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2007年12月 アーカイブ

2007年12月01日

甘く楽しいラブコメディ「ホリデイ」

ホリデイ ナンシー・メイヤーズ先日書いた「ラブソングができるまで」を読んだ知り合いが、これも楽しい映画だと教えてくださったので、DVDを借りてきた。

ロンドン郊外に住むアイリス(ケイト・ウィンスレット)は新聞記者だが、3年越しの恋が実らず、相手は他の女性と婚約する。
ハリウッドの映画予告編製作会社の経営者アマンダ(キャメロン・ディアス)は、夫と喧嘩して派手にはり倒し追い出してしまう。
アマンダは休暇をとり旅に出ようと、ネット検索で家を交換する〈ホーム・エクスチェンジ〉を探す。英語圏でと探していくと、アイリスの住むイギリスの田舎の家に行き当たる。さっそく連絡すると話が進んで、2人は休暇の間お互いの家を交換して住むことになる。
アマンダは雪の中をようやく家に辿り着き、アイリスはハリウッドの大きな家にびっくり。それからは同じ時間の二人の行動が描かれて行く。
アマンダのところにはアイリスの兄グラハム(ジュード・ロウ)がやってきて、二人は恋に落ちる。アイリスはアマンダの元夫の荷物を取りに来たミュージシャン(ジャック・ブラック)と知り合う。
また、アイリスは隣に住む元脚本家の老人と知り合い、昔のハリウッド映画の良さに目覚めて行く。アマンダはグラハムとお互いに離れがたく思うが、彼の家を訪ねると小さな二人の娘がいた。

こんな具合に、二人の女性がいままでの愛のかたちを反省し、また男たちも愛に目覚める課程がていねいに描かれている。女の子二人がめっちゃ可愛い。
甘く楽しいラブコメディだった。「ラブソングができるまで」は甘さの中にぴりっと辛みが効いていたが、こちらはスイート。

2007年12月02日

ラブ・コメディ好き

恋人たちの予感 (特別編) ロブ・ライナー「ラブソングができるまで」「ホリデイ」を見てご機嫌である。映画館へ行かないまでも、DVDで新作、準新作あたりを見ないといけないなと思う今日このごろ。
そこへ「ホリデイ」をすすめてくれたBさんから昨日の日記を読んだとメールがあった。今度は「ニューヨークの恋人」をすすめてくれた。なんか見たような見てないようなと検索したら、かなり前に見ていた。彼女はヒュー・グラントより「ニューヨークの恋人」のヒュー・ジャックマンがお好みだとおっしゃる。うーん、わたしはヒュー・グラントですね。

ついでにラブコメディはなにがよかったかと考えたら、ハワード・ホークス監督、キャサリン・ヘップバーンとケーリー・グラントの「赤ちゃん教育」が思い浮かんで一位。フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのRKOダンス映画の数々は特別賞だ。
あとはすぐにメグ・ライアンに飛ぶ。「恋人たちの予感」(1989 監督:ロブ・ライナー、共演:ビリー・クリスタル)が良かった。もっと好きなのが「ユー・ガット・メール」(1998 製作・監督:ノーラ・エフロン、共演:トム・ハンクス)だ。
そこからまたヒュー・グラントに飛んで「ノッティングヒルの恋人」(1999 監督:ロジャー・ミッチェル、共演:ジュリア・ロバーツ)。
そしたらコリン・ファースを思い出した。「ブリジット・ジョーンズの日記」(2001 監督:シャロン・マグアイア、共演:レニー・ゼルウィガー)。

あら、そんなに見ていないのか、思い出せないのか、あまり出てきません。これでラブコメディが好きと言えるのか(笑)。また思い出したら追加ということで、またね。

2007年12月03日

風邪ひき、ようやく全快

今回の風邪ひきは長かった。洟をかみすぎて鼻の頭の皮が剥けた(笑)。治ったつもりでも咳がいつまでも出ると近所の人に聞いたが、そのとおりですぐに咳き込みそうになる。シンフォニーホールでも細野ビルでも、のど飴をしゃぶっていた。
今日は3週間休んだ整骨院へ行ってきた。突然休んだので心配したと言われたけど、風邪引いて行けませんと電話するのもとためらっていたら、3週間過ぎてしまったのだ。先週は遊び優先で行けなかったんだけどね。鼻の中に柿の破片が入って云々と話して大笑いさせてあげた。
よく診てもらい、左右のバランスの崩れを矯正してもらったら、帰りに歩くのがうんとラクになった。

昨日は図書館でゆっくりした。いつもは翻訳本のところばかり行くが、思いついて水村節子の本を探したらあったので借りてきた。千野帽子「文藝ガーリッシュ」を読んで、読みたくなった本だけど忘れてた。水村節子「高台にある家」というんだけど、著者は80歳近くになってデビューしたそうだ。これだけは書き残したいという気持ちがあふれている。もう少しというところまで読んだ。少女の美しさと残酷さが詰まっている本だ。

2007年12月04日

銀杏が黄金色

数日前からなにわ筋の銀杏が金色だ。それが昨日今日、風で飛び散りだした。道の片隅で風が吹くのを待っていると、さぁーっと飛び散っていく。見惚れていた。ヒマやね。今日は真っ青な空の下の黄金色がとりわけきれいだった。
ついでに近所の公園をあちこちすると、ケヤキが紅葉して落葉がはじまっている。メタセコイアの針のような葉は木についたまま茶色くなっている。そのうち落ちるだろう。
寒椿が咲き出している。

これで寒くとも納得だわ。先日の寒さは突然で、その前までは暑かったのだから、体がついていかなかった。今日の寒さは納得できる。
なんてヒマそうなこと書いているけど、スダレをはずすのが遅過ぎて、まだ洗っていない。次の小春日和の日に洗わないと・・・。

もう10日ほど経ったから書いてもいいかな。乾布摩擦をはじめた。朝起きたらやっているが気持ちのよいものだ。半幅の白い麻のタオルを数枚持っていたので、ちょうどよく使っている。元気よく起き出してとはいかないが、ふとんの中で指先から腕にいって、お腹や胸をこすって、それから起きて背中にかかる。血行がよくなって、背中の痒いのが少しでもマシになったらいいなと思ってね。

2007年12月05日

水村節子「高台にある家」

高台にある家 (ハルキ文庫) 水村 節子突然、水村美苗の「本格小説」を読みたくなった。やっぱりよかった。何度も読んでいるのに引き込まれてしまうのはなぜだろうと考えたら、水村節子「高台にある家」を読みたくなった。千野帽子「文藝ガーリッシュ」に紹介されていて、そのときから読もうと思っていた本だ。節子さんは美苗さんの母上である。
図書館に行ったら「み」のところにお二人の本が並んでいた。帰ってからすぐに読み出したのだが、作品の世界にはまってしまって、用事はほったらかし。夢を見ているようなと言えば大げさだけど、はまりこんでいた。
水村節子は80歳に近くなってデビューした素晴らしい人だ。本書は昭和3年からの20年を描いた自伝小説である。

