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川端康成の「古都」は何度読んでもステキ

古都 (新潮文庫) 川端 康成「古都」を最初に読んだのは、朝日新聞に1961年から62年にかけて連載されたときだった。京都西陣の織物問屋の古い家の庭にある、もみじの古木の幹にすみれの花がひらいたのを、ひとり娘の千重子が見つけるところからはじまる。この出だしからして好きなので、数年おいては読んでいる。
薄い文庫本というのも気に入っていて、バス待ちや整骨院の順番待ち用に持って歩く。今回もそんな感じで持っていて、暖かくなったから歩いていて公園があるとベンチに座って読んでいる。知っている物語だから好きなところをさっさと広げて読む。
千重子は大きな問屋の次男坊で幼なじみの真一と待ち合わせて平安神宮の桜を見に行く。それから清水(きよみず)さんへ行こうと、南禅寺道を通って知恩院の裏を抜けて円山公園の奥を通って、古い小路を清水寺の前へ出る。春の夕靄がこめている。その時刻を目指してきた二人は舞台の勾欄(こうらん)に寄って西を眺めて言う。「真一さん、あたしは捨子どしたんえ」。
この道は何度か歩いたことがあるので、二人が歩いている姿が目に浮かぶ。美少年の真一の顔は“名刀”のようだと千重子は言う。
名刀のような美少年と、たぐいまれな美貌の千重子との恋はどうなるのかと思って読み進むと、真一の秀才の兄竜助が千重子に一目惚れする。捨て子だと言う千重子に「うちの前へ捨てとくれやしたらよかったのに・・・」とこころを込めて二回も言う。「赤んぼの千重子さんを育てたかった」とも言う。背中がぞくぞくするような恋愛小説なのだ。

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2007年04月29日 02:12に投稿されたエントリーのページです。

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