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読書 アーカイブ

2001年01月03日

斉藤環「戦闘美少女の精神分析」

タイトルが気に入って広告を見たときに買うつもりだったのをSさんが貸してくださった。わたしは“おたく”ではないかと自分で思ったことがあるけれど、この本を読み始めたときには本物の“おたく”という存在とは遠く離れていることがわかった。タイトルになっている“戦闘美少女”のアニメ(「リボンの騎士」「じゃりン子チエ」「風の谷のナウシカ」「セーラームーン」など)をひとつも見たことがないしね。本の「風の谷のナウシカ」でさえ、読み通せなかった。しかし、“戦闘美少女”を愛する人たちへの好奇心は人一倍あるので、好奇心を誘われて読みはじめた。
それだけではない、ものすごく嬉しいことがあった。ヘンリー・ダーガーを知ったことだ。Sさんによるとダーガーはこの本ではじめて日本で本格的に紹介されたそうだ。アウトサイダー・アートという言葉もわたしははじめて知った。
ダーガーは60年間にわたってだれにも知られず作品を創造していた。15000ページ以上のタイプ原稿と添えられた膨大な挿し絵があって、まだその物語の全貌は明らかにされていないそうだ。シカゴのノースサイドで掃除など単純重労働をしながら、貸間でひっそりと一人暮らしをしていて、80歳のとき老人施設に収容された。そのとき部屋にあるものをどうするかと聞かれて家主に全部あげると言ったのだが、その家主がダーガーの部屋の掃除をして、彼の膨大な作品を見つけたという。
10点ほど彼の絵が紹介されているのだが、中でも見開きのカラーの作品に惹かれた。「風が吹き荒れている」の部分なんだけど、少女たちがなにかに追われて走っている。淡い色使いが昔の絵本のようですごくきれいなのに全体が不気味なのだ。ヴィヴィアン・ガールズと名付けられたペニスをつけた6人の少女は「非現実の王国におけるヴィヴィアン・ガールズの物語」の中で闘っている。
ダーガー紹介をはさんでおたく論が展開されているのだが、なるほど、なるほど、の連続であった。わたしは“戦闘美少女”のアニメを見る欲求を持っていないけれど、「高慢と偏見」や「ジェイン・エア」など、違ったところで闘っている“戦闘的美少女”の“おたく”であるのかもしれないことに気がついた。(太田出版 2000円+税)

2003年12月26日

舟橋聖一「ある女の遠景」

今月のはじめごろ講談社文芸文庫の広告を見て読みたいと思った。わたしがこの本を初めて読んだのは出版されてすぐだから1963年ごろである。なにがおもしろかったのか、ときどき出しては何十回も読んだが、もういいやと思って震災のときに捨ててしまった。それ以来忘れていたのだが、広告を見たら郷愁のような気持ちが起こって読みたくなり先日買ってきた。文庫本で1500円は高いけど、出版部数が少ないのだろう。さっそく読んでいるのだが、さすが何十回も読んでいるからよく覚えていた。
主人公の維子は九歳のときに、叔母の伊勢子の愛人泉中紋哉から接吻されたのを忘れることができない。第二次大戦中のことで、泉中は軍需産業の経営者で羽振りがよい。伊勢子がいるのに芸者時子との間に子どもができて結婚する。戦後になって伊勢子は自殺してしまう。泉中は政界に乗り出し保守派の大物代議士になっている。大人になった維子は叔母の仇を討ちたい気持ちで泉中に接近するが、かえってとりこになってしまう。維子の遠景に伊勢子がおり、その遠景に和泉式部の存在がある。二人とも和泉式部に惹かれており、伝説のある場所を訪ねて旅をするし、和泉式部日記はぼろぼろになるまで読み込んでいる。
維子は泉中に捨てられるかたちになって自殺した伊勢子のようにならないと、豪語しながらも親を捨て男をとるのだが、これが若い娘かというようなことを口に出したりしておかしな小説なのだ。なんでこんなにおもしろいのか、もう一度読みながらよく考えてみることにしよう。(講談社文芸文庫 1500円+税)

2003年12月29日

父と娘─舟橋聖一「ある女の遠景」(2)

