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タルト・ノワール アーカイブ

2007年03月27日

ケイティ・マンガー「女探偵の条件」

女探偵の条件 ケイティ マンガー〈女性探偵〉でなく〈女探偵〉というところがミソなのかな。新潮文庫で2002年に出た本なんだけど、その存在をわたしは全然知らなかった。
先日、ミクシィの「私立女性探偵たち」コミュで話題になったのだが、「タルト・ノワール」(tart noir)とくくられる女性探偵ものがあって、その一番にあげられたのが本書だった。「タルト・ノワール」という言葉を知ったのもはじめてだし、推薦者が10作もあげているのに、わたしは1作も知らなかった。こんなことってあるんやと感心したくらい(笑)。
そこで教えてもらったんだけど、「タルト・ノワール」の「タルト」は「あばずれ女」「尻軽女」のことで、女性作家が書いたノワール小説を指す。女性主人公がちょっと悪い女というのがウリだそうだ。サイトも教えてもらったのでリンクした。気になる方はそちらで詳しく知ってください。

運良く図書館にあったので即読むことができてよかった。
本書のあとがきには、従来のヒロインに飽き足らず、タフだけど男みたいじゃない新しい女性像と書かれている。ヴィクやその後に続々出てきた真面目一方な女性探偵でなく、色気のある女探偵が出現し、それが受け入れられたってことか。

ケイシー・ジョーンズはノース・カロライナ州ダーラムに住み、州都ローリーの探偵事務所で働いている。警護を頼まれていた上院議員候補メアリー・リーの自宅庭先で土地開発業者の死体が発見される。自分に罪を被せるために違いないと、メアリーはケイシーに真犯人を探し出すように命じる。ケイシーは関係あると思われるさまざまなところで聴き込みをはじめる。アメリカ南部に住む人たちの考え方や言葉に味わいがあり、大都会や北部と違った魅力をケイシーは教えてくれる。それまでの女性探偵よりも口が達者で惚れっぽい。だけど本質は真面目なので現象面での差なんだと思う。どっちかというと、真面目一方のほうがわたしは好き。肩が凝る方が(笑)。

2007年03月31日

スパークル・ヘイター「トレンチコートに赤い髪」

トレンチコートに赤い髪 新潮文庫—タルト・ノワール スパークル ヘイタータルト・ノワール読書の第2弾はスパークル・ヘイター「トレンチコートに赤い髪」(新潮文庫)。ミクシィのコミュでおもしろいと話題になっていたのが図書館にあった。いかにも日本人好みのタイトル(原題はWhat's a Girl Gotta Do?)だなぁ。
テレビレポーターのロビンは赤毛でリタ・ヘイワースに似た奔放な美人。あちらではいまでもリタ・ヘイワースといえばどんなタイプかわかるんだよね。その上、“ものごとを台無しにしないではいられないみたいだってこと”と本人も自覚している。もちろん部屋の中はぐちゃぐちゃである。でも無精者だけど怠け者でないんだそうだ。【家事ってつまらないし、男の人はよくわかっているだろうけど、いつだって家事よりやりがいのあることはある。】
大晦日に謎の男から電話がかかる。ロビンの子どものときからのことをなんでも知っている相手は私立探偵だと名乗り、今夜テレビ局の年越しパーティがあるホテルで会おうと言う。ロビンの夫は若いテレビ司会者のエミーと親しくなったため家を出て、目下別居中である。パーティには行きたくなかったが、私立探偵に会うべく出かけると、その部屋で探偵の死体が見つかる。
容疑者として調べられたりいろいろあり、同僚もゆすられていたのがわかり、次の殺人がありと話は進む。次に殺されるのは自分だと恐れて、プロデューサーの若くてハンサムなエリックに関心を持っていると言われるが、それも怪しんでしまう。身に覚えのあるテレビ関係者が秘密書類が出てきて発覚するよりもと、告白をしてしまうと、エミーまでがいま妻のいる人と恋愛中で妊娠していると告白する始末。
最後までどうなるやらと本から離れられなくて困ったが、ようやく読み終わってやれやれ。もう一度読む気にはならないが、読んでおいてよかった。

