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旅 アーカイブ

2006年06月21日

山歩きが好きだったころ

さっき山で迷った子が無事救助されたニュースをテレビで見た。一晩を山中で過ごしてさぞ怖かっただろう。救助犬が見つけたそうだ。よかった、よかった。
昨日まで読んでいたサラ・パレツキーの「ウィンディ・ストリート」でも、愛犬ミッチがジャーナリストのマーシナが倒れている場所までヴィクを連れて行くシーンがあった。
それで思い出したんだけど、わたしも山で迷ったことがある。ずっと昔の若いときのことだけど、方向音痴のくせに一人歩きが好きでよく山登りに出かけた。そのうちよく登っている山では物足りなく、人に知られていないと思える山に行きたくなった。
そんなわけで能勢の剣尾山と和泉山脈の奥にある岩湧山に登ろうと思った。そして両方とも帰り道で迷った。剣尾山のときは山頂でいっしょになった男性と二人で迷った。その人は新婚で「知らない女性と二人で山にいるなんて。帰って妻にどう説明しよう」なんて言うのであった。このときはその人のお陰でわりと早く帰路が見つかった。
岩湧山はたいへんだった。普通の日に行ったのでだれも登っていない。頂上で記念写真を撮った。いまもこの写真あるはずだが、すごく緊張した顔をしている。行きは南海高野線紀見峠駅で降りて歩いた。帰りはたしか三日市駅に降りるつもりだった。それを迷った。1000メートルない山だから降りたらなんとかなると降りたら民家があった。ほっとして駅に出る道を聞いたら、河内長野駅が最寄りの駅だがけっこう歩くらしい。とことこ歩いたが暗くなってくるしほんまにまいった。
両方とも秋でススキが見事だった。剣尾山はその翌年の夏に女友達と夜から登って、手前にある行者山でキャンプしたが雨に降られて翌朝退散した。
最近は山登りどころか郊外に出ることも滅多にない。街中散歩で満足している。見晴らしのよい山頂の代わりにビルの高いところから遠くを眺めるくらいで不満もないけど、好きなことをやりたいときにやったからいいやという気持ちかな。

2006年10月31日

はじめて北海道へ行ったとき

それはいまから30数年前のことなのだ。ファイターズ優勝と新庄選手で北海道が話題にされているので思い出した。
北海道出身の相方と知り合って1年目の10月末、大阪駅から青森行きの「日本海」に乗った。寝台車だったが、こんなに長いこと汽車に乗ったのははじめてだった。北陸から東北の日本海を見るのもはじめてだった。青森に着くまでに雪がちらほら降り出し、青森駅ではみぞれだった。青函連絡船に乗って雪が降る函館に着いたら夕方で、それからまた列車で小樽へ行った。ちょうど24時間の旅だった。
小樽を起点にまず積丹半島へ行き、古平(ふるびら)の海岸で詩人 吉田一穂を偲んだ。そのころ彼の「母」という詩が好きだったので感激ひとしおだった。全4行のうち2行を覚えているので書いとく。

   ああ麗しき距離(デスタンス)
   つねに遠のいてゆく風景……

ひなびた温泉に泊まった。駅前の食堂で食べたどんぶり山盛りの甘エビがうまかった。帰りは余市でバスを降りてニッカの町を見物して列車でもどった。
次は登別へ行って熊牧場などを見学してから、その奥にあるカルルス温泉に泊まった。バスで知り合った一人旅の女性と手をつないで、雪の積もった道を歩いて旅館へ入ったのを覚えている。ここもいい温泉だったなぁ。
あとは小樽でしこたま魚を食べた。鱈の白子はいまではポピュラーだけど、そのとき食べたのがはじめて。おでんの具だった。
小樽から札幌に出るのに乗ったのが機関車だった。デゴイチではなかったけど、Dがついてた。

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