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マック、パソコン、ネット アーカイブ

2003年12月13日

門前の小僧さん─ストリーム配信

お昼過ぎにプールに行く支度をしていたら「おーはじまるー」と相棒が言っている。昨日から騒いでいた“ストリーム配信”とやらがはじまったようだ。1時から4時までということなので、「しっかり楽しみやー」と言ってわたしは出かけた。1時間以上たっぷり歩いて帰って玄関のドアを開けたら、来客がたくさんいるような話し声が聞こえる。なーんとそれは東京は赤坂のセミナー会場の質疑応答の声なのであった。
このセミナーはプロのウェブ制作者が集まったメーリングリストが行っているもので、映像と音声が発信されて、それがそれぞれのパソコンにリアルタイムで配信されている。画像は少し難ありだが、音声はすごく鮮明で、目をつぶるとセミナー会場にいると言ってもいくらいな臨場感がある。おまけにチャット機能もついており、自宅のパソコンで見ている者どうしが会話をしたり、セミナー会場の講師に質問ができる。
北は札幌から南は石垣島までの会員が、リアルタイムで楽しそうにチャットをしているさまは、なかなか微笑ましくうらやましくなった。4時までどころか5時過ぎても終わらない。講師は2人なんだけど、1人は熱く語るタイプで、も1人は冷静なタイプ。わたしは著書を読んだことはないけど、本の背表紙を毎日見ているのでおなじみの人である(笑)。
「これやったらセミナー会場まで行く必要あれへんね」と言ったら、「むこうはこれから飲み会やねんで」と口惜しそうな返事が返ってきた。

2004年03月26日

いまごろ Adobi PageMaker 7.0

ページレイアウトソフト「ページメーカー」を最初に買ったのはかなり昔のことで、マックの2台目(SE/30)と、個人用のデータベースソフト「ファイルメーカー」といっしょだった。その頃のわたしはVFCのお知らせや手紙などでようやく文字打ちができるようになったくらいだった。相棒はいきいきとマックに向かっていて、稼いだお金はマシン、ソフト、周辺機器に流れ込んでいた。
最初「ページメーカー」はわたしには無縁だったが、「ファイルメーカー」は相棒に経理用にセットしてもらったのを、使ってみてあまりの便利さにびっくりした。市販の経理ソフトでなく、わたしが手書きでやっていた方法を、「ファイルメーカー」でどうやるかを二人で検討した結果だから有頂天であった。いまもそのまま使っている。
「ページメーカー」のほうは、いつごろだったか、ワープロソフトより簡単にいろいろなことができると言われて、おそるおそる向きあった。VFCの会報をワープロよりもかっこよく作りたい一心だった。やってみるとできるもので、いまや厚かましくも「ページメーカーの達人」と自称しているくらいである(笑)。でも直接の仕事には使っていないから、バージョンアップはしていなくて、6.0を数年間使い続けてきた。しかし、ようやく年末からの忙しさを理由に最新バージョンにすることにした。いまごろ7.0にしましたと言っても笑われるだろうけど、わたしはうれしい。

今日の午後、掲示板でおなじみのchissarossaさんと堀江チャルカでオフライン会議をした。掲示板やVFCのことなど詳しく話し合って有意義な会合でありました(笑)。

2004年04月21日

iMacがやってきた

4年前のことだけど、なにを思ったかiMacを買うという兄と、いっしょに日本橋のソフマップへ行った。そのときはすべてまかされたので、本や雑誌で下調べして行き、プリンタと基本のソフトも併せて買った。そのとき、わたしもiMacが欲しかったんだー。あのカラー5色だったか、きれいだったわ。わたしはイチゴ色と決めていたんだけど・・・その後ヒョウ柄や花模様もあったよね。そのどれも買えなかった。
一昨年の秋にそれらを飛び越して新型のiMacを買ったけど、それは相方の専用機で、わたしはたまにDVDを見せてもらったり、CDを聴かせてもらっていたくらいだった。パソコンって自分のものにしたいよね。
ついにお金の都合がついてわたし専用のが買えるときがきた。この前の日曜日、田辺寄席の帰りにソフマップに寄って注文したのだけれど、そのとき在庫がなくて、他の店舗も調べてもらったがなかった。そしたらもうどうしても欲しくなってアップルストアにネット注文した。日曜日の深夜に注文したのが、もう今日の午前中に着いて、もう使っている。実は昨夜発送したとメールがあったので待っていたのだが、チャイムがなったので「ハイハイ」と出たら1年に一度くらいしか会わない兄であった。スペイン旅行のお土産を持ってきてくれたのが、オリーブオイルとゲルニカのマウスパッド。その兄がいるうちにiMacがとどいたのがおかしい。4年前にさんざん人をうらやましがらせたんだもの。
今日は疲れたので続きは明日書きます。とにかく快適、ここにあるのが夢のよう。

2004年04月22日

マックとともに17年

昨夜は3時頃までなんやかややっていたので、今朝起きたら肩ががちがちに凝っていた。
日本語入力をいままで「ATOK」でやっていたのを、「ことえり」にしたので慣れるまで少しかかりそう。キーボードも少し違うしね。昨日今日の感じだが、OSXの「ことえり」は使いやすいと思う。
こうして新しいマックを使いだすと昔を思い出してしまう。1987年にはじめてマックを買った。そのときはメモリ1MBで、2MBにするのに100,000円かかった。ハードデスクは40MBで150,000円した。それがいまや、メモリは1000倍の1GB、ハードデスクは2000倍の80GBである。
うちがマックプラスの次にSE/30を買ったときのことをいまだに覚えている。いまをときめくウェブ界のトップクリエーター福井信蔵さんは、当時得意先のデザイナーだった。若き日の彼はその事務所に自分のマシンを持ちこんでいて、うちの事務所にもマックがらみの用件で来たことがある。
その福井さんに「SE/30を買いましたよ」と言ったら、「ハードデスクは何メガ?」と聞いて、大自慢で「100メガです」と答えたら「おう、がんばったやんか」と言い、「そのうちギガの世界になるよ」と続けた。そのときはまさかーって感じで笑っていたが、夢のような話が20年経たないうちに現実になった。
その間に相棒と2人でマックを9台、ウィンドウズ機を1台、合計10台のパソコンを買っている。それにずっと周辺機器とソフトを買い続けてきた。いまの現役はマック3台、ウィンドウズ機1台だ。
わたしの人生って前半は現場に行ったり現物に触れることだったけれど、後半はパソコンの前で生きていることになる。