小津安二郎監督の映画「晩春」で、父と結婚式を目前に控えた娘が、旅館の同じ部屋で隣り合わせて布団を並べる場面の話題が新聞に出ていた。わたしも映画を見たときからずっと気になっていた。なんか恥ずかしいようないやな気分なのである。
新聞記事では外国人には理解できないというようなことだったが、考えようによっては、和室に布団を並べるのは、日本人の習慣としては自然なのかもしれない。いまどきは親子で“川の字”になって寝るというのはないだろうが、わたしの子どものときはそれが自然だったように思う。というように、日本人の習慣として当たり前としても、わたしはどうもあの場面に、父と娘の間の精神的な近親相姦を感じてしまう。
「ある女の遠景」を読むと、ひとつには維子と老練な政治家の泉中との、切るに切れない愛欲生活があるんだけど、維子の父、九谷修吉の妹と娘への異常なまでの愛と執着心も大きなテーマであるように思える。修吉は泉中が彼女らを手玉に取っていると感じて憎悪感をつのらせるのだが、その父の心が近親相姦的なのである。
泉中に呼び出されて出かけていた維子だったが、泉中の世話になってアパートで暮らすことになる。そのアパートで心臓発作を起こして、親の言いなりに家へ戻った維子が、男恋しさに結局親を欺いて家出する。未来のない恋の行方なのだけれど、なにか明るい結末なのは、維子が自ら親との縁を切ったからだろう。
和泉式部がいま(1960年ごろ)生きていたらこうではないかと、ひとつの物語を舟橋聖一は書いたのだと思う。いろんな女たちの遠景に和泉式部がいて、いろんな女の生き方があるのだとしみじみした。

2004年02月23日

「ゼー六」の語源

老舗の喫茶店「ゼー六」の元となった「贅六(ぜいろく)」という言葉に、わたしがはじめて出合ったのは、小学校6年生の夏休みであった。わたしは家にあった水上瀧太郎の小説を引っ張り出して読んでいた。「大阪の宿」というタイトルで、東京から大阪に転勤で移り住んだ会社員兼業の独身の作家の話であった。その作家が言っていたのか、誰かが言っていたのかは覚えていないが、大阪人のことを「贅六」と蔑称とわかる呼び方で言っていたのである。この小説では「うわばみ」とあだ名された酒飲みの芸者が出てきたり…なんで小6で読んだこんなこと覚えているのかしらね。
いまさらながらだが、辞書で調べたら【江戸っ子などが上方の人をあざけっていう語】とあった。「大阪の宿」で使っていたのはこれだと、何十年も経ってから言っている(笑)。
朝日新聞の「ゼー六」紹介の記事には、その元の差別語が先にあったのをふまえて、逆説的に上方商人が自分たちの心意気を表す言葉として使ったとしている。引用させてもらいます。【緑、閥、引(コネ、引き立て)、学、太刀、身分という、商人に無用な贅物(ぜいぶつ)6つを指し、逆説的に「そんなもんいらん」という上方商人の心意気を表す言葉】。ゼー六の先代が店の名前につけた心意気がわかろうというものである。

2004年03月02日

岡崎京子「ヘルタースケルター」

岡崎京子のマンガを久しぶりに読んだ。ほとんど10年ぶりである。そのころ出ていたものはけっこう持っていたのだが、あるとき、もういいかな、と話し合って古本屋に出してしまった。かなり惜しい。
それからすぐの1996年に、岡崎さんは飲酒運転の車にはねられ、長い療養生活を送られることになった。わたしが事故のことを最初に知ったのは、パソコン通信の掲示板だった。
その後、いまの時代の女性を鋭く描いていると言われる作品を読んでも、なんだ、岡崎京子がもっと以前にもっと深く描いているじゃないか、まだ岡崎京子を超える作家はいないんだといつも思うのだった。
「ヘルタースケルター」は連載が終わったのが事故に遭ったときだったという。それを去年単行本化したものである。ヒロインりりこはモデルをやり、テレビコマーシャルに出て、映画出演して、インタビューに応じてと、あらゆる媒体に完璧な肉体を露出して生きている。その肉体は整形によってつくられたものである。日本中を制覇しているかのようなりりこが、落ちていくさま、りりこの孤独が描かれるのだが、りりこの孤独なんて言葉にしてしまったら薄っぺらになる、おそろしい孤独と残酷がマンガというかたちで紙の上に現されている。ものすごく怖い絵にたじろぎ、いっぺんに読めなくて、毎日一章ずつ読みすすんだ。
この本を読み終えて昨日、新聞を広げたら高島屋の新しい化粧品「SUQQU」の広告があった。美しさを誇示したモデルの姿と、横にあるコピー「7年前の顔。」にはっとした。りりこだ。(祥伝社 1200円+税)