伯母の住む高台の家にあこがれ続けている〈私〉は、芸者あがりの母に育てられている。24歳年下の〈父〉との間の子どもで〈庶子〉として届けられているが、その背景が成長するにつれて明らかになっていく。
宝塚歌劇にあこがれ、ピアノやベッドにあこがれ、本を読む少女は恋にもあこがれる。世間的には差別されているのだが、他の女と結婚した父親に甘え、親戚に甘えるすべも知っている。
叔父から、お前は谷崎潤一郎の「痴人の愛」のナオミに似ていると言われて、のちのちその本を読んだ〈私〉は得意になる。そういう少女が結婚するのだが、伯母のすすめる相手を断って、自分で決めた相手である。だが、華やかな新婚旅行から帰った〈私〉は、迎えた家族の冷たさにおののく。
戦争のせいで夫の職場が移転し郊外に別居してからは、物資の欠乏と戦いの毎日である。そこで〈私〉の生命力が力を発揮する。そして敗戦、夫とは心が通じなくなっている。
最後がすごい。

昭和のはじめの家族制度について考えさせられた。なんと妾と芸者が生んだ子どもが多いのだろう。そして兄弟姉妹が多く、上に生まれたら下の者の面倒をみるのが当然だし、食い詰めて親戚の家に転がりこむことも多かったようだ。
大部分の舞台が大阪の下町であの辺りかとわかるし、会話が大阪弁であることも入り込みやすかったと思うが、複雑な人間関係を剛直に書いている文章の力に感心した。(角川春樹事務所 2000円+税)

2007年12月06日

山根明弘「わたしのノラネコ研究」

わたしのノラネコ研究 山根 明弘もうネコに関わりたくないという思いがある。飼い猫の花子は拾ってから19年間生き、わたしの腕の中で死んだ。その間は花子のみならず、よそのネコにも情が移り、歩いて20分ほどのうつぼ公園のガーデンキャットたちに朝ご飯を運ぶ3年間もあった。いまはお腹を空かせたネコを見てもごめんねと言って走り去る。
ネコの本も絵はがきもたくさん買っている。かなり整理したけど、捨てがたいのはまだ持っている。新しいネコ本は買っていない。
というわけで、あまり読みたくない本であるが、手許にあるとやっぱりどんなことが書いてあるか気になる。そんなわけで読み出したが、これがべたべたのネコ可愛がりの本なら、もうたくさんとなっていたろう。

山根さんは学者である。本書を開くとまず、「ノラネコって何?」という章があり、次に「わたしがノラネコの研究をはじめたきっかけ」があり、「ノラネコの研究の意味」と続く。そしてだれにでもノラネコの研究はできるよとなって、「個体識別カード」その他の用紙がコピーして使えるようになってる。10数年前なら活用できたのに残念だ。わたしらはこんなに精密なことはしなかったけど、一応ガーデンキャット全員に名前をつけて出席簿をつけていた。公園のネコは入れ替わりが激しいから3年で100匹近いネコと出会ったはず。はじめて使い始めたマックプラスで作った表組を大切にしまってある。
山根さんは調査のしかたを教え、怪しまれないように近所の人たちへノラネコ研究中のチラシを配ることも教え、調査七つ道具なるものも教えてくれる。
そのあとが九州大学大学院 理学研究科 生態学研究室での研究のひとつとして、福岡県の相島(アイノシマ)に1軒の家を借り7年間観察を続けた話。体重測定やDNA鑑定などのことも優しく詳しく書いてある。発情したメスをめぐるオスの順位とか行動圏とかおもしろい記述が多い。(さ・え・ら書房 1300円+税)

2007年12月07日

クラシック・ミステリーの佳作 M・R・ラインハート「ジェニー・ブライス事件」

ジェニー・ブライス事件 (論創海外ミステリ) メアリ・ロバーツ ラインハートM・R・ラインハート(1876〜1958 アメリカ、ペンシルバニア州ピッツヴァーグ出身)の作品をはじめて読んだ。読みやすそうという単純な理由で読み出したのだが、おもしろかったのでよかった。アガサ・クリスティより10年先輩だが、「アメリカのクリスティ」と言われていたそうだ。作品の多さと達者な書き方や明るい表現で似通っているのだろう。
本書は1912年から連載をはじめたというから古い作品だけど、主人公の下宿屋経営者ピットマン夫人のイキイキした行動や話しぶりが活発で気持ちよい。

〈私〉(ピットマン夫人)は良家の娘だったが、15歳のときイギリス人と恋をして駆け落ちした。20年間の放浪の末、夫が亡くなり100ドルほどのお金を持って故郷のピッツヴァーグへもどった。いまはアレゲーニー川の下流で家を借り、賄い付きの下宿屋をしている。近所に劇場があり泊まり客がいるのでなんとかやっていけている。懸命に働いてもたいしたことはない。夏の夜に公園のベンチに座って昔住んでいた、いまは妹所有の大きな屋敷を眺めることがある。
川は毎年春になると雪解けの水が氾濫する。その年もそうだった。地下室、1階と水は上がってくる。下宿人は劇場関係者のラドリーと妻のジェニーと犬のピーター、絹製品を売っている商人のレイノルズ氏である。水を避けて上の階に一時行くように言うが、ラドリー夫妻の様子がおかしい。ジェニーはその後出て行ったのか姿が見えない。
外はボートで行き来するようになり、ピーターと外を見ていると、向こうから犬用の生レバーとトレイとペーパーナフキンをたくさん乗せたボートがやってくる。ホルコムと名乗った彼は、ポケットからノートを出し、いままでに救援した犬は48匹、猫は93匹ですよと言ってピーターにレバーを食べさせてくれた。そして〈私〉が動揺しているのを見てなにかかぎつれる。事件こそ彼の生き甲斐らしい。

ジェニーはどこへ行ってしまったのか、殺されたのか。〈私〉は警察へ行って怪しいと思ったことを訴える。そしてホルコム氏とともに死体なき殺人事件の捜査をはじめる。
新聞記者のハーウエル氏と〈私〉の妹の娘リダとの恋にも一役買い、殺人事件も解決し、めでたしの結末。
ハーウエル氏が聞く。「・・・そんな冷たい仮面で世間をごまかしても、みだしなみはレディそのもので心は少女のままじゃないですか。いったい何者なんです?」(鬼頭玲子訳 論創社 1600円+税)

2007年12月08日

書店の棚の前で

久しぶりにジュンク堂書店でゆっくりした。どこよりも本屋にいるのがいちばん落ち着く。翻訳ものの棚を見ていたら、ロマン・ロラン「ピエールとリュース」のきれいな新刊があった。なつかしいなぁ。中学生のわたしは姉が買ってきた「魅せられたる魂」が好きで何べんも読んだものだ。たしかアネット・リヴェイールって女性が主人公だった。
それからロレンス・ダレルの「アレキサンドリア四部作」もとってもきれいな本だ。うちにあるのは古ぼけて字が細かくて読みにくい。生活が落ち着いたら(そんなことがあるのか)ゆっくりと読みたいものだ。
新しく目にするイギリス、フランス文学のまだ知らない作家の名前にくらくら。読書欲がめらめら。
文庫本では贈り物用に探した「No.1 レディーズ探偵社」のシリーズは1冊もなかった。そのうち映画が上映されるころには再販が出るだろう。「抱擁」がないのも心配。そのうち買おうと思っているのに。
はじめて読む作家アン・クリーヴス「大鴉の啼く冬」と、レジナルド・ヒルのダルジール・シリーズでまだ読んでなかった「薔薇は死を夢見る」があったので買った。

