「さすらいの二人」(1974)のビデオを久しぶりで見た。こんなストーリーだったのかと、マリア・シュナイダーがきれいだったこと以外は、ほとんど忘れていたにのにおどろいた。
最近になって見直したのは「女ともだち」(1956)「夜」(1961)「太陽はひとりぼっち」(1962)、そして「さすらいの二人」(1974)。そのほかに見ているのは「情事」(1960)「欲望」(1966)「砂丘」(1970)。
マリア・シュナイダーを最初に見たのは、ベルナルド・ベルトリッチ「ラストタンゴ・イン・パリ」(1972)だった。マーロン・ブランド扮する見知らぬ中年男の相手役で、当時としてはすいぶん過激なセックスシーンがあった。彼女はとても若くて新鮮だった。「さすらいの二人」はその次の映画だが、これもアメリカの俳優(ジャック・ニコルソン)の相手である。ついでにその他でわたしが見ているのは「危険なめぐりあい」(1975 ルネ・クレマン監督)で女子学生役、ずっと年月が経って「ジェイン・エア」(1996)ではロチェスターさんの狂った妻役だった。ちょっとしか出てこなかったが、さすが上流階級らしさがある狂女だった。
男はテレビのレポーターでアフリカへ来ている。大統領とのインタビューでは権力者に添った質疑応答に終始しているが、その後の行き先は砂漠地帯で、途中でジープは砂に足を取られてしまう。どうしようもなく荷物を持ってよろよろとホテルへ戻ってくる。隣室の男と知り合うが、その男は心臓発作で倒れる。彼は自分とよく似た男の死体を見て、入れ替わってしまう。
入れ替わった男がゲリラへの武器の密輸人であり、また彼の妻は夫の死の真相を知るために、最後に話をした男を捜そうとする。
武装ゲリラの一味と妻からひたすら逃げる途中で、助けてくれた女子学生は彼に惹かれ、いっしょにレンタカーでスペインを走る。バルセロナの風景がさすがアントニオーニの映像だ。
マリア・シュナイダーは可憐なところもあり、したたかなところもある建築を学ぶ学生である。男に先に帰り違う街でまた会おうと言われてバスに乗るが、またもどってきてホテルに部屋をとっている。男のいるホテルの窓から広場が見える。あてどなく歩き回る彼女の姿にどうにもならない先行きが見える。