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マック、パソコン、ネット アーカイブ

2003年12月13日

門前の小僧さん─ストリーム配信

お昼過ぎにプールに行く支度をしていたら「おーはじまるー」と相棒が言っている。昨日から騒いでいた“ストリーム配信”とやらがはじまったようだ。1時から4時までということなので、「しっかり楽しみやー」と言ってわたしは出かけた。1時間以上たっぷり歩いて帰って玄関のドアを開けたら、来客がたくさんいるような話し声が聞こえる。なーんとそれは東京は赤坂のセミナー会場の質疑応答の声なのであった。
このセミナーはプロのウェブ制作者が集まったメーリングリストが行っているもので、映像と音声が発信されて、それがそれぞれのパソコンにリアルタイムで配信されている。画像は少し難ありだが、音声はすごく鮮明で、目をつぶるとセミナー会場にいると言ってもいくらいな臨場感がある。おまけにチャット機能もついており、自宅のパソコンで見ている者どうしが会話をしたり、セミナー会場の講師に質問ができる。
北は札幌から南は石垣島までの会員が、リアルタイムで楽しそうにチャットをしているさまは、なかなか微笑ましくうらやましくなった。4時までどころか5時過ぎても終わらない。講師は2人なんだけど、1人は熱く語るタイプで、も1人は冷静なタイプ。わたしは著書を読んだことはないけど、本の背表紙を毎日見ているのでおなじみの人である(笑)。
「これやったらセミナー会場まで行く必要あれへんね」と言ったら、「むこうはこれから飲み会やねんで」と口惜しそうな返事が返ってきた。

2004年03月26日

いまごろ Adobi PageMaker 7.0

ページレイアウトソフト「ページメーカー」を最初に買ったのはかなり昔のことで、マックの2台目(SE/30)と、個人用のデータベースソフト「ファイルメーカー」といっしょだった。その頃のわたしはVFCのお知らせや手紙などでようやく文字打ちができるようになったくらいだった。相棒はいきいきとマックに向かっていて、稼いだお金はマシン、ソフト、周辺機器に流れ込んでいた。
最初「ページメーカー」はわたしには無縁だったが、「ファイルメーカー」は相棒に経理用にセットしてもらったのを、使ってみてあまりの便利さにびっくりした。市販の経理ソフトでなく、わたしが手書きでやっていた方法を、「ファイルメーカー」でどうやるかを二人で検討した結果だから有頂天であった。いまもそのまま使っている。
「ページメーカー」のほうは、いつごろだったか、ワープロソフトより簡単にいろいろなことができると言われて、おそるおそる向きあった。VFCの会報をワープロよりもかっこよく作りたい一心だった。やってみるとできるもので、いまや厚かましくも「ページメーカーの達人」と自称しているくらいである(笑)。でも直接の仕事には使っていないから、バージョンアップはしていなくて、6.0を数年間使い続けてきた。しかし、ようやく年末からの忙しさを理由に最新バージョンにすることにした。いまごろ7.0にしましたと言っても笑われるだろうけど、わたしはうれしい。

今日の午後、掲示板でおなじみのchissarossaさんと堀江チャルカでオフライン会議をした。掲示板やVFCのことなど詳しく話し合って有意義な会合でありました(笑)。

2004年04月21日

iMacがやってきた

4年前のことだけど、なにを思ったかiMacを買うという兄と、いっしょに日本橋のソフマップへ行った。そのときはすべてまかされたので、本や雑誌で下調べして行き、プリンタと基本のソフトも併せて買った。そのとき、わたしもiMacが欲しかったんだー。あのカラー5色だったか、きれいだったわ。わたしはイチゴ色と決めていたんだけど・・・その後ヒョウ柄や花模様もあったよね。そのどれも買えなかった。
一昨年の秋にそれらを飛び越して新型のiMacを買ったけど、それは相方の専用機で、わたしはたまにDVDを見せてもらったり、CDを聴かせてもらっていたくらいだった。パソコンって自分のものにしたいよね。
ついにお金の都合がついてわたし専用のが買えるときがきた。この前の日曜日、田辺寄席の帰りにソフマップに寄って注文したのだけれど、そのとき在庫がなくて、他の店舗も調べてもらったがなかった。そしたらもうどうしても欲しくなってアップルストアにネット注文した。日曜日の深夜に注文したのが、もう今日の午前中に着いて、もう使っている。実は昨夜発送したとメールがあったので待っていたのだが、チャイムがなったので「ハイハイ」と出たら1年に一度くらいしか会わない兄であった。スペイン旅行のお土産を持ってきてくれたのが、オリーブオイルとゲルニカのマウスパッド。その兄がいるうちにiMacがとどいたのがおかしい。4年前にさんざん人をうらやましがらせたんだもの。
今日は疲れたので続きは明日書きます。とにかく快適、ここにあるのが夢のよう。

2004年04月22日

マックとともに17年

昨夜は3時頃までなんやかややっていたので、今朝起きたら肩ががちがちに凝っていた。
日本語入力をいままで「ATOK」でやっていたのを、「ことえり」にしたので慣れるまで少しかかりそう。キーボードも少し違うしね。昨日今日の感じだが、OSXの「ことえり」は使いやすいと思う。
こうして新しいマックを使いだすと昔を思い出してしまう。1987年にはじめてマックを買った。そのときはメモリ1MBで、2MBにするのに100,000円かかった。ハードデスクは40MBで150,000円した。それがいまや、メモリは1000倍の1GB、ハードデスクは2000倍の80GBである。
うちがマックプラスの次にSE/30を買ったときのことをいまだに覚えている。いまをときめくウェブ界のトップクリエーター福井信蔵さんは、当時得意先のデザイナーだった。若き日の彼はその事務所に自分のマシンを持ちこんでいて、うちの事務所にもマックがらみの用件で来たことがある。
その福井さんに「SE/30を買いましたよ」と言ったら、「ハードデスクは何メガ?」と聞いて、大自慢で「100メガです」と答えたら「おう、がんばったやんか」と言い、「そのうちギガの世界になるよ」と続けた。そのときはまさかーって感じで笑っていたが、夢のような話が20年経たないうちに現実になった。
その間に相棒と2人でマックを9台、ウィンドウズ機を1台、合計10台のパソコンを買っている。それにずっと周辺機器とソフトを買い続けてきた。いまの現役はマック3台、ウィンドウズ機1台だ。
わたしの人生って前半は現場に行ったり現物に触れることだったけれど、後半はパソコンの前で生きていることになる。

2004年06月16日

ブラームスが好き

たまーにこのページを読んでくださっているかたからメールがとどく。なんかもう・・・すっごくうれしい。最近はミステリーファンからのメールが全然ない。ミステリーのことをあんまり書いてないからだろうが、ちょっとさびしい。サラ・パレツキーファン、ヴィクファンからのメールがこの数カ月全然ないのもさびしい。検索からのアクセスを調べると、とってもたくさんのかたがヴィクを検索されて、ここへきておられるのだが・・・、ヴィクへの気持ちのありかたが違うのかもしれない。
数からいくと、乙女ものやサブカルチャー的なことについてのメールが一番多い。かなり熱を入れて書いてくださるのがうれしい。返信も力がこもるしお役に立ちたいと思う。
今日も1通うれしいメールがとどいた。返信を書いていたら、「明日プレイエルホールで音楽会があります。ブラームスはお好きですか」というフランソワーズ・サガンの作品の中の言葉が浮かんできた。こういう言葉が浮かんでくるようなメールのやりとりが好きだ。
「ブラームスはお好き」を読んだころ、私はブラームスが嫌いだった。なんでサガンはブラームスなのって思っていた。それが10年くらい前から好きになった。同じくらい嫌いだったリヒアルト・シュトラウスも好きになった。人間長生きするものだ。食べ物の好みは変わらないが、音楽の好みは変わるんだ。

2004年06月21日

VFCBBSからkumikoBBSへ

VFC BBSを閉じたことについて、電話とメールを何件かいただきました。みなさん、「kumiko BBS」にしても来てくださるそうで、とてもうれしい。「剣客商売」に例えるなら、秋山小兵衛が「秋山道場」を閉じて、隠宅に引きこもったということかな。VFC BBSの大看板はおろしたけれど、kumikoページを隠宅として、来客をお持ちすることにします。まだ書き込みする意欲がわかないので、もうしばらくお休みしてから引っ越しします。そしたら隠宅のこととて、あまりおかまいもできませんが、ゆるりとお話できるかと思います。

2004年08月05日

シャロン・マコーンも iMac だ マーシャ・マラー「沈黙の叫び」

マーシャ・マラーの「沈黙の叫び」をいま読んでいる最中である。他の本と並行して読んでいるのでなかなか進まない。最近は時間を忘れてミステリーに読みふけるということがなくなった。昔だったら、結末がどうなるのか気になってしかたなかったのに。いまや途中まで読んだミステリーが何冊か置いてあるんだよねぇ。
「沈黙の叫び」はまだ1/4も読んでいないのだが、おもしろいくだりにぶつかった。
女性探偵シャロン・マコーンはこの本の最後で41歳の誕生日を迎える。探偵事務所は順調に経営できているし、ハイ・リビンスキーという理想的な恋人がいて、有能な部下がいて、自宅も別荘も手に入れた。その上に自家用飛行機(4人乗り)の操縦もする。最愛の父が亡くなって、遺言により父と祖父の遺灰を、太平洋に自分の操縦する飛行機で撒きに行くのだ。その父の遺品から自分が養子であることを知るところは、このページの2日〈マーシャ・マラー「沈黙の叫び」を読み出した〉に書いています。
それから自分のルーツを調べ始めるのだが、自宅にホームオフィスがあるのね。なんと、そこに iMac があって、彼女を呼んでいるような気がした。それは「サイバー言語のセイレーンの歌」だと書いている。2000年の本だから iMac は何色かのカラーのやつね。シャロンはオレンジ色を選んだわけ。iMac が「こっちへきてわたしと遊んでよ!」と呼ぶ。その呼びかけにそそのかされたと、照れながら書いているのがおかしい。「絶対受け入れるものか」と誓っていたテクノロジーを使うために、電源を入れマウスを手に取り検索をはじめる。

2004年08月29日

アップルストア心斎橋

昨日オープンしたアップルストア心斎橋は、開店前からたくさんの人が並んで待っていたと、新聞に写真が大きく出ていた。わたしはもっとあとで行こうと思っていたが、そこは生まれつきの野次馬なんで、たまらずに今日行ってきた。
その前にせっかく心斎橋にきたのだからとメガネ屋さんをチェック。わたしは遠近両用の老眼鏡を使っているんだけど、最近細かい文字が読みにくいので新しいのがほしい。テレビで中高年女性のメガネを見ると、ツルの付け根のところが派手なのが多く、あれだけはいや、シンプルなのがほしい。あちこち見たあと、アメリカ村の白山眼鏡店へ行ったらカッコいいのがあった。かけてみたらとっても気に入って、すぐにレンズを合わせてもらった。できあがるのは来月8日である。たのしみ。
そこからすぐにアップルストアである。御堂筋に面した銀色の壁にリンゴマークが光っている。7時からイベントがあるというので、さきにマンゴーシャワーへご飯を食べに行った。7時にもどったら2階のイベントフロアはもういっぱい。立つのがしんどいので入り口近くのベンチに座って聴いたらいいやとなった。なかなか始まらないので本の棚を見て「Mac OSX v10.3 マスターブック」を買った。わたしはOSX v10.3 を使っているが、実際はなにがなんだかよくわからない。まったく“猫に小判”なんで、これを読んで勉強しようということである。座っているうちに疲れてしまって今日は帰ろうかとなった。また平日にゆっくり来よう。

2004年08月30日

蒸し暑い夜に考えたこと アップルストアの幸せ

ここ数日の蒸し暑さはひどい。ずっとクーラーをつけずにきたわが家もついに降参してクーラーをつけた。でも今日は台風がくるのに窓を閉め切っていたらわからへんやんと、つけずに過ごしたけど暑かったー。さっき(10時頃か)から風がひどくなって雨も降っている。南風なので西向きの窓も戸も開け放したままである。台風情報では大阪は暴風圏のはしっこに入っている。外を見ると街路樹がひどく揺れている。と思う間に窓から突風がきた。ワタボコリの塊が飛んできたのはヨブン(笑)。
台風ニュースばかり見ているので、本を読めないから考えごとをまとめてみる。と言ったってご飯を食べながら相方としゃべっていたことなんだけど。
昨日アップルストアに行って感じたのは、来ている客がみんなアットホームで幸せそうなことだった。大きなパソコン専門店でもマックのコーナーに行くと、他の売り場よりおだやかな雰囲気を感じるけど、この店はそんなもんとちゃう。なんかもう幸せがあふれている。これはなんやということで相方と話し合った。十数年前には小さなマックの店があって、うちもそのうちの1店で SE/30 を買ったのだが、すごく商売を楽しんいた。メモリ増設のときとか本体を持って行くのに、まず専用のリュックを借りに行って、それに入れて背負っていくのね。ほんとに牧歌的だった。それから数年後にはDTPの仕事で使うようになって生産機械となってから、そういう気分を忘れていたし、買うのも大型店になっていった。
それが iMac が登場して昔のようなはずむ心にもどったのだ。わたしたちはアップルストアという、天才スティーブン・ジョブスが経営する個人商店でマックを買うから楽しのだ、というのが今日の結論。
アップルストアのオープンの日のお客は、御堂筋西側をずーっと北へいって長堀通りを曲がり、四ツ橋筋まで並んでいたという。

2004年08月31日

またまたアップルストア

台風一過というと青空と涼しい空気を感じるが、今日は青空ではあるが日差しが強い上に蒸し暑い。まだ真夏日は1週間続くそうである。
今日は夕方にアップルの新製品の発表がある。アップルストアに行ったらすぐに詳細がわかるかな、なんて言いながら、アップルストアのオープニングイベントに行くことにした。今夜は「 echostream 」(プロデューサー/アレンジャー Tony Grund )の演奏がある。椅子に座れてラッキー。女性のヴォーカルが入って現代音楽っぽい演奏がよかった。ヴォーカルの女性の声が、いわゆる歌うというよりもっと自然な感じの声で気持ちよかった。
音楽が終わって、プロジェクターに新製品が写された。
【高性能G5プロセッサを搭載し、コンピュータ全体をフラットパネルディスプレイの中に統合したデザインの、新しい「iMac(R) G5(アイマックジーファイブ)」】。
相方は PowerBook をやめてこっちにすると言う。どちらにせよ、すぐに買えないけどね。
終わってから店内をぶらぶらして、相方のiMacのキーボードが汚れているので代わりを買った。キーに日本語が記されていないシンプルなやつ。
外に出るとなんとなく興奮しちゃってるので、マンゴーシャワーに寄ってビールを飲むことにした。それからアメリカ村を通ってヴィレッジヴァンガード(本屋)に寄ってぶらぶら歩いて帰った。

2004年11月02日

Jedit Xを使ってみて

わたしがいちばんよく使っているマックのソフトは、なんと言ってもJeditである。マックを使いだしてからいろいろなエディタを試してきたが、Jeditはいちばん使い勝手がよいので、バージョンアップを重ねて使用してきた。最初はフリーウエアだったが、途中でシェアウエアになった。バージョンアップは1回2000円くらいだったかな。
先月新たにバージョンアップの知らせがきたのだが、Jedit 4から Jedit 5ではなくJedit Xとなっている。マックOSX(10.3以降)対応なんだと知り、対応している!とうれしくなった。
こういうのってマニュアルを読むこともなく使いだすよね。そしたらどうも勝手が悪い。初期設定したらプレインテキストとリッチテキストというのがある。もちろんプレインテキストにして文字打ちしてみたら、文字が詰まってしまう。リッチテキストにしてみたら文字間はいいけど、行間が詰まってしまう。開いてから設定しなおせばちゃんとなるのだが、これっておかしいよね。
それから調べにかかって、フォントが問題だったことがわかった。いままで日本語のテキストはOsakaを使っていて疑ったことがなかった。JeditXのフォントシステムはヒラギノ書体で第三水準第四水準の漢字もいけると書いてある。それでヒラギノゴシックにしてみたら、プレインテキストでちゃんといけました。ああ、しんどー。
その他、わけのわからん新機能がいっぱいある。【実際できあがってみるとJedit4とJedit5の間にはかなりの隔たりがあり、Jedit4の後継というよりも、別のエディタとして、その名前を「Jedit X」(じぇいえでぃっと・てん)とすることにしました。】と挨拶があるくらいだから。
肝腎なことを書き忘れてた。文字打ちするのと文字が表示されるのがほとんど同時。頭と指とマック画面が直結している感じがすごーく気持ちよい。

