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その他の男性作家 アーカイブ

2004年10月22日

レッドソックス贔屓 ロバート・B・パーカー

今年は野球(=タイガース)に関心を持たないで過ごしてきたけど、最後にはストやらなにやらと気になることがたくさん起こった。しかし野球そのものへの関心は薄れたままだ。新庄選手の活躍を喜んだくらいかな。
そこへ大リーグである。たいていの人はヤンキースを応援されただろうが、わたしはボストンレッドソックスを応援していた。もう20年にもなるけど、ボストンの私立探偵スペンサーが熱烈なレッドソックスファンだったから、スペンサーファンであるわたしもファンになったという単純なことである。ロバート・B・パーカーが書いたスペンサーを主人公とする作品を、10数年の間わたしは崇拝していた。いちばん好きなのが野球選手の危機を助ける「失投」だった。
よかったなぁ、「失投」。スペンサーには前の作品からつきあっている恋人がいたんだけど、ここからスーザン・シルバーマンが出てきたんだよね。そして事件の苦い解決の後に会いたくなったのはスーザンだった・・・。
あんなに熱中していたあのころがなつかしい。スペンサーとスーザンとホークの3人組が大好きだった。この3人が口に出す言葉が気が利いていて、日常生活にもよく利用したものである。ベーグルやホールホイートパンなどの食べものも教わった。そしてホークがホテルで注文するシャンパンとシュリンプカクテルもカッコいいと思ったなぁ。

2005年03月08日

ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」

「聖杯」という言葉を知ったのは、子どものころ読んだ古い映画雑誌にあった映画ストーリーだった。どんな映画だったか調べようと思ったが手がかりが浮かんでこない。昔の二枚目俳優の名前をいろいろと思い出しているのだが、ぴたっと合わない。そのうちに突然浮かんでくるだろう。
さて、「ダ・ヴィンチ・コード」は超ベストセラーである。読み出したらやめられないと聞いていたが、自分が読むとは思っていなかった。VFC会員の岡田さんが書かれた「イエス・キリストのミステリー」というエッセイを読んで、キリスト教についての詳しい考察があると知り買いに行ったようなわけである。
まずストーリーがどんどん進んでいくのでさっさと読み終えた。恋愛もからんでハリウッド映画の冒険もののように話が進んでいくと思ったら、トム・ハンクス主演で映画化されるそうである。それから1カ月ほど他の作品を読んだり仕事が忙しかったりで、いまようやくゆっくりと読み終えた。
イエスとマグダラのマリアは夫婦で娘がいた。ところがイエスの死後、弟子のペテロが教団のリーダーになったときに、神の子と神格化するために、イエスは純潔でマリアは娼婦であるとしてしまった。しかし異端として弾圧されながら真実は伝えられてきた。いまやこちらが正しいという意見が(キリスト教信者を除いて)大勢をしめるようになっているそうである。こうしたことが詳しく書かれていてほんとに勉強になった。
わたしは少女小説によくキリスト教徒の娘やロマンチックな教会が出てきたから、子どものころからなんとなくイエスとマリアに対してほんわかした興味を持ってきた。そして、イエスとマグダラのマリアが恋人どうしだろうということも感じていた。けれども、欧米のキリスト教への背信を書いた小説を読むと、キリスト教の強さを感じてこれは理解不能だと感じる。聖杯についてもしかりで、知識は積もっていくけれども本質は理解できていない。それでも「ダ・ヴィンチ・コード」は女性への尊敬と愛にあふれた気持ちよい作品で、最後まで楽しく読めた。(角川書店 上1800円・下1800円)

2005年07月16日

エド・マクベイン「ラスト・ダンス」

エド・マクベインが7月6日にお亡くなりになったことをミクシィの書き込みで知った。
エド・マクベインという名前を知ったのはずいぶん昔のことだ。87分署シリーズ第1作「警官嫌い」(1956)を読んだのは、父親が読め読めとうるさく言ったからで、それから何作かは読んだはずなのだが覚えていない。黒沢明監督の「天国と地獄」を封切りで見たのは、仲代達矢が大好きだったからだが、原作がマクベインの「キングの身代金」だったこともある。
その後、数年前に「晩課」を読むまで全然読んでいなかった。その後も読めばおもしろいのはわかっていたにもかかわらず、あんまり読む気が起きず、よい読者ではなかった。ただキャレラ夫妻やマイヤー・マイヤーを懐かしむ気持ちはいつもあった。
シリーズ50作目という本書を読むと、キャレラが40歳の大台に乗ったことを感慨深く思っているところがあり、不思議な気持ちになった。だって第1作から50年近い年月が経っているのだ。こちらは白髪になっているのに、キャレラはまだ40歳なんだもん。
ベッドに横たわった老人の死体は、ドアのフックで首を吊ったのを、娘がベッドに運び上げたのだった。しかも調べると自殺ではなく、クスリを飲まされて殺されていた。というところからはじまり、警官たちの調査が地道に続く。
わたしが気に入ったのは、白人の刑事バート・クリングと黒人女性で市警の医師シャーリン・クックの間柄だ。【このあわただしい憎しみに満ちた都市で二人は出会い、恋に落ちた。この話を、フツ族やツチ族の人たちに、そしてアルバニア人やセルビア人に、そしてアラブ人やユダヤ人に話してやりたい。】エド・マクベインの気持ちが伝わってくる。(ハヤカワポケットミステリ 1100円+税)