あとは女友だちと待ち合わせて晩ご飯を食べに行った。いつもと違うお店、丸ビルのカンテグランテでチャパティ定食とビールで満腹。あとはスタバに似たカフェでお茶して、ずっとしゃべっていた。おしゃべりのほうも満腹。

2007年12月09日

アンジェラ・バレット「スノーグース」

スノーグース ポール・ギャリコバーバラ・クーニー亡きあと、いちばん好きな絵本画家がアンジェラ・バレットだ。「白雪姫」のお姫様や継母の美しさが素晴らしい。神秘な森も素晴らしい。王子様がこれまた美しくてしびれる。なんでこんなに美しく描けるのかしら。真っ正面から美しいんだから。「アンネ・フランク」もアンネという個性的な少女をよくとらえて、悲劇的な美しさである。

「スノーグース」はポール・ギャリコが1940年に発表した短編小説に、アンジェラ・バレットが絵をつけて2007年に発行された絵本である。少女が傷ついたスノーグースを抱いている表紙を見ただけで暗そうな物語とわかる。すこしたじろいだが、少女の意志の強いまなざしに惹きつけられて読み出した。

イギリス東南部のエセックス沿岸にある大湿地は、渡り鳥が餌を探し、住む人はいないが牡蠣を採りにくる人がいる。古い防波堤も灯台も役目を終えている。この灯台に背中に醜いこぶがある青年がやってきて住むことに決め、まわりの湿地とともに買い取る。彼は野鳥や風物を描いている画家である。まわりの冷たい目がいやで、2週間に一度村へ買い物に行くほかは一人閉じこもって暮らしている。
そんな彼のところへ一人の少女が怪我をしたスノーグースを抱いてくる。きっと彼が治してくれると信じて。それから画家と少女の交流がはじまるが、スノーグースの飛来に合わせて来たり、途絶えたりして何年かが経つ。金髪の少女は成長していく。
第二次大戦がはじまり村で戦況を知った画家は、ボートで自分のできること(戦火のダンケルクの浜にいる兵たちを浜へ近づけない輸送船へ乗せるため)をしにダンケルクへ行くことにし、彼女に別れを告げる。哀しい結末を告げようとにスノーグースが飛んでくる。(片岡しのぶ訳 あすなろ書房 1500円+税)

2007年12月10日

毛利子来・山田真「育育児典」は座右の書

育育児典 山田 真著者の一人、山田さんには二度お目にかかったことがある。これがおもしろいとミステリーを薦めていただくこともたびたびで、忙しいお仕事の合間の息抜きの相手に、わたしはちょうどよい相手みたいだ。
本書を送っていただいてうれしかったが、育児本だからちょっと当惑もした。しかしページを開いたら、なんと! 人生哲学がつまった本だった。
「暮らし」と「病気」の2冊にわかれて箱に入っている。とてもカラフルな表紙で持ちやすい大きさ、読みやすい文字、楽しいイラスト、育児だけでなく、生きていく上での知恵もいっぱいあり、子どものいる人たちがなにかにつけ頼りにできると思う。
「病気」は子どもだけでなく大人にも通用すると思う。先日風邪を引いたときは本書をめくってどうしようかと頼っていた。

「暮らし」の最初の黄色いページに「この本の使いかた」とう項目があるので引用する。【この本は育児にたずさわるすべての人たちと、今後育児にかかわってほしい人に向けて書かれています。ですから、母親だけでなく、父親にも、親になる可能性のある人にも、また祖父母や親戚、友人、知人のほか、保育士、幼稚園教師、ベビーシッター、子育て支援スタッフ、さらには小児科医、保険師、などの方々にも、おおいに使っていただけるはずです。】
長々と引用したのは、わたしはこの本の読者に一番遠いんじゃないかと思って読みだしたから。あてはまるのは、〈親戚、友人、知人〉くらいだ。だけど、いろんなページを読んでいると、わたし自身が生きていく知識を得たし、背中を押してもらったような気持ちになった。
また引用だけど、すごく好きな言葉があった。【たとえば困ったときやつらいときなどに、子どもにうちあけ相談してみるのです。それだけでも気が楽になるだろうし、意外に力になってくれるものであります。赤ちゃんでも、そうしてみれば、なんとなく解決法が浮かんでくるのではないでしょうか。】
素晴らしい剣客のような境地にある人生の名人のお二人の想いがいっぱい詰まった本なのだ。(岩波書店 3800円+税)

2007年12月11日

1日2食で2年半経った

1日2食生活をたしか6月からはじたという記憶があって、調べたら2005年6月11日からはじめていた。今日で2年半である。始めてから一度も朝ご飯を食べていないし、食べる気がおこらない。
夕方7時頃に晩ご飯を食べて、それからは水分だけで夜中過ぎまで起きている。このときがいちばんお腹が減る。でも食べない習慣がついたのでこんなものかと思っている。たまにライブの帰りに飲んだり食べたりするが、それから3時間は起きていることにしている。
朝は起きるのが遅いけれど、普通にお腹が空いているという感覚で目が覚める。水を飲んで用事をして12時に昼食である。
やりはじめのころは、かなり食べ物を制限していたが、最近はたまにはタマゴを食べるしチーズも食べる。たまーにケーキも食べる。そんなもんで、やりはじめに劇的に体重が減ったのだが、最近はもどっているみたいで、怖くて体重計に乗っていない(笑)。でも、増えてはいないと確信している。柿のシーズンが終わるから果物からの甘みは減る予定(笑)。

2007年12月12日

セドリック・クラピッシュ監督「青春シンドローム」

青春シンドローム セドリック・クラピッシュヌーベルバーグ以後のフランス映画にうとくなっていると気がついてから、新しいフランス映画を機会があれば見ようと思っているがなかなかだ。セドリック・クラピッシュ監督の映画も「猫が行方不明」だけしか見ていない。
「青春シンドローム」(1994)は日本語タイトルはダサイが、見出しを読んだら〈SEX、ドラッグ、ロックンロール・・・〉とあっておもしろそうだ。
5月革命やらあった60年代後半から70年代にかけての学生運動ではなく、その後の1975年の物語である。パリでは高校生が失業者と連帯しようという運動が起こった。