2004年03月06日

シモーヌ・ド・ボーヴォワールとネルソン・アルグレン

「ジュネ伝」を読んでいると、目が眩むような第2次大戦後のヨーロッパ文化人たちの名前が出てくる。中でも「聖ジュネ」を書いたサルトルはたくさん出てくるし、ボーヴォワールもよく出てくる。
わたしはサルトルとボーヴォワールが60年代後半に来日したとき、わざわざ東京での講演会に行ったくらいに、このカップルが好きだった。それはボーヴォワールの「娘時代」「女ざかり」などの自伝的な本を読んだからだが、当時はめちゃくちゃカッコいいカップルなのだった。サルトルにはたくさんの女性がまわりにいたけれど、ボーヴォワールは別格の同志であり生涯の伴侶だった。そのきづなが羨ましかった。
ボーヴォワールのほうはサルトル以外の恋人はフランスではあんまりいなかったようで、ようやくできた感じの恋人が、アメリカの作家ネルソン・アルグレンだった。「女さがり」に書かれた二人の愛の日々は素晴らしかった、というか、素晴らしく思えて羨ましかった。
アルグレンの本はだいぶ後になって「荒野を歩く」や「シカゴ、シカゴ」などが翻訳されたし、来日したという雑誌の記事を読んだように思う。映画「黄金の腕」(1956年オットー・プレミンジャー監督、フランク・シナトラ主演)の原作者でもある。
アメリカからアルグレンがやってきたのをサルトルに紹介しているところなど、女冥利に尽きるって感じだったなぁ。ジュネの伝記を読んでこんなことを思い出してしまった。

2004年03月27日

夢見る乙女の雑誌「薔薇の小部屋」

内藤ルネ編集の雑誌「薔薇の小部屋」は1978年の夏と秋の号があり、そのあとは出なかったようである。そういえば、次の号が出ないかと本屋を探したことを思い出した。ほんまになんとも言いようのないおかしな雑誌で、買ったときからくすぐったい感覚があった。でも捨てかねてずっと持っている。
もう十数年前になるが、美術家の友人に見せたらすぐに全部のカラーコピーをとったので驚いた。あのころのカラーコピー代金は高かった。こりゃ大事に持っていなきゃと思ってしまいこんだ。その後は忘れ去っていたが、このページを書くテーマを考えていて、「ふらんすどんぶり」を思い出した。1999年10月に書いているのだが、フランス人がカフェオーレを飲む、大きめのご飯茶碗のようなもののことである。それをこの雑誌の編集者、内藤ルネさんは「ふらんすどんぶり」と称していたということを書いている。
実は今日、それ(Googleで“雑誌「薔薇の小部屋」”を検索したら1ページ目に出てきたのでびっくり)を読んだと思われる方からメールがあって、処分するつもりがあるなら譲ってほしいとのことである。
あわてて出してきて拾い読みしたら、これがおもしろいんですね。うーん、せっかくだけど譲れません。森茉莉、田辺聖子、宇野亜喜良、城夏子、北林谷栄、美輪明宏、四谷シモン、竹内てるよ、砂山健、等々錚々たる書き手である。もちろん、中原淳一、松本かつぢ、内藤ルネの絵がちりばめられている。斉藤亢のすごい写真もある。宝塚紹介の記事もある。数日楽しんで大切にしまいこんでおこう。

2004年05月07日

「大橋歩の生活術」

古書店「ベルリンブックス」で買った本の1冊(2001年発行)、生活の楽しみ方についての、写真を主にイラストと文章があるおしゃれな本である。最近は本屋に行っても、こういう本の棚の前に行かないので、ナウい(あはは、古い表現!)古書店のデザイン関係のところで見つけたときは新鮮だった。大橋さんのイラストはずーっと昔の「平凡パンチ」の表紙のときから好きだった。雑誌「クロワッサン」もけっこう長く読んでいて、大橋さんデザインの小物を売っている「クロワッサンの店」が阪急百貨店の6階にあったときはしばしば行っていた。いまもなんやかやと台所などに残っている。
この本には、食べ物(ふだんの食事、お弁当、もてなしの食事など)、インテリア、ペットとの暮らしなどについてご自分の生活を語っている。考え方はわたしも同じなのだけれど、収入の差でかなり違うのは仕方ないか。ただビタクラフトの鍋を使っているところは同じであると声を大にして言っとこう(笑)。
最後にこの本のスタイリスト高橋みどりさんとの対談がついているが、気に入った言葉があった。「生活を楽しみたいけど、お金がないからダメというのはウソだと思う。そう言う人は、お金があってもダメよね」。気には入ったけど、お金があってこそ言いたくなる言葉ではある。なーんて言ってても、こういう本を眺めているのが好き。(マガジンハウス 1300円+税)