2005年08月27日

「ミステリマガジン」10月号はエド・マクベイン追悼特集

久しぶりに「ミステリマガジン」を買った。長い間ずっと買っていたのに、ここ数年たまにしか買わないようになっている。広告で特集を見てあわてて買いに行くことが多い。雑誌よりもネットの書き込みを頼りにしてしまう。ミステリーの新作にあまり興味を持たなくなったこともある。いわゆるミステリー評論家のブックレビューを読む気がしない。
だが、今月はそうそうに買った。エド・マクベイン追悼特集号だからだ。亡くなられたと聞いたときに書いたように(7月16日 エド・マクベイン「ラスト・ダンス」)、わたしは読み出したのは早いが熱心な読者ではなかった。最近読み出してファンになった「酔いどれ」シリーズのケン・ブルーウンが作品の中でよく引用しているので、ほーっと思っていたら、本書でも熱い追悼文を書いている。改めてエド・マクベインをまた読もうと思った。
短編小説が3作あって「愛か金か」というのに、キャレラとマイヤーが出てくる。一つ読むとまだまだ他のが読みたくなるんだよね。
リーバス警部ものではないけれど、イアン・ランキンの短編「ソフト・スポット」が入っている。

2005年10月02日

セルジュ・ジョンクール「U.V.」

U.V. セルジュ・ジョンクール本屋で文庫本をぶらぶら見ていたら、「現代フランスを代表する新感覚のミステリー」と帯に書いてあったのが気になって買った。本が薄いのと字が大きいのが気に入ったこともある。
舞台はフランソワーズ・サガンを思い出させ、登場人物はパトリシア・ハイスミスの「リプリー」を思い出させる。海辺の別荘でバカンスを過ごすブルジョワの一家のところに、見知らぬ若い男性ボリスがやってくる。テラスで肌を焼いていた姉妹に、近寄ってきた男はこの家の息子の友人だと言う。弟は留守だが、白でかためた服装に魅せられた姉妹は彼を迎え入れる。父親も母親も彼の言葉を疑わず受け入れるが、姉娘の夫アンドレ・ピエールだけがうさんくさいものを感じる。猟銃のコレクションや、いまは乗っていないモーターボートを父親は彼に見せる。娘たちも彼のものになる。やがて息子フィリップが帰ってくる。
なんだか知っている物語を読んでいるような気がした。金持ちの倦怠感を表す背景が麻薬だったりする。U.V.とはウルトラ・ヴィオレット=紫外線。(集英社文庫 480円+税)

2005年10月13日

山本やよいさん訳 ハーラン・コーベン「ノー・セカンドチャンス」

ハーラン・コーベンの本といえば、スポーツ・エージェントのマイロン・ボライターが主人公のシリーズが知られている。わたしはこのシリーズを全然知らなかったのだが、3年ほど前に友人が全册まとめて貸してあげると言って宅急便で送ってくれた。本人も娘さんもマイロン・ボライターの大ファンだという。すぐに読み出したのだが、どうにもかっこが良過ぎてついていけない。2冊読んだまま置いといたが、ついにこの夏お詫びの品をつけ大謝りしてお返しした。
そんなもので、本書を頂いたときは一瞬びっくした。でもあのシリーズでなくサスペンスのノンシリーズ3作目ということなので、ともかくも読み出した。実はわたしはサスペンスもアカンのである。ハラハラドキドキしすぎてしまうのだ。
本書は読み出したらとても読みやすくて、どんどん物語が進んで行く。やっぱりハラハラしてしまい、夜中から朝まで読み通してしまった。
主人公のマークは形成外科医で金持ちの娘と結婚して娘タラがいる。ある朝、自宅で銃撃され、病院で意識を回復したとき、妻が殺され娘がいなくなったことを知る。そのうち、娘を預かっている、200万ドルよこせと脅迫状が届く。マークは妻の父親が出してくれた200万ドルを持って指定された場所に行く。
娘は取り返せずお金は盗られてしまったというところからマークは行動をはじめる。FBIはマークを疑っている。昔の恋人のレイチェルは元FBIの捜査官だったが、事情があって辞めている。偶然出会った2人はいっしょに行動するが、一難去ってまた一難というわけで、これでは読むのを止められない。最後の最後まで行動するマークに拍手。最後がとてもしみじみしていい感じ。(ランダムハウス講談社 上750円+税、下780円+税)