映画の最初のシーンは産科病棟の待合室で4人の若い男性が待っているところである。通りかかった生まれた子を抱いた夫婦に、誰の子どもを待っているかと聞かれて、自分らの子どもではない、父親は死んでいると答える。麻薬中毒で突然死んだ友人トマジの恋人ソフィーの出産を待っているのだ。そして4人はそれぞれの高校時代の回想に入っていく。
仲良しグループの5人はいつもつるんでいて、誰か1人が先生に反抗するとみんなが肩を持つ。それぞれの家庭で親と摩擦がある。4人の家庭が個別に描かれるのに、死んだトマジの家庭は描かれない。天使のような笑顔の少年(太い眉が印象的なロマン・テュリス)はグループの中でも異質で、校長から毛嫌いされても平然としている。
麻薬漬けの何日かを送ったトマジが学校へ行くと、いつもいる音楽室には4人はいなくて、彼らは自習室で受験勉強をしている。外に出ようと誘うと、進学があるからと断られたトマジは音楽室であばれる。教師や校長に止められ、退学を言い渡されたトマジを追ったのはソフィーだけだった。
麻薬で死ぬ以外に自分を生かせなかったトマジに思い入れてやるせなさが残った。

2007年12月13日

ベルリンの闇を描く5編「ベルリン・ノワール」

ベルリン・ノワール テア ドルン「現代ウィーン・ミステリー・シリーズ」全9巻のうち6冊を読んで、アメリカともイギリスとも違うヨーロッパの街と人の魅力に惹かれた。犯罪小説だから街の暗部が出てくることが多いが、底知れぬ暗さにすこしだけだが触れることができたように思う。翻訳が出ていることに感謝だ。
図書館で「ベルリン・ノワール」の文字を見つけて借りてきたのは、扶桑社から2000年に出た、ベルリンの5人の作家の作品を集めたもの。
5人の作家と作品名は、東ベルリン出身の、カール・ヴィレ「狂熱」、フランク・ゴイケ「ガードマンと娘」、ベアベル・バルケ「ブランコ」、西ベルリン出身のハイナー・ラウ「廃墟のヘレン」、テア・ドルン「犬を連れたヴィーナス」。
5人の作家がそれぞれ違っているのに、共通なものがある感じ。ウィーンの作品の湿り気の代わりに独特の猛々しさがある。
壁によって東西に分断されていたベルリン。都市近郊鉄道(Sバーン)はベルリンの東西をつなげて走っている。東出身の作家は旧東地区を、西出身の作家は西地区と、それぞれの駅を分担している。

本の順番でいくと。
「犬を連れたヴィーナス」・・・最近手に入れた犬を連れて電車に乗った女は、やはり犬連れの女性と言い合いする。その喧嘩のさまもすごいが、その犬の元の飼い主、毛皮を着た老ヴィーナスがめちゃくちゃすごい。
「ガードマンと娘」・・・警備会社から派遣されてベルリン中央駅の警備を担当しているおれの語り。駅を根城にしている浮浪者や麻薬中毒のパンクたちの中にいた少女と親しくなる。おれはナイフをポケットにしのばす。
「廃墟のヘレン」・・・ジャガーが故障している間、電車通勤をやむなくしているマルコは車中で昔の知り合いのハフナーがみすぼらしいなりをしているのを見つける。彼はベルリン自由大学で哲学を教えており、マルコの恋人は彼に夢中だった。マルコはそっと立ち去ったまま月日が経っていた。あとは電車を降りた二人の今夜の異常な出来事。
「ブランコ」・・・酔っぱらい女から盗んできた衣類や金を入れた袋をかかえて電車に乗ったブランコは、女のところへ行こうとする。かたや、レクスロード夫人は夫が不倫していると思って追求すると、不倫相手は男で、その男は夫に大金を要求している。
「狂熱」・・・大学図書館の文書保管庫で整理係をしているわたしは孤独だったが、あるとき一人の男を知る。マルティーナという女とマルテンという男とマルティンという若い男の代わりばんこの語りで進行するが、最後には悲劇が。(小津薫訳 扶桑社 1333円+税)

2007年12月14日

乾布摩擦は気持ちがよい

そろそろ1カ月近くなるが毎朝起きると乾布摩擦をやっている。効果はまだわからないが気持ちがいいので続きそう。いま検索してあちこち読んだら、すすめている人と、やり過ぎて皮膚を傷めないようにと書いてる人のがあった。いろいろやってみて日本手ぬぐいがよいという人がいた。鍼灸室のブログに、経絡にそって乾布摩擦をしたらよいとあったので、なるほどと思ってメモした。そろそろと気持ちの良い方向でやっていこう。
いろんな健康法を読んではやってみて、そこそこで飽きてしまう。器具を買うなんてことはないのでまあいいかと思うが(笑)。
自立訓練法はほんまに気に入って続けていたが休んでいる。かなり続けたし性にも合ったらしく、〈右腕が重い〉とつぶやくと、すぐにほんとに重く感じるようになった。で、ふんふんと納得できたら休んでしまった。はぁ、また今夜から再開しよう。

2007年12月15日

アイドル、わはは

今日はシャーロック・ホームズの忘年会に行ってきた。ダーツの常連さんたちが主なのだが、長年お店で顔を見合わせているので気兼ねはない。
会費を払ったらプレゼントはと言われて、用意するのを忘れていたのに気がついた。お店のビール券を封筒に入れてもらって応急措置(笑)。30人ほどのみなさんが挨拶したりにっこりしてくれて、居心地良く楽しんだ。
ビール飲み放題といってもわたしは1パイントを持て余すが、相方がそのぶんくらい飲んだかな。料理がいろいろあっておいしかった。わいわいがやがやと食べるのがすむと、プレゼントの交換があり、集団のダーツ遊びがはじまった。わたしは運動オンチだから遠慮したが、相方が教えてもらってけっこう必死でやっていた。これからダーツに凝りそうだ。
乾杯の音頭をとった長老のかたが話しかけてこられ、それからずっと彼のお相手。戦争中に集団児童疎開をしたところから、サラリーマンから独立して商売をして失敗して再起してと、一生の物語を聞いてしまった。ダーツは20年していて、そのせいでボケてないとか。
年配のカメラマンのかたは写真を撮ってくれるし、最近のわたしは高齢男性にモテモテなのだ。
先日、谷町9丁目のSUBでエディ・ヘンダーソンのライブがあったときも、ベースの西山さんが〈くるみちゃん〉と名前を間違えて、何度も話しかけられたので笑ってしまった。彼もたしか75歳だもんね。
こうなったら、なににせよ一芸に秀でた高齢者のアイドルになったるわいと悪のりするのであった。

2007年12月16日

阿部公彦編「しみじみ読むイギリス・アイルランド文学」

しみじみ読むイギリス・アイルランド文学 (現代文学短編作品集) ベリル・ベインブリッジ今年の6月に出た本である。図書館にもう一冊あって「しみじみ読むアメリカ文学」というのだが、若い人向けの文学入門書なんだろうか。12編の短編小説と詩が集められていて、長めの親切な解説がついている。とりあえず興味のあるアイルランドが入っているほうを借りてきた。
知っている作家はエドナ・オブラエンとカズオ・イシグロだけだが、それぞれ読みやすくてすぐに読了できた。ちょっとかなわんところもあった。作品ごとに目次に〈思春期しみじみ〉〈母親の苦労しみじみ〉とか入っているのである。
作品はそれぞれ現代のイギリスとアイルランドが表現されていておもしろかった。