2004年06月16日

ブラームスが好き

たまーにこのページを読んでくださっているかたからメールがとどく。なんかもう・・・すっごくうれしい。最近はミステリーファンからのメールが全然ない。ミステリーのことをあんまり書いてないからだろうが、ちょっとさびしい。サラ・パレツキーファン、ヴィクファンからのメールがこの数カ月全然ないのもさびしい。検索からのアクセスを調べると、とってもたくさんのかたがヴィクを検索されて、ここへきておられるのだが・・・、ヴィクへの気持ちのありかたが違うのかもしれない。
数からいくと、乙女ものやサブカルチャー的なことについてのメールが一番多い。かなり熱を入れて書いてくださるのがうれしい。返信も力がこもるしお役に立ちたいと思う。
今日も1通うれしいメールがとどいた。返信を書いていたら、「明日プレイエルホールで音楽会があります。ブラームスはお好きですか」というフランソワーズ・サガンの作品の中の言葉が浮かんできた。こういう言葉が浮かんでくるようなメールのやりとりが好きだ。
「ブラームスはお好き」を読んだころ、私はブラームスが嫌いだった。なんでサガンはブラームスなのって思っていた。それが10年くらい前から好きになった。同じくらい嫌いだったリヒアルト・シュトラウスも好きになった。人間長生きするものだ。食べ物の好みは変わらないが、音楽の好みは変わるんだ。

2004年06月21日

VFCBBSからkumikoBBSへ

VFC BBSを閉じたことについて、電話とメールを何件かいただきました。みなさん、「kumiko BBS」にしても来てくださるそうで、とてもうれしい。「剣客商売」に例えるなら、秋山小兵衛が「秋山道場」を閉じて、隠宅に引きこもったということかな。VFC BBSの大看板はおろしたけれど、kumikoページを隠宅として、来客をお持ちすることにします。まだ書き込みする意欲がわかないので、もうしばらくお休みしてから引っ越しします。そしたら隠宅のこととて、あまりおかまいもできませんが、ゆるりとお話できるかと思います。

2004年08月05日

シャロン・マコーンも iMac だ マーシャ・マラー「沈黙の叫び」

マーシャ・マラーの「沈黙の叫び」をいま読んでいる最中である。他の本と並行して読んでいるのでなかなか進まない。最近は時間を忘れてミステリーに読みふけるということがなくなった。昔だったら、結末がどうなるのか気になってしかたなかったのに。いまや途中まで読んだミステリーが何冊か置いてあるんだよねぇ。
「沈黙の叫び」はまだ1/4も読んでいないのだが、おもしろいくだりにぶつかった。
女性探偵シャロン・マコーンはこの本の最後で41歳の誕生日を迎える。探偵事務所は順調に経営できているし、ハイ・リビンスキーという理想的な恋人がいて、有能な部下がいて、自宅も別荘も手に入れた。その上に自家用飛行機(4人乗り)の操縦もする。最愛の父が亡くなって、遺言により父と祖父の遺灰を、太平洋に自分の操縦する飛行機で撒きに行くのだ。その父の遺品から自分が養子であることを知るところは、このページの2日〈マーシャ・マラー「沈黙の叫び」を読み出した〉に書いています。
それから自分のルーツを調べ始めるのだが、自宅にホームオフィスがあるのね。なんと、そこに iMac があって、彼女を呼んでいるような気がした。それは「サイバー言語のセイレーンの歌」だと書いている。2000年の本だから iMac は何色かのカラーのやつね。シャロンはオレンジ色を選んだわけ。iMac が「こっちへきてわたしと遊んでよ!」と呼ぶ。その呼びかけにそそのかされたと、照れながら書いているのがおかしい。「絶対受け入れるものか」と誓っていたテクノロジーを使うために、電源を入れマウスを手に取り検索をはじめる。

2004年08月29日

アップルストア心斎橋

昨日オープンしたアップルストア心斎橋は、開店前からたくさんの人が並んで待っていたと、新聞に写真が大きく出ていた。わたしはもっとあとで行こうと思っていたが、そこは生まれつきの野次馬なんで、たまらずに今日行ってきた。
その前にせっかく心斎橋にきたのだからとメガネ屋さんをチェック。わたしは遠近両用の老眼鏡を使っているんだけど、最近細かい文字が読みにくいので新しいのがほしい。テレビで中高年女性のメガネを見ると、ツルの付け根のところが派手なのが多く、あれだけはいや、シンプルなのがほしい。あちこち見たあと、アメリカ村の白山眼鏡店へ行ったらカッコいいのがあった。かけてみたらとっても気に入って、すぐにレンズを合わせてもらった。できあがるのは来月8日である。たのしみ。
そこからすぐにアップルストアである。御堂筋に面した銀色の壁にリンゴマークが光っている。7時からイベントがあるというので、さきにマンゴーシャワーへご飯を食べに行った。7時にもどったら2階のイベントフロアはもういっぱい。立つのがしんどいので入り口近くのベンチに座って聴いたらいいやとなった。なかなか始まらないので本の棚を見て「Mac OSX v10.3 マスターブック」を買った。わたしはOSX v10.3 を使っているが、実際はなにがなんだかよくわからない。まったく“猫に小判”なんで、これを読んで勉強しようということである。座っているうちに疲れてしまって今日は帰ろうかとなった。また平日にゆっくり来よう。

