「ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密」が心にしみる理由のひとつは、ルイジアナの夏の湿った午後の描写にあると思う。そして白人中心の暮らしの中の黒人たちの描写にも目を開かされた。
1930年代の終わりのころ、人々はポーチで時間を過ごすことが当たり前で、どの家にもポーチがあった。外に通りがあり、中に家があって、そのあいだにポーチという空間があった。ヤァヤァズたちはサイドポーチで何時間も寝そべってまどろんでいた。それは少女たちが赤ん坊を抱いた母親になっても、老女になっても、ポーチで夢見たままが体に染みついている。ポーチが壁になり窓が閉められ冷房が入り、近所の音がテレビにかき消されしまったいま、そのようなことは起こりようがない。
ここを読んで、わたしの子どものころはまだ冷房がなく、夏はポーチも庭もないから道路に縁台を持ち出して、うちわを持って星を仰ぎながら涼んでいたことを思い出した。そのあとは蚊帳に入ってラジオの怪談を聞いていた。こういうのってルイジアナの黒人たちと同じ過ごしかたかもしれない。
ヤァヤァ・シスターズの一人ヴィヴィの長女シッダは、黒人のメイドのウィレッタにずいぶん世話になって育った。母のヴィヴィの不安定な状態から、ウィレッタは自分の子どもをおいてシッダたちの世話をしなければならなかった。彼女は愛情と寛容をもって子どもたちの世話をしてくれた。そのときの様子を思い出しつつ、「人種主義は残酷だ」とシッダは思う。
【誰も口に出して言わないけれど、白人の子どもは一定の年齢になったら自分を育ててくれた黒人の乳母に対する愛着を捨てなければならない、という暗黙のルールがある。白人の子どもは、一人前になったら黒人の乳母に対する愛着を捨て、かわりに一段上の立場からセンチメンタルな愛情を注いでやるのが分別なのだ。自分の母親のあからさまな嫉妬に配慮して、メイドとして雇われた黒人に対する愛情表現を控えるのが分別なのだ。】
黒人のメイドたちの態度が変わっていくのを、子どもを4人抱えたヴィヴィは切実に感じる。貧しい暮らしながらも黒人女性たちは、いままでのように黙々と働かない。お金を余分に出すと言っても、明日は別のところで働くからだめだとはっきり断る。しかし、ヴィヴィが行き詰まって子どもたちに暴力をふるったとき、子どもたちを自分の住まいに連れて行き助けたのは黒人のメイド、ウィレッタだった。