2004年05月09日

江國香織「きらきらひかる」

関東方面に住んでいる姪が上等のチョコレートとネコグッズと江國香織の文庫本を4冊送ってくれた。彼女とは長いこと音信不通みたいな感じだったが、メールというものができ、このページも読んでくれるようになって、お互いをとても近くに感じるようになった。かなりの読書家で、ミステリーではクレイグ・ライスがことのほか好き、若いのに「怪盗ニック」「悪党スターク」が好きという変わり者である。最近は女性探偵ものに目覚めたので、あれこれとメールでしゃべりあっている。わたしがまだ江國香織の本を読んだことがないと言ったら、さっそく持っている本を送ってくれた。
書名を知っている「きらきらひかる」から読み出したら、これがとてもおもしろくてやめられない。短いし一日で読んでしまった。読まず嫌いですみませんでした、と言わねばならない。
夫の睦月は勤務医で、妻の笑子はアルバイト程度のイタリア語翻訳をしている。見合い結婚をして10日、睦月は同性愛者であり、笑子はアル中に近い酒飲みである。睦月には紺という恋人がいる。この3人に睦月と笑子の両親がからみ、医師の友人がからんで物語はすすむ。こう書いたらどろどろした話みたいだけれど、主人公の3人の細やかな気持ちや行動で、とても繊細な恋愛小説になっている。笑子というちょっとない主人公の名前が、すこし雰囲気に笑いをかもしだしているところもうまい。
こういうシチュエーションでしか現代の真実の愛は語れないのではないかと思わせる。あと3冊はどうだろうか。

2004年06月18日

ベルリンブックスでちょっと一息

心斎橋へ用事で出た帰りにベルリンブックスに寄った。ここの本棚の内容はうちの本棚と似ている。というくらいに、わたし好みの本がある古書店である。そのかなりがうちにあるのが残念(笑)。これだけの本を揃えていたら、売りたくない本もあるだろうな。
CDの棚を見ていたら、なつかしいヒューの「アーントサリー」があった。80年頃にロックマガジン社から出ていたLPを最近CD化したものである。買わなかったけど、女主人とヒューのことやロックマガジンの阿木さんに20年ぶりで会った話などした。世間は狭いなあ。
今日買った本は、矢川澄子・文/宇野亜喜良・絵の絵本「おみまい」と嶽本野ばらの「それいぬ」(また買った、あげたい人がいるので)と、絵はがき6枚。ほくほくして店を出た。
そのあとは東急ハンズに寄って、YOKOさんに送っていただいた「竹酢液」を入れるスプレー瓶をさがした。とてもきれいな透明で細長い瓶を見つけてご満悦。こういうのはちゃんとしたのに入れなきゃね。ささやかな悦び。
ああ、晩ご飯どないしょ、スーパーに寄るのはしんどいなあと思いながら、クリスタ長堀を歩いていたら、ソニービルの下のところで長崎県物産展をやっている。ちょっとのぞいたら干物やさつま揚げを売っている。もう閉店したいから負けまっせと言われて、甘鯛とかますの干物と大袋のイリコを買った。家に戻って今日は贅沢やでと甘鯛を見せたら、酒買ってくると相方が走って行った。心斎橋の酒屋マルシェで日本酒の量り売りをしているのだ。

2004年07月09日

ジョルジュ・バタイユ「空の青み」を33年ぶりに

今朝の新聞の天声人語の下にある本の広告に、河出文庫のジョルジュ・バタイユ「空の青み」があった。伊東守男訳で「待望の文庫化」とある。わたしが読んだのも伊東訳だったと思い出し、本棚を探した。なんと1971年に二見書房から発行された「ジョルジュ・バタイユ著作集」の1冊である。買ってから何度か読んで、そのまま本棚に入れて33年経っているのだ。好きだから売りも捨てもしないで持っていたわけだが、内容はドロテアという主人公の女性が出てくるくらいしか覚えていない。そしてスペインと関係あったかなというくらい。
そのころは読書がすごくはかどった時代で、プルースト、セリーヌ、ジュネ、バタイユ、デュラスのほかフランスヌーボーロマンの作家の本をたくさん読んだ。飲みに行ってもジャズや映画や文学論など、青臭い話題で盛り上がっていた時代である。本を出したら思い出がうゎーっとわき上がって来た。土曜日の夜に我が家で飲み明かして、朝になってから雑魚寝したこと。「花と蛇」をわいわい言いながら読んだこと、などを思い出した。
たしかタイトルが「青空」となって違う出版社から出ている。それを知ったとき、わたしは「空の青み」と「青空」は違うわい、とほざいたものである。
読み出したらとてもおもしろいのだが、昔と違って集中して読む時間がない。何日かかかって読み続けることになるだろう。