2004年08月30日

蒸し暑い夜に考えたこと アップルストアの幸せ

ここ数日の蒸し暑さはひどい。ずっとクーラーをつけずにきたわが家もついに降参してクーラーをつけた。でも今日は台風がくるのに窓を閉め切っていたらわからへんやんと、つけずに過ごしたけど暑かったー。さっき(10時頃か)から風がひどくなって雨も降っている。南風なので西向きの窓も戸も開け放したままである。台風情報では大阪は暴風圏のはしっこに入っている。外を見ると街路樹がひどく揺れている。と思う間に窓から突風がきた。ワタボコリの塊が飛んできたのはヨブン(笑)。
台風ニュースばかり見ているので、本を読めないから考えごとをまとめてみる。と言ったってご飯を食べながら相方としゃべっていたことなんだけど。
昨日アップルストアに行って感じたのは、来ている客がみんなアットホームで幸せそうなことだった。大きなパソコン専門店でもマックのコーナーに行くと、他の売り場よりおだやかな雰囲気を感じるけど、この店はそんなもんとちゃう。なんかもう幸せがあふれている。これはなんやということで相方と話し合った。十数年前には小さなマックの店があって、うちもそのうちの1店で SE/30 を買ったのだが、すごく商売を楽しんいた。メモリ増設のときとか本体を持って行くのに、まず専用のリュックを借りに行って、それに入れて背負っていくのね。ほんとに牧歌的だった。それから数年後にはDTPの仕事で使うようになって生産機械となってから、そういう気分を忘れていたし、買うのも大型店になっていった。
それが iMac が登場して昔のようなはずむ心にもどったのだ。わたしたちはアップルストアという、天才スティーブン・ジョブスが経営する個人商店でマックを買うから楽しのだ、というのが今日の結論。
アップルストアのオープンの日のお客は、御堂筋西側をずーっと北へいって長堀通りを曲がり、四ツ橋筋まで並んでいたという。

2004年08月31日

またまたアップルストア

台風一過というと青空と涼しい空気を感じるが、今日は青空ではあるが日差しが強い上に蒸し暑い。まだ真夏日は1週間続くそうである。
今日は夕方にアップルの新製品の発表がある。アップルストアに行ったらすぐに詳細がわかるかな、なんて言いながら、アップルストアのオープニングイベントに行くことにした。今夜は「 echostream 」(プロデューサー/アレンジャー Tony Grund )の演奏がある。椅子に座れてラッキー。女性のヴォーカルが入って現代音楽っぽい演奏がよかった。ヴォーカルの女性の声が、いわゆる歌うというよりもっと自然な感じの声で気持ちよかった。
音楽が終わって、プロジェクターに新製品が写された。
【高性能G5プロセッサを搭載し、コンピュータ全体をフラットパネルディスプレイの中に統合したデザインの、新しい「iMac(R) G5(アイマックジーファイブ)」】。
相方は PowerBook をやめてこっちにすると言う。どちらにせよ、すぐに買えないけどね。
終わってから店内をぶらぶらして、相方のiMacのキーボードが汚れているので代わりを買った。キーに日本語が記されていないシンプルなやつ。
外に出るとなんとなく興奮しちゃってるので、マンゴーシャワーに寄ってビールを飲むことにした。それからアメリカ村を通ってヴィレッジヴァンガード(本屋)に寄ってぶらぶら歩いて帰った。

2004年11月02日

Jedit Xを使ってみて

わたしがいちばんよく使っているマックのソフトは、なんと言ってもJeditである。マックを使いだしてからいろいろなエディタを試してきたが、Jeditはいちばん使い勝手がよいので、バージョンアップを重ねて使用してきた。最初はフリーウエアだったが、途中でシェアウエアになった。バージョンアップは1回2000円くらいだったかな。
先月新たにバージョンアップの知らせがきたのだが、Jedit 4から Jedit 5ではなくJedit Xとなっている。マックOSX(10.3以降)対応なんだと知り、対応している!とうれしくなった。
こういうのってマニュアルを読むこともなく使いだすよね。そしたらどうも勝手が悪い。初期設定したらプレインテキストとリッチテキストというのがある。もちろんプレインテキストにして文字打ちしてみたら、文字が詰まってしまう。リッチテキストにしてみたら文字間はいいけど、行間が詰まってしまう。開いてから設定しなおせばちゃんとなるのだが、これっておかしいよね。
それから調べにかかって、フォントが問題だったことがわかった。いままで日本語のテキストはOsakaを使っていて疑ったことがなかった。JeditXのフォントシステムはヒラギノ書体で第三水準第四水準の漢字もいけると書いてある。それでヒラギノゴシックにしてみたら、プレインテキストでちゃんといけました。ああ、しんどー。
その他、わけのわからん新機能がいっぱいある。【実際できあがってみるとJedit4とJedit5の間にはかなりの隔たりがあり、Jedit4の後継というよりも、別のエディタとして、その名前を「Jedit X」(じぇいえでぃっと・てん)とすることにしました。】と挨拶があるくらいだから。
肝腎なことを書き忘れてた。文字打ちするのと文字が表示されるのがほとんど同時。頭と指とマック画面が直結している感じがすごーく気持ちよい。

2004年11月25日

マックが増えているらしい

サイトへのアクセスレポートをときどき見ている。どこからうちのサイトを見に来てくだっているかがわかって興味深い。その他に「訪問者のマシンとOS情報」という項目があるのだが、マックが37パーセント、その他がウィンドウズ各種である。あんまり気にしていなかったので、この項目を見たのは久しぶりなのだが、前に見たときは10パーセントくらいだった。そのときでもやっぱりうちはマックが多いと思っていたのだが、なんと今回は4割近くなのである。
それと関連があるのかわからないが、今朝の朝日新聞に「マック、大学の支持着々」という記事があった。東大などが導入していて、研究作業の効率化に一役買っているという。人気の理由は「Mac OSX」がUNIX環境で作動するからだそうだ。それに操作がわかりやすいこともあるらしい。
わたしはiMacでOSX10.3を使っているけど、その前にはずいぶん古いのを使っていた。だから半年経ったいまでも早さに感動しているくらいだ。愛機(hanako)の前で毎日快適なマック生活を送っているのがうれしい。ただ、いちばん愛用しているソフトのページメーカーがOSXに対応してなくて、クラシック環境で使っているのが残念。早くバージョンアップしてほしい。
相方はいまマック2台とウィンドウズ機1台を使っているが、OSXを手にする前には、次はウィンドウズと考えていたらしい。ところがOSXがUNIXであることから、もうマックで行くと言ってUNIXの世界にのめりこんでいる。
1987年11月に「可愛いからこれ」と決めてから丸17年、何台使ってきたかわからないくらいだが、マックあってのわたしの人生(笑)。

