ミケランジェロ・アントニオーニの映画は日本での公開のときに見たあと、ビデオとレーザーディスクで何度も見直している「情事」(1960)「夜」(1961)「太陽はひとりぼっち」(1962)以外はあまり覚えていなかった。そうそう「女ともだち」(1956)はチェザーレ・パヴェーゼの原作が好きなのでわりと見ている。だから好きなのはこの4本ということになるが、今夜DVDで見た「ある女の存在証明」(1982)も加わった。その後に、最近気になって見た「さすらいの二人」がくる。
映画監督ニコロ(トマス・ミリアン)はローマの自宅に帰ってくるが、離婚したあとの家は空虚である。彼は新しい映画のために、女優の顔写真をたくさん壁に貼ってイメージを探っているが、なかなか新たに踏み出せないでいる。
姉が大きな病院の産科医で、たまたま居合わせたとき問い合わせ電話に出たニコロは、電話の相手マーヴィ(ダニエラ・シルヴェリオ)とつき合うようになる。マーヴィは貴族階級出身で奔放な振る舞いで彼を魅了するが、謎めいた存在である。つき合いをやめるように脅迫を受け、つき合いを続けると姉をクビにする政治力までかかってくる。
そこまでの仲になったのだが、マーヴィは去って行く。次につき合ったのが演劇女優のイーダ(クリスティーヌ・ボワッソン)だが、彼女はニコロを愛し、マーヴィが心にあるニコロのために機転を利かして居場所を探す。マーヴィを訪ねたニコロだがもう二人の間は終わっていた。
ニコロとイーダはヴェネチアへ旅して、潟を船で行き気持ちが通い合う。しかしホテルにもどると電話があり、イーダは前につき合っていた若者の子どもを妊娠しているのがわかる。ニコロは一人でローマに帰る。そして新しい映画のイメージがふくらんでいくのだが、それは宇宙を描くSF映画だった。
ニコロは身勝手な男である。二人の女は道は誤るかもしれないが、嘘のない人生を歩もうとしている。見ていて大丈夫かと心配になるほど、繊細な二人の女性が、ニコロを愛するのに、ニコロはその愛がわからない。
マーヴィとイーダは「情事」「夜」「太陽はひとりぼっち」「女ともだち」の主人公と同じタイプだと気がついた。女性の愛と孤独、そして繊細な心を描いている映画だ。