2004年11月25日

マックが増えているらしい

サイトへのアクセスレポートをときどき見ている。どこからうちのサイトを見に来てくだっているかがわかって興味深い。その他に「訪問者のマシンとOS情報」という項目があるのだが、マックが37パーセント、その他がウィンドウズ各種である。あんまり気にしていなかったので、この項目を見たのは久しぶりなのだが、前に見たときは10パーセントくらいだった。そのときでもやっぱりうちはマックが多いと思っていたのだが、なんと今回は4割近くなのである。
それと関連があるのかわからないが、今朝の朝日新聞に「マック、大学の支持着々」という記事があった。東大などが導入していて、研究作業の効率化に一役買っているという。人気の理由は「Mac OSX」がUNIX環境で作動するからだそうだ。それに操作がわかりやすいこともあるらしい。
わたしはiMacでOSX10.3を使っているけど、その前にはずいぶん古いのを使っていた。だから半年経ったいまでも早さに感動しているくらいだ。愛機(hanako)の前で毎日快適なマック生活を送っているのがうれしい。ただ、いちばん愛用しているソフトのページメーカーがOSXに対応してなくて、クラシック環境で使っているのが残念。早くバージョンアップしてほしい。
相方はいまマック2台とウィンドウズ機1台を使っているが、OSXを手にする前には、次はウィンドウズと考えていたらしい。ところがOSXがUNIXであることから、もうマックで行くと言ってUNIXの世界にのめりこんでいる。
1987年11月に「可愛いからこれ」と決めてから丸17年、何台使ってきたかわからないくらいだが、マックあってのわたしの人生(笑)。

2004年12月17日

柴田文彦「 Macintosh Museum 」

先日ヨドバシカメラの書籍売り場で見かけて衝動買いしてしまった。いちばん最初からいままでのマックが、順番に整理されて写真つきで載っている。写真の下には詳細なスペックがあって、あのとき買ったマックはいくらしたっけ、というときにも便利だ。これ買ったとか、これが欲しかったけど買えなかったとか郷愁を誘う。わたしがいま使っている iMac は「最初で最後? 半球形の本体を採用したマシン」というタイトルである。
いちばん最初にあるのは「 Macintosh 128k 」で、これからはじめたという人をわたしは一人知っている。残念ながらわが家は2番目の「 Macintosh plus 」から始まっている。「 System 1.0〜6.0」(1984〜1991)という項目があり、「OS」の前は「 System 」と言っていたっけと思い出した。その説明のあとが、すべてのパーソナルコンピュータの原点「 Alto 」(1973)である。おもちゃ箱のような「 Apple I 」(1976)はアップルの出発点である。そしてかかわった人たちのことが詳しくわかるページになり、章を変えて「 Power PC 搭載期」となる。最後は現在の OS X になり、そのあとに PowerBook シリーズの説明がある。
とてもきれいな本でページをめくるのが楽しい。だれがこんな本を書いたのかと思って表紙を見たら、小さい文字で「柴田文彦 著」とある。あれ、この人知っている。「VFC Search 」で調べたらすぐに出てきたのでリンクしておきます。2003年3月6日に「 Mac OS 進化の系譜」という本を紹介していたのだ。(アスキー 2,800円+税)

2005年01月03日

薪でご飯炊きからインターネットまでの長い道のり

元旦に姉の家に行ったのだが、その家にはじめて行ったのは40年ほど前のことになるのだ。わたしは40年前、あるコーラスグループに入っていた。幼稚園の教室を週に一度貸りてコーラスの練習をする。わたしの場合はコーラスを理由にして友だちをつくるのが目的みたいなもので、先生に「いつまで経ってもあんたはうまくならんなぁ」と言われていた。そのころわが家では、一番上の姉が結婚適齢期をとうに過ぎていて、母親がやきもきしていた。「あんたの友だちに兄さんはおれへんか」と常々言っていたので、それこそ常々心がけていたものもだから(笑)、コーラスの新人にすぐ「あんたとこ、お兄さんいる?」と聞いていた。その一人がいまの姉の夫なのである。てなわけで、姉と菓子折りを持ってこの家を訪ねたのが最初なのであった。
二人はすぐに結婚していまにいたっているのだが、最近義兄が体調を崩していて、葬式などにも出てこず、「くみちゃん、元気にしてるか?」と聞かれるとのことで、元旦に訪問ということになったわけ。
お酒を飲むうちに昔話がたくさん出て、義兄は父親を早く亡くしたので母親が洋裁で子ども3人を育てたとか、だから薪でご飯を炊けるとかなったが、わたしもそういやかまどで薪でご飯炊いてたぞと思い出した。いまやインターネットだもんね。思えば長い道のりを歩いてきたもんだ。

2005年01月12日

スティーブ・ジョブスはかっこよかった

昨夜は知り合いのサイトの熱気にあおられて、アップルの新製品のウワサで持ち切りのわが家だったが、今朝目が覚めたら、発表があったとパソコンに向かっている人が一人いた(笑)。iPodの新型(iPod shuffle)と小型の箱形のマック(キーボードもモニターもなし)だとうれしがっている。
【1月11日(火)に米国カリフォルニア州サンフランスコで開催されるMacworld基調講演の収録映像を、1月12日(水)午後5:30よりシアターにて特別上映】こんな情報を知ったので、アップルストアに行って来た。アップルストアの2階の奥に大型モニターがあり椅子が並んでいるコーナーがある。時間通りに行ったら30席ほどの椅子席はもちろんいっぱい、その後ろに背の高い椅子が30くらい満席だった。係の人が椅子を持って来てくれたが、背が高すぎて座るのに一苦労(笑)。立っている人もいて合計100人くらいかな。
ものすごい熱気の会場にU2の曲が流れている。アップルマークが光る会場、大きなモニターがある舞台にジョブスが出てきた。薄手の黒のセーターにジーパン(ベルトなし)でスニーカー、縁の細いメガネをかけている。口調は柔らかいけど、毅然としていて説得力があった。隅に机があってマックが置いてある。ジョブスがそのマックを使うとモニターに表示される。さりげなくメガネ(モニター用)をかけかえるところもかっこよかった。
2時間くらいあっただろうか。その間ゲストが3人でてきただけであとはジョブスの独演であった。英語だからほんとはわからないのだけど、わかったような気がして聞き入っていた。モニターに画面が現れるからわかるのと、長年のマック体験からなんとなくわかったのだろう。新製品のハードの説明はもちろんうれしかったけれど、今日はソフトについての説明がすごいと思った。画像、音楽、編集といろんなことが、カンタンにできるようになるらしい。そしたらいよいよセンスが問われることになる。
興奮して晩ご飯を食べにマンゴーシャワーへ行ってビールを飲んだ。まずはセーターをジーパンの中に入れられるようにスリムになる。ほんまかいな。

2005年02月05日

持って歩く電話機「ツーカーS」

半月ほど前の新聞に「やさしい逸品◎携帯電話」という記事があった。昨年11月に発売された「ツーカーS」のことで、電話機の機能だけなので、説明書を読まなくても簡単に使えるという。しかもデザインがとてもよいとのこと。そして、高齢者に好評でこの機種が発売されてから売上が倍増したという。
わたしのいままで持っていた携帯電話は、同じツーカーで一昨年買ったのだが、松本人志がテレビやポスターで「電話ができたらええやんか」と言っていたやつだ。開いたらでっかい文字の時計がばーんと出るようにしてもらった。でもメールもできるし留守電もあった。買ってからしばらくは番号登録なんかしていたが、めんどくさくなってやめた。ほとんど家にいるので電話は家からかける。メールはパソコンでする。まだメールしてないの?とバカにされていたが、考えたらあんたにメールする必要があるんかいな(笑)。
そういうことで、この携帯電話こそわたしにもっともふさわしいと思い、お店に行くと真ん前にポスターがあった。これぞわたしが待っていたケータイ、と深くうなずいてこれに切り替えてちょうだいと言った。お店の人に説明を聞いてその思い切った発想に驚いた。これは持って歩く公衆電話じゃん。記憶機能がないので電話するのにいちいち番号を押さんとあかん。携帯電話帳をつくらなくっちゃ。腕時計も買わんとあかん。いろいろとありますがカタチがめっちゃ可愛いのですべて許せる。
ちょっと思い出したが、先日プールで最近記憶力が衰えたと言う人がいた。昔なら電話番号を10軒分くらい覚えていたけど、短縮やケータイになってダメになったと言う。今度会ったらこのケータイを教えてやろ。記憶力がもどるかも。

2005年02月11日

「iWork」を購入

ヨドバシカメラにマックのソフトを買いに行った。いつ発売かと待っていたら知人がもう買ったという話である。あらあらうちも買いに行かなくっちゃ。「iWork」には「Pages」と「Keynote」が入っていて、税込み8190円とわたしでもまあまあ買える価格である。ちょっとした文章のレイアウトや会報などができるかなと思う。
プリンターのインクカートリッジなども買い、iPodやminiを見たり、そのうち買い替えが必要なウィンドウズ機の価格を調べたりしていたら、人いきれで疲れてしまい、DVD売り場にも行ったのだが、見るのがおっくうになった。もうあかんと大阪駅に出てイカリスーパーに寄り買い物して、シャーロックホームズへ行ってギネスを飲んでほっとした。久しぶりの夜の外出だったが、寒うて足腰が冷えてしまった。それにしてもヨドバシの賑わいはすごいわ。
帰ってソフトをインストールしたが、すぐにすらすら使うのは無理だとわかった。ぼちぼち慣れて会報に使うのは来月からやな。マニュアルが2冊あるが、大きさもレイアウトも可愛らしくて気に入った。読む気が起こるマニュアルである(ほんまか)。

2005年03月31日

ようやく光ファイバー

うちは一昨日までケーブルインターネットだったが、昨日から光ファイバーに変えた。ISDNにしたのはうんと早かったがその後がなかなかで、ケーブルテレビが入ったときには、もう少しで光ファイバーと我慢して待っていた。その光ファイバーの営業マンがきて喜んだのが2001年9月、しかしその1カ月後にはビルに引き込む工事がたいへんということでキャンセル。
なんでISDNなのか聞かれるくらいに長い間不便をしていたが、2003年6月にようやくケーブルインターネットに加入した。格段に早くなって喜んでいたのだが、どういうわけか去年の暮れごろから接続が切れる。あんまり切れるのでリセットのURLをマックの横に貼ってある。そのURLにつないでリセットするのだが、少しするとまた切れ一日に何回も切れる。正月過ぎてからはなくなったが、先日の3連休にも切れていた。
去年か一昨年ごろビルに光ファイバーが入ったときは、忙しかったのでまた無料キャンペーンのときもあるやろとそのままにしてあったが、今回キャンペーンがあったので変更したというわけ。心持ちケーブルのときより早くなったかなという感じだ。ようやく落ち着いたわ。

2005年07月05日

掲示板をやめたいと思っています

「VFC BBS」をはじめたのは2001年11月2日でした。いろいろあったあげく、現在の「kumiko BBS」に変更しましたが、3年8カ月もやってきたんですね。喜んだり怒ったり・・・よくやりました。(自己満足しててすみません。)
数人のかたが、ここで書き込みされてからVFC会員になられました。反対にここで書き込んだことが元になって退会されたかたも数人おられました。ご自身の掲示板を持っておられるかたと、相互に書き込みし合うこともたくさんしました。楽しかったけど時間もとられました。気がついていたかたもおられるでしょうが、けったいな書き込みで悩まされたことも多々ありました。
いつのまにか惰性になっていることを、先日ミクシィに入ってから気がついたのです。最近の掲示板は書き込みは少ないですし、ここが潮時かなという気持ちです。もうちょっとしたら、閉めることにします。

掲示板がなくなってから、VFCまたは私にご用のあるかたは、このページの右上に赤い字で「MAIL」があります。クリックするとメールフォームがありますので、「お名前、メールアドレス、メッセージ」を書き【届けっ】をクリックしてください。返信します。

2005年09月14日

ケータイ騒動

この1週間は相方が新しいデジカメをどこのメーカーのにするかの話題が沸騰していた。調べに調べてという感じで、これから発売されるナニヤラに決まって一段落。しかし発売そうそうのは買わないで、少し待ってから買うことに落ち着いた。なんだかマニアックなものらしい。
次はわたしのケータイをなににするかの検討で2日間。カタログでよさそうなのをチェックしてから近くのau販売店へ行った。うちの場合は家族割引なんかよりも、違う機種で試したいという職業上の理由で、相方はドコモだが、わたしはauにする。で、今日お金を持って行ったのだけれど、いま買ったら電話番号を引き継げないそうだ。10月からauとツーカーは合併かなんかするので、それからだと同じ電話番号でいけると言うので10月まで待つことにした。
お店で実物を見て機種だけを決めて来た。W31Tってやつだけど、薄型で画面が大きく使いやすそう。ツーカーを買うとき2年契約にするかと聞かれてうなづいてしまった。大丈夫ですかともう一度確認されたときやめときゃよかった。違約金がいるんだって。

2005年09月28日

「シカゴだより」と「KAZUN's Show Case」

当サイトシカゴページの「中野和子のシカゴだより」を今日リニューアルした。前よりも整理されてすっきりした。1999年10月、中野さんがシカゴで暮らしはじめた街のことを書いた「私の住んでいる街」からはじまり、今月の「アーリントン国際競馬場」にいたる、さまざまなシカゴからの37通のおたよりである。
それより1年前にこのサイトははじまっている。わたしたちは現在ウェブ制作で生計を立てているが、その第一歩はこのVFCサイトだった。いまも大きいサイトだと言われるけれど、最初からこの構成を考えたのだから大変だった。アップした日は徹夜になり、外に出ると目の前を黒いものが飛んでいた。生まれてはじめての飛蚊症だった。それから7年、サイトとともにkumikoページも続いている。
さて、「シカゴだより」のリニューアルだが、見た目をすっきりとさせただけでなく、プログラミングも整理したらしい。この結果、「Yahoo!」や「Google」の検索エンジンに掲載されやすくなるはずだそうだ。
そして今月の半ばに中野さんのブログ「KAZUN's Show Case」が発足した。とても可愛いので見にいってあげてください。

2005年10月15日

Mac mini と apple Cinema Display を買う

来年あたり新しいMacをと思っていたが、なんかガマンができなくって買うことに話が決まった。大きなディスプレイでDVDも見たい、なんて言っているうちに話がすすんでしまったのだ。昨日、古いパワーマックを外して、新しいのを置く場所をつくった。
雨が降るのに夕方から出かけ、シャーロックホームズでご飯を食べて、いざヨドバシへ。ちゃんと買うものを書き出して行ったので買い物は簡単にすんだ。Mac mini と 20インチの apple Cinema Display とマウスにアップルケア。キーボードは英語表示だけのを明日アップルストアで買うことにする。荷物を分けて持ち地下鉄で帰った。雨がやんでいてよかった。
今回はわたしが新しいのを使うことになった。相方はマックを2台、ウィンドウズ機を2台ぐるりと並べているが、ついにOS9のマシンがなくなった。図体が大きいディスプレイがなくなって部屋がすっきりした。
さて、ばたばたと設定して、まずVFCのサイトを開けると、いままでの17インチと比べものにならない大きさと鮮明さである。で、DVDを見てみようじゃんと1枚入れてみたら、ほんとに素晴らしい画面。そこまではよかったんだけど、終わらせて出そうとしたらひっかかって出てこない。マニュアルに書いてあるとおりに何度かやってみたってダメ。発想の転換とばかりに横にしたら出てきた。最初から大汗。明日キーボードを買うついでに問い合わせしなくちゃ。
これを書いているのは古いiMacで、ミニのほうは相方がいろいろと設定してくれている。わたし一人だったらとうていできません。それとわたし一人だったらノートかiMacやね。Mac mini つなぐのはややこしい。そしてミニとはいうものの、四角い箱だけでなくて、あと2個小さいのがついているし、コードもたくさんあるので、けっこう広い机がいる。