2004年12月17日

柴田文彦「 Macintosh Museum 」

先日ヨドバシカメラの書籍売り場で見かけて衝動買いしてしまった。いちばん最初からいままでのマックが、順番に整理されて写真つきで載っている。写真の下には詳細なスペックがあって、あのとき買ったマックはいくらしたっけ、というときにも便利だ。これ買ったとか、これが欲しかったけど買えなかったとか郷愁を誘う。わたしがいま使っている iMac は「最初で最後? 半球形の本体を採用したマシン」というタイトルである。
いちばん最初にあるのは「 Macintosh 128k 」で、これからはじめたという人をわたしは一人知っている。残念ながらわが家は2番目の「 Macintosh plus 」から始まっている。「 System 1.0〜6.0」(1984〜1991)という項目があり、「OS」の前は「 System 」と言っていたっけと思い出した。その説明のあとが、すべてのパーソナルコンピュータの原点「 Alto 」(1973)である。おもちゃ箱のような「 Apple I 」(1976)はアップルの出発点である。そしてかかわった人たちのことが詳しくわかるページになり、章を変えて「 Power PC 搭載期」となる。最後は現在の OS X になり、そのあとに PowerBook シリーズの説明がある。
とてもきれいな本でページをめくるのが楽しい。だれがこんな本を書いたのかと思って表紙を見たら、小さい文字で「柴田文彦 著」とある。あれ、この人知っている。「VFC Search 」で調べたらすぐに出てきたのでリンクしておきます。2003年3月6日に「 Mac OS 進化の系譜」という本を紹介していたのだ。(アスキー 2,800円+税)

2005年01月03日

薪でご飯炊きからインターネットまでの長い道のり

元旦に姉の家に行ったのだが、その家にはじめて行ったのは40年ほど前のことになるのだ。わたしは40年前、あるコーラスグループに入っていた。幼稚園の教室を週に一度貸りてコーラスの練習をする。わたしの場合はコーラスを理由にして友だちをつくるのが目的みたいなもので、先生に「いつまで経ってもあんたはうまくならんなぁ」と言われていた。そのころわが家では、一番上の姉が結婚適齢期をとうに過ぎていて、母親がやきもきしていた。「あんたの友だちに兄さんはおれへんか」と常々言っていたので、それこそ常々心がけていたものもだから(笑)、コーラスの新人にすぐ「あんたとこ、お兄さんいる?」と聞いていた。その一人がいまの姉の夫なのである。てなわけで、姉と菓子折りを持ってこの家を訪ねたのが最初なのであった。
二人はすぐに結婚していまにいたっているのだが、最近義兄が体調を崩していて、葬式などにも出てこず、「くみちゃん、元気にしてるか?」と聞かれるとのことで、元旦に訪問ということになったわけ。
お酒を飲むうちに昔話がたくさん出て、義兄は父親を早く亡くしたので母親が洋裁で子ども3人を育てたとか、だから薪でご飯を炊けるとかなったが、わたしもそういやかまどで薪でご飯炊いてたぞと思い出した。いまやインターネットだもんね。思えば長い道のりを歩いてきたもんだ。

2005年01月12日

スティーブ・ジョブスはかっこよかった

昨夜は知り合いのサイトの熱気にあおられて、アップルの新製品のウワサで持ち切りのわが家だったが、今朝目が覚めたら、発表があったとパソコンに向かっている人が一人いた(笑)。iPodの新型(iPod shuffle)と小型の箱形のマック(キーボードもモニターもなし)だとうれしがっている。
【1月11日(火)に米国カリフォルニア州サンフランスコで開催されるMacworld基調講演の収録映像を、1月12日(水)午後5:30よりシアターにて特別上映】こんな情報を知ったので、アップルストアに行って来た。アップルストアの2階の奥に大型モニターがあり椅子が並んでいるコーナーがある。時間通りに行ったら30席ほどの椅子席はもちろんいっぱい、その後ろに背の高い椅子が30くらい満席だった。係の人が椅子を持って来てくれたが、背が高すぎて座るのに一苦労(笑)。立っている人もいて合計100人くらいかな。
ものすごい熱気の会場にU2の曲が流れている。アップルマークが光る会場、大きなモニターがある舞台にジョブスが出てきた。薄手の黒のセーターにジーパン(ベルトなし)でスニーカー、縁の細いメガネをかけている。口調は柔らかいけど、毅然としていて説得力があった。隅に机があってマックが置いてある。ジョブスがそのマックを使うとモニターに表示される。さりげなくメガネ(モニター用)をかけかえるところもかっこよかった。
2時間くらいあっただろうか。その間ゲストが3人でてきただけであとはジョブスの独演であった。英語だからほんとはわからないのだけど、わかったような気がして聞き入っていた。モニターに画面が現れるからわかるのと、長年のマック体験からなんとなくわかったのだろう。新製品のハードの説明はもちろんうれしかったけれど、今日はソフトについての説明がすごいと思った。画像、音楽、編集といろんなことが、カンタンにできるようになるらしい。そしたらいよいよセンスが問われることになる。
興奮して晩ご飯を食べにマンゴーシャワーへ行ってビールを飲んだ。まずはセーターをジーパンの中に入れられるようにスリムになる。ほんまかいな。