2005年11月16日

DVDで「マルタの鷹」と「三つ数えろ」

「マルタの鷹」(1941 ジョン・ヒューストン監督)と「三つ数えろ」(1946 ハワード・ホークス監督)が「水野晴郎のDVDで観る世界名作映画」の中にあった。両方ともずっと前にテレビの深夜映画で見たことがあるだけだったのでうれしい。この手の映画のポスターを集めた洋書を持っていて、ときどき眺めているが、好きなときに見られるDVDが手に入ってご機嫌である。
「マルタの鷹」はダシール・ハメット、「三つ数えろ」はレイモンド・チャンドラーと、ハードボイルドの古典の映画化で、私立探偵サム・スペードとフィリップ・マーロー役をしているのがハンフリー・ボガートなのである。
「マルタの鷹」はヒューストン初監督作品であり、ボガート初主演作である。傍役たちの不気味さとメリー・アスターの妖しい悪女ぶり、そして非情な探偵サム・スペード。タイトな語り口でぐんぐん進んでいくストーリーはハメットの作品そのままだ。
「三つ数えろ」はスターになってからのボガートとローレン・バコールである。二人ともスターらしい自信にあふれて主演している。原作はチャンドラーの「大いなる眠り」だが、邦題の「三つ数えろ」も悪くない題名だと思う。ハリウッド映画らしい豪華なハードボイルド作品で、ちょっと感傷的なところがあるチャンドラーをうまく映画化している。
「三つ数えろ」のほうが見ているときは楽しめたが、あとまで残るのは「マルタの鷹」である。原作と映画と同じ感想なのがおかしい。

2005年12月25日

木村仁良編「夜明けのフロスト」

夜明けのフロスト R・D・ウィングフィールド連休の最初の日に久しぶりに本屋へ行った。買おうと思っていた本をさっさと買っただけだけど、当分読む本に不自由しないのがうれしい。
最初に読んだのが本書。副題に「クリスマス・ストーリー」とあるので、昨日と今日で読めてよかった。「探偵家業はやめられない」(2003)、「子猫探偵ニックとノラ」(2004)に続く年に一度の光文社文庫アンソロジーである。
エドワード・D・ホック、ナンシー・ピカード、ダグ・アリン、レジナルド・ヒル、マーシャ・マラー&ビル・ブロンジーニ、ピーター・ラヴゼイ、R・D・ウィングフィールドの7人に木村仁良さんの丁寧な解説がついている。最近ごぶさたしていた名前が多くてうれしく、すべてをおもしろく読んだ。ダグ・アリンて知らないなぁと思ったが、解説で「モータウン・ブルース」の作家とわかって、一応ミステリファンとしては、あ、みんな知ってると安心した(笑)。
女性探偵シャロン・マコーンの作家マーシャ・マラーと、名無しのオプ(ここではウルフとなっている)の作家ビル・ブロンジーニは夫婦で合作していていい感じである。マコーンのオフィスがあるビルの入居者たちがクリスマス・チャリティー・パーティーをはじめている。マコーンはウルフと奥さんのケリー(懐かしいなぁ)を招待している。マコーンはウルフに重要な仕事を助けてもらったので、その時間を市の家屋検査指導課の不正調査に従事することができた。そして市の上級職員が許可手続きをスピードアップする見返りにリベートをもらっていたことをつきとめた。パーティ中に、機密保持のために1枚しかないそのディスクを盗まれる。最後はみんなして犯人をあばくのだが、なんだか、いま毎日ニュースでやっている事件を思い出してしまった。(光文社文庫 571円+税)

