メイン

その他の男性作家 アーカイブ

2004年10月22日

レッドソックス贔屓 ロバート・B・パーカー

今年は野球(=タイガース)に関心を持たないで過ごしてきたけど、最後にはストやらなにやらと気になることがたくさん起こった。しかし野球そのものへの関心は薄れたままだ。新庄選手の活躍を喜んだくらいかな。
そこへ大リーグである。たいていの人はヤンキースを応援されただろうが、わたしはボストンレッドソックスを応援していた。もう20年にもなるけど、ボストンの私立探偵スペンサーが熱烈なレッドソックスファンだったから、スペンサーファンであるわたしもファンになったという単純なことである。ロバート・B・パーカーが書いたスペンサーを主人公とする作品を、10数年の間わたしは崇拝していた。いちばん好きなのが野球選手の危機を助ける「失投」だった。
よかったなぁ、「失投」。スペンサーには前の作品からつきあっている恋人がいたんだけど、ここからスーザン・シルバーマンが出てきたんだよね。そして事件の苦い解決の後に会いたくなったのはスーザンだった・・・。
あんなに熱中していたあのころがなつかしい。スペンサーとスーザンとホークの3人組が大好きだった。この3人が口に出す言葉が気が利いていて、日常生活にもよく利用したものである。ベーグルやホールホイートパンなどの食べものも教わった。そしてホークがホテルで注文するシャンパンとシュリンプカクテルもカッコいいと思ったなぁ。

2005年03月08日

ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」

「聖杯」という言葉を知ったのは、子どものころ読んだ古い映画雑誌にあった映画ストーリーだった。どんな映画だったか調べようと思ったが手がかりが浮かんでこない。昔の二枚目俳優の名前をいろいろと思い出しているのだが、ぴたっと合わない。そのうちに突然浮かんでくるだろう。
さて、「ダ・ヴィンチ・コード」は超ベストセラーである。読み出したらやめられないと聞いていたが、自分が読むとは思っていなかった。VFC会員の岡田さんが書かれた「イエス・キリストのミステリー」というエッセイを読んで、キリスト教についての詳しい考察があると知り買いに行ったようなわけである。
まずストーリーがどんどん進んでいくのでさっさと読み終えた。恋愛もからんでハリウッド映画の冒険もののように話が進んでいくと思ったら、トム・ハンクス主演で映画化されるそうである。それから1カ月ほど他の作品を読んだり仕事が忙しかったりで、いまようやくゆっくりと読み終えた。
イエスとマグダラのマリアは夫婦で娘がいた。ところがイエスの死後、弟子のペテロが教団のリーダーになったときに、神の子と神格化するために、イエスは純潔でマリアは娼婦であるとしてしまった。しかし異端として弾圧されながら真実は伝えられてきた。いまやこちらが正しいという意見が(キリスト教信者を除いて)大勢をしめるようになっているそうである。こうしたことが詳しく書かれていてほんとに勉強になった。
わたしは少女小説によくキリスト教徒の娘やロマンチックな教会が出てきたから、子どものころからなんとなくイエスとマリアに対してほんわかした興味を持ってきた。そして、イエスとマグダラのマリアが恋人どうしだろうということも感じていた。けれども、欧米のキリスト教への背信を書いた小説を読むと、キリスト教の強さを感じてこれは理解不能だと感じる。聖杯についてもしかりで、知識は積もっていくけれども本質は理解できていない。それでも「ダ・ヴィンチ・コード」は女性への尊敬と愛にあふれた気持ちよい作品で、最後まで楽しく読めた。(角川書店 上1800円・下1800円)

2005年10月02日

セルジュ・ジョンクール「U.V.」

U.V. セルジュ・ジョンクール本屋で文庫本をぶらぶら見ていたら、「現代フランスを代表する新感覚のミステリー」と帯に書いてあったのが気になって買った。本が薄いのと字が大きいのが気に入ったこともある。
舞台はフランソワーズ・サガンを思い出させ、登場人物はパトリシア・ハイスミスの「リプリー」を思い出させる。海辺の別荘でバカンスを過ごすブルジョワの一家のところに、見知らぬ若い男性ボリスがやってくる。テラスで肌を焼いていた姉妹に、近寄ってきた男はこの家の息子の友人だと言う。弟は留守だが、白でかためた服装に魅せられた姉妹は彼を迎え入れる。父親も母親も彼の言葉を疑わず受け入れるが、姉娘の夫アンドレ・ピエールだけがうさんくさいものを感じる。猟銃のコレクションや、いまは乗っていないモーターボートを父親は彼に見せる。娘たちも彼のものになる。やがて息子フィリップが帰ってくる。
なんだか知っている物語を読んでいるような気がした。金持ちの倦怠感を表す背景が麻薬だったりする。U.V.とはウルトラ・ヴィオレット=紫外線。(集英社文庫 480円+税)

2005年10月13日

山本やよいさん訳 ハーラン・コーベン「ノー・セカンドチャンス」

ハーラン・コーベンの本といえば、スポーツ・エージェントのマイロン・ボライターが主人公のシリーズが知られている。わたしはこのシリーズを全然知らなかったのだが、3年ほど前に友人が全册まとめて貸してあげると言って宅急便で送ってくれた。本人も娘さんもマイロン・ボライターの大ファンだという。すぐに読み出したのだが、どうにもかっこが良過ぎてついていけない。2冊読んだまま置いといたが、ついにこの夏お詫びの品をつけ大謝りしてお返しした。
そんなもので、本書を頂いたときは一瞬びっくした。でもあのシリーズでなくサスペンスのノンシリーズ3作目ということなので、ともかくも読み出した。実はわたしはサスペンスもアカンのである。ハラハラドキドキしすぎてしまうのだ。
本書は読み出したらとても読みやすくて、どんどん物語が進んで行く。やっぱりハラハラしてしまい、夜中から朝まで読み通してしまった。
主人公のマークは形成外科医で金持ちの娘と結婚して娘タラがいる。ある朝、自宅で銃撃され、病院で意識を回復したとき、妻が殺され娘がいなくなったことを知る。そのうち、娘を預かっている、200万ドルよこせと脅迫状が届く。マークは妻の父親が出してくれた200万ドルを持って指定された場所に行く。
娘は取り返せずお金は盗られてしまったというところからマークは行動をはじめる。FBIはマークを疑っている。昔の恋人のレイチェルは元FBIの捜査官だったが、事情があって辞めている。偶然出会った2人はいっしょに行動するが、一難去ってまた一難というわけで、これでは読むのを止められない。最後の最後まで行動するマークに拍手。最後がとてもしみじみしていい感じ。(ランダムハウス講談社 上750円+税、下780円+税)

2005年11月16日

DVDで「マルタの鷹」と「三つ数えろ」

「マルタの鷹」(1941 ジョン・ヒューストン監督)と「三つ数えろ」(1946 ハワード・ホークス監督)が「水野晴郎のDVDで観る世界名作映画」の中にあった。両方ともずっと前にテレビの深夜映画で見たことがあるだけだったのでうれしい。この手の映画のポスターを集めた洋書を持っていて、ときどき眺めているが、好きなときに見られるDVDが手に入ってご機嫌である。
「マルタの鷹」はダシール・ハメット、「三つ数えろ」はレイモンド・チャンドラーと、ハードボイルドの古典の映画化で、私立探偵サム・スペードとフィリップ・マーロー役をしているのがハンフリー・ボガートなのである。
「マルタの鷹」はヒューストン初監督作品であり、ボガート初主演作である。傍役たちの不気味さとメリー・アスターの妖しい悪女ぶり、そして非情な探偵サム・スペード。タイトな語り口でぐんぐん進んでいくストーリーはハメットの作品そのままだ。
「三つ数えろ」はスターになってからのボガートとローレン・バコールである。二人ともスターらしい自信にあふれて主演している。原作はチャンドラーの「大いなる眠り」だが、邦題の「三つ数えろ」も悪くない題名だと思う。ハリウッド映画らしい豪華なハードボイルド作品で、ちょっと感傷的なところがあるチャンドラーをうまく映画化している。
「三つ数えろ」のほうが見ているときは楽しめたが、あとまで残るのは「マルタの鷹」である。原作と映画と同じ感想なのがおかしい。