2007年05月03日

ミーガン・アボット「さよならを言うことは」

さよならを言うことは ミーガン・アボットミクシィの「女性私立探偵たち」コミュニティで、“タルト・ノワール”という言葉が話題になったことがあった。わたしははじめて聞いたのでびっくりした。何年も前からそういうジャンルの本が出ていたのにまったく知らなかったのだから呆れる。そのとき代表的な作品を2册読んで大体のことはつかんだ。まずは“女性探偵”でなくて“女探偵”という(笑)。(当ブログのカテゴリーに「タルト・ノワール」を追加して、2冊の感想を書いてあります。)

そのとき、4月にハヤカワポケットミステリから本書が出ることも教えてもらった。今度はどんなのかと楽しみに買いに行った。「さよならを言うことは」とはちょっと収まりの悪いタイトルだよね。もちろんこの言葉は知っている。レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」の中にある“さよならを言うことは、少しだけ死ぬことだ”という一節。そして本書の原題は「少しだけ死ぬこと」(Die a Little)。
期待して読み始めた。高校教師の私(ローラ)は、地方検事事務所捜査官をしている兄のビルと二人でカリフォルニアに住んでいる。ビルが自動車事故にあったというので、あわてて病院へ行くと事故の相手のアリスがいた。アリスはハリウッドで撮影所の衣装係をしているというが、まるで女優のように美しい。
幼い頃に両親を亡くして二人でやってきた兄妹だったが、そのときビルはアリスに惹かれ、アリスもまた結婚したかったようですぐに結婚となる。それから結婚生活の様子がこと細かく語られる。50年代アメリカの捜査官の家庭と教師の日常生活はこんなもんかねと言うにはあまりにしつこい。もちろん普通の家庭でなく妻が異常にはりきった家庭生活なのだが。
じらしたあげくにクライマックスにもっていこうとするのはわかる。でも、その意図が見え過ぎだ。悪女ってこんなものですよって教えてもらわんかて、よう知ってるがな。
妹は兄を近親相姦的に愛していて絶対に勝つ賭けに出る。これもなあ・・・帯に「悪女が息づき、情熱に狂い、裏切りが蔓延る、'50年代LAチャンドラーの時代が鮮やかに甦る」とあるが、読み終わるとしらけた。

2007年10月20日

スパークル・ヘイター「ボンデージ!」

スパークル・ヘイター「トレンチコートに赤い髪」を読んでから半年、図書館で次作を目にしたらやっぱり読んでおこうという気になった。ロビンは相変わらずはちゃめちゃながら芯のあるところを見せる。
ニューヨークのテレビ局でニュースレポーターとして働くロビンは、コマーシャル出演で稼ぐ猫のブリジットと暮らしている。猫にマッサージをしてやって寝かしつけ、自分も眠りかけたとき電話が鳴り、殺人課の刑事がこれから行くという。
テレビ局があるビルの上階で開業している婦人科の医師が殺されたが、その予約ノートの最後がロビンなので来たという。その予約は医師の方からキャンセルされたと答えるが、とてもハンサムな刑事で、彼を見ると自分がミセス・ロビンソンというよりブランチ・デュポア(欲望という名の電車のヴィヴィアン・リーがやっていた)の気分になる。
職場に行くと、この殺人事件をレポート番組として取り上げるように言われ、取材をはじめる。どうやら医師はSMクラブに出入りしていたらしい。
そこへミネソタからモー伯母さんがくると連絡が入る。子どものときに父が亡くなり母が立ち直れないでいるとき、伯母さんにはずいぶんお世話になった。口やかましい上に保守派の活動家でことあるごとに説教されてきた。電話やファックスや職場へやってくるのを避けて逃げ回るが、どこへでも伯母さんは追いかけてくる。
上司のジェリーは意地悪だし、なんだかだと入り乱れてたいへんな中で取材を続ける。最後はモー伯母さんも巻き込んでの大波乱。

同じチームのカメラマン マイクはアイルランド人で気が合う。彼が言うには、「アフガン語にはすばらしい別れの挨拶があるんだ。“うんざりするな”というんだ。戦いを放り出したくなると、おれは自分に言う。“うんざりするな”とね」この言葉が気に入ってロビンはマイクの部屋にいく気になる。
あっ、いい言葉だ。うんざりして放り出したくなることがあると、“うんざりするな”と自分に言ってがんばろ。(中谷ハルナ訳 新潮文庫 705円+税)

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