ヒューゴー・ハミルトン「ホームシック産業」は、アイルランド関係の製品を作り国内用と輸出用の両方を扱っている会社の配送部長の〈わたし〉の屈折した気持ちが述べられている。〈わたし〉の仕事は、アイルランドの物産(伝統音楽、アイルランド教材、アランセーターなど)を世界中に届けることだ。ある日社長がやってきて、表に停まっているトラックに荷物を載せてしまわないと、いつまでも道を占領しているわけにはいかないので、自分といっしょに運んでほしいと頼む。自分の仕事ではないと断ると論争になる。この論争がアイルランド的というのかおもしろい。結局さきに仕事をはじめた社長といっしょに働くのだが、社長は負けた〈わたし〉にとどめを刺したりしないで、「埋め合わせはするよ」と電話で言う。しばらくして〈わたし〉の誕生日に社長からとどいたのはアランセーターだった。〈わたし〉はそのセーターをどこかへ出て行くセーターといっしょにする。何日かしたらマドリッドのどこかの宛先へに届くはずだ。
解説者の説明に【アイルランド性の拡散が、アイルランド性の回帰に結びついてしまうのを、このように苦く滑稽なアイロニーで描くのがこれまたなんともアイルランド的というほかない。】とあって納得した。(松柏社 2000円+税)

2007年12月17日

スーザン・ヒル 文 アンジェラ・バレット 絵「キッチンの窓から」

開いた窓からキッチンへすがすがしい風が通っていくのを感じる表紙。イギリスの田舎の家のキッチンの四季を描いた絵本である。本を開くとカーテンが風で舞い上がっていて、調理台の上にはレタスやニワトコの花が見える。

冬からはじまって季節ごとのキッチンの様子と料理の説明がある。冬のキッチンの主役はシチュー鍋、脇役は土のついた根菜、遠い国からやってきた果物類が鮮やかな色を添える。ティータイムやクリスマスの料理がいろいろ。
春は大掃除をして食器棚の整理もする。イースターがやってきて卵料理のいろいろ。ニワトコの花はローションになり、花のリキュールになり、ジュースやアイスにも使う。
夏になるとドアも窓も開けてお料理、キッチンには果物の甘い香りが漂う。スグリのジュース、ラズベリーのアイスクリーム、そして外に出てピクニック。
秋がきたら、あらゆる木の実でゼリーやチャツネづくり、プラム酒もつくって冬の楽しみに。カボチャ、キノコもいっぱい。そして貯蔵庫には並んだ瓶詰めが宝物のよう。地下室には根菜がぎっしりとつまって、いつ冬がきても大丈夫だ。

溜め息のでる絵本だ。アンジェラ・バレットの絵はすべてを描ききっている。カーテンの柄、壁紙の模様、花を生けた焼き物の花瓶の模様は花を生かしてすてき。野菜の絵も皿に盛られた料理の絵もすてき。何度見てもすてき。
アンジェラ・バレットはロンドン在住のイラストレーター。彼女が描いた「秘密の花園」が欲しい。(ウィルヘルム菊江訳 西村書店 1854円)

2007年12月18日

シェトランド島つながり

シェトランドといえばシェトランドセーターしか思い浮かばなかったが、この間からアン・クリーヴスの「大鴉の啼く冬」(創元推理文庫)を読みはじめて、えらい北にある島なのだと認識したところである。
川出正樹氏さんによる解説に、この島を舞台にした作品はイアン・ランキンの「黒と青」と、もう1冊ダンカン・カイルの冒険スパイ小説の2冊しかないと書いておられる。とはいえ、両方とも複数の舞台の一つであって、全編をこの最果ての島にしたのは本書がはじめてだそうだ。
ということなので、イアン・ランキン「黒と青」を出してきて、シェットランド島にリーバス警部が行くところを探した。リーバス警部はスコットランドはエディンバラの場末の警察署に勤務しているが、事件を追ってアバディーンからシェトランド島のサンバラ飛行場までヘリコプターで飛ぶ。アバディーンから島までフェリーで行けば14時間かかるそうだ。なんと北緯60度、もうちょっとで北極である。
迎えにきた島の警官はリーバスの手伝いをするつもりだったが、リーバスが断ると「でも、わたしは警察に20年勤めているんですよ。これが初めての殺人捜査なんです」と言うくらいの犯罪と無関係の土地なのだ。
その島で女子高校生の絞殺死体が発見される。シェトランド島の警察官ペレス警部の着実な仕事ぶり。あと三分の一読めば全貌がわかる。早く読も。

2007年12月19日

「うどんや風一夜薬本舗」の「しょうが飴」

先日ミクシィの日記に、〈大阪のおばちゃん〉はいつも飴を持っていて社交の道具にしていると、どこやらで読んだことを書いたところ、いろいろと反響があった。昔のことだが、電車の中で飴だけではなくミカンや天ぷら(どんなんや?)も出して、話しかけてきはったというおばちやんの話には笑った。
そこへ「大阪では常識と聞きましたがほんとうですか」と関東の人に聞かれたのが、「うどんや風一夜薬本舗」の「しょうが飴」。そんなん知らんがな。
わたしはその会社の存在は知っていた。田辺寄席へ通っていたとき、会社の前を通っていたから。ただし日曜日だったからお店の中は見えなかったが、「うどんや風一夜薬本舗」ののぼりが数本はためいているのがおもしろかった。「うどんや風一夜薬」というネーミングが抜群におもしろいよね。落語「ときうどん」を思い出す。

サイトを見たら商品は「うどんや風一夜薬」と「しょうが湯」と「しょうが飴」である。全国の東急ハンズで「しょうが湯」と「しょうが飴」を売っているとある。さっそく今日買いに行ったら、中辛と辛味とがあったのでとりあえず中辛を買った。1袋380円。口に入れたら生姜の味と香りを感じる。風邪が治っていて残念だわ。でも、これがあるから今度風邪を引いても大丈夫?