2006年01月14日

ロバート・B・パーカー「メランコリー・ベイビー」

メランコリー・ベイビー ロバート・B. パーカーロバート・B・パーカーに深く傾倒していた時期が長い期間にわたってあった。ボストンの私立探偵スペンサーシリーズの初期のころだ。スペンサーと恋人スーザン、同志ともいうべきホークの3人の活躍が楽しかった。10数冊ほど読んだころだったか「スペンサーのボストン」、「スペンサーの料理」という本が出た。そのあたりから変わったと思う。それまでは生き方の参考になっていたのだが、それ以来は趣味の参考本になってしまったのね。そんなことで買って読むたびに失望し、初期の数冊を除いてあとは処分してしまった。
本書はそのロバート・B・パーカーの別のシリーズである。やはりボストンの女性探偵サニー・ランドルものの4冊目で、なぜ買ったかというと、スーザン・シルヴァマンが出てくるとなにかに書いてあったからだ。スーザンとはなつかしい、彼女はどうしているのかなと、他の本を押しのけて読んだ。それに最近の文庫としては薄くて読みやすそうだったしね。
「別れた夫が再婚すると知って、わたしは相手の女に殺意を抱いた」という書き出しにはおどろいた。女性探偵サニーは37歳で犬のロージーと暮らしている。精神科医にかかるほどに抱えている問題は、離婚したがいまも好きなリッチーが他の女性と再婚するということだ。スーザンに治療を受けながらの仕事は、大学生サラからの実の両親を捜してほしいという依頼だった。調査をはじめると手を引くようにと妨害が入るし、殺人事件が起きる。
ボストンとニューヨークを駆け回って、どちらの警官とも協力してサラの実の親を捜し、事件を解決する。スペンサーシリーズに出てきたギャングや警官も出てくる。フランク・ベルソン刑事とはなつかしい。
スーザンは昔と同じく、リニーアン通りのビクトリア風の大きな家の1階を治療室にしている。医師として出てくるだけだから、けっこう登場するんだけど、相づちを打ったりするだけで個人的な会話がなくて残念。
既刊シリーズの3冊も次の作品も読む気がしない。ロバート・B・パーカーって緊張のない作家になってしまったものだ。(ハヤカワ文庫 800円+税)

2006年03月11日

パトリック・ニート「シティ・オブ・タイニー・ライツ」

シティ・オブ・タイニー・ライツ パトリック ニートパトリック・ニートってはじめての名前だけど「英国の新鋭が紡ぎあげる探偵小説のニュー・ボイス」と帯にあるし、もしかして「酔いどれに悪人なし」のケン・ブルーウンみたいだったらたいへんと思い、ハードカバーだけど買うことにした。アジア系の探偵というところにも惹かれるものがあった。
ロンドンの裏町で事務所を開いている私立探偵トミー・アクタルのところに依頼人がやってくるという古典的な出だしである。
父親ファルザドは元医師であり画家として成功しかけたこともあるが、いまは酒浸りの生活だ。インド人の母ミーナは亡くなり、性格の合わない弟が同じ建物でタクシー業を営んでいる。一家はアフリカのウガンダに住んでいたが、アミン大統領がウガンダ国籍を持たないインド系アジア住民を、国外追放したためイギリスへやってきた。
トミーはソ連侵攻後のアフガニスタンへ行き、聖戦士軍に入って戦い、ソ連軍の撤退と同じ頃にイギリスへ帰ったという経歴の持ち主である。
そいう屈折した経歴やタクシー会社の運転手や、近所の少年の一癖も二癖もある登場人物はおもしろい。依頼人の娼婦エキゾティックメロディやその連れのセクシーロシアンもおもしろいのだが、言葉だけがおもしろいように思った。
同じように酒とタバコをは離さず、狂気の沙汰をやっても、ケン・ブルーウンの描く探偵ジャック・テイラーとは違う。心底から狂ってないっていうか。ストイックなボディーガードのアティカス・コディアックシリーズのほうが新しいと思う。

2006年04月12日

ジョン・リカーズ「聖ヴァレンタインの劫火」

聖ヴァレンタインの劫火 (ヴィレッジブックス) ジョン リカーズ今回もYさんおすすめのヴィレッジブックス発行の本である。本屋へ行くとハヤカワ文庫、創元推理文庫、講談社文庫はしっかりと見るのだけれど、ヴィレッジブックスの棚は見落とすことが多い。ええっ、こんなにいろいろ出ているのかとびっくり。古典的ミステリファンのせいかと反省。
ボストンの私立探偵アレックス・ロークは幼なじみの警察署長デイルの依頼で、故郷のメイン州の小さな田舎町に帰ってくる。アレックスは元FBI捜査官で、以前にもデイルの依頼で事件を解決したことがある。そのときは現場に行かずにすんだが、今回は難事件で行かずにすますことはできない。薄いメタリックブルーの1969年型スティングレー・コルヴェットに乗って出かける。
事件はデイルが激しい雷雨の夜パトカーで走っているとき、突然上半身裸の男が浮かび上がったところからはじまる。足下には10数カ所を刺された全裸の女性の死体があった。男は逮捕されるが、名前も言わず、女性を刺した証拠もない。全裸の女性は看護師のアンジェラだった。
警察ではデイルが待っていた。捕まえた男は法廷でも名乗らないので、身元確認に躍起になっているという。ランチの後アレックスは留置場へ行く。そして名前を一応ニコラスとして尋問をはじめるが、ニコラスはアレックスのことをよく知っているような不気味な反応である。
他に泊まり客のいない不気味なホテルでベッドに入ると、子ども時代の思い出、両親を乗せて自分が運転していた車が追突されて両親が亡くなったこと、FBIを辞めた原因など、過去の記憶が浮かび上がる。頭痛が激しく体調が悪い中、薬を飲みながら捜査を続ける。検死官ジェマの存在がアレックスを支えるのだが、その彼女にさえ怒りをぶつけてしまうのだ。
“聖ヴァレンタイン”というのは父親も関係していた孤児院で、火事で焼け落ちて廃墟になっている。アンジェラがそこで働いていたことがわかる。だんだん事件も探偵もおどろおどろしてくる。メイン州の森がまた不気味な雰囲気で、ジョニー・デップの「スリーピー・ホロウ」を思い出した。
ジョン・リカーズはイギリスの作家で、本書は第1作である。すでに3作目が出版予定されているそうだ。イギリスの作家と知るとやっぱりみたいな感じがする。(ヴィレッジブックス 870円+税)

2007年01月22日

ジョー・ゴアズ「ダン・カーニー探偵事務所」

VIC FAN CLUB」サイトの中の「SARA PARETSKY SATE」に、亡き広辻万紀さんが書かれた「パレツキーズ・アイ」というサラ・パレツキー紹介文がある。わたしはこの文章の才走った感じが好きでときどき読み返している。
先日もまた読んでいたのだけれど、サラ・パレツキーに5年先だってサンフランシスコでシャロン・マコーン(マーシャ・マラー)が活動を始め、もっと遡れば1960年代からダン・カーニー探偵事務所で、キャシー・オノダやジゼル・マークが働いていたとあるところにきて、無性にキャシー・オノダとジゼル・マークに会いたくなった。
そこで探したら出てきたのは新潮文庫の「ダン・カーニー探偵事務所」(1990年発行 石田善彦訳)だ。もっと探したら「赤いキャデラック」もあるはずだ。まぁ今日はこれでと読み出したらおもしろい。ほんまに絵に描いたようなハードボイルドだ。
「ダン・カーニー探偵事務所」(DKA)は1966年に登場し、20年にわたって書きつづけられていると訳者解説に書いてある。仕事は主にカードローン未納・滞納車、盗難車の追跡調査と回収である。ダン・カーニーは経験があり規律を重んじるプロの探偵で、人情味もある魅力的な男。その周囲には経験豊かな古参の探偵と、仕事を覚えようと血気にはやる若い探偵がいる。キャシーとジゼルはオフィスを預かって、回転の速い頭脳で事件解決にあたっている。
探偵たちも悪党たちも60年代という時代を生きているなぁとなつかしさを覚える。キャシーとジゼルはオフィスで外で働く男たちを動かしているけれども、もう少し経つとシャロン・スコーンが、やがてヴィクが、さっそうと外で活躍するようになる。女性私立探偵の時代がはじまったのだ。