2005年10月16日

楽しみの先送り

昨夜は遅くまでかかってMac miniの設定をして、ちょっとDVDをつけてみたところまではるんるんだった。ところがDVDが出せない。マニュアルを見ていろいろやってみたが出てこなくて、横にしたら出たんだけど、その後どうもいけない。今朝一番に電話して説明通りやってみたがダメ。ソフト的に出ないのでなくて、物理的に出ないのだという結論に達して修理してもらうことになった。明日取りにきて4日後に送り返してくれる。ネットで調べたんだけど、こんな状態の書き込みが見つからない。よっぽど運が悪かったんだろう。
それで古いiMacを使っているが、今回は差し迫ってから買ったわけでないので、気持ちに余裕がある。数えてみたら、これが10台目のMacなんだよね。その他、ウィンドウズ機を2台使っているし、周辺機器はプリンターが5台目、スキャナーは3台目を使っている。
楽しみが1週間先送りされたけど、まあいいか。あとはスピーカーを買う予定。そうそう、新しいマウスは使いやすい。スクロールが楽になったので左手から右手にもどして使っている。

2005年10月20日

タイガー記念日

タイガーといっても阪神タイガースのことでなくて、Mac OS X v10.4 Tiger のことです。先週の土曜日にヨドバシカメラまで買いに行って持って帰りました。その日のうちに楽しめると思ったら、なんとDVDが出てこないという困ったことが起こりました。電話応対の末に現物をみてもらうことになり、月曜日引き取りにきて今日戻ってきました。DVDを入れる部分を取り替えたそうです。アップルセンターと福山通運の応対は感じよかったです。
さて、Mac mini と20インチの apple Cinema Display をつないで、スピーカーはさんざん考えたあげく、BOSE に決めたのをアップルストアに買いに行きました。それからはわたしが美容院に予約してあったので出かけたあと、相方が設定をやってくれました。クラシック環境にしてページメーカーを使えるようにするのは簡単にできたのですが、そこにフォントをたくさん入れるのに手こずったそうです。わたしがいい気分で帰ったら、疲れ果てておりました。でも、BOSE からはユッカ・エスコラの妙なる調べが流れていました。
時間が遅いしハラが減ったと言うので、今日はタイガー記念日ということにして階下の魚料理店へ。日本酒とお刺身でお祝いしてきました。ここの店はよく繁盛していてみんなよく食べるのには感心します。今日は勤め帰りのOLグループ、サラリーマンの二人連れが何組か、子ども連れが2組、中高年夫婦がうちも入れて3組いました。
帰ったら相方は疲れてダウンしてしまったので、わたしは片付けものをしてから、Jedit を設定してこれを書いています。

2005年10月21日

真っ赤なとうがらし

このページに検索でこられたMさんと、掲示板で話し合ったりメールの交換をする仲になり、ミクシィにもお誘いしてつきあいが深まっている。ネットでの知り合いは、顔を見合わせてつきあっている人たちとはまた別の親しさがある。お互い顔を知らないのに、かなり生活習慣や考え方が見えておもしろい。“親しき仲にも礼儀あり”をどちらもがわきまえて、気持ちよくつきあっているのがたのしい。メールではしおらしくても、掲示板やミクシィなど人前になると上から出てくる人がいるので、ほんとに気持ちよくつきあえる人と出会うのがうれしい。
今日はMさんが可愛い切手を貼って、真っ赤な唐辛子を送ってくれた。生で食べられると聞いていたので、わたしはパブリカと勘違い、相方と同時に口に入れて、アジャーとなった。これは唐辛子なのである。鷹の爪よりもふたまわりくらい大きい。半分は糸でしばって乾くまで台所に吊るしておこう。

2005年10月25日

大阪中が沈んでいる?

日本シリーズ第3戦はまたもやロッテが10点取り、3試合を合計したら30対2となった。テレビで見ていてもおもしろくない試合ばかりで、先日のロッテとソフトバンクの2試合のほうが白熱してずーっとおもしろかった。ロッテの選手のほうがおしゃれで個性があって楽しいから、来年は日本ハムとロッテファンになるかな。
先日マックミニを持って地下鉄に乗ろうとしているとき、うちらの荷物をじっと見ている男の人がいた。箱の側面にある製品図をね。きっとマック使いの人だろうと思った。今日はわたしがじっと見つめてしまう番となった。中年の男性二人がすごく大きな箱を二人で持って地下鉄を降りて、わたしの行く方へ行く。後をついて行くように階段を昇り外に出た。そしたら同じ方向なのね。大箱は片面にリンゴマークがついていて側面はマックの横側である。待望(?)の反対面がようやく見えたら、箱いっぱいの文字で「G5」と書いてある。中身がわかったのでなんとなく安心した(笑)。それがね、同じ方向だと思っていたら同じビルだったの。いとおかし。

2005年11月09日

愛しのページメーカー

また月に一度の会報発行時期がめぐってきた。とどいたメールや原稿をエデタ(Jedit)で整理し(ここまでが面倒くさい)、ページレイアウトソフトPageMakerでつくる。手慣れているので、20ページを超える会報を、あっという間という感じでつくってしまう。すごく自在に使える、使いやすいソフトなのである。
それほど体になじんたソフトなのだが、OS Xに対応していないので、OS 9にして使わなければならない。なにかと不便なのだ。こちらがバージョンアップしていないのでなくて、アドビ社がバージョンアップをしてくれないのである。もうこれでストップなのかなぁ。アルダス社のときから使ってるお得意様なんだけどな。
それに代わるものとしてPagesを買ったんだけど、どうもうまく使いこなせない。あまりにもページメーカーが使いやすくて身についてしまっている。ま、これしかないとなったらやる気になるでしょう。
ということで、愛しのページメーカーとともに明日からがんばる。

2005年11月10日

.Macでバックアップ

さっきパソコンをスリープにして出かけて帰ったらすぐにバックアップがはじまった。決まった時間になってもスリープしていたら、起きるまで待っていてくれる。賢くて忠実なやつだ。先日.Mac(ドットマック)でバックアップの設定をしたところなのである。
パソコンを使い始めたころ「保存」するのを忘れて、けっこうな文字打ちをやりなおしたことがあった。痛い目にあって身に付いていくこともあるもんだ。
その次はバックアップするのを忘れていた。パソコンは絶対大丈夫と信仰していたみたい。バックアップは最初はフロッピーディスクで次はMOになった。仕事用のは別として、個人用は気にしないと全然しないくせに、気になりだすとしょっちゅうやるという不安定さだった。それで去年だったか必要なファイルをもう一台のマックとつないでバックアップするようにしてもらった。これでようやく安心できるようになった。
さらに今回は.Macを購入してのバックアップである。わたしのファイルがアップル社のサーバーに保管されるわけだ。一定時間に自動的にバックアップがはじまる。なんかうれしい。

2005年11月25日

5年に一度の大買い物

コピー機が3時にくるというので、取り替えついでにいくらか模様替えするべく、あちこち片付けた。古い雑誌や小冊子などけっこう不要品が出てすっきりした。
5年前にコピーはよそに取りに行くことにするつもりだと言ったら、ゼロックスの営業ウーマンがこれを安くするから是非と言ったもので、テーブルに置くタイプだった。そうは言っても、ただ下の台がないだけだから重い。物入れを壁の前に並べ大きい板を乗せて、置いたまま5年経ったわけだ。裏側にはホコリがいっぱい。
今回はちゃんと下の台がついているのが、長いことゼロックス一筋なのを感謝してと、前と同じくらいのリース代にしてくれた。上だけの姿と全然違ってかっこいい。いっしょにレーザープリンターを入れたのと、マック3台ウィンドウズ2台が加わって、古ぼけた部屋が輝いて見える。これからまた5年、しっかりと働かなくては。

2005年12月20日

ヤフーの動画配信で見た「トップハット」

今朝の新聞に「ヤフー、動画3万本配信」という記事があった。さっそく昼食後に相方がヤフーにアクセスし、映画のタイトルをざっと眺めて、アステアがようけあるわと言う。すごいすごいと言いながらちょっと見ようとなったら、なんとマックではダメと表示してあるではないか。ウィンドウズ機でやってみたらすぐにつながり、レーザーディスクで何十回も見た「トップハット」がはじまった。昼間っからこんなことしていていいのかなと言いながら、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの掛け合いに笑い、ダンスにうっとりしていたら電話がかかって我に返った(笑)。
レーザーディスクで見ていたよりも画面は奥行きがある感じだ。音は悪いけどこの映画ならもともとよくないからガマンだ。いやー、ウィンドウズ機があってよかったなぁ。しかし、新しい映画ならマックのシネマディスプレイとボーズのスピーカーで見たいものだ。いつになったらマックオーケーになるかしら。

2006年02月07日

メールソフトを「Mail」に替えた

長いことメールは「Eudora」を使っていた。ソフトを立ち上げるとユードラのタイトル画面が出てくるのだが、2年くらい前から下のほうに「ライブドア」と社名が入るようになった。そのころはけったいな名前の会社やなぁと思っていたのだが、ホリエモンが一躍有名になって、彼の会社とわかった。毎日メールを見ようと立ち上げると「ライブドア」の文字がいやでも目につくのである。使いはじめたときはネットから購入したけど、いまや立派な箱入りがソフト売り場で売られている。慣れているせいか使いやすくてお気に入りだった。
それがね、「ライブドア」に強制捜査が入った日からメールの送信がおかしくなった。送信済みにはチェックがつくのだが「?」になっている。終わらそうと思うと「未送信があります」と表示される。それでもう一回送っても「?」なので、相手のかたにミクシィメールで確認したら、2通とも送られていたそうで、たいへんご迷惑をおかけしてしまった。
その後は送信したら返信があるから大丈夫かなと思っていたら、翌日になって着いたりする。返信がないのは着いてないのかなと心配になった。ちゃんとチェックされているのもあるからややこしい。相方に相談したら、自分にも出したらいいというので「Bcc」で自分宛にもした。ところが最初のうちはいけたのに昨日は全然とどかない。
これはもうあかんわと、さっきマックに最初からついている「Mail」を使うことにした。早く慣れて使いこなしたい。

2006年02月09日

確定申告の用意

つい億劫になって遅れていた帳簿の整理ができた。うちは経理事務というほどもない個人営業だが、一応パソコンで帳簿管理をしている。
1990年4月に2台目のマックであるSE30を買ったときに、ファイルメーカーとページメーカーをいっしょに購入した。その次の年の正月に、わたしの経理の知識と相方のファイルメーカー学習を結集して、我が社の経理ソフトができあがった。ついでに言うと、91年の秋にはページメーカーでVFCの会報第1号をつくった。マック実用化に向けた第一歩を踏み出した年であった。それ以来マシンだけでなく、ソフトもバージョンアップしながら使い続けてきた。
今日は数字を打ち込んだのをプリントしかけたら、日本語が文字化けしている。OS X 10.4.4 Tigerにしたせいかもしれない。そういえば相方が文字環境についてなんか言ってたっけ、とSOSを発信して見てもらった。うちのファイルメーカーは最新のバージョンアップをしていないからかなと言いつつ、直してくれたが、面倒な仕事であった。
そんなこんなで遅くなったが、すべてプリントアウトして申告書に記載するまで仕上がった。あとはパソコンで申告用紙に記入しプリントアウトしてハンコ捺したら、準備オーケー。

2006年02月11日

ケータイ買い替え

「電話ができたらええやんか」ということで、ツーカーのケータイを1年間使った。テレビコマーシャルで年寄りが持っているやつだ。あのコマーシャルのおかげで、どれだけバカにされたかわからん(笑)。すっきりとしたデザインが気に入っていたが、困ったことに記憶装置がないのだ。電話をかけるたびに、いちいち番号を押さなければならないのはともかく、かかってきた電話を間違えて切ってしまい、相手がどなたかわからない。これはまずかった。それで新しいのに替えようと思ったら、ちょうどauとツーカーが合併して、少ししたら番号を変えなくてもよくなるという。
で、待ってるうちにマックを買ったり、ソフトのバージョンアップが続いたりして、お金の都合が悪い。元々電話ってあんまりしないし、電話を受けるのに「切」を押さないように気をつければ、そのままでよかった。
とはいえ、いつまでもそうも言ってははいられまい。今日思い立って近所のauへ行っら、スプリングセールがはじまっていて、値引きしてくれて思っていたよりも安く買えた。デザインも色も気に入った。さぁ、これからはケータイ使いこなして人並みになるかな。

2006年03月01日

雨の御堂筋をアップルストア心斎橋へ

我が社(笑)では5台のパソコンが現役で働いていて、そのうち3台はマックで2台はウィンドウズ機である。わたしが使っているのは去年買ったマックミニ+20インチシネマディスプレイで、唯一の20インチモニターなのだ。
20インチの使いやすさを体験して、次はタワー型で20インチを買うんやと言い続けていた相方が、インテルマックの発売以来悩みに悩んでこっちを買うと決めた。そう決まったらすぐに欲しいのはいつものこと、お金をどうにか工面して注文したら、ずいぶん待たされ、ようやく入荷したと連絡があった。
というわけで、夜になってから雨の御堂筋を歩いてアップルストア心斎橋へ行った。今回は持って帰るのはやめて配達を頼んだので、明日発送で明後日到着の予定である。11台目のマックがインテルマックになる。
アップルストアには雨降りにもかかわらず、けっこうな人がいた。今朝早朝の新製品の発表を待っていた人たちが会社帰りに寄ったのかな。わたしの目の前でiPod Hi-Fiを買って行った人が2人いたぞ。
これだけの買い物をすると、帰りは本屋に寄る気もカフェや居酒屋へ寄る気も起こらず、堀江のバーの前も素通りして帰った。

2006年03月03日

インテルマックがやってきた

今日の午後やってまいりました。箱を開ける前に撮影、それからおもむろに取り出しました。置く場所は古い(大福)マックと入れ替えです。相方が設置している間に、わたしはキーボードのお掃除をしました。いつも掃除しているようでも汚れているものです。表面よりもキーの間にホコリが溜まっています。綿棒、爪楊枝、縫い針を使って追い出しました。髪の毛が入っていたのにはびっくり。1センチくらいのやけどなんでこんなもんが入ってるねん。3台分掃除してほっとひといき。
晩ご飯はちょっとお祝いしようと買い物に行ったら、途中で突然ヒョウが降ってきました。魚がうまい遠いスーパーまで行ったので、濡れて帰るわけにいかずビニール傘を買いました。黄色の細かいチェックが気に入ったので、当分これを持ち歩くでしょう。
魚は北海道産のカジカがあったので鍋にしました。カジカは北海道では味噌汁にするそうです。で、鍋のあとは味噌味の雑炊にしました。うまかったです。今度は温かいご飯に野菜をたっぷりのカジカ味噌汁にしてみよう。
相方はいままで17インチ大福型マックを2台並べて仕事していたのが、1台が20インチになってさらに仕事場らしくなりました。わたしはミニマック+20インチシネマディスプレイを使っています。

