最初読んだときはいやな小説だった。「春の雪」はまた読もうと思うだろうが、「奔馬」はもう読むことはないだろうと思っていた。それがいま「春の雪」を読み終わると一直線に「奔馬」を読まなきゃと思い、読み終わったら清々しい気持ちになった。主人公の飯島勲が二十歳で死ぬことを納得できたからだろう。
昭和七年、「春の雪」の主人公松枝清顕の親友だった本多は三十八歳になった。帝大法科に在学中に高等文官試験の司法科に合格し、大阪地方裁判所詰めになり、今は大阪控訴院の左陪席になっている。子どもがなく妻と二人暮らしで平和な生活である。本多にとって青春は清顕とともに消えていた。残された「夢日記」を今も繰ってみることがある。
裁判所の上司に六月十六日に大神神社で行われる剣道の試合を見にいくように頼まれ、奈良へ行くことになる。ついでに翌日の三枝(さいくさ)の祭も見てくるようにとのことで出かける。運命のいたずらというべきか、剣道の試合で隣に座った男が、あの少年によく目を止めるように耳打ちする。剣道界で嘱望されている飯沼勲だと。それで本多は気がつく。右翼運動でめきめき頭角をあらわしてきた飯沼に関する記事を読んだことがあったのだ。経歴に松枝侯爵家の書生になり女中のみねと灼熱の恋をして出奔し、苦労の末に現在の地位を築いたとあった。その息子の勲は清々しくて強くて優勝する。
三輪山に登り下ってから滝を浴びるようにすすめられると、さきに勲が滝に打たれていた。その左脇腹に三つの小さな黒子(ホクロ)があった。清顕にも同じところに同じ黒子があった。本多は戦慄して思い出す。「又、会ふぜ。きっと会ふ。滝の下で」と言った清顕の言葉を。
三枝の祭で本多は歌人としても知られた鬼頭中将と、三十歳を過ぎた出戻りの美しい令嬢槙子に会う。
飯沼勲は本多に問われて、愛読書は「神風連(しんぷうれん)史話」だと答え、読んでほしいと薄い本を手渡す。この本こそ勲の精神なのだ。つきつめてこの本を読むと、腹を切るということにいきつく。同志を集めて決起するところを警察に踏み込まれて逮捕される。その前に槙子に挨拶に行き、送ってきた槙子と抱き合う。
本多は清顕と勲のことを考えているうちに、裁判官の仕事に打ち込めなくなり、裁判所を辞めて東京にもどり弁護士となっている。そして勲の弁護を引き受ける。
出所した勲は銀座の雑踏の中でいっしょにいた同志の手を振り切り、短刀を買い列車に乗り財界大物の熱海の別荘に行き彼を殺し、夜の海に向かって腹を切る。三島由紀夫の思想がここに鮮やかに記されていると思った。
「春の雪」は聡子、「奔馬」は槙子、二人の年上の女性の存在がすごい。