2007年03月06日

ちらりとピーター卿が ジェイムズ・アンダースン「切り裂かれたミンクコート事件」

切り裂かれたミンクコート事件 ジェームズ アンダースンミクシィの「セイヤーズ読書会」コミュで、本書の中にピーター・ウィムジイ卿が出てくるとKさんが教えてくださった。その上にイギリスのお屋敷が舞台ということで、興味しんしん読み出した。
バーフォード伯爵家12代目の当主ジョージと夫人のラヴィニアと娘のジェリーは素晴らしいお屋敷オールダリー荘に住んでいる。ジョージは大の映画狂で、ハリウッドの映画製作者ハガーマイアがオールダリー荘を映画の舞台にしたいという申し出をOKする。スターのランサムもいっしょにやってくる。脚本家のギルバートは秘書とやってくる。そこへ長い間会っていなかった夫人の従姉妹夫妻がオーストラリアからやってくる。そしてジュリーは2人の求婚者ポールとヒューを招待している。そこへ現れたのはイタリアの大女優ローラ。オールダリー荘のすべてを仕切っている執事のメリーウェザーはそれぞれを客室に案内する。
そこで殺人事件が起こる。ウエストシャー警察のウイルキンズ主任警部が捜査にあたるが、上司がロンドン警視庁に頼んだのでオールグッド主任警視がきて指揮を執る。ウイルキンズは謙虚な人で殺人事件は性に合わないと思っているので気を悪くはしていない。エラそうにするオールグッドの下で黙々と働いている。最後はウイルキンズが解決するというストーリーに決まっているんだけどね。
ウイルキンズは以前にこの屋敷で起きた事件を解決したことがある。その件をジョージがピーター卿とロンドンのクラブで食事したとき話したと言う。そしたらピーター卿はそのときは海外に行っていたので知らなかったが、ウイルキンズに一度会って話をしたいと言っていた、と言うのである。
その他、ジョン・アプルビイ(マイケル・イネスの作品に出てくる)とロデリック・アレン(ナイオ・マーシュの作品に出てくる)の名前も出てくる。
遊び心いっぱいで読むのが楽しい。メリーウェザーはイギリスの執事の筆頭にあげられるかも。
それから、ハリウッドのハガーマイアの考えてることを読んだら、ロンドン橋をアメリカに運んだ話を思い出した。「ロンドン橋が落ちまする!」に歌われているロンドン橋は1971年10月、750万ドルの費用をかけてコロラド河の上にかかっている。これほんまやで。

2007年03月15日

追悼読書 リチャード・S・プラザー「ハリウッドで二度吊せ」

ハリウッドで二度吊せ! リチャード・S. プラザーリチャード・S・プラザーが2月14日に85歳で亡くなった。亡くなって名前を思い出したくらいだから、愛読者だったわけではない。50〜60年代に活躍した作家で、弟からまわってきた「マンハント」で読んだ覚えがある。ハメットやチャンドラーの後の軽く読めるハードボイルド小説だった。
そのまま忘れていたが、1980年代に「おあついフィルム」(中央公論社)が出た。いまでも田中小実昌訳の新聞広告を思い出す。なんであんなにうれしかったのかなぁ。当時「殺し屋はサルトルが好き」なんかを読んで、正統派でないのが粋と思っていたのかな(笑)。いまの時代ばりばりの作品はもちろん生きる糧だけど、遊び心だってあっていいよね。
それから長期間のお休みのあと、2年ほど前に「ハリウッドで二度吊せ」(論創海外ミステリ)が出た。ネットに関わり出してから読書時間が減り、新しい本を追いかけるのがやっとなので、なかなか読めなかったが、亡くなられたと聞いてようやく読んだ。時間に追われているせいか、昔みたいには楽しめなかったが。

シェル・スコットは身長185センチ、体重94キロ、白髪にも見えるプラチナ・ブロンドの私立探偵でロサンゼルスのダウンタウンにオフィスを持っている。
電話依頼の相手の打ち合わせた場所へ行くと受付が千ドルの小切手を渡して、依頼人は出かけていったと言う。そこへ行くと死体があり依頼人が側にいる。その男の犯行ではないのを確信して真犯人を探すことになる。ハリウッドの撮影現場では演技を終えた女優が撃たれて死ぬ。ギャングや殺し屋がいっぱい出てきてハラハラする場面が多い。そしてどうその銃弾から逃れて真犯人に迫るかかを追って読み進む。いまのロスの探偵たちと比べると、ほんま古き良き時代です。

2007年07月02日

昔懐かしい マイケル・アヴァロン「のっぽのドロレス」

古いハヤカワポケットミステリばかり入れてある段ボール箱からマイクル・コリンズを探したときに、内容も忘れてしまったのを読んでみようかと数冊出しておいた。その中の1冊、マイケル・アヴァロンのエド・ヌーンシリーズの初翻訳である。ようやく読み終えた。なんとなく読んだ覚えがあるという感じなのだが、誰が殺されるとか犯人とか全然覚えていなかった。ただ田中小実昌訳の歯切れの良い会話を覚えていたような気がする。1964年に出版された本だから43年前なんだー。

ニューヨークはマンハッタンの私立探偵エド・ヌーンのオフィスにノッポの女が入ってきた。バカでかく銅像なみでしかもグラマー。やたらと大きいがドロレスはどこからどこまで女性である、という女性。191センチで8センチくらいのヒールの靴を履いている。
彼女は恋人のハリー・ハンターを捜してほしいと言い、200ドルの手付け金を払っていく。仕事をはじめたら探していたハリーは死体になっていた。刑事が2人つきまとって邪魔をするお定まりのストーリー。警官を避けつつ、やっつけつつ調べていくうちに、コールガールのアルマに助けられる。彼女は頭がよく純情で2人は恋に落ちる。そして協力してやっていくが、アルマにはその理由があった。

ドロレスとアルマという名前がすごく妖艶な感じで、名前を目にしただけでハードボイルド小説の女、と思ってしまったのだけれどどうなんだろう。
実際の話、郷愁以外にはおもしろくもなんともない本なのだけれど・・・タイトルが抜群やなぁ、やっぱり置いておこう。

2007年11月07日

ルカ・ディ・フルヴィオ「ディオニュソスの階段」

ディオニュソスの階段 上 (ハヤカワ文庫 NV テ 7-1) ルカ・ディ・フルヴィオディオニュソスの階段 下 (3) (ハヤカワ文庫 NV テ 7-2) ルカ・ディ・フルヴィオ夢中になって読みふけった。ミクシィのマイミクで、何度かこの本がいいよと教えてくれている人が絶賛されていたので興味を持った。新刊書の売り場で見かけたって、自分の判断では買わないタイプの本だ。
タイトルも裏表紙の解説文を読んでもあまり読みたくない本だ(笑)。だけど信頼している人が「すげぇ!」と絶賛されているのだがらと読み出した。これは「すげぇ!」とわたしも言う。

けっこう長い序章があって、主人公たちそれぞれの様子が紹介される。ここを読んだらもう長い物語に惹き込まれ、なにもかもおいて物語の世界に突入するしかない。
二十世紀に入る直前のヨーロッパの架空の都市が舞台だが、ロンドンぽいけど、人の感じがパリのようでもある都市。馬車がまだ主流だが、主人公のミルトン・ジェルミナル警部はダイムラーのオートバイに乗って疾走する。
都市の近郊に製糖工場があって労働者はこき使われ、安酒を飲んでアルコール中毒になり、体を壊していく。女たちは妊娠しては中絶手術を受けて血を流す。障害を持って産まれた子どもたちも多い。労働運動の指導者がやってきて立ち上がろうと呼びかける。
そんな町でおぞましい殺人があり、ジェルミナル警部が都市部から派遣される。仕事上では華々しい成果をあげてきたが、彼の現在は麻薬から抜け出せずに惨憺たる状況である。連続殺人の遺体に残されたサインはなにを意味するか。阿片に誘惑され、上司のいやがらせに対抗しつつ捜査を続ける。サーカスの美しい踊り子との愛が一瞬光り輝く。

百年前の物語であると同時に近未来の物語のようにも思えてくる。主要な登場人物のドクター・ノヴェールの生まれや生き方や思想から、〈出生前診断〉についても考えさせられてしまった。
ルカ・ディ・フルヴィオは1957年ローマ生まれ、本書は映画化が決まっているそうだ。(飯田亮介訳 ハヤカワ文庫 上下とも760円+税)

2007年11月21日

イタリア捜査シリーズ アレッサンドロ・ペリッシノット「8017列車」

8017列車 (柏艪舎文芸シリーズ—イタリア捜査シリーズ) アレッサンドロ ペリッシノット図書館で見つけたおしゃれな装丁の本。イタリアのミステリーは先日、ルカ・ディ・フルヴィオ「ディオニュソスの階段」を読んだところだ。またイギリスの作家だけれど、ディヴィット・ヒューソンのローマ市警ものも2冊読んでいる。なんとなく親しみをもって読み出したんだけど、100年前の物語でもなく現代の市警ものでもない。第二次大戦後のイタリアの社会が描かれていて、知らなかった時代の闇に引きずられていく。