2006年01月14日

ロバート・B・パーカー「メランコリー・ベイビー」

メランコリー・ベイビー ロバート・B. パーカーロバート・B・パーカーに深く傾倒していた時期が長い期間にわたってあった。ボストンの私立探偵スペンサーシリーズの初期のころだ。スペンサーと恋人スーザン、同志ともいうべきホークの3人の活躍が楽しかった。10数冊ほど読んだころだったか「スペンサーのボストン」、「スペンサーの料理」という本が出た。そのあたりから変わったと思う。それまでは生き方の参考になっていたのだが、それ以来は趣味の参考本になってしまったのね。そんなことで買って読むたびに失望し、初期の数冊を除いてあとは処分してしまった。
本書はそのロバート・B・パーカーの別のシリーズである。やはりボストンの女性探偵サニー・ランドルものの4冊目で、なぜ買ったかというと、スーザン・シルヴァマンが出てくるとなにかに書いてあったからだ。スーザンとはなつかしい、彼女はどうしているのかなと、他の本を押しのけて読んだ。それに最近の文庫としては薄くて読みやすそうだったしね。
「別れた夫が再婚すると知って、わたしは相手の女に殺意を抱いた」という書き出しにはおどろいた。女性探偵サニーは37歳で犬のロージーと暮らしている。精神科医にかかるほどに抱えている問題は、離婚したがいまも好きなリッチーが他の女性と再婚するということだ。スーザンに治療を受けながらの仕事は、大学生サラからの実の両親を捜してほしいという依頼だった。調査をはじめると手を引くようにと妨害が入るし、殺人事件が起きる。
ボストンとニューヨークを駆け回って、どちらの警官とも協力してサラの実の親を捜し、事件を解決する。スペンサーシリーズに出てきたギャングや警官も出てくる。フランク・ベルソン刑事とはなつかしい。
スーザンは昔と同じく、リニーアン通りのビクトリア風の大きな家の1階を治療室にしている。医師として出てくるだけだから、けっこう登場するんだけど、相づちを打ったりするだけで個人的な会話がなくて残念。
既刊シリーズの3冊も次の作品も読む気がしない。ロバート・B・パーカーって緊張のない作家になってしまったものだ。(ハヤカワ文庫 800円+税)

2006年03月11日

パトリック・ニート「シティ・オブ・タイニー・ライツ」

シティ・オブ・タイニー・ライツ パトリック ニートパトリック・ニートってはじめての名前だけど「英国の新鋭が紡ぎあげる探偵小説のニュー・ボイス」と帯にあるし、もしかして「酔いどれに悪人なし」のケン・ブルーウンみたいだったらたいへんと思い、ハードカバーだけど買うことにした。アジア系の探偵というところにも惹かれるものがあった。
ロンドンの裏町で事務所を開いている私立探偵トミー・アクタルのところに依頼人がやってくるという古典的な出だしである。
父親ファルザドは元医師であり画家として成功しかけたこともあるが、いまは酒浸りの生活だ。インド人の母ミーナは亡くなり、性格の合わない弟が同じ建物でタクシー業を営んでいる。一家はアフリカのウガンダに住んでいたが、アミン大統領がウガンダ国籍を持たないインド系アジア住民を、国外追放したためイギリスへやってきた。
トミーはソ連侵攻後のアフガニスタンへ行き、聖戦士軍に入って戦い、ソ連軍の撤退と同じ頃にイギリスへ帰ったという経歴の持ち主である。
そいう屈折した経歴やタクシー会社の運転手や、近所の少年の一癖も二癖もある登場人物はおもしろい。依頼人の娼婦エキゾティックメロディやその連れのセクシーロシアンもおもしろいのだが、言葉だけがおもしろいように思った。
同じように酒とタバコをは離さず、狂気の沙汰をやっても、ケン・ブルーウンの描く探偵ジャック・テイラーとは違う。心底から狂ってないっていうか。ストイックなボディーガードのアティカス・コディアックシリーズのほうが新しいと思う。

2006年04月12日

ジョン・リカーズ「聖ヴァレンタインの劫火」

聖ヴァレンタインの劫火 (ヴィレッジブックス) ジョン リカーズ今回もYさんおすすめのヴィレッジブックス発行の本である。本屋へ行くとハヤカワ文庫、創元推理文庫、講談社文庫はしっかりと見るのだけれど、ヴィレッジブックスの棚は見落とすことが多い。ええっ、こんなにいろいろ出ているのかとびっくり。古典的ミステリファンのせいかと反省。
ボストンの私立探偵アレックス・ロークは幼なじみの警察署長デイルの依頼で、故郷のメイン州の小さな田舎町に帰ってくる。アレックスは元FBI捜査官で、以前にもデイルの依頼で事件を解決したことがある。そのときは現場に行かずにすんだが、今回は難事件で行かずにすますことはできない。薄いメタリックブルーの1969年型スティングレー・コルヴェットに乗って出かける。
事件はデイルが激しい雷雨の夜パトカーで走っているとき、突然上半身裸の男が浮かび上がったところからはじまる。足下には10数カ所を刺された全裸の女性の死体があった。男は逮捕されるが、名前も言わず、女性を刺した証拠もない。全裸の女性は看護師のアンジェラだった。
警察ではデイルが待っていた。捕まえた男は法廷でも名乗らないので、身元確認に躍起になっているという。ランチの後アレックスは留置場へ行く。そして名前を一応ニコラスとして尋問をはじめるが、ニコラスはアレックスのことをよく知っているような不気味な反応である。
他に泊まり客のいない不気味なホテルでベッドに入ると、子ども時代の思い出、両親を乗せて自分が運転していた車が追突されて両親が亡くなったこと、FBIを辞めた原因など、過去の記憶が浮かび上がる。頭痛が激しく体調が悪い中、薬を飲みながら捜査を続ける。検死官ジェマの存在がアレックスを支えるのだが、その彼女にさえ怒りをぶつけてしまうのだ。
“聖ヴァレンタイン”というのは父親も関係していた孤児院で、火事で焼け落ちて廃墟になっている。アンジェラがそこで働いていたことがわかる。だんだん事件も探偵もおどろおどろしてくる。メイン州の森がまた不気味な雰囲気で、ジョニー・デップの「スリーピー・ホロウ」を思い出した。
ジョン・リカーズはイギリスの作家で、本書は第1作である。すでに3作目が出版予定されているそうだ。イギリスの作家と知るとやっぱりみたいな感じがする。(ヴィレッジブックス 870円+税)

