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ザ・シンフォニーホールでクラシック

兄の誘いで関西フィルハーモニー管弦楽団の第198回定期演奏会に行った。7時開演だから梅田でメシを食ってということで、シャーロック・ホームズでギネスとサンドイッチその他を食べ、大阪駅北口から歩いてザ・シンフォニーホールへ。
ここへ来るのは10年ぶりくらいだ。それに何回も来ていない。わたしがクラシックを聴いていたころはフェスティバルホールが多かった。ジャズを聴きだす前から聴きだし、ジャズと並行してクラシックを聴いて、そのうちジャズ一辺倒になった。クラシック会場の真面目な雰囲気が性に合わないのに気がついたのだ。レコード→CDはよく聴いている。

今日の演奏曲目はドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」。モーツアルト「オーボエ協奏曲」(オーボエ:チョー・ウン・ヨン)、大澤壽人「交響曲第3番」(関西初演)、指揮:飯守㤗次郎、演奏:関西フィルハーモニー管弦楽団。
お客はほぼ満員、中高年が多かったかな。クラシックは根強い人気があるんやなぁ。

「牧神の午後への前奏曲」はほんわかと眠気を誘って気持ちよくなった。「オーボエ協奏曲」はオーボエがなんだか地味な気がした。基準みたいなのがわからないのに地味と言っている。ええんかいな(笑)。
そして今日のメインエベント「交響曲第3番」について、パンフレットの解説からを交えて書いていくと・・・大澤壽人(1907〜1953)は神戸に生まれて外国人亡命音楽家にピアノを習い、1930年から足掛け7年ボストンとパリへ留学。パリで交響曲第2番を初演して成功をおさめた。1936年帰国。ラヴェル、フランス6人組、バルトーク、シェーンベルグの影響を受けたモダンな音楽は日本では受け入れられなかった。第3番はより平明に、日本の伝統を意識した作品で、完成した年の3年後にあたる〈皇紀2600年〉(1940)に捧げられた。
ということで、パリで前衛的な音楽を創った大澤が日本では受け入れられず、しかも時代は第二次大戦へまっすぐに向かおうとしている。生きていくためには〈皇紀2600年〉とつけざるを得なかったのか、心底そう思ったのか。
しかし、1937年に東京で初演されたこの曲に対して聴衆は冷たかった。大澤はこのあとピアノ協奏曲〈神風〉を発表したあとはシリアス路線に見切りをつけた。
「交響曲第3番」が戦後に通して公開演奏されるのは、今日がはじめてだそうだ。
今日の客は暖かい拍手で何度でも指揮者を呼び戻していた。熱演だったもんね。

コントラバスが7台という大掛かりなオーケストラで、終始低音が響いていたような気がする。その上に日本的な節回しが奏でられていた。西洋音楽に日本の伝統を融合するという趣旨は、かなり成功していたみたい。よくわからんが退屈しなかったし眠くならなかった。というのは、どう書こうと考えていたこともあるけど(笑)。

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2007年11月28日 01:22に投稿されたエントリーのページです。

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