2005年02月05日

持って歩く電話機「ツーカーS」

半月ほど前の新聞に「やさしい逸品◎携帯電話」という記事があった。昨年11月に発売された「ツーカーS」のことで、電話機の機能だけなので、説明書を読まなくても簡単に使えるという。しかもデザインがとてもよいとのこと。そして、高齢者に好評でこの機種が発売されてから売上が倍増したという。
わたしのいままで持っていた携帯電話は、同じツーカーで一昨年買ったのだが、松本人志がテレビやポスターで「電話ができたらええやんか」と言っていたやつだ。開いたらでっかい文字の時計がばーんと出るようにしてもらった。でもメールもできるし留守電もあった。買ってからしばらくは番号登録なんかしていたが、めんどくさくなってやめた。ほとんど家にいるので電話は家からかける。メールはパソコンでする。まだメールしてないの?とバカにされていたが、考えたらあんたにメールする必要があるんかいな(笑)。
そういうことで、この携帯電話こそわたしにもっともふさわしいと思い、お店に行くと真ん前にポスターがあった。これぞわたしが待っていたケータイ、と深くうなずいてこれに切り替えてちょうだいと言った。お店の人に説明を聞いてその思い切った発想に驚いた。これは持って歩く公衆電話じゃん。記憶機能がないので電話するのにいちいち番号を押さんとあかん。携帯電話帳をつくらなくっちゃ。腕時計も買わんとあかん。いろいろとありますがカタチがめっちゃ可愛いのですべて許せる。
ちょっと思い出したが、先日プールで最近記憶力が衰えたと言う人がいた。昔なら電話番号を10軒分くらい覚えていたけど、短縮やケータイになってダメになったと言う。今度会ったらこのケータイを教えてやろ。記憶力がもどるかも。

2005年02月11日

「iWork」を購入

ヨドバシカメラにマックのソフトを買いに行った。いつ発売かと待っていたら知人がもう買ったという話である。あらあらうちも買いに行かなくっちゃ。「iWork」には「Pages」と「Keynote」が入っていて、税込み8190円とわたしでもまあまあ買える価格である。ちょっとした文章のレイアウトや会報などができるかなと思う。
プリンターのインクカートリッジなども買い、iPodやminiを見たり、そのうち買い替えが必要なウィンドウズ機の価格を調べたりしていたら、人いきれで疲れてしまい、DVD売り場にも行ったのだが、見るのがおっくうになった。もうあかんと大阪駅に出てイカリスーパーに寄り買い物して、シャーロックホームズへ行ってギネスを飲んでほっとした。久しぶりの夜の外出だったが、寒うて足腰が冷えてしまった。それにしてもヨドバシの賑わいはすごいわ。
帰ってソフトをインストールしたが、すぐにすらすら使うのは無理だとわかった。ぼちぼち慣れて会報に使うのは来月からやな。マニュアルが2冊あるが、大きさもレイアウトも可愛らしくて気に入った。読む気が起こるマニュアルである(ほんまか)。

2005年03月31日

ようやく光ファイバー

うちは一昨日までケーブルインターネットだったが、昨日から光ファイバーに変えた。ISDNにしたのはうんと早かったがその後がなかなかで、ケーブルテレビが入ったときには、もう少しで光ファイバーと我慢して待っていた。その光ファイバーの営業マンがきて喜んだのが2001年9月、しかしその1カ月後にはビルに引き込む工事がたいへんということでキャンセル。
なんでISDNなのか聞かれるくらいに長い間不便をしていたが、2003年6月にようやくケーブルインターネットに加入した。格段に早くなって喜んでいたのだが、どういうわけか去年の暮れごろから接続が切れる。あんまり切れるのでリセットのURLをマックの横に貼ってある。そのURLにつないでリセットするのだが、少しするとまた切れ一日に何回も切れる。正月過ぎてからはなくなったが、先日の3連休にも切れていた。
去年か一昨年ごろビルに光ファイバーが入ったときは、忙しかったのでまた無料キャンペーンのときもあるやろとそのままにしてあったが、今回キャンペーンがあったので変更したというわけ。心持ちケーブルのときより早くなったかなという感じだ。ようやく落ち着いたわ。

2005年07月05日

掲示板をやめたいと思っています

「VFC BBS」をはじめたのは2001年11月2日でした。いろいろあったあげく、現在の「kumiko BBS」に変更しましたが、3年8カ月もやってきたんですね。喜んだり怒ったり・・・よくやりました。(自己満足しててすみません。)
数人のかたが、ここで書き込みされてからVFC会員になられました。反対にここで書き込んだことが元になって退会されたかたも数人おられました。ご自身の掲示板を持っておられるかたと、相互に書き込みし合うこともたくさんしました。楽しかったけど時間もとられました。気がついていたかたもおられるでしょうが、けったいな書き込みで悩まされたことも多々ありました。
いつのまにか惰性になっていることを、先日ミクシィに入ってから気がついたのです。最近の掲示板は書き込みは少ないですし、ここが潮時かなという気持ちです。もうちょっとしたら、閉めることにします。

掲示板がなくなってから、VFCまたは私にご用のあるかたは、このページの右上に赤い字で「MAIL」があります。クリックするとメールフォームがありますので、「お名前、メールアドレス、メッセージ」を書き【届けっ】をクリックしてください。返信します。

2005年09月14日

ケータイ騒動

この1週間は相方が新しいデジカメをどこのメーカーのにするかの話題が沸騰していた。調べに調べてという感じで、これから発売されるナニヤラに決まって一段落。しかし発売そうそうのは買わないで、少し待ってから買うことに落ち着いた。なんだかマニアックなものらしい。
次はわたしのケータイをなににするかの検討で2日間。カタログでよさそうなのをチェックしてから近くのau販売店へ行った。うちの場合は家族割引なんかよりも、違う機種で試したいという職業上の理由で、相方はドコモだが、わたしはauにする。で、今日お金を持って行ったのだけれど、いま買ったら電話番号を引き継げないそうだ。10月からauとツーカーは合併かなんかするので、それからだと同じ電話番号でいけると言うので10月まで待つことにした。
お店で実物を見て機種だけを決めて来た。W31Tってやつだけど、薄型で画面が大きく使いやすそう。ツーカーを買うとき2年契約にするかと聞かれてうなづいてしまった。大丈夫ですかともう一度確認されたときやめときゃよかった。違約金がいるんだって。

