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成瀬巳喜男監督「歌行燈」

泉鏡花の作品の中でも「歌行燈」は好きだ。物語はいやが上にもドラマチックで、論理を超えた情が心を揺する。その神秘とも言えるような物語を人間が出てきて演じた映画「歌行燈」(1943)が、60年以上経っても心に響くのだからすごい。
時は明治のはじめ頃か、恩地源三郎は能楽師で鼓方の弟と息子の喜多八(花柳章太郎)と東京から関西にきている。伊勢の古市に盲目の老人で名人がいると聞いて喜多八が行くと、出てきたのが娘のお袖(山田五十鈴)である。喜多八は若気の至りで老人に謡わせて恥をかかせる。そのあと老人は自殺してしまう。それを知った源三郎は息子を勘当する。
それまで芸の他は何不自由なく暮らしていた喜多八は門付となって街をさまよい、世話好きな友人ができてなんとかやっていけるようになる。そしてお袖のほうは継母に売られて芸者になっている。
その二人が巡り会い、お袖が不器用で三味線もひけないのを、たった一つ仕舞を教えて喜多八は去る。
最後は月が冴える桑名の宿で、源三郎らが芸者を呼ぶとお袖がきて、芸ができないけど舞なら一つだけ舞えると言って舞うと喜多八が教えたとすぐにわかる。鼓の音が遠くまで聞こえて喜多八がやってきて、勘当を許される。
新派の芝居は見たことがないからはっきりわからないけど、この映画は新派の俳優が主になっていて独特の世界を展開しているように思う。泉鏡花の芝居を新派で一度見ておきたかったなぁ。滝の白糸、日本橋、湯島の白梅・・・
それにしても、こんな美しい映画があったんだ。成瀬巳喜男の映画は戦前、戦中のほうが戦後のよりずっと好きだ。

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2006年03月29日 17:30に投稿されたエントリーのページです。

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