2007年12月20日

冬は鍋だけじゃない、汁もうまい

今年は急に寒くなったりしたから鍋物の出番が多い。たいていが洋食の我が家では和食というと鍋になってしまう。いまから鍋に飽きたら困るわと、なにかヒントがないかと本を出してきた。丸元淑生さんからはスープの基本をもう一度読み直し(いつのまにか我流になっているので)、次に開いたのが、佐藤隆介編「池波正太郎 鬼平料理帳」である。困ったときの料理帳(笑)。
〈冬〉の項を開くと、〈汁〉だ!
のっぺい汁、蜆汁、根深汁、狸汁、鴨脂と千住葱の吸物があった。これだこれだ! どれにしようかと考えたら、やっぱりいちばん馴れている狸汁だ。次はのっぺい汁にしよう。そう考えたらいくらでも汁物が浮かんでくる。豚汁、さつま汁、団子汁、三平汁、粕汁、雑煮・・・。
というわけで、今夜は狸汁でした。

今夜の献立
ニンニク酢漬け、焼酎湯割り(九州の友人からの贈り物、熊本の倉岳)、とりレバーとセロリのニンニク炒め、かぶ酢、たぬき汁、ご飯、大根葉とチリメンジャコの煮物、梅干し、焙じ番茶、柿の種。

2007年12月21日

アン・クリーヴス「大鴉の啼く冬」

大鴉の啼く冬 (創元推理文庫 M ク 13-1) アン・クリーヴスはじめての作家だったが書店で手にしてなんとなく良さそうだと思った。解説に2006年度英国推理作家協会賞最優秀長編賞を受賞したとある。著作リストを見たらすでにたくさんの作品を書いている人で、本書は19冊目にあたる。そして〈シェトランド四重奏(カルテット)〉の第1作となる。アン・クリーヴスはシェトランドの春夏秋冬それぞれの季節に合わせて四重奏を奏でる予定だそうで、第2作はもう脱稿したということだ。本書がたくさんの人に読まれて次作も翻訳されることを願う。

本書はイングランド本島からはるか離れた、北海の北のあたりに浮かぶシェトランド諸島の一つの島が舞台となっている(ただし作品に書かれているのは創作した村だそうだ)。年中吹き荒れる強風のために木が育たないという極寒の地である。寒さの描写がしっかりと書かれているので、登場人物といっしょになって冷え込む気分になる。熱いお茶を飲むシーンでほっとしたり。

独り住まいのマグナスは元旦なので窓に灯りが見えれば誰か来るかと、暖炉で泥炭を燃やし、ウィスキーと菓子を用意している。だがこの家には8年間だれも来たことがない。うとうとしていると娘が二人がいたので中に入れる。女子高生のキャサリンとサリー。
5日後に美貌で才気煥発なキャサリンの絞殺死体が雪の中で発見される。発見したのは画家のフラン。ロンドン出身だが当地の有力者ダンカンの前妻で、娘のキャシーと二人暮らしである。
警部ペレスは他の島の出身で本土の警察にいたが、離婚した後この地へ〈栄転〉してきた。
マグナスは知的障害があり、保護者の母親が亡くなってから、だれにも相手にされずに暮らしている。8年前に行方不明になった少女を殺したと噂されてもいる。今回の事件のいちばんの容疑者として逮捕されるが、ペレスには納得がいかない。

この島ではだれがなにをしても翌日にはだれもが知っているという村社会である。その中でのけ者のマグナス、よそ者のフラン、キャサリンも転校生だった。ペレスも他の島の出身だ。そういう彼らの気持ちや行動もよく書かれている。傍若無人なキャサリンに対して、殺意を抱いた犯人の気持ちもよくわかる。

ペレスはフランに淡い恋心を抱くが、そのままというところがいい。ヘンに好きあったりしないところが大人の小説だ。(玉木享訳 創元推理文庫1100円+税)

2007年12月22日

朝から雨、夜も雨

目が覚めたら雨が降っていた。洗濯は休みと思ったらのんびりした気分だ。干場が狭いからまとまると困るんだけど。知り合いのブログに、忙しくて洗濯ものが溜まり何回も洗濯機をまわしたとあったが、干すところが広いのか乾燥機なのか気になる。

午後は図書館へ行った。期間延長したデリダの本を読み切れずに返却してまた借りた。お正月は勉強だ。
先日からA・S・バイアットの「抱擁」をまた読みたい気分になっていたので、座って読み出したのだが、もっと読みたくなりまた借りた。いつもそばに置きたい本だ。
モードは上流階級出身の学者でフェミニストである。ローランドは都市の中産下層階級の出身の学究者である。学問以外に二人が同席する場所はほとんどない。【こういったことはすべて〈ロマンス〉の道具立てにほかならなかった。・・・ロマンスへの期待が、よかれあしかれ西欧世界のほとんどの人を、一生に一度は支配するのと同じように。】
現代の作家は大手を広げてロマンス小説を書くわけにはいかない。内容豊かな物語を作り上げ、屈折したかたちでロマンス要素を入れた作品を書いたことにおどろく。
映画もとてもいいのでまた借りてきて見よう。モードはグウィネス・パルトロウ、ローランドにはアーロン・エッカート。

夕方、まだ雨がたくさん降っている中をシャーロック・ホームズへ。ヴィク・ファン・クラブの例会日なのだ。この雨ではだれも来ないと思うのだが、一応行っておかないと。相方がダーツをするというのでいっしょに行ったのだが、今夜のダーツはベテランばかり揃っていたので、ギネスを飲んで食事して帰ってきた。

それからお茶して、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「さすらい」のビデオを見た。久しぶりに見たのだがすごい映画だった。そのうち感想を書こう。

2007年12月23日

夏物をしまうのは早めに

夏の終わりが遅かったと言い訳しながら、寒くなってからスダレをはずした。涼しくなってからのスダレは哀れっぽいが、暑いからまぁええやろとさぼっていたのだ。埃っぽいのをそのままベランダに置いているうちに寒くなった。ベランダへ出るたびに気になっていたが、今日は暖かった(昨日より気温が5度高くなるという天気予報だった)のでようやく洗った。2・3日天気が続けば乾くだろう。
夏のものをしまうのは早めにというのが今回の教訓である。

クリスマスイブのイブとかで、知り合いのミクシィ日記を読むと、ご馳走の写真やレストランで過ごした記事が多く目につく。わたしはどこも出て行かなかったし、普通のご飯を食べた。さっき夜のウォーキングに出かけた相方が、帰るなり心斎橋はカップルばっかりや〜と言うていた。

一昨日スーパーへ行ったら、いちばん目立つところにカボチャが山盛りだった。昨日は冬至だったからね。一昨日は〈カボチャのほうとう〉を食べた。昨日の昼はカボチャサラダだった。これからは冷凍カボチャがあるし、カボチャは年中食べている。

2007年12月24日

赤イサキの鍋がうまかった

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一昨日はシャーロック・ホームズで食事したものの、昨日は和食で目刺しとヤツガシラの煮物等で、クリスマスのクの字もない我が家。今日はなにが食べたいかと討議の末、魚の鍋がいいなということになった。
ウォーキングのついでに魚を買ってくると相方が出かけて、スーパー玉出で山ほどあったと買って来たのは、見かけない魚一匹。〈長崎産 赤イサギ〉と名札がついて、725グラムで、なんと348円なのだ。
はじめて知った名前なので、検索したら漁師さんのサイトに出合った。食べ方も出ていて、〈しゃぶしゃぶ〉と〈鍋〉があり、〈ブイヤベース〉もあった。他のブログにはイタリアンにいいと書いてあった。魚をおろすのは相方の仕事である。ウロコを水の中で取り三枚におろして大皿に並べると金目鯛に匹敵する。ありゃ、目が小さいか(笑)。