2006年04月14日

ダン・ギルモア「ブログ 世界を変える個人メディア」を読みながら

去年の夏ごろ朝日新聞の書評を読んで買おうと思ったのだが、ころっと忘れていた。先日図書館で借りたのだが、それで正解だった。一度読めばいいや。すこぶる正しい見解の本だと思うのだが、わたしにはエリートの人の声に聞こえる。
最初のほうに「脅迫状メディア」という項目がある。パソコンによってだれでも手軽に出版物を創作しレイアウトできるようになった。ところがプロでない人が力を手にしたため、様々なフォントを使う傾向があり、【それは何というか、脅迫状のスタイルに、まさに瓜二つなのだ。】とある。プロが素人のすることに対する嫌悪感だと思った。その後には【ただ、「新しい声」が登場してきた、ということを考えれば、印刷のごちゃごちゃ感など大した問題ではなかった。】と続いているが。
わたし自身がもう20年近く前にパソコンを手にし、会報とかお知らせ程度であっても出版物をつくり、パソコン通信からはじまってインターネットにつながり、メイリングリストを経験し、掲示板で苦労し、サイトに日記を8年近く書き続けてきた。この自分史があるので、本書を読んでいて、スケールが違うけれども同時代を生きているという気持ちになる。
本書を読むのと同じとき(朝日新聞4月12日)に大江健三郎さんのインタビューを読んだ。記者の「Eメールはお使いですか」という質問に「Eメールの迅速なやりとりが必要な時は、若い友人に来てもらいます。・・・」とあったのには笑った。

2006年04月16日

奮闘努力の甲斐あって

当ブログ「kumiko日記」を開設したのは昨日のことです。前々からMovable Typeのブログに興味を持っていた相方が設置してくれました。落ち着いたデザインが気に入ったし、カテゴリー機能があるのも便利だし、VFCサイトの「kumiko page」を全部こちらへ移転することにしました。いまようやく4月分と3月分を運んだところです。これからぼちぼち全部移転させますが、おっそっろしい量があるので忍耐仕事やけど、自分のもんなんで、ヒマヒマにがんばろう。
今日は天気が良いのにどこへも行かずにマックに向かってました。昼も夜も。触っているうちにブログの機能がどうなっているのかも、少しはわかりかけてきました。写真の入れ方もわかりました。
なお、当ブログはVFCサイトからリンクしてますし、BBSはVFCサイトにありますので、いままで通りご利用ください。過去の日記はそのまま置いておきます。「届けっ!メール」も以前通りご利用ください。
ここにもコメント入れてくださいね。よろしくお願いします。

2006年05月02日

ネットがつながらない5時間

3時ごろだったかミクシィでコメントを書いて、送信しようとしたらびくりともしない。なんでやろと、あちこちしてみたが変化がない。戻るのだけできたのはキャッシュが出ただけのようだ。あわててメールの受信ボタンを押したがだめだった。うちのルータのせいかと、リセットしてみたがルータは機嫌良く動いている。
しかたないから家事でもまじめにするか、と溜めてあった毛布の洗濯をした。そのあと買い物に行こうとしたら、1階で電気コードを引っ張っているおっちゃんがいた。もしかしてマンションに入っている光ファイバーのなにかを直してるんとちゃうかと、楽観的考えで買い物から帰ると、それは全然違う工事なのであった。
ご飯を食べてテレビで歌謡番組を見ていた。みんな気を入れて歌っていて、特に天童よしみ(りんご追分)、八代亜紀(伊勢佐木町ブルース)、坂本冬美(夜桜お七)がよかった。その間にパソコンにさわった相方が「ネットつながってるでー」と言った。おー、やれやれ。しかしまあ、約5時間ネットつながらなかっただけで、こんなに動揺するとはおそろしや。

※忘れたころにNTTからお詫びの書状が届いた。多分この件のことだと思う。

2006年05月22日

コナン・ドイルの誕生日に

今日がサー・アーサー・コナン・ドイルの誕生日だなんて全然気にとめていなかった。Googleのトップにシャーロック・ホームズがいたのに、検索事項が気になって気がつかなかった。さきほどミクシィで知り合ったMさんの日記で誕生日ということを知ってびっくりした次第。彼女はGoogleがホームズ仕様だったから気がついたと書かれている。わたしってほんとにぼんやりだわ。
以上の前置きを書いたのは、今日は当日記にはじめてトラックバックがついたのだ。ブログによっていろいろだろうが、わたしの場合は「Movable Type」からメールがきて「トラックバックを公開するためには承認してください」とあり、“未公開”になっているのを“公開”にして承認させていただいた。
トラックバックしてくださったのは「翻訳blog」さまで、記事は「ホームズの学生生活(1)」。ドロシー・L・セイヤーズが書いたものを翻訳されている。それで今日はわたしにとって、シャーロック・ホームズの誕生日ということと併せてとても思い出に残る日となった。
もちろん、セイヤーズの文章をありがたく読ませていただいた。(2)が楽しみだ。他にも勉強になりそうな記事がいっぱいのブログである。よければここからいってみてください。Mさん、ありがとう。

※この記事は当ブログを更新したときにトラックバックが外れてしまったので、成り立っていませんが、当初のものをアップしました。
「翻訳blog」

2006年05月30日

田辺寄席サイトの管理人は今日でおしまい

さきほど、これまでの田辺寄席サイトの幕引きをして、新田辺寄席サイトへの引越し通知をアップしました。これでわたしの田辺寄席サイトとの縁が切れました。2002年の夏頃から企画し制作し12月に発足し、3年半ほどの間かかわってきました。
当ブログのカテゴリー〈寄席〉を読んで思わず笑ってしまいましたが、1月15日の〈大阪日日新聞「まちかど寄席ファイル」〉では、「そんなすごい寄席のホームページをつくっているんやから、しっかりやらんとあかんな。」と書いています。その次が2月14日の〈田辺寄席サイトのこと〉で、ここでは「すべてをボランティアでやってきた田辺寄席サイトから、身を引きくと主催者に告げました。」となっています。
田辺寄席サイトをつくって以来、サイト更新だけでなく、毎月欠かさず桂文太さんの演目の文字打もしてたし、ネットをしていない世話人に届いたメールを、プリントしてファックスすることもしていました。
ヒマならともかく、仕事をしているし、VFCの用事も多忙だし、そして自分の勉強がある。その上に肩こりと目の疲れです。田辺寄席に落語を聴きに行くヒマもないのに、サイトを更新しなきゃいけない矛盾もありました。
そんなことで、田辺寄席サイトの更新が遅れているのを会報「寄合酒」で指摘されたとき、いろいろと考えた末に手を引くことにしたのでした。それから約半年間を次の人が決まるまでやってきて、結局とてもよい潮時だったのだと、いまになっては思えます。
せっかく手間と時間をかけてつくり維持してきたサイトです。そのまま継承すると新しい管理人さんが言われたので、使ってもらうことにしました。気持ちが落ち着いたらゆっくりと上方落語を聴きに行くことにしますわ。

2006年08月15日

変身中です

kumiko日記が変身中です。
このブログは4月15日にはじめました。それまでVFCサイトに「kumikoのほとんど毎日ページ」を書いてきたのを移転したのですが、以前のものもボチボチとこちらに移しています。カテゴリーで読み分けできるし検索ができて便利です。
去年からブログのブームを見ていて、わたしの日記もブログにしたいと思っていました。わたしが自分でするならどこかの既成のブログを選ぶところですが、相方が仕事の勉強を兼ねてムーバブルタイプ(MovableType)をやってみたいということで、つくってもらうことにしたのです。
設置してもらいデフォルトのままで4カ月過ぎました。色がグレー主体で地味だし、字は細かくて読みにくいし、愛着を持ったとは言えませんでした。何人かのかたがトラックバックをしてくださったときは機能的だなと思いました。
2・3日前にバージョンアップしたのを機会に読みやすくしてもらったのですが、不具合が起こったので12日の夜は徹夜でやり直しをしました。
結果は見ての通りです。文字を大きくし行間を広くとったので読みやすくなりました。今日はリンクページをつくりました。プロフィールはいま書いているところです。いろいろと終わったらとても読みやすい機能的で親切なブログになると思います。これからも引き続き読んでくださいね。コメントも書いてください。

2006年09月09日

また再出発

今日の午後からトップページに「工事中」のお知らせを出していたのですが、工事するのにそのページが当然必要でしたから、わけのわからないものになり、来られたかたはびっくりされたことでしょう。
先日ソフトのバージョンアップをしたのですが、見かけは同じでもアップするときに不具合があり、今日はいままでのを移すのでなく、全面的にやり直しすることになり、以前の分は削除しました。
いま8月分をとりあえずアップしました。見たところはまったく変わりがありませんが、いただいたコメントとトラックバックが消えてしまいました。書いてくださったみなさま、ほんとに申し訳ありません。また一からの出発をよろしくお願いします。

2006年10月20日

突然、昔の知り合いがトラックバックを

メールチェックをしていたらトラックバックのお知らせがあった。トラックバックは承認してから公開されるように設定してある。昨日のタイトルは昔の女性作家のだから、その方面の人かと思ったら、震災ボランティアでの知り合いだと書いている。そのブログを見にいったが“プロフィール”がない。「プロフィールくらい書いといてくれよ」とぼやいたら、横から「自分もプロフィール書いてへんやんか」と突っ込まれてしまった。人の振り見て我が振り直せ、さっそくさっき書きました。
そのブログを読むと相方のことも知っている。そしてわたしが“おばちゃん”と呼ばれて激怒した事件(?)も知っていて、おもしろがって書いているフシがある。あのとき居合わせたやつだな。
そのあとで洗濯ものを干しているとき「Kくんや〜」と記憶が甦った。相方も彼のブログを読んで間違いないとなった。
向こうへいってコメント書いたら、間違いなかったみたいで返事があった。最後に会ってから8年くらい経っている。よう覚えていてくれたなぁ。

2006年11月24日

レベッカ・ブラッド「ウェブログ・ハンドブック」

ウェブログ・ハンドブック—ブログの作成と運営に関する実践的なアドバイス レベッカ ブラッドこのブログをはじめたのは今年の4月15日だ。日記はVIC FAN CLUBのサイト内に1998年から書いていて、その継続だからブログをはじめるのに格別の気持ちは持っていなかった。常に変化を求める相方が自分のブログを二つ開設したあと、今度はMovable Typeでやってみるということで、わたしのに手をつけただけのことだ。わたしとしてはサイト内に日記を書いてますというより、わたしのブログと言ったほうがカッコいいなというくらいの気持ちだった。
発足したブログは、はじめはデフォルトのままだったが、バージョンアップのときに手を加え、一応いまの形になっている。これからまだ変わっていくらしい。
そんなわけでわたしはブログに消極的だったのだけれど、やりはじめたらサイト内日記と違うことが日々実感されてやりがいのようなものを感じている。Google検索にも早く上位に掲載されるようになった。

これはちと勉強せねばと出してきたのが本書レベッカ・ブラッド「ウェブログ・ハンドブック」だ。2003年12月に出た本で、相方が買ってきたのが2004年12月だった。それすら2年前のことでブログがまだ自分のことでなく、オシャレな本やなぁとぱらぱらめくっただけだった。
いま読むとかなり理解できる。アメリカの事情だからいまの日本の状況とかなり違うと思うが、ブログをやっていく気持ちの後押しをしてくれる優れ本だ。うすうすわかってきていたサイト内日記とブログとの違いもはっきり指摘している。オンライン日記は紙に書く日記に似ていて、違うのは世界に向けて公開されていることだけ。ブロガーは自己啓発よりもコミュニケーションをとるのに熱心だという。わたし自身もほんの少しだが変わっていこうとしているようだ。
それにしても励ましてくれる本だ。成功しているブロガーの特徴は才気にあふれているからでなく、コンスタントに更新し続けているからと言われると、それだけはやってるよとうなづく。ブログは個人用の砂場と思って書けば最高に楽しいと言われると、ふんふんとうなづく。もちろんブログでやってはいけないこととか、技術的なことも書いてある。
最後のほうで「ブログを続けるつもりなら、それはただ書くことの喜びのためでないといけない。」とある。そして読者の数を気にする等のことよりも「統計情報で楽しみを台無しにしてはいけない。」とある。わたしに言ってくれてるのね。(毎日コミュニケーションズ 1905円+税)

2006年12月08日

ミクシィで新しいコミュニティ

ミクシィに入って1年半経つ。けっこうはまっていて毎日何回も開いてしまう。日記は毎日欠かさず書いているし、友人の日記にもコメントをつけにいく。ミクシィ内で知り合った若い人とのやり取りが楽しい。この日記の読者でわたしがミクシィに入ったときに連絡をくださった人もいて、とても豊かな気分になっている。パソコンの前で一人遊びできるのが性に合っているみたいだ。
少し慣れたときに、サラ・パレツキーとドロシー・L・セイヤーズのコミュニティをつくった。「サラ・パレツキー」のほうはもう少しで100人になるし「セイヤーズ読書会」はまだ30数名だけど、素敵な人たちが集まってくださり、とても実りある読書会が続いていて誇らしい気持ちになる。
今回「女性私立探偵たち」というのを新しくつくってみた。サラ・パレツキーやスー・グラフトンくらいしか女性私立探偵のコミュがないので、まとめて面倒をみよう(?)ってわけだ。わたしが9人の名前をあげたら、あとは参加者があの人もこの人もと推薦してくれて、まだ2日しか経っていないのににぎやかになってきた。
女性私立探偵たちの作家名はいま現在、S・J・ローザン、ローラ・リップマン、デイナ・スタベノウ、ジャネット・ドーソン、ナンシー・ベイカー・ジェイコブス、リンダ・バーンズ、ヴァル・マクダーミド、マクシン・オキャラハン、グレッグ・ルッカ、ナンシー・ピカード、キャロル・オコンネル、リザ・スコットライン、ジャン・バーク、アン・ペリー、エリザベス・ジョージ、P.D.ジェイムズ。それぞれ、探偵名、活躍している場所、作品名を書いてあるので、未知の作家の作品を知ることができてありがたい。

2007年02月25日

「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」上巻読了

アップル・コンフィデンシャル2.5J(上) オーウェン・W・リンツメイヤー本書が出版されたのは去年の5月。新聞の書評を読んで読みたいと思ったままになっていたのを、図書館で見つけて借りてきた。洒落た(気取った?)銀色の表紙で上下巻である。著者はオーウェン・W・リンツメイヤー+林信行、出版社はアスペクト。
第1章が「奇跡の転換をもららしたiPod」で、2章からアップルの創世記からの物語となる。めっちゃくちゃすごい初耳の話がこれでもかとばかり出てくる。昨日の夜はシャーロック・ホームズで2時間ぶっ続けで読んでいたもんね。

我が家にマック・プラスがやってきたのは1987年11月だから、もう少しで20年になる。当時ワープロはキャノンのを使っていたが、今度はパソコンなるものが欲しいという相方に引っ張られて、日本橋の電気店へ下見に行った。売り場はけっこう広くてたくさんのパソコンが並んでいた。見渡したら、隅っこになにやらカッコのいい箱が見える。そこへ行ったのが運のつき、その箱がマックだったのだ。小さいのにめっぽういい値段がついていた。形に惚れて、これでないとダメと言ったのはわたしだ。カタログをもらって検討してから、ちょうどそのころマックをデザイン機器として売り出していた「いづみや」(のちにTooと改称)で買った。
漢字Talk1.0、まだハードディスクがなくてフロッピーディスクを入れたり出したり、ワープロとして使うのさえややこしかった。わたしはあきらめモードでインテリアにいいと思ってたけど、相方は夢中になった。少ししてハードディスクが発売されて、少し使いやすくなったが、フロッピーディスク1枚が600円だったことを覚えている。わたしは文字打ちしかできなかったが、相方はどんどん進歩して(どれだけソフトを買ったことか)次に買ったマックSE/30ではヴィク・ファン・クラブ(VFC)の会報を作った。お正月に創刊号の原稿をひーひー言いながら打ったことを覚えている。みんな手書き原稿だからたいへんだった。DTP(デスクトップパブリッシング)という言葉が新鮮だったころだ。
マックではじめてウェブサイトをつくったのが1998年のVFCサイトである。

わたし個人のマックの話になってしまったけど、本書を読むと、我が家にマックが届くまでには、たいへんなアップル社の苦闘と栄光の歴史があったのだとわかる。二人のスティーブ、スティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブスの出会い、そして時代の波に乗ってコンピュータの時代を駆けはじめる。ジョブスについて、本人がいやがりそうなことがたくさん書いてあるけれども、戦国時代の若き武将がさまざまな駆け引きをしてのし上がっていくようでおもしろい。昔は領地を取ったのが今はお金である。

