子どものとき家に「スタイル」(いろいろと雑誌があった家だけれど多分これ)という雑誌があって、小島政治郎(こちらも多分だけど)の連載小説があった。ようこんなのを子どもだてら(?)に読んだものだといまになって思う。お金持ちのきれいな奥さま(未亡人?)がいて、おそろしくごつくてブサイクな男が使用人である。奥さまには恋人がいたのだったか、別れたのだったか。なにかのショックで奥さまは気を失う。その様子を「牡丹散て打ちかさなりぬ二三片という感じで倒れた」と表現していた。わたしはいたく感心していまだに覚えているのだが、蕪村の句と知ったのはずっと後だった。
使用人はその息も絶え絶えの奥さまを抱き上げてベッドに運び、着物をそろそろと脱がす。その後も献身的に仕えるのだが、最後に奥さまはその男といっしょに暮らす道を選ぶ。えらいショッキングな小説でありました。わたしの最初の蕪村体験は幸福だったのか不幸だったのか(笑)。
わたしは「愁ひつつ岡にのぼれば花いばら」がいちばん好き。
いま「木村蒹葭堂のサロン」を読んでいるのだが、蒹葭堂さんと蕪村は親しくしている。だけど蒹葭堂さんには蕪村の良さがわかっていないと著者の中村真一郎さんは書いている。蕪村は当時も一世に聞こえた画人であるが、二十世紀に至っても前衛性を維持している人であると。【萩原、安藤二家によって、蕪村のポエジーの業績は、はじめて正当にヴェイルを剥がれるに至ったのである。十八世紀の世粛にとっては、冗談なのか本気なのか評価の仕様のない迷惑な代物であったことは、推測に難くない。】(※萩原は萩原朔太郎、安藤は安藤次男。世粛は蒹葭堂さんの名前。)