2007年01月22日

ジョー・ゴアズ「ダン・カーニー探偵事務所」

VIC FAN CLUB」サイトの中の「SARA PARETSKY SATE」に、亡き広辻万紀さんが書かれた「パレツキーズ・アイ」というサラ・パレツキー紹介文がある。わたしはこの文章の才走った感じが好きでときどき読み返している。
先日もまた読んでいたのだけれど、サラ・パレツキーに5年先だってサンフランシスコでシャロン・マコーン(マーシャ・マラー)が活動を始め、もっと遡れば1960年代からダン・カーニー探偵事務所で、キャシー・オノダやジゼル・マークが働いていたとあるところにきて、無性にキャシー・オノダとジゼル・マークに会いたくなった。
そこで探したら出てきたのは新潮文庫の「ダン・カーニー探偵事務所」(1990年発行 石田善彦訳)だ。もっと探したら「赤いキャデラック」もあるはずだ。まぁ今日はこれでと読み出したらおもしろい。ほんまに絵に描いたようなハードボイルドだ。
「ダン・カーニー探偵事務所」(DKA)は1966年に登場し、20年にわたって書きつづけられていると訳者解説に書いてある。仕事は主にカードローン未納・滞納車、盗難車の追跡調査と回収である。ダン・カーニーは経験があり規律を重んじるプロの探偵で、人情味もある魅力的な男。その周囲には経験豊かな古参の探偵と、仕事を覚えようと血気にはやる若い探偵がいる。キャシーとジゼルはオフィスを預かって、回転の速い頭脳で事件解決にあたっている。
探偵たちも悪党たちも60年代という時代を生きているなぁとなつかしさを覚える。キャシーとジゼルはオフィスで外で働く男たちを動かしているけれども、もう少し経つとシャロン・スコーンが、やがてヴィクが、さっそうと外で活躍するようになる。女性私立探偵の時代がはじまったのだ。

2007年03月06日

ちらりとピーター卿が ジェイムズ・アンダースン「切り裂かれたミンクコート事件」

切り裂かれたミンクコート事件 ジェームズ アンダースンミクシィの「セイヤーズ読書会」コミュで、本書の中にピーター・ウィムジイ卿が出てくるとKさんが教えてくださった。その上にイギリスのお屋敷が舞台ということで、興味しんしん読み出した。
バーフォード伯爵家12代目の当主ジョージと夫人のラヴィニアと娘のジェリーは素晴らしいお屋敷オールダリー荘に住んでいる。ジョージは大の映画狂で、ハリウッドの映画製作者ハガーマイアがオールダリー荘を映画の舞台にしたいという申し出をOKする。スターのランサムもいっしょにやってくる。脚本家のギルバートは秘書とやってくる。そこへ長い間会っていなかった夫人の従姉妹夫妻がオーストラリアからやってくる。そしてジュリーは2人の求婚者ポールとヒューを招待している。そこへ現れたのはイタリアの大女優ローラ。オールダリー荘のすべてを仕切っている執事のメリーウェザーはそれぞれを客室に案内する。
そこで殺人事件が起こる。ウエストシャー警察のウイルキンズ主任警部が捜査にあたるが、上司がロンドン警視庁に頼んだのでオールグッド主任警視がきて指揮を執る。ウイルキンズは謙虚な人で殺人事件は性に合わないと思っているので気を悪くはしていない。エラそうにするオールグッドの下で黙々と働いている。最後はウイルキンズが解決するというストーリーに決まっているんだけどね。
ウイルキンズは以前にこの屋敷で起きた事件を解決したことがある。その件をジョージがピーター卿とロンドンのクラブで食事したとき話したと言う。そしたらピーター卿はそのときは海外に行っていたので知らなかったが、ウイルキンズに一度会って話をしたいと言っていた、と言うのである。
その他、ジョン・アプルビイ(マイケル・イネスの作品に出てくる)とロデリック・アレン(ナイオ・マーシュの作品に出てくる)の名前も出てくる。
遊び心いっぱいで読むのが楽しい。メリーウェザーはイギリスの執事の筆頭にあげられるかも。
それから、ハリウッドのハガーマイアの考えてることを読んだら、ロンドン橋をアメリカに運んだ話を思い出した。「ロンドン橋が落ちまする!」に歌われているロンドン橋は1971年10月、750万ドルの費用をかけてコロラド河の上にかかっている。これほんまやで。