2007年03月02日

「アップルコンフィデンシャル 2.5J」下巻を読み終わる

アップル・コンフィデンシャル2.5J(下) オーウェン・W・リンツメイヤー1990年に2台目のSE/30を買った。姿は最初のマックにそっくりだが中身が各段に違う。これで遊びの道具から一挙に使えるパソコンになった。DTPもこれがはじめだがハイパーカードがすごかった。わたしのお気に入りは、アマンダ・グッドイナフという人がつくった絵本のスタックだった。猫が主人公で好きなところをクリックすると、その場所によっていろんな場面にとべる。いまでは当たり前のことだが10数年前だから驚くよね。同じころスクリーンセーバーで空飛ぶトースターがあった。それを買った店でカラーのを見せてもらって喜んだことがある。
またもや思い出話になったが、本書を読んでいると、そのときどきに買ったマックの思い出が甦ってくる。それはとても甘美な回想なのだが、ジョブスがアップルを追い出されてからのいろんな経営者の話が続いていくと、今度は苦い思い出が浮かんでくる。なじかは知らねど、わたしの顔を見るとアップルがつぶれかけていると言う人がいた。阪神大震災をはさんで前後1年くらいの間、ある集まりでのことである。当時はそんなに関心がなかったアップルの危機についてはいま本書を読んでようやく理解した。まあ、そのときどきの経営者の名前はみんな覚えがあるけどね。
ノートパソコンが欲しくてしかたないときがあってPowerBook520を買った。これは持って歩くのには重かったが、児童文学研究会に相方がつくった絵本のハイパーカードを見せに、リュックをかついでいったことがある。また、ヴィク・ファン・クラブの例会にも持っていって見せた。結果は両方とも強烈な嫉妬の嵐にさらされてしまった。こちらも見せびらかしに行ったんだし、ケンカ両成敗か(笑)。
iMacが発売されたころは我が家は財政危機に陥っていて買えなかった。どんなにイチゴ色iMacが欲しかったことか。兄が買うのを手伝って日本橋のソフマップへ行った。人のものではあるが、いつも相方がやってきたパソコン購入を一人でやったので鼻高々だった。
そしてiMacが進化してフラットパネルのが出て、おもしろいコマーシャルだと思って見ていたのをついに買った。それも続けて2台。大福マックと言われてるやつね。その後買ったのはミニとインテルiMacである。
上巻のはじまりはiPodからだったが、下巻の終わりもiPodである。そしてジョブスが2004年にスタンフォード大学の卒業生に向けた祝賀スピーチ。これはすごく好感をもたれたという。全文があるがジョブスによる自叙伝である。最後にアニメーション事業のピクサーをディズニーが買収したことにより、ジョブスがディズニーの筆頭株主になり取締役に就任ということまで。おもしろかった。
ついでに、アップルストア心斎橋のガラスの螺旋階段は約1億円かかったんだそうだ。今度しみじみ昇りに行こう。

2007年03月05日

楽しんでます、ウェブログ

昨日ここを読んでくださった方は突然プロフィールが出てきたんでびっくりされたでしょう。去年の4月にヴィク・ファン・クラブのサイト内日記から発展というかたちで当ブログを始めました。そのとき Movable Type にするという相方にまかせました。
書きはじめたら自己紹介がいると気がつきました。それでプロフィールを書き、自分でもできる「カテゴリー」の一番上に入れました。日本語ばかりの中に英文がひとつあると一番上にいくんです(笑)。でも目立たなかったので読んだことのない方も多いと思います。今回、右の項目の一番上に置き直してもらいました。
それから、昨日も書きましたが、カテゴリーの「読書」をそれぞれ作家別にわけました。まだ1年経っていないのでそんなに沢山ありませんが、それでも木村蒹葭堂さんだけのページがあると、自分でもわかりやすくなっていいなと思います。
毎日書いていると愛着がわいてきてます。シンプルで読みやすくてとてもいいブログだと思うようになりました。これからも毎日楽しく書いていこうと思ってます。気に入った内容のときは気軽にコメント書いてくださいね。
そうそう、リンク先一覧も作りました。右側の一番下にあります。ご利用ください。

2007年03月28日

過去の日記を持ってくる

わたしが日記を書き始めたのは1998年9月だからもう8年半書いてきた。去年の4月からブログに変えたのがとても気に入って、ますます書く意欲がわいてきている。でもって、いままでに書いたものもブログに持って来ようと決めた。検索ができるし、カテゴリー別に分けたらさっさと好きなページにいけるし便利この上ない。それと先日ブログを長くやっている人から、初心者扱いされたのが悔しい(笑)。8年半書いているのを知れば、その人も認識を改めるに違いないと思う(はは)。
一昨日からせっこらと作業している。やっと2005年12月まで入れたが、あと7年分!!!やるつもりだ。長期戦を覚悟。
今日はカテゴリーの変更をした。〈読書〉を〈読書 / ミステリー〉と〈読書 / ミステリー(作家別)〉とに分けた。とても見やすくなった。過去のを入れていくうちに、また矛盾が出てくるだろうから、そのときどきで考えよう。

2007年03月30日

活字OCRソフト「読んde!!ココ」をバージョンアップ

大量に資料を読み取る必要があってOCRソフトが必要になった。いままではスキャナにバンドルされていた「読んde!!ココ」の低機能ソフト版を使っていたが、今回はそれではラチがあかない。いろいろと調べた結果、ウィンドウズ版のビスタにも対応している最新バージョンを非常に安くバージョンアップすることができた(うちにはビスタはまだないけれど)。
実はOCRしてみたいものが数日前に出てきた。わたしの日記のバックナンバーはヴィク・ファン・クラブのサイトにあるのだけれど、なぜか2001年8月の20日間分が欠落している。それがわかったときいつか入れようとテキストを保存しておいたのだけれど、入れるのも忘れ、テキストもマックを替えるときに捨ててしまったらしい。そこで慌てることはない。ちゃんとプリントアウトしたものがある。保存の三段構えの最後ね。これを文字打ちしたらいいんだけど、10,000文字くらいあるので面倒と思っていたところだ。ウィンドウズ機2台は相方専用(わたしはよう使わん)なので、仕事にかかる前の試しにやってもらうことになった。

そんなことで思い出したのは、パソコン初期のOCRだ。ヴィク・ファン・クラブが発足して間もないころだから15年くらい前、落語家の桂あやめさんがまだ桂花枝さんのとき、小倉知加子さん、島崎今日子さんらが花枝さんファンクラブをつくられた。わたしもそのときの落語会に行っていて会員になった。彼女らがファンクラブの会報をつくるというので協力を申し出て1号目をつくった。善意+マックでDTPをやる機会を逃さなかったってことね。会員証もつくったが花枝さんが気に入ってくださったと聞いている。
会報の原稿はほとんどワープロで打ったものをプリントアウトしてあったので、打ち直すのもいやだしOCRしてみようとなった。ソフトはいまのように精度がよくないから校正が大変だった。いわゆる校正ではなく、字をひとつひとつ確かめるのだから、これなら打ち直すほうがマシと思った。

桂花枝さんは桂あやめさんになりどんどん大きくなっていきはった。わたしはあやめさんの噺を二回田辺寄席で聴いたことがある。いまNHKテレビ「芋たこなんきん」で、酒屋のおかみさん役で出てはるので毎日のようにお顔を拝見している。次はもっとお色気のある役柄で出てほしいなぁ。

2007年04月15日

お知らせ—コメントをやめました

気がついた方もいらっしゃると思いますが、最近は迷惑コメントがたくさん入ってました。毎日何百通にものぼる迷惑コメントを削除するのも大変なので、さきほどコメントなしの設定に切り替えました。
申し訳ありませんが、コメントを書こうと思われる方は、右側の一番上の「kumikoのプロフィール」のページに「メールフォーム」がありますので、お使いください。
ミクシィにご参加のかたは、「サラ・パレツキー」コミュニティ管理人へご連絡ください。

2007年07月13日

さらば、ページメーカー

レイアウトソフトの「ページメーカー」を使い出してから長い。久しくバージョンアップがなくて、Mac OS Xに対応していないので、使うときはOS 9に切り替えて使う。最近はヴィク・ファン・クラブの会報の手紙ページしか使っていなかった。他のページは「ページズ」に切り替えたのに、長短の手紙を囲み罫の中に入れて自由に動かせるのが便利で手放せなかった。というより同じようなことができると言われても、「ページズ」の勉強をするのが面倒だったのね。
昨日、慣れた手つきでさっさとレイアウトしたのはいいが、インクジェットプリンターの具合がよくない。なぜかインクがかすれているところがある。インクを入れ替えて掃除をしたけど直らない。OS Xだとレーザープリンターできれいに出るのだ。だけどOS 9だからしょうがない。
一念発起して「ページズ」の勉強に切り替えた。昨夜はもたもたといじっていたが、今日の午後相方に教わったらさっさとできた。なんだ、カンタンじゃん(笑)。

「ページメーカー」はほんとに長いことお世話になった。これが使えたら便利だぞと相方に言われて使い出したのが10年くらい前。最初に〈白紙〉が出てくるところからつまづいていた。ようやく手紙のレイアウトができるようになり、震災ボランティアの資料づくりでなんとかさまになった。練習は実戦でやるという主義(笑)。使いこなせるようになったらワープロソフトにない柔らかさが好きになった。
そんな愛着のあったソフトだけど、どうやらバージョンアップがなさそうで、残念ながらこれでおさらばだ。

2007年07月18日

ブログとミクシィのおかげでクスリいらず

ミクシィ友だち(マイミク)Oさんの日記に、本屋とレコード屋に行くと安心でき、そして今日の精神安定剤はこれと本のタイトルが書いてあった。
で、わたしは〈本とレコード買うのが精神安定剤(クスリ)とは、言えてる。最近はあまりクスリがなくても安定できてる。ミクシィとブログのおかげだと思います。お金はないけどブログがある。クスリの出番が減っている。〉とコメントした。
ほんと、最近は「小公女」や「秘密の花園」や「高慢と偏見」の出番がない。この間「ジェイン・エア」と「嵐が丘」を出してきたんだけど、読み方が変わっているようだ。クスリとして読むのではなく、野菜を食べている感じ。
毎年夏になったら読む「モンテ・クリスト伯」と「タルキニアの子馬」を今年も読もうと思うが、これもクスリでなくソーメンみたいな感じ(笑)。

ミクシィを毎日何度も開いて読んだり書いたりすることが、精神安定に役立っているみたいだ。毎日欠かさず日記を書くと、たくさんのマイミクさんがコメントを書いてくれる。こちらも各人のページにいって書く。女性が多いのでシスターフッドだと勝手に思っている。
日記だけでなく、管理人をしている3つのコミュニティ(コミュ)や、参加しているコミュで発言すると、必ず応えてくれる人たちがいる。だから孤立していないという感情を味わえる。その上に、例えば「native」コミュに「イベント情報」を書くことで、native ファンとつながり、native メンバーのお役に立てた、ラッキー♪ という満足感も味わっている。
さて「細野ビルヂング」コミュへいって、サイトに66展の写真がたくさんアップされていることを伝えてこよう。

2007年08月06日

EXPANDED BOOK の思い出

EXPANDED BOOK なんてものをなんで思い出したかというと、晩ご飯のときに新しくできた友だちの話をしていて、そういえば、Nくんは元気かなと話がとんだ。1980年ごろよく行き来していた友だちだ。そのころ東京へ行ってたまに仕事で大阪へ帰ってくることがあり、一時期おみやげにハイパーカードのスタックをよく持ってきてくれた。マックの画面上で見ることができる絵本で、猫や少女のが楽しかった。
その彼がにこにこしてやってきた。1993年、ヴィク・ファン・クラブが発足した次の年のことだ。それはサラ・パレツキーの「サマータイム・ブルース」と「ガーディアン・エンジェル」の2冊分が1枚のフロッピーディスクに入っている EXPANDED BOOK だった。ハイパーカードのファイルで、マックの画面上で読むようになっている。
ヴィク・ファン・クラブ会報の「VI」3号に詳しく説明しているが、ただ画面上で読めるだけでなく検索機能もついている。例えば登場人物の名前を検索すると、その名前が出てくるページが列記され、その箇所をすぐ開くことができる。
英語がダメなわたしには猫に小判で、読むより遊ぶだけだったが、パソコンの未来が確かなものとして目の前が開けていくのをまざまざと感じたものだ。
いま会報のバックナンバーを開いたら、1990年代に相方とともにマックを使って会報の文字打ちからレイアウトをした思い出が甦ってきた。華やかな交友関係を築いた70年代から80年代の前半に比べると、80年代後半から90年代はなんか沈没していたような気がしていたが、ヴィク・ファン・クラブ創設の時代だったのを忘れてた。

2007年08月25日

残暑とボツワナ・ナイト

先週がピークだったとはいえ今週も暑かった。途中に雷と大雨があって一日涼しかったからよけいにそのあとが暑く感じられるようだ。
今日も暑くてたまらん。うちは西日があたるので午後の2時頃から3時間ほどがめちゃ暑い。クーラー嫌いだけどつけないと人間はともかくパソコンが機嫌悪くなりそうでつけている。今年は夜になると風が涼しい日が多くて助かっている。窓全開で寝ている。
暑くて食欲が衰えるということが一切ないのでありがたい。熱いカレーやスープを主にして生野菜も果物もたくさん食べている。食べる方だけでなくしゃべる口も達者(笑)。

今夜はボツワナ・ナイトと称して、ミクシィの「No.1 レディーズ探偵社」コミュで出会った人たちと会う。どこかの場で出会った人とミクシィ入ってますかとなって、友だち(マイミク)が増える場合と、ミクシィで知り合ってからその人に会う場合がある。最近はどちらも発展しているのでうれしい。

2007年08月26日

ボツワナ・ナイトが終わって今年の夏は終わり

昨日の夜は楽しかった。第4土曜日はヴィク・ファン・クラブの例会日で、最近は不振をきわめている。昨日はミクシィの「No.1 レディーズ探偵社」コミュに場を譲って、オフ会「ボツワナ・ナイト」を開いた。参加者7人というまとまりのよい人数で楽しい会合だった。
「No.1 レディーズ探偵社」のファンたちがネット上の場に集まり、ボツワナの女性探偵マ・ラモツエのことを話し合ってきて、じゅうぶん気心は知り合っている。とはいえ顔を見るのははじめてなので最初は緊張した人もいたようだ。だけど終わるころには昔からの知り合いのように笑いあっていた。気っぷのよい管理人がいることも大事な要素だし、長い付き合いのお店がお世話してくださったこともある。いろんな要素が良いほうに動いてオフ会の成功があったと思う。

福岡からの参加者で管理人のMさんが、大阪をめいっぱい楽しみたいということで、二次会つきである。わたしがよく行くnu things に native が出演する時間がちょうど合ったので、7人をお連れした。みんな楽しんで帰られたようでよかった。

nu things は人が多かったけど席をつくってくれてみんないっしょに座らせてもらった。DJの音が大きいので耳元でしかしゃべれないのが困ったが。
「native」はいつもの通りにカッコよくて、1ステージだけでなくもっと聴きたかった。でもその夜のメインは「Black Beans Quintet」とゲストヴォーカリスト Maki Mannami。
11時過ぎてからどんどん若い客が入ってくる。いよいよ期待が高まる。舞台前にはぎっしりと人、人。はじまるとみんな立ち上がる。わたしは前が見えないので、立って人の首と肩の間から見ていた(笑)。そこまで自分でも盛り上がったのだけど、演奏がはじまると、まぁいいかと座ってしまった。いわゆるクラブジャズってこういうのかしらね。若い人はこういうので踊ったりくねったりできるのね。

わたしの連れは終電に間に合うように4人帰られた。最初はメインが聴いてほしかたと思ったが、native を聴いてもらってよかった。
演奏が終わってからMさんが再会を約してホテルに引き上げた。そのあとAmyさん、soulmarinさん、kawoleさんと終夜営業の喫茶店へ行き、朝5時までおしゃべり。われながら遊ぶのはタフ。