1944年3月、南イタリアの〈アルミ・トンネル〉で蒸気機関車が牽引する列車が停滞し、煤煙の悪性ガスのため400人から600人近くの人が亡くなった。「記憶されるより早く忘れてられてしまった」惨劇である。(あとがきには、日本でも同じような事故が同じ時期に起こったことが記されている。)この事故の様子がいちばんはじめにある。
そして2年後1946年6月の北イタリアのトリノになり物語がはじまる。元鉄道公安官だったアデルモ・バウディーノは公職追放されて、いまは建設工事現場で働いている。家に帰ると老いた母がつつましい夕食を用意している。
アデルモは〈国民解放委員会・公職追放対象分子リスト〉に載せられ追放された。彼はストライキにも参加した等と弁明書をつくって提出したが証人がおらず認められなかった。
アデルモは夢にうなされて目が覚める。パルチザンの一員として戦っていたときの悪夢だ。その俺がなぜファシストで対独協力者にされてしまったのか。
弁当を食べながら読んでいた新聞で彼は知った名前を見る。昔鉄道にいた男が刺殺されたのだ。次に新聞で見つけたのは、やはり鉄道員だった男が刺殺された事件である。アデルモは親友のベルトに食事をおごってもらいながら相談する。ベルトは父が裕福な公証人で、仕事の世話をするというが断り続けている。でも、今回の捜査は手伝ってもらおうと思う。

殺された男たちのことを調べるとナポリの町名が浮かび上がる。アデルモは列車でナポリに向かい、イタリアの南と北はこんなに違うのかとおどろく。
レストランで注文するのに名前がわからず、近くのテーブルの上を指差すと、「ああ、ピッツアですね」と持ってくる。どうして食べようかと思案する気持ちがよくわかる(笑)。それからその食感や味などの説明が、この素晴らしい食べ物をはじめて食べた男の口から語られる。
都会や田舎を犯人を求めて歩くところもよく書かれている。そしてなぜ元鉄道員が殺されていくのかもわかっていく。そして知り合った女性は坊主頭だった。彼女も誤ってファシスト協力者として髪を切られたのだが、それ以来伸ばすのをやめたと言う。
誤ってファシストとされた男と女が、誠実に生きようとする姿を描いた力作。2003年発表、翻訳は2005年。よかったです。(菅谷 誠訳 発行所:柏艪社 発売元:星雲社 1600円+税)

2008年04月17日

アーロン・エルキンズ「骨の城」

骨の島 (ハヤカワ・ミステリ文庫)一片の骨から真実を暴き出すことができる人類学者ギデオン・オリヴァー(スケルトン探偵といわれている)が活躍するシリーズ13作目を、Uさんからお借りして読んだ。今年の3月発行でいちばん新しい訳書である。
いま思い出して検索したら、モンサンミッシェルの写真が表紙の「古い骨」があった。この1冊だけを読んだ記憶がある。おもしろかったけれど、次を読もうと思わずにいままできてしまった。気軽に読める本だなというのが今回の感想。

ギデオンは妻のジュリーが参加する環境に関する会議に連れ立って、シアトルからイギリスはコーンウォール州ペンザンスへやってきた。会議は要塞として建てられた堅牢な建物で行われ、参加者はそこで泊まる。初日のパーティで博物館の館長マデリンに人骨の鑑定をしてほしいと頼まれる。
翌日、博物館にある骨を見たギデオンはその中に新し骨がいくらかあるのを見つける。ノコギリで切断された骨だった。警察に持っていくとロブ巡査とクラッパー巡査部長がいる。ロブは聡明な若者で、クラッパーは屈折した人生を送ってきた人物である。ギデオンの話を聞いて、特殊能力犬の訓練士に頼んで海岸を捜査し残った骨を見つける。

事故にも見える次なる殺人があり、ギデオンの骨からの推理とクラッパーの捜査で真犯人を見つけだす。
ギデオンはほとんどが解決しかけたときに、警察のテーブルの上に置いてある骨を見て反省する。【不用意になっていると彼は反省した。いや、不用意ではなく傲慢になっているのだ。規則は学生たちのような劣った人間のためにあるのであって、自分には関係ないと思っているのだ。】
ジュリーとの子どもっぽいような仲の良さ、クラッパーとマデリンがあつあつだったりするところなど、よく言えば初々しいところに困った(笑)。(嵯峨静江訳 ハヤカワ文庫 820円+税)

2008年04月27日

ジョゼフ・ウォンボー「ハリウッド警察25時」

ハリウッド警察25時 〔ハヤカワ・ミステリ1803〕 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS (1803))
最初はハリウッド警察に勤務する警察官たちが入れ替わり出てきてとっつきにくかったが、読み出したらだんだんわかってきて楽しめた。もうすぐ勤続50年になる警邏巡査部長ジ・オラクル(神託)のうわさ話から始まって、最後も彼で締めくくられる構成になっている。
二人組で街をパトロールする個性豊かな警官たち。そしてヤク中毒のカップルや犯罪者たちが事件を起こしたり、起こそうとして呼び止められたりする。女性警官と組まされてくさっている警官もいる。

女性警官がきちんと描かれているのが気持ちよい。
バッシーは相棒にだけ打ち明けて他言せぬように言ってトイレで搾乳する。
アンディは別れた夫との間にできた子どもが18歳で陸軍に入りアフガンにいるのが気がかりだ。仕事が終わったところに、誰もいないのでと虐待されていた少年の取り調べを頼まれる。少年は彼の虐待者がフレズノで起こした殺人事件のことを打ち明ける。
バッジーとマグが娼婦の格好をして街に出て囮捜査をする。二人は張り切って事に当たるが、マグはぽん引きに殴られ大けがをする。

いろんなエピソードが小気味良く積み重なっていく。ハリウッドらしい人物も出てくる。メタンフェタミン中毒のカップルが転落していく過程で、人の良い女の子は猫を介して近所の高年の女性と出会う。
最後は哀しさとほっとした気持ちを味合わせてくれる練達の筆です。

ハリウッドならではの大通りをパトロールするネイトは、クラーク・ゲイブルとキャロル・ロンバートの姿を想像し、その次にはスペンサー・トレーシーとオードリー・ヘップバーンの姿を想像するとあった(275ページ)。これはオードリーではなくキャサリン・ヘップバーンでしょう。(小林宏明訳 ハヤカワ・ミステリ1500円+税)

2008年08月20日

ジェームズ・アンダーソン「血染めのエッグ・コージイ事件」

血染めのエッグ・コージイ事件 (扶桑社ミステリー)サラ・ウォーターズ「夜愁」、チャールス・ディケンズ「荒涼館」、アンナ・マクリーン「ルイザと女相続人の謎」に続いて、ミクシィで知り合ったJさんに頂いた本を読み続けている。不景気なときにものすごくありがたい。

ジェームズ・アンダーソンのもう一冊「切り裂かれたミンクコート事件」は持っているので、今回頂いた本の中に入っていたのは他へ回させていただいた。「血染めのエッグ・コージイ事件」のほうが先で、同じイギリスのカントリーハウス「オールダリー荘」が舞台になっている。小山正さんの解説によると、【70年代に黄金期本格の味わいを復活させた作品として名高い】作品だそうである。

1930年代のイギリス、プロローグの最初が「きみは、アドルフ・ヒトラーという人物のことを、どの程度に知っておるのかね?」という質問である。イギリス政府への諜報活動を行う人物を雇うシーン。
すぐに舞台は変わって、元貴族令嬢でいまは高級婦人服店で働くジェーンが、客の横暴に腹を立てクビになるシーン。居合わせた親友のジェラルディーンが実家のオールダリー荘のパーティに誘う。
次は首相官邸に呼ばれた若い閣外相リチャードが、新しい任務を受け、会議の場所を兄バーフォード卿の所有するオールダリー荘に設定する。そのためにある国の特使が会議のためにやってくる。
その他、アメリカの大富豪で銃の蒐集家ピーボディ氏が夫人と秘書を連れてやってくる。ピーボディ夫人は本物のダイアモンドの首飾りを身につけるという。
荘園屋敷について本を書きたいというデヴルーがレディバーフォードの招待を受けてやってくる。
それぞれが思惑を持って集まったパーティに、屋敷の門のところで自動車事故を起こしたと男爵夫人アニリーズが助けを求める。彼女は昔リチャードの恋人だった。