2005年09月28日

「シカゴだより」と「KAZUN's Show Case」

当サイトシカゴページの「中野和子のシカゴだより」を今日リニューアルした。前よりも整理されてすっきりした。1999年10月、中野さんがシカゴで暮らしはじめた街のことを書いた「私の住んでいる街」からはじまり、今月の「アーリントン国際競馬場」にいたる、さまざまなシカゴからの37通のおたよりである。
それより1年前にこのサイトははじまっている。わたしたちは現在ウェブ制作で生計を立てているが、その第一歩はこのVFCサイトだった。いまも大きいサイトだと言われるけれど、最初からこの構成を考えたのだから大変だった。アップした日は徹夜になり、外に出ると目の前を黒いものが飛んでいた。生まれてはじめての飛蚊症だった。それから7年、サイトとともにkumikoページも続いている。
さて、「シカゴだより」のリニューアルだが、見た目をすっきりとさせただけでなく、プログラミングも整理したらしい。この結果、「Yahoo!」や「Google」の検索エンジンに掲載されやすくなるはずだそうだ。
そして今月の半ばに中野さんのブログ「KAZUN's Show Case」が発足した。とても可愛いので見にいってあげてください。

2005年10月15日

Mac mini と apple Cinema Display を買う

来年あたり新しいMacをと思っていたが、なんかガマンができなくって買うことに話が決まった。大きなディスプレイでDVDも見たい、なんて言っているうちに話がすすんでしまったのだ。昨日、古いパワーマックを外して、新しいのを置く場所をつくった。
雨が降るのに夕方から出かけ、シャーロックホームズでご飯を食べて、いざヨドバシへ。ちゃんと買うものを書き出して行ったので買い物は簡単にすんだ。Mac mini と 20インチの apple Cinema Display とマウスにアップルケア。キーボードは英語表示だけのを明日アップルストアで買うことにする。荷物を分けて持ち地下鉄で帰った。雨がやんでいてよかった。
今回はわたしが新しいのを使うことになった。相方はマックを2台、ウィンドウズ機を2台ぐるりと並べているが、ついにOS9のマシンがなくなった。図体が大きいディスプレイがなくなって部屋がすっきりした。
さて、ばたばたと設定して、まずVFCのサイトを開けると、いままでの17インチと比べものにならない大きさと鮮明さである。で、DVDを見てみようじゃんと1枚入れてみたら、ほんとに素晴らしい画面。そこまではよかったんだけど、終わらせて出そうとしたらひっかかって出てこない。マニュアルに書いてあるとおりに何度かやってみたってダメ。発想の転換とばかりに横にしたら出てきた。最初から大汗。明日キーボードを買うついでに問い合わせしなくちゃ。
これを書いているのは古いiMacで、ミニのほうは相方がいろいろと設定してくれている。わたし一人だったらとうていできません。それとわたし一人だったらノートかiMacやね。Mac mini つなぐのはややこしい。そしてミニとはいうものの、四角い箱だけでなくて、あと2個小さいのがついているし、コードもたくさんあるので、けっこう広い机がいる。

2005年10月16日

楽しみの先送り

昨夜は遅くまでかかってMac miniの設定をして、ちょっとDVDをつけてみたところまではるんるんだった。ところがDVDが出せない。マニュアルを見ていろいろやってみたが出てこなくて、横にしたら出たんだけど、その後どうもいけない。今朝一番に電話して説明通りやってみたがダメ。ソフト的に出ないのでなくて、物理的に出ないのだという結論に達して修理してもらうことになった。明日取りにきて4日後に送り返してくれる。ネットで調べたんだけど、こんな状態の書き込みが見つからない。よっぽど運が悪かったんだろう。
それで古いiMacを使っているが、今回は差し迫ってから買ったわけでないので、気持ちに余裕がある。数えてみたら、これが10台目のMacなんだよね。その他、ウィンドウズ機を2台使っているし、周辺機器はプリンターが5台目、スキャナーは3台目を使っている。
楽しみが1週間先送りされたけど、まあいいか。あとはスピーカーを買う予定。そうそう、新しいマウスは使いやすい。スクロールが楽になったので左手から右手にもどして使っている。

2005年10月20日

タイガー記念日

タイガーといっても阪神タイガースのことでなくて、Mac OS X v10.4 Tiger のことです。先週の土曜日にヨドバシカメラまで買いに行って持って帰りました。その日のうちに楽しめると思ったら、なんとDVDが出てこないという困ったことが起こりました。電話応対の末に現物をみてもらうことになり、月曜日引き取りにきて今日戻ってきました。DVDを入れる部分を取り替えたそうです。アップルセンターと福山通運の応対は感じよかったです。
さて、Mac mini と20インチの apple Cinema Display をつないで、スピーカーはさんざん考えたあげく、BOSE に決めたのをアップルストアに買いに行きました。それからはわたしが美容院に予約してあったので出かけたあと、相方が設定をやってくれました。クラシック環境にしてページメーカーを使えるようにするのは簡単にできたのですが、そこにフォントをたくさん入れるのに手こずったそうです。わたしがいい気分で帰ったら、疲れ果てておりました。でも、BOSE からはユッカ・エスコラの妙なる調べが流れていました。
時間が遅いしハラが減ったと言うので、今日はタイガー記念日ということにして階下の魚料理店へ。日本酒とお刺身でお祝いしてきました。ここの店はよく繁盛していてみんなよく食べるのには感心します。今日は勤め帰りのOLグループ、サラリーマンの二人連れが何組か、子ども連れが2組、中高年夫婦がうちも入れて3組いました。
帰ったら相方は疲れてダウンしてしまったので、わたしは片付けものをしてから、Jedit を設定してこれを書いています。

2005年10月21日

真っ赤なとうがらし

このページに検索でこられたMさんと、掲示板で話し合ったりメールの交換をする仲になり、ミクシィにもお誘いしてつきあいが深まっている。ネットでの知り合いは、顔を見合わせてつきあっている人たちとはまた別の親しさがある。お互い顔を知らないのに、かなり生活習慣や考え方が見えておもしろい。“親しき仲にも礼儀あり”をどちらもがわきまえて、気持ちよくつきあっているのがたのしい。メールではしおらしくても、掲示板やミクシィなど人前になると上から出てくる人がいるので、ほんとに気持ちよくつきあえる人と出会うのがうれしい。
今日はMさんが可愛い切手を貼って、真っ赤な唐辛子を送ってくれた。生で食べられると聞いていたので、わたしはパブリカと勘違い、相方と同時に口に入れて、アジャーとなった。これは唐辛子なのである。鷹の爪よりもふたまわりくらい大きい。半分は糸でしばって乾くまで台所に吊るしておこう。

2005年10月25日

大阪中が沈んでいる?