2007年09月23日

ウェブ2.0と「ダイハード4.0」と「Vic Fan Club NEWS 6.0.7」

久しぶりに甥からメールがとどいた。息子の就職が決まってうれしさ満開の気持ちがあふれている。息子と娘が一人前になったからと、夫婦で楽しんでいる様子が二人で近所で外食したという具体的な話でよくわかって楽しい。
その最後にウェブ2.0ってなんですか、とあった。おいおい、それって年老いたおばさんに聞くことか(笑)。まあ、わたしの知識で答えられることは答えておいた。

その関連で思い出したんだけど、知り合いが「ダイハード4」を見て来たとミクシィで書いていたので、「ダイハード4.0」を見て来たのねと問い直した。けど、全然気がついてない。「4」と「4.0」は同じと思ってるみたい。

そしたらまた思い出した。ヴィク・ファン・クラブの初期(1992年)のころ、「Vic Fan Club NEWS 6.0.7号」というのを出したことがある。発足から1年、ずいぶんもめた会の、もめたことを会報に全部書いてある。だから6号を出して7号にいくまでに、整理しておこうと「6.0.7」にしたのだけれど、その根拠はマックがその当時バージョン7.0という強力なものに変わろうとしているのにあやかろうとしたもの。
いま出して読んでいたんだけど、紙面にものすごくエネルギーがあふれている。思い出してよかった。いま夏バテもあってずいぶんへばっているから、これでエネルギーの補給をしよう。

2008年01月12日

ネットがつながらなかった一日

お昼ご飯を食べたあと、いつものようにメールとミクシィを見ようかなとパソコンの前に座った。まずメールの〈受信〉がうまくいかない。ブラウザを開くと〈インターネットと繋がっていません〉と出る。たまに繋がらないときにする〈リセット機能〉をやってみたが全然ダメだ。
相方が原因究明をやり出したら、機器やコードはほこりがいっぱい。掃除しながら点検していった。ネットで調べられないのが困る(笑)。
結局、パソコン1台なら繋がるが、そこから5台が繋がるためのルータがやられていることがわかった。毎日24時間働いてくれてたもんなぁ。
ここまでやったついでに、すべての機器とコードを点検。電話機、ファックス機のコードなども点検。暮れに大掃除をしなかったぶん、今日の午後に大掃除をするはめになった。
明日は午前中にルータを買いに行って、それでようやくいつも通りに復帰する予定。いまはわたしのマックに繋いでいるので、早くアップして交代しなきゃ。

2008年02月16日

バイロン卿の娘エイダ

図書館でマーク・フローエンフェルダーの著作「THE COMPUTER」という大型本を借りてきた。コンピュータの歴史や人物に関する本だけど、最初は計算ということからはじまっている。世界最古の集計システムはチェコで発見された骨で、人為的に刻まれた数に関する痕跡の一番古いものだとか。
それからいろいろな人の肖像画と実績が記されているが、知っている名前はパスカルくらいだ。
めくっていくと美しい女性の肖像画に出くわす。詩人バイロンの娘、エイダ・バイロン・ラブレイス(1815〜1852)である。バイロンは有名な与謝野鉄幹の歌「ああ、われ、ダンテの奇才なく、バイロン、ハイネの熱なくも・・・」のバイロンである。その娘さんがなんでコンピュータの本にあるのか。

エイダは一歳のとき母に連れられて家を出た。エイダがバイロン卿に影響を受けて詩人になるのを恐れたためだ。母は自分の妹に頼んでエイダに数学と科学を教え込ませる。成長したエイダはイタリアの数学者の論文を英訳し、それに彼女自身が長い注釈を書いて発表した。この注釈のために彼女は「世界最初のプログラマ」という栄誉を受けているそうな。彼女はバベッジ(数学者で発明家)の装置が完成した暁には、コンピュータが家電品と同様に一般家庭の必須品となることが当然であると予見していた。プログラム用語の一つ、Ade(エイダ)は彼女にちなんだものなんだって。ひぇーっ。(ハント・ヴェルク訳 トランスワールドジャパン 6500円+税)

2008年02月22日

「ポラロイド、インスタントフィルムの生産終了」というニュース

【日本ポラロイドは2月21日、インスタントフィルムの生産を2008年夏までに終了すると発表した。カメラのデジタル化が進み、フィルム需要が減少したため終了を決めた。】という文章からはじまるニュースがあった。

さっきそれを読み上げて「うちにもあったよね、ポラロイド、なつかしいなぁ、2回買うたよね」と言い合った。写したのがすぐにぺろっと出てくるのが、せからしいわたしにぴったりだった。フィルムが高かったけど現像に出さなくてすむ。
最初のを買ってうれしくて持ち歩いていて、父親が欲しがったから売ったのを覚えている。1万円くらいの安いのだった。2台目はもう少しいいのを買った。子猫のときの花子の写真があるから、27年くらい前かな。いつの間にか使わなくなったなぁ。
そう言えば、当時うちで働いていた女性が、結婚するので独身時代のヌード写真を撮っておきたい、ということで貸してあげたことがある。お母さんが撮るというので写し方を教えてあげた。ポラロイドの使い方ってこんなんがあるんやと感心したっけ。
わたしはヌード写真など撮っていません、念のため(笑)。

この記事の最後は【今夏「インク不要で出力できるプリンタ内蔵型デジタルカメラ」を米国市場に投入する予定だ。】となっている。

2008年03月02日

春三月

2月中に確定申告を出しておこうと思っていたので、29日にあわてて税務署に行った。暖かい日だったので、帰り道はみなと通りを通って九条商店街まで足を伸ばしてきた。いい気分で歩けてよかった。もう20数年もこの時期に税務署へ行っている。ここ数年は怪我した足が治りきっていないときもあった。そんなもんで今年も元気に申告に来られたなぁと感慨に耽ってしまうのである(笑)。

月が変わって昨日は、ヨドバシへパソコンのソフトのバージョンアップ版を買いに行った。ポイントがけっこうついていたので、Office : mac 2008の解説本を買った。まだ余った分で相方がノキアの解説本を買った。
それからシャーロック・ホームズへ行って夕食にしたのだが、明日(つまり今日)ダーツの大会があるので、ダーツ関連の人はみんな近くにある会場へ準備に出かけていて静かだった。今日の試合の結果はどうなったかしら。

いまヴィク・ファン・クラブの会報はpagesで作っているが、これからWordも使ってみたい。いままで古いバージョンのがあって、いただいた原稿を開くときだけ使っていたが、Office : mac 2008を買ったので活用しようと思っている。pagesでちょこちょことやるのに馴れているので、かちっとしている(らしい)Wardを使いこなせるかな。少しずつやってみよう。

2008年04月07日

買い物 その後シャーロック・ホームズ

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仕事が忙しくなったらあれこれ買うものが出てくる。今日はヨドバシまでソフトのアップグレード版を買いに行った。「ADOBE CREATIVE SUITE 3 WEB STANDARD」というやつで49,800円だった。解説書2冊で5,040円。しっかり仕事してやー。

それから相方が新しいケータイのストラップを買い、わたしのauが2年経ったので、次はどれにするかを品定めした。まだ買い替える余裕はないから見るだけ。かなり欲しいのがあったんやけど。見栄ケータイ(笑)。
相方はドコモとソフトバンクなので、わが家はこれで3社のケータイがそろった。仕事で必要になってきたので、仕方ないけど、喜んでいる(笑)。

その後はお定まりのシャーロック・ホームズへ。今日はダーツの大会をさっきまでやったそうで、みんなが引き上げていったところだった。
ギネスを飲んでご馳走を食べて、帰り際に店が空いているのをチャンスに写真を撮らせてもらった。
お店の一部を紹介します。
シャーロック・ホームズの原書がつまっている本棚は緑の灯りがステキ。それと奥の壁には、シャーロック・ホームズの肖像画(この絵大好き)、その下にコナン・ドイルの写真と文章がある。

2008年04月11日

"Entourage"のメール機能を使う

今年のはじめに"Office Mac 2008"を買ったのだけれど、わたしが使うのはワードとエクセルをほんのちょびっとである。パワーポイントは仕事で使うことがあって、2年ほど前にウィンドウズ版を買った。あとは名前も知らんかった。
その一つ、"Entourage"を使ったら仕事が能率良くこなせるようになったと相方が言う。プロジェクトセンター機能(メール、仕事、予定表、メモをプロジェクトとして一括して管理できるらしい)を使えるようになったらすごく便利なのだそうな。
そして次には、設定してやるからメール機能だけでも使ってみろときた(笑)。
さっき設定してもらったのだけれど、いままで二つのメールソフト(メールとユードラ)を使っていたのを、一つにしたのでやりやすくなった。
いつプロジェクトセンター機能とやらが使えるようになるかは知らんけど、とりあえずメールは送受信できるので、今日のところはオーケーである。

2008年06月03日

梅田望夫/茂木健一郎「フューチャリスト宣言」で元気をもらった

フューチャリスト宣言 (ちくま新書 656)昨日の夜のテレビ番組「中田英寿 僕が見た、この地球」はコマーシャルが多かったので、その間テーブルの上にあった相方の本を拾い読みしていた。茂木さんの「はじめに」のことろを開いたら、【梅田さんの持つ素晴らしい資質は「楽天的であるということは一つの意志である」とでも表現できるような決意と世界観である。】とあった。「楽天的であるということは一つの意志である」と頭で繰り返していると、これはいま見ている中田英寿さんのことでもあるなと思えてきた。それで昨日は日記にさっそく使った。それだけではなくって、おこがましくもこれってわたしのことだと思うのがわたしたる由縁である(笑)。

今日はこの本をどこへでも携えて歩き、とばしたところもあるけど読み終わった。ひょんなことからインターネットについて勉強ができた。2007年5月発行だからちょうど1年前の本である。梅田さんはシリコンバレー在住、わたしは「ウェブ進化論」を読んだことがあるが、ここに感想はよう書かなかった。茂木さんは脳科学者、NHKの科学番組で見たことがあるがものすごく頭が良さそうな人だ。
そのお二人のお話がすごいよ。【いまや、世界の最高学府は「東京大学」でも「ハーバード大学」でもない。それは、ネット上に存在するのである。】とおっしゃっているのだ。
また、ブログなどを持つと、不特定多数の「声」にさらされることがありしんどいということが語られる。オープンだからこそ価値があると思い踏みとどまると、いい出会いもあって救われる、ってほんとだ。茂木さんの言葉【暗雲が垂れ込める。でもそこで何回も踏みとどまって、「開いておくことが大事なんだ」というのが僕のインタラクティブな感性を作ってきた。」】
また、「好きということのすさまじさ」、「ネットは人間の学ぶ喜びを深める」、「インターネットは善を集積していく」、など前向きの素晴らしい言葉がいっぱい見つかった。(ちくま新書 700円+税)

2008年06月23日

次の携帯電話はiPhoneにする

いま持っている携帯電話がちょうど2年を過ぎたところなので、買い替えしようとカタログを見たり、実物を見たりしていた。これっというのがないというか、こんな便利な機能はよう使わんからいらん(笑)。電話ができたらええやんかと松本人志さんが広告してたのを買ったくらいの人なんで(笑)。
ケータイ歴を思い出すと、最初は雑誌「オリーブ」で見た可愛いPHS、次にツーカーの安いヤツ、次がツーカーの電話専用(記録装置なし、時計もなし)、そしていまのau。
ケータイに関してはロクに使っていないというのが正直なところ。メール打つのもたどたどしくて、パソコンやったら早打ちやといちいち言うたりして(笑)。

先日、突然「iPhoneにする」と思いつき、口にしたら相方がおどろいた。二人ともiPodも持ったことがないし関心外だった。わたしは買ってから考えるタイプだけど、相方は買う前に調査するタイプ。21日に「魚井宏高教授のWWDC2008報告@Apple Store Shinsaibashi」に行って話を聞いてきた。自分も遊べるのがわかったみたい。さかんに教えてくれる。

今日はiPhoneの価格と料金プランなどが正式に発表された。よっしゃー、買うでー。
はじめのうちは手に入りにくいだろうけど、少し待てば落ち着くだろうから待っていよう。

2008年07月15日

小鯛のささ漬けで一献、デザートにかりんとう

昼休みに兄が小鯛のささ漬けとかりんとうを持ってやってきて雑談して帰った。老境に入って妹を思いやる気持ちが生まれたのかしらね。

晩ご飯に小鯛とよく冷えた小鼓がうまかった。最近は晩酌をしないので格別にうまかった(笑)。デザートは京都のかりんとう。最近かりんとうが流行っているのかしら、先日、並んで買ったという東京日本橋のかりんとうをYさんに送っていただいたところである。東西のかりんとうがここにあるのがおかしい。

昨日 iPhoneを予約してきた。いつ手に入るかまだわからないがわくわくしている。はしゃいでいると固定費が高いと言われるけど、それは承知の上で買うつもりなのであります。晩酌をやめて(ほんま-笑)iPhone買うんだ。

2008年07月22日

なにごともないのが幸せ

今朝このブログに来てくださったみなさま、ヘンな場面が出たので驚かれたと思います。ご心配をおかけしましたがお昼前に復旧しました。以後気をつけます。

目が覚めたら乾布摩擦とシャワーの次にパソコンにログインすることにしている。まずメールチェックしてからブラウザで関係あるサイトを順番にチェックして、ミクシィのチェックをする。なにごともないのが当たり前だけど、今朝はびっくりした。
「kumiko日記」を開くと、ドメイン会社の告知場面になっている。要するにドメインの継続料金が払われていないから接続を切ったということらしい。相方のブログ「Walk in Osaka」も同じくだ。二人のブログで使っているドメイン料金をいつも早めに振込みしているのに、なぜか今回忘れていた。
一旦切れたら復旧が難しいかもしれんと、大慌てで調べたらちゃんとこういう場合の処理の仕方があって、お昼前に復旧できた。連休明けだし得意先の電話を待っているところだし、ばたついたが無事に復旧できてよかった。
ブログがないと糸の切れた凧みたいだ。何日かこのままやったら書き溜めておかなあかんなとか考えてた(笑)。笑える結末でよかった。
どうも、わたしの幸せは「不幸中の幸い」だったり、「ささやかな幸せ」だったり、「あるものがある幸せ」だったり「なにごともないのが幸せ」だったり(笑)。

2008年07月28日

iPhoneはすぐれもの

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午後2時ごろ相方と二人で近所のソフトバンクの販売店へ行って手に入れた。わたしは運転免許証を持っていないので、身分証明に住民票がいると思い込んでいたけど、もう一度調べたら、クレジットカード+健康保険証でいいとわかった。
若い男性係員の説明は親切で、おっしゃれなiPhoneの箱をわたしに開けるように渡してくれ、最後には「お楽しみください」とにっこり。

店に入る前はかんかん照りだったのに、iPhoneの袋を持って帰ろうとしたら外がやけに暗い。これは一雨あるでと相方はiPhoneを持って駆け出して帰り、わたしはそのまま整骨院へ行った。着いたらすぐに雷と雨、治療中もびっくりするような音が響いていた。帰りもかなり降っていて、公園の地面が全面水たまりな感じ。

えらい日にうちにきたもんだ、とiPhoneを箱から出してどうのこうの。ま、その前にお茶でもと栗まんじゅうなんぞを食べて、形を愛でる。あとは相方がiPodが聴けネットを見えるようにした。

わたしはいままでiPodを持とうと思ったことがなかった。騒音でも日常の音を聴いているのがいいと思っていたが、耳元でマリア・カラスの声が響くと、ふ〜んと基本方針撤回である。明日から台所に立つのにiPodだよん。

Safariでネットを見られるのだが、このブログを読んでみて読みやすさに感激した。自分のマックからSafariのブックマークやアドレスブックを持ってこられるのだからすごい。

iPhoneは携帯電話ではなく、小型コンピュータで、電話もできる優れものだ。
今日の感激はいつまでも覚えているだろう。21年前にマックプラスを買ったときと似ているかなとわが家の会話である。あのときは周りの人から高い買い物をしたとバカみたいに言われたが、今回は流行りものを買った一人である。世の中の移り変わりを感じる。風がこっちを向いて吹いているような気がする。