2007年03月15日

追悼読書 リチャード・S・プラザー「ハリウッドで二度吊せ」

ハリウッドで二度吊せ! リチャード・S. プラザーリチャード・S・プラザーが2月14日に85歳で亡くなった。亡くなって名前を思い出したくらいだから、愛読者だったわけではない。50〜60年代に活躍した作家で、弟からまわってきた「マンハント」で読んだ覚えがある。ハメットやチャンドラーの後の軽く読めるハードボイルド小説だった。
そのまま忘れていたが、1980年代に「おあついフィルム」(中央公論社)が出た。いまでも田中小実昌訳の新聞広告を思い出す。なんであんなにうれしかったのかなぁ。当時「殺し屋はサルトルが好き」なんかを読んで、正統派でないのが粋と思っていたのかな(笑)。いまの時代ばりばりの作品はもちろん生きる糧だけど、遊び心だってあっていいよね。
それから長期間のお休みのあと、2年ほど前に「ハリウッドで二度吊せ」(論創海外ミステリ)が出た。ネットに関わり出してから読書時間が減り、新しい本を追いかけるのがやっとなので、なかなか読めなかったが、亡くなられたと聞いてようやく読んだ。時間に追われているせいか、昔みたいには楽しめなかったが。

シェル・スコットは身長185センチ、体重94キロ、白髪にも見えるプラチナ・ブロンドの私立探偵でロサンゼルスのダウンタウンにオフィスを持っている。
電話依頼の相手の打ち合わせた場所へ行くと受付が千ドルの小切手を渡して、依頼人は出かけていったと言う。そこへ行くと死体があり依頼人が側にいる。その男の犯行ではないのを確信して真犯人を探すことになる。ハリウッドの撮影現場では演技を終えた女優が撃たれて死ぬ。ギャングや殺し屋がいっぱい出てきてハラハラする場面が多い。そしてどうその銃弾から逃れて真犯人に迫るかかを追って読み進む。いまのロスの探偵たちと比べると、ほんま古き良き時代です。

2007年07月02日

昔懐かしい マイケル・アヴァロン「のっぽのドロレス」

古いハヤカワポケットミステリばかり入れてある段ボール箱からマイクル・コリンズを探したときに、内容も忘れてしまったのを読んでみようかと数冊出しておいた。その中の1冊、マイケル・アヴァロンのエド・ヌーンシリーズの初翻訳である。ようやく読み終えた。なんとなく読んだ覚えがあるという感じなのだが、誰が殺されるとか犯人とか全然覚えていなかった。ただ田中小実昌訳の歯切れの良い会話を覚えていたような気がする。1964年に出版された本だから43年前なんだー。

ニューヨークはマンハッタンの私立探偵エド・ヌーンのオフィスにノッポの女が入ってきた。バカでかく銅像なみでしかもグラマー。やたらと大きいがドロレスはどこからどこまで女性である、という女性。191センチで8センチくらいのヒールの靴を履いている。
彼女は恋人のハリー・ハンターを捜してほしいと言い、200ドルの手付け金を払っていく。仕事をはじめたら探していたハリーは死体になっていた。刑事が2人つきまとって邪魔をするお定まりのストーリー。警官を避けつつ、やっつけつつ調べていくうちに、コールガールのアルマに助けられる。彼女は頭がよく純情で2人は恋に落ちる。そして協力してやっていくが、アルマにはその理由があった。

ドロレスとアルマという名前がすごく妖艶な感じで、名前を目にしただけでハードボイルド小説の女、と思ってしまったのだけれどどうなんだろう。
実際の話、郷愁以外にはおもしろくもなんともない本なのだけれど・・・タイトルが抜群やなぁ、やっぱり置いておこう。

