「木村蒹葭堂のサロン」から本題以外のいろんなことを教えてもらっている。今日はネルヴァールのことを書いておこう。わたしが「オーレリア」を読んだのは70年代のことだった。その中か他の作品だったか、村の娘たちが手編みのレースを編む仕事から、工場で機械編みの女工になっていくことを書いた部分があった。産業革命だなと思ったのを覚えている。
中村真一郎は、平賀源内や司馬江漢のことを、夢のなかに生きることで、日本の文明に、西洋に向けて大きく窓を開けた人物たちと書いている。そして、彼らのことを考えるとき、19世紀半ばのフランスの夢想家、詩人ネルヴァールを連想するという。ネルヴァールはその夢想によって、閉鎖的なフランスに、東邦に向かって大きく窓を開いた。また考古学的な夢想によって、キリスト教を古代宗教の発生以後の中途に生まれた一宗教に過ぎないと相対化した。
そして続く。
【更にはタイプライターを発明(発明の2文字に傍点がふってある)することによって、当時の若き知識人の生活の基礎であった写実生という職業に脅威を与えるという結実を招いたりした。】とあるのだ。
あっと驚いた。まるで10年ほど前の出来事と同じだ。コンピュータの出現が、瞬く間にたくさんの写植業の仕事を奪った。それはものすごい早さで写植機をなぎ倒し、それで生計を立てている人々を失業に追いやっていった。
そのとき、わたしは新しい産業革命のまっただ中にいることを実感したけれども、もちろん前世紀にも同じようなことがあったわけだ。夢想家として知っていたネルヴァールにこんな一面があったとは。
ああ、またネルヴァールを読まずばなるまい。