2008年07月29日

佐々木俊尚「フラット革命」を読んで思ったこと

フラット革命去年の8月に出たネットに関する本。マスメディアのいま置かれている位置と、ブログ等で発言する個人の立場について書いてあっておもしろく読めた。
佐々木さんは毎日新聞社の記者をしておられたが、いまは退社してフリーで執筆活動をされている。両方のことをわかって書いてあるので説得力がある。

マスメディアの人たちの傲慢さについては、わたしは実際に知っているので手を叩いて喜んだ(笑)。なぜ知っているかというと、ヴィク・ファン・クラブ発足当時の新聞社各社と女性誌からの取材があったから。次にサラ・パレツキーさんが来日されたときも同じような取材があった。ずっと後になって後味の悪かった「アエラ」からの取材があった。それ以来音沙汰がないのは、翻訳ミステリーが不振なのと、取材の前に私のネット日記を読み、こいつはアカンと先にわかるからだろう(笑)。
いま本当に残念なのは、これらの記事が書かれっぱなしだったということ。会報にいきさつを書いて記者に送っても、新聞が出てしまえば過去のことだからほっとかれるよね。
ヴィク・ファン・クラブの世話人だからということだろうが、シカゴに行ったことがあるとされたことがあった(産經新聞)。シカゴには行ったことがありませんと答えているのに。電話で抗議したら「すみません」と言ってたけど、行ったことにして箔を付けてくれたのであろう(笑)。こんなことは細かい問題だが。
ああ、いまなら、今日こんな記者がきてこんな話をしたとブログに書くのに。

ネット時代の個人のことを書いた章は、わたしが知らないことが多かった。「出会い系」にはまった女性、政治についての論議で活躍したブロガーたちのことも無縁だったから、こういうこともあったのだと知った。
ミクシィについては、わたし自身が小さくても渦中にあるわけだから、そういうこともあるのねっていう感じ。

しかし、この本、表紙を見ても著者の気概がなにも伝わってこないヘンな本だ。わたしは佐々木俊尚という著者の名前で読んだけど。(講談社 1600円+税)

2008年07月31日

iPhoneの袋をつくっちゃいました

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iPhoneのおかげで毎日楽しい日々を送っています。いちばん活用しているのはiPodで、毎日取り込んだ曲を聴いてます。午前中はロック(パンク以後)で、夜はクラシックが多いです。いままで自分はながら族ではないと信じてiPodを持たなかったんですけどね。
電話は相方としかしゃべってないし、メールはまだアドレスの登録してないし、まあボチボチやっていきますわ。

28日に手に入れて、29日には美容室シュリットと雑貨店アロハドライブに見せびらかしに行き、昨日はおとなしくしていたけど、今日は整骨院の先生と雑貨&花&カフェのチャルカの友に見せてきました。

写真はさっき報道ステーションを見ながらつくったiPhone袋。まだ使ってなかったkenzoのハンカチでつくりました。この袋で保護してバッグに入れようってわけ。

2008年08月02日

今度はターミナルアダプタが・・・

昨日の午後のことだが整骨院へ出かけようと用意しているとき、iPhoneで自宅に電話しようと思いついた。相方に鳴ったら出てやと言ってかけたのだが電話のベルが鳴らない。楽しい電話ごっこのはずが、一転えらいこっちゃに。

電話機には応答の赤いランプがついているから大丈夫のようだ。どうやらターミナルアダプタがいけない。このTAから電話機とファックス&コピー機が分かれていて、つないだパソコンで短縮番号とかを管理している。夕方になったら大変と相方がNTTに携帯電話で状況を説明したら、あと2時間で来てくれるという。原因究明活動(笑)に疲れてお腹が空いたので整骨院は諦めておやつにした。
NTTの人が来て代替え機をセットしてくれた。これで電話がつながって一安心。新しいTAは数日後に届く。
はっきりと断言できないけど、雷の影響もあったかもしれないんだって。古い弱い物に影響することがあるらしい。人間もいっしょやな。

今年は1月12日にパソコン5台をつないでいるルータが壊れてあわてて買いに走った。先日はこちらのミスでドメイン料金を払い忘れ告知画面が出て大慌てした。ネット時代といっても人間がきちんと管理しないとネットは成り立たないと実感。

どっと疲れが出たので、晩ご飯は辛いもんやギロチンへ行って楽しく過ごした。夏のメニュー、トマトのふわ玉がおいしかった。鉄板でトマトと豚肉を炒めたのを、タマゴを焼いたのでくるみ、モッツァレラチーズを中にたっぷり振ったオムレツ風。上に糸のようにマヨネーズをあしらってある。

2008年08月06日

久しぶりの客と四方山話で9時間

10年近く前に相方と仕事で知り合ったKさんは若き女性プログラマーだった。昨日久しぶりに電話があり、個人事業主としての経理のやりかたについて教えてほしいと言う。自宅でネット関連の仕事をやっていて軌道に乗ったらしい。
さっそく今日やってきて、税金の申告をどうするかの具体的な質問に答えた。と言っても、自分で解説書を読んで勉強しているし、会計ソフトを買うつもりだと言う。やる気まんまんである。うちがどうしているかを説明して参考にしてもらった。

その後は、仕事の話、家族の話、ミクシィの話、最近の若者の話。いろいろ話しているうちに外が暗くなり雷雨になった。久しぶりやからええやん、晩ご飯を食べて行けばとなって、ビールを飲みながらまた話。一人で仕事をしているから口が渇いているのよね。
枝豆やサラダのあと、いい塩梅に一昨日つくったつけ汁を冷やしてあったので、ソーメンを茹でて出した。お茶をしながらまた話。

彼女は子どものころから家にパソコンがある環境で、最初に単純なプログラミングをしたときの喜びを覚えているという。そのときはまだマウスがなかったそうだ。
そして自分はパソコンを使う最後の世代だと言う。いまの若者はパソコンを使わない、ふとんの中でケータイ小説を読んでいるのだと。そういえば、最近読んだ本に、仕事はパソコン、私用はケータイとあったっけ。

おやつを食べ、ビールを飲み、ソーメンを食べながら、1時半から10時半まで3人でしゃべりづめ。

2008年09月08日

カバーはきらい

わたしのiPhoeは買ったままでカバーなど被せていない。外出時は自作の布袋に入れてからバッグに入れている。人に見せびらかす機会は多いほうだと思うけど、みんな指紋をつくからと断りを言ってくれるので、かまへんかまへんと答える。指紋は拭いたらええ。Hさんからいただいた黒猫のクリーナーが袋に結わえつけてあるし。

わたしは読書家のほうだと思うけど愛書家ではない。本を読むときは帯もカバーもとる。文庫本は特にひどくて広げたまま裏向けに置いたりする。バッグにつっこむので他のものとぶつかって表紙がよれているし。

ただし、人にお借りした本は丁寧にあつかっている。姉に先に読んでいいと言われた山本義隆さんの本はカバーをして読んでいる。裏返しなんてとんでもなく、本の内容もあるけど正座している気分である。たまにこれもいいなと思ったりしてる。日常的にはかなわんけど。

ディケンスの「骨董屋」は上巻を読み終わり下巻に入った。高利貸しから逃れてロンドンから田舎へ逃げ出したネルと祖父は追いつめられていく。

2008年09月10日

日記も10年書いてきた

4日にVFCサイト10周年と書いたけど日記も10年書いてきた。1998年9月4日にVFCサイト「KUMIKO PAGES」に「自己紹介」を書いてからずっと続いている。もっとも最初の月は17日、その後は10日前後で2000年3月までいき、2000年4月からはほとんど毎日書くようになり、2006年4月からブログに変更して、いまにいたる。いまバックナンバーを眺めているが、いやまあよく書き続けてきたもんだ(自画自賛)。
※以前のものをぼちぼちブログに移動中です。

掲示板もやったのだった。2001年11月に「VFC BBS」をはじめて、2004年6月に「kumiko BBS」に変更し、2005年7月ミクシィ加入と同時に閉じたのだが、良い経験だったのか悪い経験だったのか。良いほうは、困った書き込みにすぐに対処する方法を身につけたこと。悪いほうは、困ったちゃん相手に大切な時間を使ったこと。
ミクシィでも、いやな気分にさせる書き込みには即答で対処する。だってわたしが楽しい気分でコメントできなかったら、なんでミクシィにおるんかわからんやん。

どれもいい年齢になってからはじめたのだけれど、病気もせず(怪我はしたが)に10年間やってこられたのはうれしいことだ。まだまだ続ける。

2008年09月16日

岡本綺堂「半七捕物帳」を青空文庫で読む

つい先日からのことだけど、岡本綺堂「半七捕物帳」をネットで読むという新しい経験をしている。青空文庫である。

梅雨のころ傘の話題が出たとき、わたしはいつも傘が荷物になったとき、半七が「傘がお荷物になったか」みたいなことを言うていたのを思い出すと言ったのだが、元の話はなんだったか忘れていた。
それで10年よりもっと空いている「半七捕物帳」を買ってきて読もうと思っていたのだが、読む本が山積でなかなか手が出ない。

そこへ先日ミクシィのコミュで見かけた人のページで「半七捕物帳」を見つけた。その人は半七ファンで青空文庫にアップするにあたって貢献されたようだ。
ありがたく読ませてもらっているが、「傘がお荷物」というセリフにはまだ出合っていない。「春の雪解け」には傘が出てくるのだが。

わたしは青空文庫ができたころにちょっと見にいっただけだったので、その読みやすさにおどろいた。そしてその規模の大きさ、堂々たるところにもおどろいた。これからいろんな作家の作品を読ませてもらおうと思う。

「綺堂事物」という岡本綺堂ファンにはたまらないサイトにも出合った。もうちょっと時間が欲しい。

2008年09月20日

第二回ボツワナ・ナイト

ミクシィの「No.1レディーズ探偵社 」(アレグザンダー・マコール・スミスのボツワナの女性探偵プレシャス・ラモツエが主人公のシリーズ)コミュのオフ会をシャーロック・ホームズでやった。参加者6名(男性2人女性4人ではじめての人が1人)というこじんまりとした集まりだったが、全員で話ができて楽しい会合だった。
二次会は梅田新道のバーで、和やかに話し合っていい感じだった。

去年の8月に第一回をやったのだが、そのときはボツワナから帰ってきたばかりのGさんを迎えて、ボツワナやアフリカの話をいろいろ聞いた。〈キリンの涙〉のカゴブッシュティーなどのお土産ももらった。カゴはわが家の食卓でパンや果物が盛られている。アフリカの女性が作ったカゴがここにあるのが不思議な感じ。

それから1年、めでたく大阪の会社に復帰され1年働いたGさんは相変わらず精悍でたのもしい。今夜もボツワナや南アフリカ共和国、ケニアなどの写真をパソコンで見せてもらった。
もう一人の男性Eくんも去年と変わらずまじめでいい感じ。小学生のときにパンクに目覚めていたという音楽青年で話が合った。わたしがパンクに目覚めたのは大人になってかなり経っていたが(笑)。
女性2人はヴィク・ファン・クラブ会員のMさん(コミュ管理人)ともう一人のMさん。それに強力な新人あと一人のMさんが京都から加わった。ユニークなファッションのとっても楽しい人だ。
シリーズは3冊出ているけど、次作の翻訳が待たれる。

2008年09月26日

梅田望夫「ウェブ時代をゆく—いかに働きいかに学ぶか」

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)梅田望夫さんの本を読むのは「ウェブ進化論」と、茂木健一郎さんとの共著「フューチャリスト宣言」に続いて3冊目だが、今回もとても楽しく読めたし励まされた。
読み終わって思ったのだけれど、〈混沌として面白い時代〉をオプティミズムを貫いて生きるのは大変なことだ。わたしのような理由なきオプティミズムではないんだ(笑)。
【誰もが自由に表現すればそれが不特定多数に届く「総表現社会」では、私たち一人ひとりがネット上でどういう生き方をするかによって、「もう一つの地球」の未来の姿を大きく変えうるのである。】

グーグルやオープンソースその他のネット上で展開されている事業に触れているところは、とても知識を得られたし勉強になった。
でも、あっそうかと得心したのは「けものみち」というところ。【「働き者」タイプの人は、それほど案ずることなく「けものみち」をすいすいと歩いていけるのではないか。ネット空間から即座に反応が返ってくることに興奮したり、ミクシィで友だちをたくさん作りそこから生まれる新しい関係を積極的に面白がっている「働き者」タイプの人たちは、「そんなことなにが面白いの」と言っている「面倒くさがりや」タイプの「怠け者」よりも、あきらかに「けものみち」向きである。】よかった〜、わたしは「けものみち」を行ってるわとにっこり。

【一般的に、リアル世界で満足度の高い人ほどネットには関心を持たない。リアル世界で満足度が低い人(若い人はその代表)ほどネットの可能性に興奮している。(中略)だから「リアル世界」だけで満足できない人たちでも、リアルとネットを自由に創造的に行き来することで、より良く生きる可能性や選択肢が生まれるのではないか。また創造的に行き来しなくとも、「もうひとつの地球」の存在ゆえに「いつでもそこへゆけるという安心感」を抱けば、「リアル世界」を少しは「息ぐるし」くなく生きられるのではないだろうか。】

今日は引用が多い。消化してないのがまるわかり(笑)。難しいところは置いといて、わたしは性格がネットに向いていること、リアル世界で満足度が低いという点もネット向きということがわかったので、よっしゃー。(ちくま新書 740円+税)

2008年10月08日

伊地知晋一「ブログ炎上 ~Web2.0時代のリスクとチャンス」

ブログ炎上 ~Web2.0時代のリスクとチャンス毎日ブログに雑文を書いていてブログ以前の日記も入れると10年を越えた。2年くらい前から機械的な迷惑コメントが増えて、削除するのに時間がかかるようになり、コメントそのものをやめてしまった。用件のあるかたにはメールフォームやミクシィで連絡をとってもらうことにしている。時代に添っていないような気がするけど手間のことを考えるとしかたがない。
ネットニュースやミクシィなどで〈炎上〉という文字を見ると、怖いなと思うけれど、関係がないことだとも思う。ほんまに年月だけはいっちょまえに経ったけど、〈炎上〉するほど読者がついていない。

本書では、「炎上とはなにか」「事例で見る炎上の種類」「炎上の論理」「炎上対談」「炎上が表す世論」とあって、ほんとに世間知らずのブロガーたるわたしは勉強になった。これでも自分がブロガーだと思っている(笑)。

おもしろかったのは「炎上対談」で、著者の伊地知晋一さんと3人の対談。長島昭久衆議院議員との会話がまじめで勉強になった。「炎上で政治家として鍛えられた」とおっしゃっているのが立派だ。
佐々木俊尚さんの話では【アウトドアの過ごし方みたいな感じで、蚊に刺されても気にしないとか(笑)。炎上したって正しく処理すれば、それぐらいのダメージしかありません、と、そういう心得みたいなのが必要ですよね、そうすれば、より楽しく、より便利に使えるのですが・・・】と常識人としての発言が気持ちをラクにしてくれた。(アスキー 1200円+税)

2008年10月21日

林信行「アップルの法則 驚きのアイデアと戦略の秘密」

「あとがき」には、編集者のアドバイスをもとに、これまでアップル社になじみのなかった人たちにも楽しんでいただけるように書いたつもりだとある。
いまアップルばかりなぜ売れるかという第1章はiPodを中心に、第2章からはアップルの誕生と歴史になる。第4章は世界を変えたiPod、最後の第6章はスティーブ・ジョブスについてで、アップルをクビになったジョブスがその後の5年間でネクスト社とピクサー社を創業し、結婚して素晴らしい家庭を築いたと語っている。そしてアップルに復帰したジョブスはどんどん新しい手を打っていく。

わたしはiPhoneを持つまでiPodに関心を持たなかった。だから白いヘッドホンがアップルだと知らなかった。本書を読んでへーそうなのかと、外へ出たときは、おっ、白、あの子も白、あっちも白、と確認している(笑)。
だいぶ前だがiPodをつけている若いカップルがアップルストアでマックを見て、ええなぁ全然ちゃうやんと感に堪えた声で話し合っていた。これでマックへ変わる人が一人増えたとほくそ笑んだわたし(笑)。