これだけの役者が揃ったオールダリー荘で、二つの殺人事件と首飾りの盗難があって、やってきたのは地味なウィルキンズ警部。この人は巡査部長に出世できたらよいと思っていたのに、いつのまにか責任のある警部に任命されたのを嘆いている。
それに執事のメリーウェザーが重要かつユーモアのある存在でおもしろい。
女性たちがそれぞれしっかりしてい楽しい。ジェーンとデヴルーが反目しあっていたのに協力しあうところとか、荘園主夫人と大富豪夫人の天衣無縫っぽいところとか、令嬢のジェラルディーンのしっかりしてるけど純情なところとか、楽しく読めた。(宇野利泰訳 扶桑社文庫 933円+税)

2008年09月16日

岡本綺堂「半七捕物帳」を青空文庫で読む

つい先日からのことだけど、岡本綺堂「半七捕物帳」をネットで読むという新しい経験をしている。青空文庫である。

梅雨のころ傘の話題が出たとき、わたしはいつも傘が荷物になったとき、半七が「傘がお荷物になったか」みたいなことを言うていたのを思い出すと言ったのだが、元の話はなんだったか忘れていた。
それで10年よりもっと空いている「半七捕物帳」を買ってきて読もうと思っていたのだが、読む本が山積でなかなか手が出ない。

そこへ先日ミクシィのコミュで見かけた人のページで「半七捕物帳」を見つけた。その人は半七ファンで青空文庫にアップするにあたって貢献されたようだ。
ありがたく読ませてもらっているが、「傘がお荷物」というセリフにはまだ出合っていない。「春の雪解け」には傘が出てくるのだが。

わたしは青空文庫ができたころにちょっと見にいっただけだったので、その読みやすさにおどろいた。そしてその規模の大きさ、堂々たるところにもおどろいた。これからいろんな作家の作品を読ませてもらおうと思う。

「綺堂事物」という岡本綺堂ファンにはたまらないサイトにも出合った。もうちょっと時間が欲しい。

2008年11月29日

トム・ロブ・スミス「チャイルド44」上下

チャイルド44 上巻 (新潮文庫) チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

ヴィク・ファン・クラブ会報に中島由美さんが連載している「ミステリ散歩道」(会報掲載後にサイトアップしています)の11月号で紹介されていた本をあわてて買った。
スターリン体制下のソ連が舞台ということで、読みづらそうと気持ちが引いたが、読み出だしたら惹きつけられて最後まで気持ちが切れなかった。

ソ連の国家保安省の捜査官レオ・デミドフは教師の妻ライーサとこぎれいなアパートに暮らし、両親も工場のラクな仕事について豊かに暮らしている。国家公務員にはそういう特権が与えられているのだ。
部下のワシーリーはレオにものすごい嫉妬心を持っていて、レオをモスクワから地方の警察へ飛ばされるように陥れる。その地で子どもの連続殺人事件を知ったレオはなんとしもて次の殺人を阻止しようと動きだす。
しかし、社会主義国家では犯罪は起こらないということになっているので、殺人事件とすること自体が問題とされる。

レオは追われる身になり、両親は元のつらい仕事にもどされひどい共同アパート暮らしとなる。ライーサはレオより友人のイワンのほうに信頼を寄せているが、曲折の結果レオと行動をともにするようになる。ワシーリーのしつこい追求に追われつつ、愛を確認した二人は農民たちの中に混じって助けられながら真犯人にせまる。

事件が終わったときはスターリンからフルシチョフ体制になって、上司も変わっており二人は“とりあえずいまのところは安全”となる。

トム・ロブ・スミスは若い作家でこれがデビュー作というのに読者を飽きささない見事な書きっぷり。レオとライーサの関係を書いているところは甘いと思うのだが、背景がすごいのでその甘さに救われる。

先日聞いた話だが、東ドイツはベルリンの壁が崩壊するまでは、DVが社会主義国にはないということで、DV犠牲者のシェルターがなかったという。本書で同じ言葉に出くわして、全体主義の恐ろしさをまた感じた。
また、【女たちは戦争中も占領軍にレイプされ、解放後は解放軍にレイプされた。レオはそうした行為が国家によって容認されていたことを知っていた。戦争の構造の一部として、勇敢なる兵士への手頃な報酬として。】ライーサが妊娠できない体であることの説明にこの一節があって、著者に共感できた。(田口俊樹訳 新潮文庫 上705円+税・下667円+税)

2009年02月05日

ジョン・ファリス「ランサムの女たち」(エド・マクベイン編「十の罪業 Red」より)

十の罪業 RED「十の罪業 Red」の三つ目はジョン・ファリスの「ランサムの女たち」。いままで知らなかった作家だ。解説によると複数の名義でホラー、サスペンス作品を発表しているが、日本では「フューリー」などホラー作品が紹介されているそうだ。「フューリー」はブライアン・デ・パルマで映画化されたのを見ている。

「ランサムの女たち」の物語はランサムという天才画家が、ニューヨークに住む美術館員のエコーにモデルになってほしいと頼むところからはじまる。自分のアトリエで一年間にわたって共に暮らしてくれたら礼として家をくれると言う。エコーの恋人で警察官のピーターは悩みつつランサムについて調べる。ランサムは莫大な遺産を相続している上に、その絵には大層な値段がつけられている。
いままでもランサムは同じように何人もの美しいモデルを使って描いてきた。ピーターがその女たちを訪ねていくと、彼女たちはモデルを終えた後に顔を切られるなどして、二目と見られぬ容貌になっている。
エコーは素晴らしいアトリエで召使いつきの暮らしをしつつ、孤独なランサムに惹かれていく。エコーはランサムを知ったときから黒衣の女につけられているのを感じていた。謎の黒衣の女はなにをしようとしているのか。サスペンスとホラーの作家らしい書き方で一気に読ませる。
(中川聖訳 創元推理文庫 1600円+税)

2009年02月07日

ローレンス・ブロック「ケラーの適応能力」(エド・マクベイン編「十の罪業 Red」より)

十の罪業 RED「十の罪業 Red」の五つ目はローレンス・ブロック「ケラーの適応能力」。ローレンス・ブロックは「八百万の死にざま」からのマット・スカダーのファンだったが、ここ数年は読んでいない。殺し屋ネイサン・ケラーのシリーズは短編をひとつ読んでいるだけだ。アン・ベリー編著「ホロスコープは死を招く」に入っていた「ケラーのホロスコープ」で、これはよかった。

「ケラーの適応能力」では、ケラーは仕事は確実に片付けはするものの日々空想にふけることが多くなっている。仕事先へ飛行機はやめて車で行くのだけれど、それは9.11以後に飛行機に乗るのがややこしくなったからだ。搭乗前の取り調べがきつくなった上に、機内に持ち込む手荷物の中に【キーホルダーに爪切りなどついていた日にはもう、あとは神の慈悲にすがるしかなくなる。】という具合。
その日は仕事で遠方に行っておりニュースをテレビで見ていたのだが、その帰りの車では数時間おきに吐き気がした。帰ってからはグラウンド・ゼロの現場へ行き、桟橋からボートに乗って停泊している船の中でシェフが作った料理を、崩壊現場で救助活動をする人たちに配るボランティアを毎晩しにいく。
そんなとき、仕事のコーディネイトをするドットから次の仕事はマイアミだと言われる。出かけた先で不動産会社の女性とつきあうが、その家に住むかどうかはわからないと言うと、彼女は「だけど、話してしまえば、わたしを殺さなくちゃならなくなる。そういうことなら話さないで」と言う。仕事をはじめたケラーの雰囲気がわかる。
そこでの仕事が終って帰り道で足を洗おうかと思い、ドットに打ち明けてみるが・・・。
アメリカの社会と殺し屋ケラーの揺れる心を描いてやるせない。
(田口俊樹訳 創元推理文庫 1600円+税)

2009年03月02日

ジェフリー・ディーヴァー「永遠」(エド・マクベイン編「十の罪業 Black」より)

十の罪業 BLACKジェフリー・ディーヴァーの本は読んだことがなかった。読書が片寄っているのを反省しつつエド・マクベインによる著者紹介を読むとこう書いてある。
【ニューヨークで暮らし働く女性ルーンを主人公にした一連の作品がある。ルーンの目を通して描かれる都会の景色はじつに魅惑的で、ときに恐ろしくもある。】
巻末にある著者紹介によると「汚れた街のシンデレラ」にはじまるルーン三部作があるんだって。また読みたい本が増えた。というのは今回の中編小説「永遠」がよかったから。