鍋の場合はアラを入れてじっくりと待ち、それから食べたらいいとのこと。待っている間にMさんに送っていただいた熊本の焼酎「倉岳」の湯割りをつくって肝を食べた。小さいけど美味。そしてアタマとアラをせせって食べた。
あとは普通の鍋物だが、魚を一切れずつ入れてさっと火が通ったところを食べた。最後は雑炊にしてきれいに平らげた。

2007年12月25日

ミケランジェロ・アントニオーニ「さすらいの二人」とマリア・シュナイダー

さすらいの二人 ミケランジェロ・アントニオーニ「さすらいの二人」(1974)のビデオを久しぶりで見た。こんなストーリーだったのかと、マリア・シュナイダーがきれいだったこと以外は、ほとんど忘れていたにのにおどろいた。
最近になって見直したのは「女ともだち」(1956)「夜」(1961)「太陽はひとりぼっち」(1962)、そして「さすらいの二人」(1974)。そのほかに見ているのは「情事」(1960)「欲望」(1966)「砂丘」(1970)。

マリア・シュナイダーを最初に見たのは、ベルナルド・ベルトリッチ「ラストタンゴ・イン・パリ」(1972)だった。マーロン・ブランド扮する見知らぬ中年男の相手役で、当時としてはすいぶん過激なセックスシーンがあった。彼女はとても若くて新鮮だった。「さすらいの二人」はその次の映画だが、これもアメリカの俳優(ジャック・ニコルソン)の相手である。ついでにその他でわたしが見ているのは「危険なめぐりあい」(1975 ルネ・クレマン監督)で女子学生役、ずっと年月が経って「ジェイン・エア」(1996)ではロチェスターさんの狂った妻役だった。ちょっとしか出てこなかったが、さすが上流階級らしさがある狂女だった。

男はテレビのレポーターでアフリカへ来ている。大統領とのインタビューでは権力者に添った質疑応答に終始しているが、その後の行き先は砂漠地帯で、途中でジープは砂に足を取られてしまう。どうしようもなく荷物を持ってよろよろとホテルへ戻ってくる。隣室の男と知り合うが、その男は心臓発作で倒れる。彼は自分とよく似た男の死体を見て、入れ替わってしまう。
入れ替わった男がゲリラへの武器の密輸人であり、また彼の妻は夫の死の真相を知るために、最後に話をした男を捜そうとする。
武装ゲリラの一味と妻からひたすら逃げる途中で、助けてくれた女子学生は彼に惹かれ、いっしょにレンタカーでスペインを走る。バルセロナの風景がさすがアントニオーニの映像だ。
マリア・シュナイダーは可憐なところもあり、したたかなところもある建築を学ぶ学生である。男に先に帰り違う街でまた会おうと言われてバスに乗るが、またもどってきてホテルに部屋をとっている。男のいるホテルの窓から広場が見える。あてどなく歩き回る彼女の姿にどうにもならない先行きが見える。

2007年12月26日

アステアの映画を2本「踊らん哉」と「カッスル夫妻」

踊らん哉 マーク・サンドリッチカッスル夫妻 晩ご飯後のお茶のお菓子代わりに、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースの映画を一昨日と今日見た。古いビデオ&レーザーディスクなので、見てから置いておくか処分するか決める。

まず「踊らん哉」(マーク・サンドリッチ監督 1937)は何度も見ているけど、何度見てもおもしろいし、ダンスも歌も素敵。
アステア扮するロシア人の大バレーダンサーのペトロフは、バレエをおいて目下タップダンスに凝っている。実はアメリカ人なのだ。ロジャース扮するリンダはパリで有名なアメリカ人のダンサー。写真を見て一目惚れした彼は、癇癪を起こしてアメリカへ帰って結婚するという彼女を追って、大西洋を行く豪華船へ。
船ではいろんなことが起こるが、黒人労働者の中に入ってのダンスが素晴らしい。船の中でもアメリカへ帰ってホテルでも吉本みたいなやりとりがあって笑わせる。わたしはこの映画で〈サスケハナ刑務所〉を覚えた(笑)。
公園でのローラースケートでの踊りや、ナイトクラブ(?)でリンダが呼び出され、続いてペトロフが呼び出され、とっさに踊り歌うシーンも格別。

「カッスル夫妻」(ヘンリー・C・ポッター監督 1939)は二人の9作目で、これを最後にコンビを解消し、ロジャースは演技派の道を行く。その後「ブロードウェイのバークレー夫妻」(1949)でコンビ復活したものの、その後はない。
時代が1911年からのせいかダンスが古風というかぱっとしない。ストーリーは夫婦愛物語であると同時に戦意高揚映画になっている。西部劇でおなじみのウォルター・ブレナンが出ているが、若い。

2007年12月27日

一年の疲れが出てきた

思い当たるフシがないのに歩いていると足と腰がだるい。整骨院の先生に腰をおさえてもらい、テープを貼ってもらったらマシになって、帰りは銀行へ寄って買い物をして帰った。
夜中になってきたら、肩こりはいつもよりひどく感じるし、全身が疲れている感じだ。ふと思いあたったのは、仕事はまだまだあるけど年末の支払いとか片付いてほっとしたからということ。
足腰がだるいのは、特に今年は夏にオールナイトが多かったことが原因かもしれない。冷房のあるところでの夜明かしがこたえたのかしらね。
そういう物質的なことだけでなく、人間関係のごたごたもけっこうこたえているのかも。こちらに非がなくて怒ってもエネルギーがいる。周りからはまたkumikoさんが怒っているわという声が聞こえてくる(笑)。なぜかよその人は怒る原因がなくて、わたしにあるのがわからんのだけど、一見では人がいいいように見えるからだろう。
このトシまで頑張って生きてきたのだから、気に入った人とだけつきあいたいと思い実践することにした。ガマンして人とつきあうのはなし。

2007年12月28日

細野ビルの晩餐会(鍋ですが)

細野ビルオーナ一の細野さんからおとといの夜、あさって鍋会をするからおいでと電話があった。突然思い立ったので、近所のごく親しい人だけ電話しているとのこと。
8時前に行くと2階の画廊の部屋にテーブルが運び込まれている。横長テーブルを5つほど並べて、ブルーのテーブルクロスをかけ、ガスコンロが2つ置いてある。集まったのは細野ビルでなにかと手伝っている人や個展をしたり演奏したりした人たちで、わたしらを入れて13人だった。テーブルが広いのでゆったりとしていい感じ。
いろんなオードブルがあって、飲み食べているうちにダシが沸いてきた。とり肉やつみれや魚に、野菜、豆腐をたくさん入れた鍋で温まる。持ち寄りのお菓子もたくさんあって、いつになく食べてしまった。
あちこちに備えられたライトに照らし出されている、カーブを描いた白い高い天井とたくさんある窓がとてもロマンティック。女性たちのあいだで、天井を見上げると鍋会でなくて晩餐会やなと意見が一致した。
12時前に外へ出ると雨はあがっていて、雲が冬空に白くかかっているのがきれいだった。今夜は暖かくてよかった。大晦日はとても寒いとのこと。