いまiPhoneを手にしているのだが、iPodがついていて生まれてはじめてイヤホンで音楽を聴いている。家にいるからiTunesで充分と思っていたのだが、iPodを使ってみてえらいものだと気がついた(笑)。
それにマックに入れた情報がiPhoneに読み込め、iPhoneに入れた情報がマックに取り込めるのにもその度に感動してしまう。
もちろんSafariでインターネットが見られるのがありがたい。時間待ちのときは青空文庫で小説を読んでいる。
アップルの話をしながら、これからの世界のことや君たちはどう生きるかみないなことも語っている若い人向きの本なのだが、わたしにも勉強になった。(青春出版社 730円+税)

2009年02月11日

「僕の起業は亡命から始まった!—アンドリュー・グローブ半生の自伝」

著者は世界最大の半導体メーカー "インテル" の設立メンバーの一人で、1997年にタイム誌の「今年の人」に選ばれた成功者である。おもしろいぞと相方に言われて本書を手に取った。

アンドリュー・グローブは1936年にハンガリーのブダペストでユダヤ人の家庭で生まれた。幼いときに事業をしていた父親は兵隊にとられ、町にはドイツ軍が侵攻してくる。ユダヤ人は家に星のマークをつけられ、服の胸にもマークをつけないと外出できない。そして家から引き出されてユダヤ人ばかりの狭い住宅に放り込まれる。たくさんのユダヤ人がアウシュヴィッツで殺された。母とあちこち逃げ回っているうちにドイツ軍が敗退しソヴィエト軍が入ってくる。
その後、父が命からがらもどってきて、また平和な暮らしがはじまる。頭の良い少年は勉強ができ、ピアノと英語を習い泳げるようになり、ギムナジウム(高校)に行くようになった。
ギムナジウムの物理教師が言った言葉が原題「Swimming Across」だろうか。先生は【人生はたとえて言えば大きな湖です。すべての少年が一方の岸から湖に入り、泳ぎはじめるのです。全員が湖を泳いで渡り切れるわけではありません。しかし、そのうちの一人はきっと渡り切るでしょう。】。その一人と言われた少年グローフ(ハンガリーでの名前)が後のアンドリュー・グローブである。栴檀は双葉より芳し。

楽しいはずの高校生活がだんだんソ連の圧力で暗くなる。
彼はソ連についての思いをこのように書いている。
【私は共産党に対して複雑な感情を抱いていた。一方では、母と私の命を救ってくれたのは彼らだと感じていた。それについてはとても感謝していたし、(中略)彼らの主張も信じたいという思いがあった。反面、共産党は権力を握って以来、私たちの日々の生活にますます干渉するようになった。】
1956年大学生のときにハンガリー動乱が起きる。ハンガリー国民が共産党政府の圧政に対して蜂起したのにソ連が軍事介入してきたのだ。ソヴィエト軍により数千人の市民が殺害され、25万人近くの人々が難民となり国外へ逃亡したという。
そんなときマンツィおばさんが立ち寄り、すぐにここを立ち去れと言った。彼女はアウシュヴィッツの生き残りであり、大げさなことを言う人ではない。ソヴィエト軍が戻ってきて以来、たくさんの若者が国境を越えている。マンツィの姉夫婦がニューヨークにいるので、最終的にそこへ行くことにして友人と家を出る。

歩いて国境を越えオーストリアに入り苦労の末にアメリカ行きの船に乗る。そしてブルックリンに到着する。

幼少時にはナチス、青年期にはソ連からの圧政のもとに両親とともに苦労を重ねて後に亡命。アメリカでは伯父のもとに寄宿して必死で奨学金を得て勉強する。ニューヨーク市立大学を出てから、バークリーの大学院へ行くためにサンフランシスコに着く。そして両親を迎える。
(樫村志保訳 日経BP社 2200円+税)

2009年03月12日

ドコモと10年(笑)

「docomoプレミアクラブ」というところから封書が届いた。「ドコモと10年。大切なお客さまへ、感謝の気持ちをお届けします。」とあった。携帯電話を使い出して10年経ったということだ。得意先の人なんかそれより5年くらい前から使ってはったように思う。そのころは選択肢がなくドコモだけだったような気がする。

重くて大きくて通話の声が割れて聴こえた。仕事用に買って片方が出かけるときの連絡用に使っていたが、それまでの公衆電話に比べて大進歩だった。
週末ボランティアでだれか持ってないかと聞かれて出したら、電話代が高いからビンボーな人のを借りるのは悪いと言われて苦笑したことがある。クソマジメな人だったんだけど、なんだかなーの思い出だ(笑)。

それからずっとその携帯電話機を持ち歩いていたが、携帯電話はどんどん進歩していき、それなに?と言われるようになった。
ついに相方の専用に買い替えて何台かドコモだったが、いまやソフトバンクと2台持ちである。わたしのほうは、PHS、ツーカー、「電話ができたらええやんか」のツーカーS、au、そしていまはiPhoneである。
すごいよなぁ、この10年。

2009年08月27日

ネットがつながらないと手持ち無沙汰

昨夜はネットがつながらず、書くのもお休みしてしまった。
昨日の午後「フレッツ光プレミアム」の工事をNTTの人がきてやってくれた。工事は夕方までにすんだのだが、その後、相方がネット接続をマニュアルを見ながらやった。これがうまくいかない。NTTに電話すると遅い時間でも対応してくれて、OKだということがわかった。どうやらプロバイダに問題があるらしいとなったが、こちらのほうは受付時間を過ぎているのでどうしようもない。受付開始時間の朝10時までどうしようもない。

晩ご飯を食べたら、ネットがないと手持ち無沙汰なので、PANORAMAへ遊びに行くことにした。マイアミさんのバーの日だし。あそこにはカウンターにマックが置いてあるから借りよう。

PANORAMAのソファでiPhoneでミクシィを読んだ。こんなときほんまに便利だ。でも書き慣れてないのでさっさといかない。パソコンのキーボードなら頭と指が直結しているんだけど。
で、カウンターのマックをお借りしたところ、キーボードが黒で照明が暗いから、そして私は座高も低いので老眼がよけいに見難い。打ち出したらすぐにいくんだけど、メールアドレスとか入れるのがナンギ。目をしかめていたら横のイケメン青年が文字を打ってくれ、コメントも入れてくれた。「いま」と言うと「現在」と変換。しかも「あしからず」とおまけもあり(笑)。これで一応ネットがつながってないとお知らせできた。
その後はいっしょに知り合いのアーティストのブログを読んだりして遊んだ。
若いときから人に親切(お節介)をしてきたので、今度は親切をしてもらうほうになったわ(笑)。

ネット接続は今朝10時の受付時間開始にあわせて電話して解決した。
ポランのネット注文も間に合ってよかった。

2009年09月19日

新しいプリンタがきた

先月の会報づくりのときあたりから、プリントすると真ん中に黒いタテ線が入る。1枚目はまあマシなのだが、2枚目から濃くなる。1枚プリントしては休ませて、だましだまし使っていた。1か月経って線がだんだんひどくなってきたが、仕事が終わったらスイッチを切っておくと翌日は少しマシだ。

カラートナーも残りがなくなってきたし、長いこと使ってきたから買い替え時期なのかもしれない。レーザープリンタの値段を調べたら、ヨドバシでけっこう安いのがあった。インクジェットならもっとずっと安いからこっちにするか。
などなど考えたのだが、いま使っているのはゼロックスだからよそのを買うと引き取ってもらわないといけない。高いだろうけど一応ゼロックスにも値段を聞いておこうと電話したらすぐに営業マンが来た。
いまキャンペーン中なので安くする。それに新しいのを買えば引き取り料がいらない。うちはゼロックスのコピー機を20年以上使っているので、それも加味した見積書だという。
パンフレットの値段からすると格段に安いので即決で買うと決めた。

買うと決めてから古いプリンタの調子がよくなった。2台並べて使えなくなるまで使ったらと言ってくれたけど、場所ふさぎだし取りに来てもらわないといけないし、引き取ってもらうことにした。

今日届いたレーザープリンタは前よりも小ぶりでいい感じ。パソコンデスクとコピー機とプリンタがわたしの周りを囲っている。後ろ側には相方のパソコンが3台乗ったデスクがある。ここんとこだけ見ると素晴らしい。

2009年10月01日

曇りのち晴れ、iPhoneトラブル解決

久しぶりの雨でしっとりとした空気が気持ちよい。ビルのエレベーターの改修工事があり、3日間停まって今日は最後の日だった。昨日は階段を昇り降りしたが今日は終日部屋の中、月末なので帳簿仕事などしていた。

夕方、iPhoneに充電しようとしたらうまくいかない。ネットで調べたりいろいろと試みたがあかん。アップルストアに電話したらトラブル係につながるまでに時間がかかったが、説明すると親切な対応だった。でも電話では解決せず予約をして店に行くことになった。iPhoneを買って以来はじめてのトラブルである。こんなになんでもできるマシーンだから、たまにはトラブっても不思議はないよね。

晩ご飯をカンタンに食べて、10時過ぎにPANORAMAに行った。今日はマイアミさんのbar MIAMI の日でハッシュドビーフが作ってあったのを食べた。わたしはビールとコーヒー、相方はウーロン茶と紅茶(笑)。家では座っていてもばたばたしている感じなので、ここでソファでぼーっとしていると疲れがとれる気がする。

スーパーへ寄って1時前に帰ってきた。シャワーのあとでパソコンをつけ、もう一度未練たらしくiPhoneにケーブルをさしてみたら、ええっ、つながったじゃありませんか。ちゃんとiTunesも立ち上がった。これで気持ちよく眠れるというもんだ。

2009年11月21日

アップルストア心斎橋でド派手にこけた

ちょっと前にiPhoneの充電ができなくなってなぜかわからぬままに直ったのだが、また今日の夕方おかしくなった。修理予約よりも直接アップルストア心斎橋に行ってみようと晩ご飯後にばたばたと行った。
2階の修理のところで聞いたら、置いてあるマックで予約してくれとのことで、これはわたしのマックからやってもいっしょなのだった。明日はいっぱいなので明後日になる。これからは家から予約したらよいのだとわかった。

教えてくれた忙しそうな係の人に礼を言って帰ろうとしたら、ちょうどそこへ違う係員がきて、どうしたんですかと聞いてくれた。iPhoneの充電ができなくて、と答えると、ぼくに直せるかもしれないと、わたしのマシンを見てくれた。そしたらコードを差し込むところにホコリがあって、それが差し込んだときに邪魔になっているそう。エアを吹き込んでホコリをちょこちょこ取ってくれた。持っていったコードを出すと差し込んでこれで大丈夫と言ってくれた。きっとそういう人が多いのね。これからはコードのホコリに気をつけよう。
明日は義兄のいる病院へ行くので携帯は必要なので助かった。お礼をたくさん言って階段を降りた。そこまでは上々。

アップルストア心斎橋の階段は高級ガラスでできているので有名だ。手すりを持ってすべらぬようにそろそろ降りた。ところがそこから降りた床は2段の段差がある。いつも気をつけているのに、今日はにこにこしたまま段差を降りるのを忘れて歩いてしまい、見事にこけた!
立て看板にぶつかって倒してしまったので、がんがらがーんとものすごーい音。1階の係員が3人、さっきiPhoneを直してくれた子も走り降りて来て4人で助けてくれた。2階から手すりごしに客が見ている気配あり。1階の客はもちろんのこと。
立ち上がったら足は大丈夫だが右側の眉の辺りにこぶができ、メガネに傷が走っている。椅子を持ってきてくれたのでひとまず座ると、若い女性係員がずっと着いていてくれた。メガネはそろそろ買い替えようと思っていたところだったので、不幸中の幸い。膝が大丈夫だったのも不幸中の幸いか。なぜかわたしの幸いは不幸の中にしかない(笑)。iPhoneをピンクの袋から出して点検したら無事だったのでOK。

メガネは以前の遠近両用が置いてあったのでかけている。ちょっと見にくいが新しいのを買うまでは辛抱だ。今度は遠近両用でなく老眼専用にしようと思う。

2009年12月07日

ブログを書き続けること

わたしの生活には滅多にないことだが、3日のあいだ朝日新聞を読んだだけで本を読まなかった。体は疲れたが目が休まったかな。今日は朝寝と昼寝、昼ご飯は野菜スープとサラダ。晩ご飯はきつねうどんを作ってもらった。

3日間、久しぶりに会った親戚連中となにやかやとしゃべった。
itouchを持っている甥とわたしのiPhoneでメールをし合ったことがあったが、今回は現物がご対面。このブログを読んでいてくれるので、向こうはわたしのことをなんでも知っている。義兄の病状もここで知って長兄に連絡してくれていた。
妹と次兄の連れ合いは、私生活を書いてネットで発表する神経がわからないと言う。妹の場合は自閉症者の母として、また障害者運動の指導者として公の発言をする立場にある。言葉は〈公〉のものとしてあるのだろう。
そんなにまでして人とつながりたくないと二人とも言うので、人とつながるために書いているのか自問してしまった。ただ書きたいから書いているのだが、少しでも読者がいることは励みになっている。結果としてつながっているとは言えるかな。それにしてももうちょっと読者がほしいなぁ。

2010年01月12日

新しい電話機

パソコンや周辺機器はどんどん買ってきたのに電話機は古いままだった。ファックスはコピー機(複合機)でやっているから、電話だけの電話機なのだが、使えるものは使わないともったいない(笑)。

いまどきの人は電話するのにダイヤルをまわすって知らないよね。わたしらがはじめて電話を引いたのは70年代で、黒い重たい電話器は電電公社のもので威厳があった。
長い年月を経て、アメリカのブルーの電話器を「アンアン」かなにかで見てかっこいいと思い、雑誌でやってるんだからできるはずと、舶来品のお店、心斎橋のリチャードで買ってきた。けっこうしたけど黒い電話機に飽きてたからうれしかった。交換した黒い電話機はもしものときのためにちゃんと置いておいた。
長いコードをつけて床に置き、洋画で見たりアメリカの雑誌で見たように使って喜んでいた。

仕事場でもそれを長く使っていたが、いつのころか番号を押すいまの方式に変わっていき、ダイヤルが珍しいと得意先の女性社員にウケるようになった(笑)。ついにプッシュ式に変更したのはかなり経ってから。短縮番号と留守番電話ができてリダイヤルもできた。ナショナルの製品で長いこと使っていたが、先ごろついにIP電話にしたのを機に新しくした。ナンバー・ディスプレイを利用できるようになってよかった。

2010年02月27日

徳田雄洋「デジタル社会はなぜ生きにくいか」

図書館で借りて一週間ほど前からぼちぼち読んでいたけど、なかなか終わらないので、わかるところだけ読んで終わらせることにした。

「はじめに」の最初が2008年7月にニューヨークで数百人が行列して手に入れた携帯電話のこと。もちろんiPhoneだろう。わたしも熱狂して手に入れた一人だ。
【デジタル社会では、こんな新製品発売日のように熱狂的な瞬間もやってくるが、やがて興奮が落ち着き、いつもの日常生活に戻ると、私たちにはデジタル社会の現実がやってくる。】
だからおいらは祭を騒ぐのさ(笑)。続いて、こういう現実の中で、
【デジタル社会を生きるための知識、スキル、心構えのうち、主に心構えを中心に説明を試みた。】
という本である。
わたしの日常生活に空気のように存在しているパソコンあるいはネット。毎日パソコンに向かっているときが楽しい。そのパソコンが機嫌悪いときがナンギくらいにしか思っていない。すごくカンタンなことにしか使ってないせいだろう。でも、さっき妹と電話で話していたのだが、パソコン嫌いの彼女は「ようブログとかに私生活をさらすね、だれが読んでるかわからんのに」と言った。そういう人向けの本かもしれない。だって嫌いと言いながら、なにをするにもデジタル化されている社会に生きているのだから。
(岩波新書 2009年5月発行 700円+税)

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