日本シリーズ第3戦はまたもやロッテが10点取り、3試合を合計したら30対2となった。テレビで見ていてもおもしろくない試合ばかりで、先日のロッテとソフトバンクの2試合のほうが白熱してずーっとおもしろかった。ロッテの選手のほうがおしゃれで個性があって楽しいから、来年は日本ハムとロッテファンになるかな。
先日マックミニを持って地下鉄に乗ろうとしているとき、うちらの荷物をじっと見ている男の人がいた。箱の側面にある製品図をね。きっとマック使いの人だろうと思った。今日はわたしがじっと見つめてしまう番となった。中年の男性二人がすごく大きな箱を二人で持って地下鉄を降りて、わたしの行く方へ行く。後をついて行くように階段を昇り外に出た。そしたら同じ方向なのね。大箱は片面にリンゴマークがついていて側面はマックの横側である。待望(?)の反対面がようやく見えたら、箱いっぱいの文字で「G5」と書いてある。中身がわかったのでなんとなく安心した(笑)。それがね、同じ方向だと思っていたら同じビルだったの。いとおかし。

2005年11月09日

愛しのページメーカー

また月に一度の会報発行時期がめぐってきた。とどいたメールや原稿をエデタ(Jedit)で整理し(ここまでが面倒くさい)、ページレイアウトソフトPageMakerでつくる。手慣れているので、20ページを超える会報を、あっという間という感じでつくってしまう。すごく自在に使える、使いやすいソフトなのである。
それほど体になじんたソフトなのだが、OS Xに対応していないので、OS 9にして使わなければならない。なにかと不便なのだ。こちらがバージョンアップしていないのでなくて、アドビ社がバージョンアップをしてくれないのである。もうこれでストップなのかなぁ。アルダス社のときから使ってるお得意様なんだけどな。
それに代わるものとしてPagesを買ったんだけど、どうもうまく使いこなせない。あまりにもページメーカーが使いやすくて身についてしまっている。ま、これしかないとなったらやる気になるでしょう。
ということで、愛しのページメーカーとともに明日からがんばる。

2005年11月10日

.Macでバックアップ

さっきパソコンをスリープにして出かけて帰ったらすぐにバックアップがはじまった。決まった時間になってもスリープしていたら、起きるまで待っていてくれる。賢くて忠実なやつだ。先日.Mac(ドットマック)でバックアップの設定をしたところなのである。
パソコンを使い始めたころ「保存」するのを忘れて、けっこうな文字打ちをやりなおしたことがあった。痛い目にあって身に付いていくこともあるもんだ。
その次はバックアップするのを忘れていた。パソコンは絶対大丈夫と信仰していたみたい。バックアップは最初はフロッピーディスクで次はMOになった。仕事用のは別として、個人用は気にしないと全然しないくせに、気になりだすとしょっちゅうやるという不安定さだった。それで去年だったか必要なファイルをもう一台のマックとつないでバックアップするようにしてもらった。これでようやく安心できるようになった。
さらに今回は.Macを購入してのバックアップである。わたしのファイルがアップル社のサーバーに保管されるわけだ。一定時間に自動的にバックアップがはじまる。なんかうれしい。

2005年11月25日

5年に一度の大買い物

コピー機が3時にくるというので、取り替えついでにいくらか模様替えするべく、あちこち片付けた。古い雑誌や小冊子などけっこう不要品が出てすっきりした。
5年前にコピーはよそに取りに行くことにするつもりだと言ったら、ゼロックスの営業ウーマンがこれを安くするから是非と言ったもので、テーブルに置くタイプだった。そうは言っても、ただ下の台がないだけだから重い。物入れを壁の前に並べ大きい板を乗せて、置いたまま5年経ったわけだ。裏側にはホコリがいっぱい。
今回はちゃんと下の台がついているのが、長いことゼロックス一筋なのを感謝してと、前と同じくらいのリース代にしてくれた。上だけの姿と全然違ってかっこいい。いっしょにレーザープリンターを入れたのと、マック3台ウィンドウズ2台が加わって、古ぼけた部屋が輝いて見える。これからまた5年、しっかりと働かなくては。

2005年12月20日

ヤフーの動画配信で見た「トップハット」

今朝の新聞に「ヤフー、動画3万本配信」という記事があった。さっそく昼食後に相方がヤフーにアクセスし、映画のタイトルをざっと眺めて、アステアがようけあるわと言う。すごいすごいと言いながらちょっと見ようとなったら、なんとマックではダメと表示してあるではないか。ウィンドウズ機でやってみたらすぐにつながり、レーザーディスクで何十回も見た「トップハット」がはじまった。昼間っからこんなことしていていいのかなと言いながら、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの掛け合いに笑い、ダンスにうっとりしていたら電話がかかって我に返った(笑)。
レーザーディスクで見ていたよりも画面は奥行きがある感じだ。音は悪いけどこの映画ならもともとよくないからガマンだ。いやー、ウィンドウズ機があってよかったなぁ。しかし、新しい映画ならマックのシネマディスプレイとボーズのスピーカーで見たいものだ。いつになったらマックオーケーになるかしら。