ニューヨーク州ウェストブルック郡は住民の多数が南のマンハッタンに通勤して生計をたてている土地である。ここの保安官事務所の刑事部のドアに〈刑事タルボット・シムズ〉〈金融犯罪/統計担当〉と二つの表示がある。もう一つの大きな部屋は〈重大犯罪および戦術担当〉つまり〈現実犯罪部門〉で、タルと支援担当者は〈非現実犯罪部門〉とからかわれている。タルは数学を学んだが警察官の道を選んだ青年で、同僚たちは陰で〈アインシュタイン〉と呼んでいる。

その日、老夫婦が殺されたと情報が入り刑事たちが行って調べたところ、二人は自殺とみられた。タルは犯罪について統計をとっており、刑事たちにアンケートをとっている。タルはアンケートの統計が老年期の自殺を理解し救う一助になるはずだと思っているので、現場へ出かける。
彼は自殺で処理されるはずの老夫婦の死を統計で考え、死が不審なものであるという〈2124〉宣言をし、ベテラン刑事のラトゥーアと組んではじめて現場に出る。続いて同じような事件が起こる。二人はだんだん打ち解けていく。そして犯人を追いつめて手錠をかける。
その後、車に乗ってもすぐにエンジンをかけずにラトゥーアは言う。
【「事件ていうのはな、解決してないときよりしたときのほうが重いことがある。そんなことはアカデミーでは教えない。でもおまえは義務を果たしたのさ。おまえがそれをやったことで、生き延びる人間もいるんだ」】
ラトゥーアはタルは射撃ができないと思い込んでおり、タルが最後に撃った銃弾が当ったことをいぶかる。あり得ないというラトゥーアに数式で説明するタル。「この野郎。かついだのか」。ラストが楽しいです。
(土屋晃訳 創元推理文庫 1600円+税)

2009年03月03日

スティーヴン・キング「彼らが残したもの」(エド・マクベイン編「十の罪業 Black」より)

十の罪業 BLACKわたしは怖い本が苦手でスティーヴン・キングの作品は出始めたころに読んだだけだ。知り合いから「ドロレス・クレイボーン」のハードカバーをいただいたときも、読まないで他の知り合いにあげてしまった。タイトルは好きだったけど読む気が起こらなくて。

「彼らが残したもの」はこの中編集の中でいちばん短い作品である。主人公スコット・ステイリーはニューヨークに住み、セントラルパークの高層ビルにある保険会社で働いていた。9月11日の朝、目覚めると《よぉ、きょうは病欠にしなよ、な!》と心に声がかかった。その声は子どものときから聴こえてくるものだった。続いての声にうながされて仕事をさぼる。その日、9.11事件が起こり、スコットの仕事仲間は還ってこなかった。

ある日、家に帰るとテーブルの上に見覚えのある物がある。ロリータ・サングラス、ルーサイトキューブ、パンチ人形・・・。そして品物はどんどん増える。ベッドに横たわると品物たちがしゃべる声が聴こえる。亡くなった人たちの会話も聴こえる。
2002年にニューヨークで精神分析医にかかろうと思うと番号札をもらって行列に並ぶよりほかはない。同じアパートに住む女性のエアコンを直した縁で、彼女に話を聞いてもらい、ルーサイトキューブを預かってもらう。三日後に彼女は恐ろしい表情で返しにきた。

あの事件をスティーヴン・キングが真面目に捉えて書いた作品。キングらしいどろっとした怖さがあるのだけれど、それ以上に、残された私たちはどう生きていったらよいのか、という問題を考えさせる作品だ。
(白石朗訳 創元推理文庫 1600円+税)

2009年03月05日

ウォルター・モズリイ「アーチボルド——線上を歩く者」(エド・マクベイン編「十の罪業 Black」より)

十の罪業 BLACKウォルター・モズリイの作品では、アフリカ系の私立探偵イージー・ローリンズが活躍するシリーズの「ブルードレスの女」「赤い罠」「ブラック・ベティ」を読んでいる。だいぶ前に読んだので忘れてしまっているけど、独特の魅力があった。本書を読んだらまた読みたくなった。

南部で育ったフィリックスは21歳、故郷で弁護士をしている父の影響から逃れ、ニューヨークに出てきて仕事を探している。父と母は色合いでいうとカフェオーレ、彼と姉はそれより薄い。
〈代書人〉を求める広告を〈ウォールストリートジャーナル〉と〈ニューヨークタイムズ〉ともう1紙で見たフィリックスは留守電に広告を見たと伝言を残すと、真夜中に電話がかかり早朝に来るように言われる。マンハッタンのビルを訪ねるとA・ローレスがいた。壁にある写真を見ていると「バクーニンだ」。自己紹介では「アーチボルド・ローレス、野放しのアナーキスト」と言う。「あなたの仕事は?」と問うと「混沌と人の間にできた線を歩く」。そしてその夜のうちにフィリックスの身の上を調べ上げている。

いま、もう一度読んでいるのだが混沌としていて要約がむずかしい。田舎から出てきた真っすぐな青年と、彼を見込んだ海千山千の都会のアナーキスト、アーチボルドが混沌と人の間にできた線の上を歩いていくとしか書きようがない。
不思議な魅力が漂う作品だ。めちゃくちゃ惹かれている。どうしたらこんな魅力のある小説を書けるのだろう。
(土屋晃訳 創元推理文庫 1600円+税)

2009年03月26日

「ミステリマガジン」5月号に、ロジャー・L・サイモンの短編

ミステリマガジン 2009年 05月号 [雑誌]私立探偵モウゼズ・ワインはかつてわたしが愛した探偵の一人だ。当時ネオ・ハードボイルドと呼ばれていた探偵はたいてい好きだったが、「大いなる賭け」で出会い、「ワイルド・ターキー」を読んで、とても高かったワイルド・ターキーをバーで注文してみたりした。女性探偵の登場までもう少しという時代だ。
わたしのハードボイルド愛好歴は途中で切れるけど古い。なんせ「別冊宝石」でチャンドラーの「大いなる眠り」を読んでいる。それからずっとポケミスで出ているのは全部何度も読んでいる。その後にネオ・ハードボイルドの探偵たちに親しみ女性探偵となったが、そのあいだにハメットを読み返して、これこそハードボイルドだと思った。
だからチャンドラーはもう読み返す気はない。名文句もけっこう覚えているし、清水俊二や双葉十三郎訳で充分なんである。

「ミステリマガジン」5月号のチャンドラー特集はそんなもんで興味がないのだが、ロジャー・L・サイモンの短編「アイドル・ヴァレーの夏」があったのでよし! 時代はチャンドラーが「ロング・グッドバイ」を書いたときで、探偵はモウゼズ・ワインではなくて、フィリップ・マーロウである。私立探偵マーロウが作家チャンドラーの自殺するところを引き止める。
(木村二郎訳 「ミステリマガジン」5月号 800円+税)

2009年04月17日

ダナ・レオン「ヴェネツィア刑事はランチに帰宅する」

ヴェネツィア刑事はランチに帰宅する (講談社文庫)グイド・ブルネッティはヴェネツィアの警視で、妻のパオラは大学教師で思春期の娘と息子がいる。朝食のとき朝刊を読んでいたパオラが爆発する。記事に女性が不当な性的被害を受けたのを告白とあり、「なぜ女性は “告白” しなきゃいけないのよ」。ブルネッティは「まったく信じがたいね」と新聞の言葉遣いにショックを受け、それよりもパオラに指摘されるまで違和感を感じなかった自分に衝撃を受けながら同意した。パオラの父は貴族だが、二人は自分たちの収入で暮らしていて仲が良い。

大学の授業の後、生徒のクラウディアがパオラに先生のご主人は警察の方ですよねと問いかけて、犯罪の赦免について聞いてほしいと言う。結局、クラウディアは警察署のブルネッティを訪ねてくる。彼女の祖父は第二次大戦時にファシスト政権に取り入って権力を乱用し美術品を私物化した悪名高い男だった。ブルネッティは興味を惹かれて義父の伯爵や知り合いから話を聞く。それからすぐにクラウディアはアパートで刺殺される。
ブルネッティは現実の人間から聞き込みをし、秘書のエレットラはコンピュータで違法すれすれの深いところまで探りを入れる。
昼ご飯は家に帰ってワインと料理と妻と会話して昼寝をする。でもやるべきことはやっていて、真犯人を探し出す。しかしコネと権力が立ちふさがっている。

ある日の昼ご飯
スズキを丸ごと1匹を新鮮なアーティチョーク、レモンジュース、ローズマリーと一緒に焼いたもの。軽くローズマリーを振りかけた小粒のポテトのロースト。ルッコラとハツカダイコンのサラダ。焼きリンゴ。もちろんワインつき。食後にはグラッパ。

