くが、ここの聴衆は気位が高く、モスクワの評判など相手にしない。しかしここでもグールドは賞賛される。バッハだけでなく、ウェーベルン、シェーンベルグ、ベルグなど新ウィーン派や西欧の音楽を紹介する。
当時彼の演奏を聴いた人たちが登場して思い出を語るのだが、グールドの演奏がどんなに画期的だったかを心をこめて語っているのにおどろいた。それまではロシアの音楽はロマンチックなものばかりだったので、そこへ知的な音楽を聴くことができたのだから、おどろきだったろう。
彼が帰国してから手紙のやりとりがあり、サイン入りの写真を送ってもらったと見せている人もいた。グールドの手紙もまた誠実なものであった。ソ連時代の閉ざされた文化状況に風穴をを開けたんだと思う。
グールドは1964年にコンサートピアニストであることをやめ、1982年50歳という若さで亡くなった。この番組はカナダで2002年につくられたもの。
いま手元にあるCD「グレン・グールド・イン・ザルツブルグ」は数少ないライブ録音である。1959年8月のザルツグルグ音楽祭のもので、スェーリンク、シェーンベルグ、バッハ、モーツアルトが入っている。ロシアの旅の2年後だ。映像を思い出しながら聴こう。24歳のグールドは神経質そうでほっそりとしていてものすごくカッコよかった。

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2005年09月05日 16:08に投稿されたエントリーのページです。

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