映画のメルマガを読んで見たいと思った「つぐない」はイアン・マキューアンの「贖罪」の映画化と知った。まだ読んだことのないイギリスの作家である。本屋にいって「贖罪」を買うつもりだったが、まずいちばん薄い「アムステルダム」から読むことにした。
最初のシーンは火葬場である。イギリスを代表する高名な作曲家クライヴと、大新聞の編集長ヴァーノンがマイナス11度という寒さの中を外で待っている。会話は「かわいそうなモリー」の繰り返しである。モリーは大金持ちで陰気で所有欲の強いジョージの妻で、レストラン評論家、写真家、陶芸家として一世を風靡し、四十六歳にして完璧な腕立て回転ができたファッショナブルな女性だった。それがあるときから肉体のコントロールがきかなくなり、やがて痴ほう状態に入っていった。ジョージはモリーを独り占めにして看病する。
モリーの愛人だった二人の他に外務大臣ガーモニーがおり、おもしろくない会話を交わす。ガーモニーはクライヴに政府から2000年交響曲の依頼がいったのは、自分が推したからだと強調する。
その元愛人三人の生活がモリーの火葬を契機にして変わって行く。クライヴは曲の最後の仕上げのために苦心する。ヴァーノンは新聞の一面に外務大臣ガーモニーの私的写真を載せるはめになる。その結果、彼らは苦境に立たされ、お互いの行為がまた相手を苦境に立たすことになってしまう。
とても緻密に描かれた作品である。世間で成功した芸術家、ジャーナリスト、政治家の姿と内面が浮かびあがる。だから彼らへの批判であるのだが、それだけないことに読後気がついた。青年時代の想いを売り渡して、有名になったり地位を獲得している彼らを描いているのだけれど、実際は青年時代に持ったこころを忘れていまの地位にある人全体への批判なのだ。
最後にジョージがモリーの追悼式をしようと思い立つ。かつての愛人たちが目くばせしあうこともなくなったから。モリーは夫に独占されて本当に死ぬ。(小山太一訳 新潮文庫 476円+税)