ある日の晩ご飯
ほうれん草とリコッタチーズのクレープ、ウサギのシチュー(オリーブ、クルミ、セロリ、ローズマリー、ベイリーフ)、小粒のポテトのローストと薄切りアーモンドとズッキーニ。

「ヴェネツィア殺人事件」に次ぐ警視グイド・ブルネッティ・シリーズの2作目。
(北條元子訳 講談社文庫 895円)

2009年05月13日

ベンジャミン・ブラック「ダブリンで死んだ娘」

ダブリンで死んだ娘 (ランダムハウス講談社文庫 フ 10-1)先日本屋をぶらついていたとき「ダブリンで死んだ娘」というタイトルに惹きつけられて即買った。現代アイルランドを代表する作家ジョン・バンヴィルが別名義で書いたミステリということなのだが、恥ずかしながらジョン・バンヴィルという名前を知らなかった。何冊か翻訳が出ているようなのでこれからチェックする。

1950年代のダブリン、若い看護師のブレンダはボストンでの就職のため出発する際に、クリスティーンという名の赤ん坊を連れていってほしいと看護長に言われる。船に乗るときに渡された毛布に包まれた赤ん坊を見ると胸がきゅっと詰まった。これが前書き。

〈聖家族病院〉病理科の医長で検死官のクワークが真夜中に死体安置所に入っていくと、義兄で産婦人科医長のマルがいた。上の階ではブレンダの送別会が開かれている。この部屋はクワークの縄張りである。マルはここで確認することがあったと言う。クワークは死体を乗せたストレッチャーにつまずき、とっさにシーツをつかむと美しかったろう若い娘の遺体が見えた。「クリスティーン・フォールズか、いい名前だ」と彼はつぶやく。そしてマルはさっきクリスティーンの死因を改ざんしていたのだと気がつく。クリスティーンは明らかに出産して間がなかった。

マルとサラ夫婦の娘フィービは20歳の美しい娘だ。クワークはサラの妹のデリアと結婚したが20年前に先立たれている。クワークは【決して生まれつきの酒飲みではない。(中略)亡くした妻を悼んで過ごしたあの長く哀れな年月にも、かろうじて破滅せずにいられたのは、そのおかげだったろうと思えた。】そしていまも飲んでいる。
フィービを送っていく家にはマルとサラ夫妻とマルの父親グリフィン判事が住んでいる。クワークは孤児院育ちで判事に救い出されマルとともに医学の勉強をした。

ボストンでもらい子をした若い労働者夫婦の描写にリアリティがあって切なかった。セックスの邪魔になるからと子どもに暴力をふるうところは、最近のニュースでよくあるケースといっしょだ。

娘が死んだ事情を知っている産婆も殺される。ダブリンとボストンを結んでなにが起こっているのか。クワークが調べはじめると2人組におどされ膝を潰される大けがを負う。彼らのうしろには絶大な権力が控えているのだ。

全体に陰鬱で最初はうじうじしたが、だんだん惹き込まれて離せなくなった。
ダブリン市警の殺人課ハケット警部とクワークが会う最後のシーンがいい。
(松本剛史訳 ランダムハウス講談社 920円+税)

2009年05月25日

ロス・トーマス「女刑事の死」

女刑事の死 (ハヤカワ文庫 HM (309-1))ロス・トーマスの本を読んだのははじめてだ。本書も題名だけはずっと以前から知っていて、ようやく読んだという感じ。女性刑事が死ぬんやと思っただけでちょっと引いてしまい、買ってからずっと置いてあったのをようやく読んだ。

最初に赤毛の刑事が自宅から出てくる。8月の午前7時半、すでに気温は31度、正午になれば38度になり、2時か3時には41度くらいになる。アメリカ南西部の町、刑事は隣人のスノウから家賃を受け取る。彼女は二所帯住宅を購入し半分をスノウに貸している。刑事はホンダにキーを差し込みクラッチを踏んだ。車が爆発し刑事は死ぬ。

女性刑事フェリシティの兄ディルはワシントンにおり上院議員の事務所で調査の仕事をしている。妹の死を知らせる電話がかかり、故郷に帰るために休むと言うと、上院議員と側近が故郷の住人スパイヴィの証言をとってくれば、かかった費用は経費にすると言う。
故郷の町に降り立ったのは10年ぶりだ。両親が早くに事故で亡くなって、10歳年下の妹を21歳のディルが面倒をみた。フェリシティは故郷で警察官になり、優秀な仕事ぶりで昇進していった。
ところがいま刑事の給料で買えるはずのない家を買い、兄を受取人として大額の保険に入っていたのがわかる。
一方、スパイヴィは子ども時代からのディルの友だちだ。お互いに貧しかったが、いまスパイヴィは昔からあこがれていた36部屋ある屋敷に住んでいる。彼はヴェトナム戦争後に、ヴェトナム新政権から余剰の設備(車両、武器、ヘリコプター等)を買って一般市場で売る会社を設立したと証言する。

妹の部屋は住んでいた気配がなく、別の住まいに住んでいたのがわかる。
妹の弁護士アンナ・モード・シンジは保険金受取について簡潔に説明する。ディルは今後は弁護士が必要になると思い彼女に依頼する。
スパイヴィとの関連、妹の死との関連、ディルはシンジといっしょに危険な目にあいながら真相を追っていく。
(藤本和子訳 ハヤカワ文庫 980円+税)

2009年05月26日

ロス・トーマス「女刑事の死」続き

女刑事の死 (ハヤカワ文庫 HM (309-1))ワシントンにいる兄が故郷で爆死した警官の妹について調べはじめると、いろいろと謎が現れるという話かと最初は思った。ところが雇い主の上院議員は、これからその土地へ行くのなら、その地に住む男スパイヴィに会い、証言をとってくるように言う。ディルは一つの誓いと、もう一つの任務を背負って敵地のような故郷へ戻る。

10歳年下の妹フェリシティは、12歳のときにディケンズの「リトル・ドリット」を読んで、ディケンズについて「かなりいいけどね、ちょっと感傷がすぎるの」と言った。わたしはその感傷的なところが好きだが、そう言ったフェリシティを死んでしまってから知ったのは哀しい。
その妹がなぜ殺されることになったのか。ディルは何度も殺されかけながらも間一髪で死から逃れて探り続ける。

兄妹に比べて、弁護士のシンジは出番は多いけど、ディルの行動のための道具に使われてしまって気の毒だ。こういう使われ方はもういやだと言うんだけど、ディルに〈かわいいひと〉と言われて積極的に協力してしまう。最後には自分から「あたし結局のところ、あなたのかわいいひとなのかもしれない」と言うんだから。でも、物語が終わった後ではディルの無罪を勝ち取らねばならない裁判が控えているので、ワシントンで活躍することになるだろう。

スパイヴィは極貧の子ども時代を過ごしたのにいまは大金持ちになっている。ヴェトナム戦争後に武器を世界各地の欲しがる連中に売って得た金だ。
【おれたちは退却して、ただ打ち捨てて去った。すごい膨大な量。大きな物、小さな物、あらゆる武器があった——ただ放置されていた。戦利品。戦争が終わって、ちょっとでも分別があるやつなら誰にでも予想がついていた通り、ホー側がついに勝利した。しかし、彼らだってあれほど多くの武器はいらなかった。(中略)そうやって、おれたちは何ともすごい大儲けをしたんだ。】
(藤本和子訳 ハヤカワ文庫 980円+税)

2009年08月30日

「ベスト・アメリカン・ミステリ ハーレム・ノクターン」よりロバート・B・パーカー「ハーレム・ノクターン」

昨日はマイケル・コナリーによる現代のドジャース球場(ロスアンジェルス)での出来事だったが、今日はロバート・B・パーカーによる「黒人初のメジャーリーガー」として有名なジャッキー・ロビンソン(1919-1972)をめぐっての物語。
ロバート・B・パーカーの私立探偵スペンサーは10年くらい前までは恋人スーザンとともに、わたしのいちばん好きな探偵だった。10数冊目くらいで飽きて、なにまで読んだも覚えていない。

ドジャース(ニューヨーク・ブルックリン)の事務所によばれた「私」はジャッキー・ロビンソンの警護をミスタ・リッキィに依頼される。
【「きみは、ジャッキーとわしとブルックリン・ドジャースが差し迫った嵐を乗り切るのを助けるために必要なことをするよう求められている」(中略)「・・・メジャー・リーグに黒人が一人入ることについて。どう感じている?」「いい考えのように思えるな」】