2007年11月07日

ルカ・ディ・フルヴィオ「ディオニュソスの階段」

ディオニュソスの階段 上 (ハヤカワ文庫 NV テ 7-1) ルカ・ディ・フルヴィオディオニュソスの階段 下 (3) (ハヤカワ文庫 NV テ 7-2) ルカ・ディ・フルヴィオ夢中になって読みふけった。ミクシィのマイミクで、何度かこの本がいいよと教えてくれている人が絶賛されていたので興味を持った。新刊書の売り場で見かけたって、自分の判断では買わないタイプの本だ。
タイトルも裏表紙の解説文を読んでもあまり読みたくない本だ(笑)。だけど信頼している人が「すげぇ!」と絶賛されているのだがらと読み出した。これは「すげぇ!」とわたしも言う。

けっこう長い序章があって、主人公たちそれぞれの様子が紹介される。ここを読んだらもう長い物語に惹き込まれ、なにもかもおいて物語の世界に突入するしかない。
二十世紀に入る直前のヨーロッパの架空の都市が舞台だが、ロンドンぽいけど、人の感じがパリのようでもある都市。馬車がまだ主流だが、主人公のミルトン・ジェルミナル警部はダイムラーのオートバイに乗って疾走する。
都市の近郊に製糖工場があって労働者はこき使われ、安酒を飲んでアルコール中毒になり、体を壊していく。女たちは妊娠しては中絶手術を受けて血を流す。障害を持って産まれた子どもたちも多い。労働運動の指導者がやってきて立ち上がろうと呼びかける。
そんな町でおぞましい殺人があり、ジェルミナル警部が都市部から派遣される。仕事上では華々しい成果をあげてきたが、彼の現在は麻薬から抜け出せずに惨憺たる状況である。連続殺人の遺体に残されたサインはなにを意味するか。阿片に誘惑され、上司のいやがらせに対抗しつつ捜査を続ける。サーカスの美しい踊り子との愛が一瞬光り輝く。

百年前の物語であると同時に近未来の物語のようにも思えてくる。主要な登場人物のドクター・ノヴェールの生まれや生き方や思想から、〈出生前診断〉についても考えさせられてしまった。
ルカ・ディ・フルヴィオは1957年ローマ生まれ、本書は映画化が決まっているそうだ。(飯田亮介訳 ハヤカワ文庫 上下とも760円+税)

2007年11月21日

イタリア捜査シリーズ アレッサンドロ・ペリッシノット「8017列車」

8017列車 (柏艪舎文芸シリーズ—イタリア捜査シリーズ) アレッサンドロ ペリッシノット図書館で見つけたおしゃれな装丁の本。イタリアのミステリーは先日、ルカ・ディ・フルヴィオ「ディオニュソスの階段」を読んだところだ。またイギリスの作家だけれど、ディヴィット・ヒューソンのローマ市警ものも2冊読んでいる。なんとなく親しみをもって読み出したんだけど、100年前の物語でもなく現代の市警ものでもない。第二次大戦後のイタリアの社会が描かれていて、知らなかった時代の闇に引きずられていく。

1944年3月、南イタリアの〈アルミ・トンネル〉で蒸気機関車が牽引する列車が停滞し、煤煙の悪性ガスのため400人から600人近くの人が亡くなった。「記憶されるより早く忘れてられてしまった」惨劇である。(あとがきには、日本でも同じような事故が同じ時期に起こったことが記されている。)この事故の様子がいちばんはじめにある。
そして2年後1946年6月の北イタリアのトリノになり物語がはじまる。元鉄道公安官だったアデルモ・バウディーノは公職追放されて、いまは建設工事現場で働いている。家に帰ると老いた母がつつましい夕食を用意している。
アデルモは〈国民解放委員会・公職追放対象分子リスト〉に載せられ追放された。彼はストライキにも参加した等と弁明書をつくって提出したが証人がおらず認められなかった。
アデルモは夢にうなされて目が覚める。パルチザンの一員として戦っていたときの悪夢だ。その俺がなぜファシストで対独協力者にされてしまったのか。
弁当を食べながら読んでいた新聞で彼は知った名前を見る。昔鉄道にいた男が刺殺されたのだ。次に新聞で見つけたのは、やはり鉄道員だった男が刺殺された事件である。アデルモは親友のベルトに食事をおごってもらいながら相談する。ベルトは父が裕福な公証人で、仕事の世話をするというが断り続けている。でも、今回の捜査は手伝ってもらおうと思う。