2006年02月07日

メールソフトを「Mail」に替えた

長いことメールは「Eudora」を使っていた。ソフトを立ち上げるとユードラのタイトル画面が出てくるのだが、2年くらい前から下のほうに「ライブドア」と社名が入るようになった。そのころはけったいな名前の会社やなぁと思っていたのだが、ホリエモンが一躍有名になって、彼の会社とわかった。毎日メールを見ようと立ち上げると「ライブドア」の文字がいやでも目につくのである。使いはじめたときはネットから購入したけど、いまや立派な箱入りがソフト売り場で売られている。慣れているせいか使いやすくてお気に入りだった。
それがね、「ライブドア」に強制捜査が入った日からメールの送信がおかしくなった。送信済みにはチェックがつくのだが「?」になっている。終わらそうと思うと「未送信があります」と表示される。それでもう一回送っても「?」なので、相手のかたにミクシィメールで確認したら、2通とも送られていたそうで、たいへんご迷惑をおかけしてしまった。
その後は送信したら返信があるから大丈夫かなと思っていたら、翌日になって着いたりする。返信がないのは着いてないのかなと心配になった。ちゃんとチェックされているのもあるからややこしい。相方に相談したら、自分にも出したらいいというので「Bcc」で自分宛にもした。ところが最初のうちはいけたのに昨日は全然とどかない。
これはもうあかんわと、さっきマックに最初からついている「Mail」を使うことにした。早く慣れて使いこなしたい。

2006年02月09日

確定申告の用意

つい億劫になって遅れていた帳簿の整理ができた。うちは経理事務というほどもない個人営業だが、一応パソコンで帳簿管理をしている。
1990年4月に2台目のマックであるSE30を買ったときに、ファイルメーカーとページメーカーをいっしょに購入した。その次の年の正月に、わたしの経理の知識と相方のファイルメーカー学習を結集して、我が社の経理ソフトができあがった。ついでに言うと、91年の秋にはページメーカーでVFCの会報第1号をつくった。マック実用化に向けた第一歩を踏み出した年であった。それ以来マシンだけでなく、ソフトもバージョンアップしながら使い続けてきた。
今日は数字を打ち込んだのをプリントしかけたら、日本語が文字化けしている。OS X 10.4.4 Tigerにしたせいかもしれない。そういえば相方が文字環境についてなんか言ってたっけ、とSOSを発信して見てもらった。うちのファイルメーカーは最新のバージョンアップをしていないからかなと言いつつ、直してくれたが、面倒な仕事であった。
そんなこんなで遅くなったが、すべてプリントアウトして申告書に記載するまで仕上がった。あとはパソコンで申告用紙に記入しプリントアウトしてハンコ捺したら、準備オーケー。

2006年02月11日

ケータイ買い替え

「電話ができたらええやんか」ということで、ツーカーのケータイを1年間使った。テレビコマーシャルで年寄りが持っているやつだ。あのコマーシャルのおかげで、どれだけバカにされたかわからん(笑)。すっきりとしたデザインが気に入っていたが、困ったことに記憶装置がないのだ。電話をかけるたびに、いちいち番号を押さなければならないのはともかく、かかってきた電話を間違えて切ってしまい、相手がどなたかわからない。これはまずかった。それで新しいのに替えようと思ったら、ちょうどauとツーカーが合併して、少ししたら番号を変えなくてもよくなるという。
で、待ってるうちにマックを買ったり、ソフトのバージョンアップが続いたりして、お金の都合が悪い。元々電話ってあんまりしないし、電話を受けるのに「切」を押さないように気をつければ、そのままでよかった。
とはいえ、いつまでもそうも言ってははいられまい。今日思い立って近所のauへ行っら、スプリングセールがはじまっていて、値引きしてくれて思っていたよりも安く買えた。デザインも色も気に入った。さぁ、これからはケータイ使いこなして人並みになるかな。

2006年03月01日

雨の御堂筋をアップルストア心斎橋へ

我が社(笑)では5台のパソコンが現役で働いていて、そのうち3台はマックで2台はウィンドウズ機である。わたしが使っているのは去年買ったマックミニ+20インチシネマディスプレイで、唯一の20インチモニターなのだ。
20インチの使いやすさを体験して、次はタワー型で20インチを買うんやと言い続けていた相方が、インテルマックの発売以来悩みに悩んでこっちを買うと決めた。そう決まったらすぐに欲しいのはいつものこと、お金をどうにか工面して注文したら、ずいぶん待たされ、ようやく入荷したと連絡があった。
というわけで、夜になってから雨の御堂筋を歩いてアップルストア心斎橋へ行った。今回は持って帰るのはやめて配達を頼んだので、明日発送で明後日到着の予定である。11台目のマックがインテルマックになる。
アップルストアには雨降りにもかかわらず、けっこうな人がいた。今朝早朝の新製品の発表を待っていた人たちが会社帰りに寄ったのかな。わたしの目の前でiPod Hi-Fiを買って行った人が2人いたぞ。
これだけの買い物をすると、帰りは本屋に寄る気もカフェや居酒屋へ寄る気も起こらず、堀江のバーの前も素通りして帰った。

2006年03月03日

インテルマックがやってきた

今日の午後やってまいりました。箱を開ける前に撮影、それからおもむろに取り出しました。置く場所は古い(大福)マックと入れ替えです。相方が設置している間に、わたしはキーボードのお掃除をしました。いつも掃除しているようでも汚れているものです。表面よりもキーの間にホコリが溜まっています。綿棒、爪楊枝、縫い針を使って追い出しました。髪の毛が入っていたのにはびっくり。1センチくらいのやけどなんでこんなもんが入ってるねん。3台分掃除してほっとひといき。
晩ご飯はちょっとお祝いしようと買い物に行ったら、途中で突然ヒョウが降ってきました。魚がうまい遠いスーパーまで行ったので、濡れて帰るわけにいかずビニール傘を買いました。黄色の細かいチェックが気に入ったので、当分これを持ち歩くでしょう。
魚は北海道産のカジカがあったので鍋にしました。カジカは北海道では味噌汁にするそうです。で、鍋のあとは味噌味の雑炊にしました。うまかったです。今度は温かいご飯に野菜をたっぷりのカジカ味噌汁にしてみよう。
相方はいままで17インチ大福型マックを2台並べて仕事していたのが、1台が20インチになってさらに仕事場らしくなりました。わたしはミニマック+20インチシネマディスプレイを使っています。