2007年12月29日

まだ未読本があった レジナルド・ヒル「薔薇は死を夢見る」

レジナルド・ヒルのダルジール警視シリーズをほとんど読んだと思っていたが、まだ未読の本があった。7作目になる本書である。といっても未訳が2冊あるらしい。そして、いま20作目が英米では発表されているみたいだ。
先日本屋で見かけて買ったのだが、1985年発行のもので2001年4刷となっている。シリーズ最初から読んでいないとこういうことになるのよね。いま読んですごくおもしろいのでこういうこともまあいいか、なんて思ったりしている。

シリーズ中いちばん気に入っている「武器と女たち」は、エリー・パスコーと親友のダフネ・アルダーマンが主役なんだけど、彼女たちがどうして知り合い親友になったかが本書でわかった。エリーとピーターの娘ローズが9カ月の赤ん坊のときの話だ。ローズはすっかり少女に成長したけど「真夜中への挨拶」までの11作の間に病気したりいろいろあった。
「武器と女たち」で彼女らが行く海辺の断崖にある家のこともここで詳しくわかった。

ダルジールから話を聞いてやれと言われて、パスコー主任警部は警察署を訪ねて来たエルグッドと会う。エルグッドは炭坑夫から身を起こして製陶会社を作ったが、会社は欧州工業製陶に買収されて英国支社長の立場である。彼は過去に死んだ2人の社員が殺されたのではないかと恐れている、社員のパトリック・アルダーマンが怪しいというのだ。

エリーは私立学校の前でプラカードを掲げている四人の中にいる。〈なんのために大金を払うのか〉〈私立学校は社会の悪だ〉等々。その学校へパトリックがダフネと娘を送って来る。ダフネが帰ろうとすると雨が降ってきて、エリーが車に乗せてくれる。エリーの車にはプラカードと赤ん坊が乗っていた。「まあ、可愛いちっちゃな坊やだこと」と言ったダフネに「小さいってことは認めるわ。でも可愛くもないし、坊やでもない。娘のローズよ」とエリー。そしたら「じゃあ。あなたはどうなの?」と反撃するダフネ。「ローズの母親なの? それとも父親なのかしら?」別れがたくカフェに行った二人は階級と信条を超えて打ち解けて話し合う。

パトリックとダフネはパトリックの大伯母の遺産である大きな薔薇園と果樹園のあるローズモントに住んでいる。パトリックは会計士だが、薔薇に魅入られているちょっと変わった男である。ダフネとの結婚が早すぎると言ったダフネの父親は事故で亡くなっているし、会社では上役が変死して彼がその地位を獲得した。

ダルジールは会議のためロンドンへ行く。ウィールド部長刑事はまだ伴侶と巡り会っていなくて、インド系見習い警官のシンに惹かれる自分の感情を抑えるためによけいに無愛想になる。(嵯峨静江訳 ハヤカワポケットミステリ 1500円+税)

2007年12月30日

おおさむ、こさむ

晩ご飯後にちょっと出かけて一杯やろうという予定だったが、寒さで日和ってしまった。ストーブの前でうだうだしていたら、横浜の妹から電話があったので家にいてよかった。
妹は病気の連れ合いの介護をしていて、週に2回のヘルパーが来てくれる日に、走って図書館へ行き、プールへ行き、美術館へ行きと、わたしよりも積極的計画的に外出しているようだ。介護保険のこと、ケアマネさんとの交渉のことなど、こちらが知らない現実を打ち明けられた。聞くだけでなにもできないけど。
その他、ミステリーの話で、あの女性刑事がいいとか他愛ないことで笑いあって電話を終えた。

今日は寒かった。明日はもっと寒いそうだ。仕事場が別だったときは、夜遅く洗濯して干した洗濯物が凍ることがあった。職住一致の最近は暖かい時間帯に洗濯物を干すので、凍ったことがない。明日の夕方洗濯したら夜中に凍るかも。そんなこと言うてても昼間するんやけどね(笑)。

2007年12月31日

こういう生き方  Freestyle と Maestro

FREESTYLE: THE ART OF RHYME MAESTRO マエストロ 昨日は「Freestyle」(2004 監督ケヴィン・フィッツジェラルド)、今日は「Maestro」(2003 監督・脚本ジョセル・ラモン)と続けて2本の音楽もの映画をDVDで見た。フリースタイルとクラブシーンはどうして生まれて、どういう具合に進んできたのかの勉強である。
もう4年近く前になるけどDJとはなにをするものかと本で勉強した(笑)。それからクラブに行くようになり、あのDJが好き、あのDJは好みでない、なんて言うくらいに進化したけど、ヒップホップはまだ遠かった。一度、本町の "nu things" でヒップホップの3バンドを聴いたことがあるだけだ。そのとき出演した「モノクローム・プロダクション」のメンバーが休憩時間に話をしにきてくれた。高齢者でしかも女だからね(笑)。

今年の夏ごろから相方がクラブ活動(?)に精を出すようになり、いろんなクラブへ出かけるようになった。わたしには踊ることも、しょっちゅう朝帰りも無理である。
でも、話を聞くとずいぶんとおもしろそう。相方が行き出したころに「Freestyle」と「Maestro」はつき合って見たのだけれど、ふーんという感じだった。でもこの何カ月に満たない間に、また〈門前の小僧さん〉をしてかなりわかってきた。で、なぜか年の終わりだから見ておこうと思ったわけ。

「Freestyle」では、フリースタイルは1973年にサウスブロンクスではじまったと歴史的な説明もあり、書かれたライムと書かれないライム(フリースタイル)があるなんてことも説明がある。
ライムというのはヒップホップのリズムにのせて歌うというか語りというか(歌と語りの中間か)。言葉使いが絶妙で、それを即興でやるというスリルが魅力なのだ。
この映画ではいろんな人がヒップホップについて語っているのだが、ジャズ(コルトレーンやモンクやマイルスの映像があった)の歴史の延長にあると話す人がいて納得できた。
男性だけの世界かと思ったら、女性がいてみんなイキがよくカッコいいのだ。中でもバハマディアが良かったので YouTube を探したらけっこうあった。次はCDを買うことにする。

「Maestro」のほうは、パラダイス・ガラージとロフトというクラブを中心に、そこで活躍したオーナーやDJについて語っている。そのころの関係者は、DJは誰がはじめたかという質問に、「火を発見したのは誰だと確定できるか?」と聞き返していた。そしてDJはストーリーを伝える人である、曲を認知すること、レコードの溝を読むこと、などなど・・・そしてエイズの流行がありオーナーが倒れて店が閉じられ、最高のDJは麻薬に犯されて死す。

この2本の作品で、わたしの知識はえらく増えたけど、すごーく共感した言葉に出合った。パラダイス・ガラージの常連だった人だけど、16歳のときガラージに行くなと父親に言われる。彼は「僕の人生に口出しするな。出て行くよ、と傷ついて家を出たよ。36年経ったいま、レールを踏み外してもこうして生きている」とニコニコして言う。まあいうたら、わたしもこの人とあまり変わらない。レールには乗らなかったけど、まあこうして生きているもんね。

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