殺された男たちのことを調べるとナポリの町名が浮かび上がる。アデルモは列車でナポリに向かい、イタリアの南と北はこんなに違うのかとおどろく。
レストランで注文するのに名前がわからず、近くのテーブルの上を指差すと、「ああ、ピッツアですね」と持ってくる。どうして食べようかと思案する気持ちがよくわかる(笑)。それからその食感や味などの説明が、この素晴らしい食べ物をはじめて食べた男の口から語られる。
都会や田舎を犯人を求めて歩くところもよく書かれている。そしてなぜ元鉄道員が殺されていくのかもわかっていく。そして知り合った女性は坊主頭だった。彼女も誤ってファシスト協力者として髪を切られたのだが、それ以来伸ばすのをやめたと言う。
誤ってファシストとされた男と女が、誠実に生きようとする姿を描いた力作。2003年発表、翻訳は2005年。よかったです。(菅谷 誠訳 発行所:柏艪社 発売元:星雲社 1600円+税)

2008年04月17日

アーロン・エルキンズ「骨の城」

一片の骨から真実を暴き出すことができる人類学者ギデオン・オリヴァー(スケルトン探偵といわれている)が活躍するシリーズ13作目を、Uさんからお借りして読んだ。今年の3月発行でいちばん新しい訳書である。
いま思い出して検索したら、モンサンミッシェルの写真が表紙の「古い骨」があった。この1冊だけを読んだ記憶がある。おもしろかったけれど、次を読もうと思わずにいままできてしまった。気軽に読める本だなというのが今回の感想。

ギデオンは妻のジュリーが参加する環境に関する会議に連れ立って、シアトルからイギリスはコーンウォール州ペンザンスへやってきた。会議は要塞として建てられた堅牢な建物で行われ、参加者はそこで泊まる。初日のパーティで博物館の館長マデリンに人骨の鑑定をしてほしいと頼まれる。
翌日、博物館にある骨を見たギデオンはその中に新し骨がいくらかあるのを見つける。ノコギリで切断された骨だった。警察に持っていくとロブ巡査とクラッパー巡査部長がいる。ロブは聡明な若者で、クラッパーは屈折した人生を送ってきた人物である。ギデオンの話を聞いて、特殊能力犬の訓練士に頼んで海岸を捜査し残った骨を見つける。

事故にも見える次なる殺人があり、ギデオンの骨からの推理とクラッパーの捜査で真犯人を見つけだす。
ギデオンはほとんどが解決しかけたときに、警察のテーブルの上に置いてある骨を見て反省する。【不用意になっていると彼は反省した。いや、不用意ではなく傲慢になっているのだ。規則は学生たちのような劣った人間のためにあるのであって、自分には関係ないと思っているのだ。】
ジュリーとの子どもっぽいような仲の良さ、クラッパーとマデリンがあつあつだったりするところなど、よく言えば初々しいところに困った(笑)。(嵯峨静江訳 ハヤカワ文庫 820円+税)

2008年04月27日

ジョゼフ・ウォンボー「ハリウッド警察25時」

最初はハリウッド警察に勤務する警察官たちが入れ替わり出てきてとっつきにくかったが、読み出したらだんだんわかってきて楽しめた。もうすぐ勤続50年になる警邏巡査部長ジ・オラクル(神託)のうわさ話から始まって、最後も彼で締めくくられる構成になっている。
二人組で街をパトロールする個性豊かな警官たち。そしてヤク中毒のカップルや犯罪者たちが事件を起こしたり、起こそうとして呼び止められたりする。女性警官と組まされてくさっている警官もいる。

女性警官がきちんと描かれているのが気持ちよい。
バッシーは相棒にだけ打ち明けて他言せぬように言ってトイレで搾乳する。
アンディは別れた夫との間にできた子どもが18歳で陸軍に入りアフガンにいるのが気がかりだ。仕事が終わったところに、誰もいないのでと虐待されていた少年の取り調べを頼まれる。少年は彼の虐待者がフレズノで起こした殺人事件のことを打ち明ける。
バッジーとマグが娼婦の格好をして街に出て囮捜査をする。二人は張り切って事に当たるが、マグはぽん引きに殴られ大けがをする。

いろんなエピソードが小気味良く積み重なっていく。ハリウッドらしい人物も出てくる。メタンフェタミン中毒のカップルが転落していく過程で、人の良い女の子は猫を介して近所の高年の女性と出会う。
最後は哀しさとほっとした気持ちを味合わせてくれる練達の筆です。

ハリウッドならではの大通りをパトロールするネイトは、クラーク・ゲイブルとキャロル・ロンバートの姿を想像し、その次にはスペンサー・トレーシーとオードリー・ヘップバーンの姿を想像するとあった(275ページ)。これはオードリーではなくキャサリン・ヘップバーンでしょう。(小林宏明訳 ハヤカワ・ミステリ1500円+税)

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