「ケティー物語」といっしょに東京からYさんが持ってきて貸してくださった。昭和12年に大日本雄辯会講談社から発行されたもので、Yさんのお母さんにそのお姉さんが贈ったのを、昭和22年にYさんがもらったという歴史のある本なのである。Yさんは「花物語」というタイトルを覚えていて、国書刊行会から吉屋信子の「花物語」が出たとき買ったそうだ。ところが覚えているのと違うので実家に帰られたとき、本書を探し出したという曰くつき。小型で四角く深紅の瀟洒な本である。
親と姉2人兄2人の本が家にあって、少女小説に強いと思っていたわたしだが、西条八十が少女小説を書いているのは知らなかった。気になったので探したら、1978年発行の「薔薇の小部屋」(特集:おもいでの少女小説)に、福岡翼さんの「戦後の少女小説と作家」があった。西条八十は「女学生の友」に「にじの乙女」という富豪の令嬢がふとしたことで旅芸人の一座の歌手になる、連載小説を書いているそうだ。「少女クラブ」にも「青衣の怪人」「幽霊の塔」という探偵小説を連載していたそうで、西条八十ほどの人にしても戦中戦後は詩だけでは食えなかったんだなぁと感慨がわく。
本書もそういうことで書いたものだと思う。吉屋信子の「花物語」がもてはやされていたので、これくらいなら書けるとばかりに書いたような気がする。わたしは一晩で読んでしまったが、途中でやめようなんて思わなかった。ドラマチックでセンチメンタルな友情物語はけっこうおもしろかった。
では、なぜいま吉屋信子の本が復刊されているのに、こちらは忘れられてしまったのか。それはもう簡単な話で、エロティズムの不足なんだと思う。吉屋信子の物語には少女たちのこうとしか生きられない切羽詰まった愛がある。それは友情ではなくて恋情なのである。読者はよく知っていたのだ。自分自身の身代わりに本の中の少女たちが、あやうく生きて(死んで)いくのを。
本書の後ろには本の広告がたくさんあって、見覚えのある文字が並んでいる。「君よ知るや南の国」「海に立つ虹」「あの道この道」「夾竹桃の花咲けば」「紅薔薇白薔薇」「絹糸の草履」「苦心の学友」等々。これらを見るだけでもこの本をお借りした値打ちがあった。