試合中に黒猫を投げ込まれたり、相手チームのダグアウトからニガーという言葉が聞かれたりするが、それは「私」には手の施しようがない。仕事はフィールド外である。
食事に行ったレストランで白い顔は「私」だけだった。そこに現れた白人ギャングたちに客とともに、ジャッキーと「私」は向かい合う。
(菊池光訳 ハヤカワポケットミステリ 1900円+税)

2009年09月30日

ウィリアム・マッキルヴァニー「夜を深く葬れ」

先月エドウィン・ミュア「スコットランド紀行」を読んですぐに、グラスゴーの警察官が主人公の、ウィリアム・マッキルヴァニー「夜を深く葬れ」「レイドロウの怒り」「晩餐の誓い」の3冊を引っぱり出して読み出した。買ったときに一度ならず読んでいるお気に入りなので少し読むとわかってきて、あちこち読むだけでおおまかなことは思い出せた。

ジャック・レイドロウはグラスゴーの機動捜査班警部で、事件に入れ込むと妻と子どもをおいて泊まり込む。歯ブラシや偏頭痛の薬など七つ道具をスーツケースに詰め込んで出かけるのを妻のイーナは、耐えているがほっとした気持ちにもなる。いっしょになったころは、
【いまふたりをひきさく原因となった夫のあくなき探究心に心をひかれていたのだ。だが、実際は、もっとも近い目的地でさえ、あの世のかなたにしかなかった。あの人は身をひきちぎり、心を砕きながら、どこまでも歩み続けるのだ。(中略)機動捜査班のさまよえる騎士。でも困ったことに、彼といっしょにいると、自分が保護されるべき処女(おとめ)なのか、敵方にまわるドラゴンなのか、わからなくなる。】
という気持ちになる。

部下のハークネスとグラスゴーの暗黒街を捜査するレイドロウの昨日と今日は違う。それを同僚の正統派であるミリガン警部はアマチュア呼ばわりする。ミリガンは与えられた仕事をそつなくこなすプロフェッショナルだとハークネスは理解した。レイドロウのプロフェッショナルたるところは、
【与えられた仕事をあまりにも鋭く自分にひきつけるあまり、生計の道は二の次となっているようなプロフェッショナリズム、その原動力は報酬ではなく、なにかをしようとする熱意である。】

なんかこの本はすべて引用したくなる(笑)。あまりにも厳しい道を行くレイドロウ。著者ウィリアム・マッキルヴァニーの惚れ込みかたが半端でない。
ジャンという恋人がいて、二人のラブシーンがとてもステキ。1979年に翻訳本が出たから30年前の本だ。古くさいところもあるけど、本を開くとレイドロウが息づく。
1977年シルバーダガー賞受賞作
(田村義進訳 ハヤカワポケットミステリ 760円)

2010年01月21日

ジム・ケリー「水時計」

水時計 (創元推理文庫)ヴィク・ファン・クラブ サイトにある「ミステリ散歩道」で本書を知った。
イギリス東部の街イーリーで週刊新聞記者フィリップ・ドライデンが活躍する本書は、2003年に発表されたジム・ケリー最初の作品である。このシリーズは2008年に5作目が出ているそうだ。
解説の杉江松恋さんによると、イーリーのシンボルである大聖堂はフィリッパ・ピアスの「トムは真夜中の庭で」の舞台だって。わたしも本は読んだんだけどそこまで覚えてなかった。トムとハティが大聖堂の塔に上がる場面があったけど、それがイーリー大聖堂なんだって。

ドライデンはイーリー出身だが父の死後、母とロンドンへ移住した。成長してローラと出会って結婚する。ロンドンでの教師生活を辞めた母が農場を経営しはじめて1年後にドライデン夫妻は母を訪ねる。その帰りに無謀運転の車にぶつけられ排水路に転落する。何者かがドライデンだけを助けて病院へ運ぶが、ローラは車内に長い時間を放置される。ローラはそのため閉じ込め症候群となって、肉体は正常に動いているのに昏睡状態のままである。

ドライデンは地方紙の記者として毎日取材を続ける。同僚のキャシーは北アイルランド出身の赤毛の女性で、ドライデンはその思いっきり笑うところが好きだ。ドライデンはここへ来る前はロンドンのフリート・ストリートで記者をしていた。キャシーは、ドライデンの意識していないハンサムさ、長身にまとっているみすぼらしい服、くしゃくしゃの黒髪が気に入っているが、なかでも経歴が気に入っている。

ドライデンは事故以来自分では運転せずに取材に出かけるのにタクシーを雇っている。運転手のハンフはよき相棒である。

少し離れた村の教会の墓地が荒らされているのを取材に行く。
牧師のタヴァンターは真実を隠している自分を責めて1975年の降臨祭のときに、自分が同性愛者であることを説教段から宣言した。一世紀前なら罰として土塊と罵倒をあびるところが、いまは無関心と悪意だった。ドライデンとタヴァンターは出会ったときすぐに意気投合した。いま、墓地で小さな靴跡をたどる。「子供たちだ」とタヴァンターは言った。
今日はここまで。
(玉木亨訳 創元推理文庫 1080円+税)

2010年01月23日

ジム・ケリー「水時計」続き

水時計 (創元推理文庫)沼沢地帯(フェンズ)というのが想像できないから困ったものなのだが、ドロシー・L・セイヤーズ「ナイン・テイラーズ」の洪水シーンを思い出しながら読んだ。

ドライデンがハンフのタクシーで沼沢地を走っていると前方に警察の車が止まっていた。スケートをする子どもたちが見つけたのは川に落ちている車だった。引き上げた車には銃で撃たれた上に首を折られた死体がトランクに入っていた。
その翌日、大聖堂の屋根の上で白骨死体が見つかる。塔のてっぺんまでめまいを我慢しながら昇って、死体を発見した修復工事の業者に質問する。死体の主は35年前の強盗と殺人未遂事件の容疑者シェパードで、ずっと行方不明だった。シェパードについて調べ始めたドライデンは何者かに妨害され撃たれる。

ドライデンは毎日入院中のローラを見舞って話かけているが、その日、ローラが動いたと病院側が言う。病室での動きが医師のほうでわかるようになっているからだが、本当に動いたのか、だれかが病室へ入ったのか不気味だ。
ドライデンが撃たれた夜に看護にきたキャシーと翌日ベッドで目覚める。彼はローラが目覚めたらすべてを話そうと思う。キャシーは黙って去って行った。

沼沢地帯(フェンズ)に洪水の非常事態宣言が発令された。その中でドライデンは真犯人との対決で水中に落ちるがぎりぎりで命拾いする。
長い小説だったが不屈の新聞記者魂を持ったドライデンに引っ張られて読了。
(玉木亨訳 創元推理文庫 1080円+税)

2010年01月24日

ロバート・B・パーカー追悼読書「失投」

失投 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 110‐1))ロバート・B・パーカー(1932年9月17日 - 2010年1月18日)が亡くなった。数日前の友人のメールが第一報で、それからメールとミクシィの書き込みが続いた。女性のミステリファンに愛されていたのね。

わたしがはじめてロバート・B・パーカーの本を読んだのはハヤカワポケットミステリ「ゴッドウルフの行方」(1976)だった。この本のスペンサーは、旧い探偵のタイプから全面的に抜け出していなかった。
続いて立風書房から出た「失投」(1979)「誘拐」(1980)を読んで、早川書房の「約束の地」(1979)。このあたりでこりゃ違うぞって感じになった。団塊世代の男性たちが読み始めたように思う。居酒屋で隣り合った男性とスペンサーとスーザンについて意気投合したけど、マジでこういう男女関係を望んでいる男性がいたのにおどろいた。ミステリというよりライフスタイル小説だった。

次いで「ユダの山羊」「レイチェル・ウォレスを捜せ」(1981)である。スペンサー、スーザン、ホークの3人組にいちばん肩入れしたころだ。そのころホークに似た男ともだちがいて、わたしはスーザン気取りだったわ(笑)。

フェミニズム、レズビアン、アイルランドなど、共通の言葉がたくさんあった。ミステリの枠を超えて共感できる作家だった。こんなに共感し影響を受けた男性作家は他にいない。サラ・パレツキーと女性作家たちの登場を用意した作家だったといえると思う。
「失投」を読んだ。ういういしい。この本を読んでボストン・レッドソックスのファンになった。次いでヴィクシリーズを読んでからはシカゴ・カブスのファンに変わった。

About その他の男性作家

ブログ「kumiko 日記」のカテゴリ「その他の男性作家」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはその他の女性作家です。

次のカテゴリはアンソロジーです。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。