昨日は本の紹介を書いたが、今日は読み終わった感想です。
こういう物語を読むと「主人公は私だ」と思う人はわたしだけではないばずだ。普通の少女と違うものを心に持っているために、普通の生き方ができない。わたしのようなはぐれ者なら食うや食わずでも、てか食えなくても当たり前の世界を生きていける。それにまったく他の道がない。ところがお嬢様だと話がややこしくなる。
わたしは40歳代から50歳代のとき、ナンダのようにお嬢様の友人が親密に側にいる経験をした。彼女らは賢くて美しくて辛辣で、家族から独立しようと懸命だった。100年近く前のカトリックの寄宿学校の生徒たちと違って、まだ親や伝統が決める結婚を蹴飛ばしやすい時代になったけれど、実際はそうでもなかったのだ。
結局、彼女たちは素直にではなく、屈折したあげくに家族制度に帰っていった。わたしを見ていたら、先々こんな生活できるかと思うようになるわな。最初は憧れてくださったけれども(笑)。彼女たちはいまごろどうしているだろう。レオニーのように「模範的なカトリックの母親になっている」からカトリックを除けて「模範的な母親になっている」のあろう。
そんなことで、本書を読んでいるといろいろなことが頭に浮かんで、つらい読書になった。それで、今日は口直しにバーネット女史の「小公女」を最初から最後まで読んだ。つらい仕事で疲れても食べ物をろくろくもらえず、屋根裏の宴会も見つかって叱られ、泣き寝入りする。暖炉の火がぱちぱちとはじける音で目が覚めると、おいしそうな食べ物があり、暖かいふとんがありというところで慰められた(笑)。