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嶽本野ばら「シシリエンヌ」

シシリエンヌ 嶽本 野ばらわたしが嶽本野ばらさんの名前を知ったのはフリーペーパー「花形文化通信」に連載されていた「それいぬ」を読んだときだ。1992年から1997年までの間「それいぬ」を読むために、そろそろ出ているころだとアメリカ村あたりのお店で探したことを思い出す。甘い意地悪な乙女の心をここまで書いているのを感心して読んでいた。わたしのことを書いていると思ったこともしばしばあった。その後文庫本を手にするまで、ただ「花形文化通信」の切り抜きをときどき出して読むだけだった。
本になったのを読むとまたおもしろくて、ずいぶんと人にすすめたものだ。どこの本屋でも見なくなったとき、アメリカ村のヴィレッジバンガードに平積みしてあるのを見つけて、数冊買って気に入った人にあげたりした。
「シシリエンヌ」は最近作ということで買ってみたのだが、書評など読んでいないし、話し合う人もいないので、どんな作品か先入観が全然なかった。開くとすぐにセックス描写である。うおっ、すごいなぁと読み出す。主人公の「僕」は高校3年生で「貴方」と言われている女性は7歳年上の従姉妹である。「僕」は京都郊外に住んでいるが、子どものときから中京区の伯母がやっている美容院で髪を切ってもらっている。そこの娘「貴方」がパリから10年ぶりに帰ってきたのだ。
従姉妹と僕の関係は誰にも内密に続けられる。彼女は高校を中退してパリに行き、ある人の世話でサンドニ街の娼婦用の美容院で働き、自分も娼婦をやったと話す。
彼女は「僕」のガールフレンドに手を出し、女どうしの快楽を味合わせて気まずくさせ、二人の間を断ってしまう。「僕」は「貴方」の言うなりになり快楽を味わう。フォーレの「ペレアスとメリザンド」の物語が下敷きになって恋物語は進んで行く。「シリリエンヌ」は「ペレアスとメリザンド」の中にある曲である。また、いつもの野ばらさんの作品と同じように服がテーマを低音で奏でているが、本書ではYohji Yamamotoの服についての秀逸な考察がある。
彼女が突然の発熱で緑内障になり失明する事態になってからがすごい。物語の背景ががらりと変わり、「貴方」はメリザンドを名乗り「僕」はペレアスになる。愛と献身でどこまでいくのかと読み進むと、またもやすごい結末が待ち受ける。
メリザンドのセックスシーンでの言葉遣いが古典的で澁澤龍彦訳のサドを思い出させるが、内容は澁澤でも三島でもなくバタイユを思い起こさせる。わたしはバタイユの「空の青」を思い出していた。
「それいぬ」から10年、いちばん好きな作家はと聞かれたら、わたしは嶽本野ばらと答えるだろう。(新潮社 1600円+税)

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2006年02月18日 21:23に投稿されたエントリーのページです。

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