わたしには読まず嫌いという作家や評論家がいて、断固として読まないままになっている本がけっこうある。藤沢周平もその一人だった。でも気になっていたかして、NHKの時代劇ドラマ「蝉しぐれ」を見ていたのだが、辛気くさくて途中でやめた。
信頼する人に薦められたときは、そのうちに読みますと生返事をしていた。
先日その藤沢周平の本「蝉しぐれ」と「三屋清左衛門残日録」の2冊を友だちがおもしろいから読めと送ってくれた。そこまでしたもらったのだからと「蝉しぐれ」を途中あたりから読み出したらおもしろい。最初から読み直して読了。
わたしの好きな時代小説は池波正太郎の「鬼平犯科帳」と「剣客商売」の他は、中里介山「大菩薩峠」、林不忘「丹下左膳」そして「忠臣蔵」だ。それに子どものときに読んだ兄の「少年講談」の塚原卜伝、岩見重太郎、田宮坊太郎などである。リアリズムの時代小説は好きになろうと思わなかった。
「海坂藩」(庄内藩が舞台とされてるそうな)の普請組の組屋敷で牧家の養子になった文四郎は育つ。母は血のつながった叔母にあたる人だが堅苦しく、血のつながっていない穏やかな父を敬愛していた。隣家の小柳家には娘のふくがいて、お互いに意識し合っている。
それから藩の派閥抗争に巻き込まれて父の切腹がある。ふくが藩主のところに奉公に上がるがお手がついて則妾となる。親友の一人が学者の道を行くのに江戸へ行く。
母と小さな家へ引っ越した文四郎は剣の道にいそしみ、奉納試合に出て注目を浴び、やがて秘剣村雨を伝授される。
クライマックスは藩主の子どもを産んだお福さまを藩内の抗争から守るところ。好きあっていたのに離ればなれになり、主従の立場で危機を乗り切る。
たんたんと描写される文四郎の人生。藩の中での息が詰まるような生活だが、その中に友情があり、剣だけでなく生産の場での仕事がある。(文芸春秋 560円)