図書館で見つけてすぐに借りてきた(光文社文庫)。著者のピーター・トレメインは7世紀アイルランドを舞台に尼僧フィデルマが活躍するシリーズ(創元推理文庫で「蜘蛛の巣」上下が出ている)がすごくおもしろかった。そして彼は本名がピーター・ペレスフォード・エリスという高名なアイルランド学者なのである。
わたしはアイルランドに興味があって、鶴岡真弓さんの「ケルト/装飾的思考」をはじめとして、なんだかだと本を読んでいる。だが、ケルト幻想文学みたいなのは読み出してもなかなか最後までいかない。学問として読むわけでなく、ただの興味で読むのだからかったるくなるのだ。
ピーター・トレメインの語り口のうまさは「蜘蛛の巣」でよくわかっているので、きっとおもしろいだろうと思って読み始めたら、最初から引き込まれた。アイルランドに関わりある短編小説が11篇集められている。ほとんど現代人が祖先の地へ行く話である。目的地に着くまでに道に迷って着いたところが、19世紀のジャガイモ飢饉で死に絶えた村で、当時のままの村人に出会う話。また妻の故郷のアイルランドで、むさくるしい老婆に手渡されたお守りの悪戯妖精プーカに呪われる話。アイルランドへ引っ越してきた盲目の音楽家と妻が住む屋敷の庭に石柱があって、妻と不倫中の相手が夫を殺そうとしたとき、石柱が粘度と化して二人を取り込んでしまう話。
イギリスの支配下にあって悲惨な生活を強いられたアイルランド人は、豊かな農作物をイギリスに持って行かれ、主食であるジャガイモが疫病で壊滅的な被害を受けたため、100万人以上の餓死者を出した。本書の物語の背景にはそういったアイルランドへの哀切な気持ちがあるので、ただの幻想恐怖文学ではない哀愁がただよっていて魅させれた。