ノーマ・フィールドの本を読むのは「天皇の逝く国で」と「祖母のくに」についで3冊目になる。その他にも朝日新聞のシンポジウムなどの発言を切り抜いてあるほどの読者である。頭が良い上に、率直さと優しさがあって極上の人間とわたしは感じてきた。
1947年、東京で日本人の母親とアメリカ人の父親の間に生まれた。現在、シカゴ大学人文学部東アジア言語文化学科長で、専攻は日本文学・日本文化。2004年から5年にはプロレタリア文学と小林多喜二を研究するのに小樽に住んだ。
彼女は東京で幼時を過ごしたが、祖母とともに過ごすことが多かった。寝るときも同じ部屋だった。本書はその祖母が病いに倒れてから、毎年の夏日本へきて過していた、その介護生活の記録である。東京の一軒家での生活風景が書かれ、同時に幼時の回想があり、母のこと、母と祖母の関わりが書かれ、母の2人の妹との関係が書かれ、そのあいだに日本の政治と社会についての的確な指摘がはさまっている。
わたしの子どものころは排他的で、片親が外国人の子を“あいのこ”と言っていたような気がする。よその子と違った髪と顔をしたノーマ・フィールドを、おばあちゃんは可愛がり、医者や買い物に連れて歩いた。本のタイトルが「へんな子じゃないもん」というのは祖母の言葉である。
それでもノーマ・フィ−ルドは祖母や家族に可愛がられて育って幸せな子だったと思う。わたしの父方の祖母は兄姉を可愛がっていたらしいが、わたしの小さいときに亡くなった。母方の祖母は跡取りの孫を可愛がっていて、同居していたときさえ、わたしには無関心を通した。だからわたしは祖母の愛というものを知らない。わたしとノーマ・フィールドとの違いは幼児体験にあるのかもしれないと思った。もちろん優秀な学者と自分を比べるべくもないが、こういう暖かさを持つ人の言葉はわたしにはきつく感じられた。自分がひどく冷たい人間に思えて。(みすず書房 2400円+税)
コメント (2)
こんにちは、非常な読書家ですね。私も、見習いたいです。私は、自分の親との関係から、幸せな家庭と純愛を信じない大人になりました。
最後の祖母との関係の話、とても共感しました。個人的に言わせて貰うと、私は今でも、他人の幸せな幼年時代の体験を聞くと、非常な嫉妬に駆られます。子供を見ると、かわいいなんて思えないし、同じ場所にいたくないと露骨に態度で出てしまいます。周りには、なんて冷たい人間だといつも批難されます。けれども、こればかりは直らないんです。もう少し、演技を練習したほうがいいのかもしれませんが。
傷はずっと残りますが、抱えて生きていくことはできるという言葉が、ある小説でありました。私も、子供や家庭を憎み、自分をのろった過去とは決別できていませんが、優しい人たちに支えられて、何とか生きています。
あまり、自分を責めないでください。
投稿者: oda | 2007年01月07日 20:54
日時: 2007年01月07日 20:54
odaさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
私は読書で救われたり、勇気をもらったりしています。
私がシニカルであると同時に、ボランティアしたりして、あたたかいところがあるのは読書のおかげだと思っています。とはいえ、すごく嫉妬深いし、ひがみ根性丸出しにすることがありますけど。
演技の練習はしたほうがよいかもしれません。そのうち演技が身に付いてしまうかもしれない。
投稿者: kumiko | 2007年01月08日 00:11
日時: 2007年01月08日 00:11