2004年07月23日

「御宿かわせみ」の神林東吾

平岩弓枝の小説「御宿かわせみ」は一作しか読んでいないが、数年前に再放送のドラマをサンテレビで見てファンになった。おるいさまに沢口靖子がなっていて可愛い感じだし、村上弘明の東吾さんはすっきりと清潔な感じでよかった。何度か見て小説を読もうと思ったままになっている。
そんなわけで、NHKの「御宿かわせみ」は今夜第2章が終わったところだが、第1章も第2章も全部見た。高島礼子のおるいさまはちょっと背が高すぎるし、おるいさまの年齢よりも老けているように思えるが、まだ沢口靖子のイメージがあるせいかしら。でも、実はおるいさまはどうでもよいのだ。東吾さんの中村橋之助がお目当てなのです。
浮世絵から抜け出してきたようなきれいなお顔である。特に横顔の鼻筋にうっとりする。そして役柄が女性作家の描いた理想の男性なのだ。ドロシー・L・セイヤーズが書いたピーター・ウィムジイ卿、ローリー・キングが書いた「シャーロック・ホームズの愛弟子」のホームズと似通ったものを感じる。相手の女性だけを優しく愛する、女性作家が描く夢の男性である。こういう役を演じるのはむずかしいというより、やりにくいと思う。だから歌舞伎役者である橋之助の現実感のない浮世絵ふうの顔が似合うのである。

2004年11月09日

森茉莉「貧乏サヴァラン」

「贅沢貧乏」と「戀人たちの森」は初版の単行本が目につくところに置いてある。この2冊はなんか手放せないのよね。最近ちょっと読みたいと思って探した文庫の「貧乏サヴァラン」(ちくま文庫 1998)が見当たらなくていらいらしたが、図書館で見つけて読むことができた。読んでいると、たまたまKAZUMIさんのサイトに「Cigar(葉巻)とワインの関係」という文章がアップされ、シガーの似合う人という書き込みがBBSのほうにあった。わたしもいっちょかみして、シガーの似合う男、そりゃ森鴎外(そしてゲバラ)でっせ、とちょうど読んでいた「貧乏サヴァラン」の一行を引用して書いた。
考えたら森茉莉のように育った人が言えば、“贅沢貧乏”や“貧乏サヴァラン”は成立するけど、ほんまもんの貧乏人のわたしが言ったら負け惜しみやな。でも小気味よく気取った人やカッコつけている人を批判する文章を読んでいるといまでもスカッとする。

2004年12月28日

「人生は“勝ち負け”じゃない」と田辺聖子が言った

ちょっと前(12月21日)の朝日新聞の広告(酒井順子「負け犬の遠吠え」講談社)についていた田辺聖子さんと酒井順子さんの対談がおもしろかった。田辺さん曰く「負け犬は百人おれば百態あるんだけれど、勝ち犬の生態は一つだけなのね。子どもを見せびらかしたりして」。これって、トルストイかだれかが言っていた「不幸な家庭はさまざまだが、幸福な家庭はそれぞれよく似ている」といっしょやん。また「私はこれでええねん、ほっといてんか」これが言えるかどうかだとも言うてはる。田辺さんは「負け犬の遠吠え」を読んで笑い通しだとおっしゃってるが、わたしはこの対談を読んで笑い通しだった。「小説って、せっけんやタオルのように人生でざぶざぶ使うものよ」という言葉もとても新鮮だった。人生の達人やな。
わたしもこの分類でいくとどうやら負け犬らしいけど、つまらないことを考えたり怒ったりしたら損やもん、わたしはわたし。楽しんだほうが勝ち。

2005年01月22日

高見順「今ひとたびの」

高見順の作品は何冊か読んだことがあるはずだが覚えていない。「今ひとたびの」は題名だけは知っていた。子どものころ家にあった雑誌に載っていたのだが、作品の中身はまだ読めなかった。百人一首を覚え始めたころで、百人一首からとったんやろな、かっこええ題やなと推察しただけである。新聞広告を見てむしょうに読みたくなって買ったのだが、文字がめちゃくちゃ大きくて薄い。薄暗いシャーロックホームズの隅の席で読むのにぴったりだった。2時間足らずで読了。うーむ、まんぞく、まんぞく。
「あらざらん此の世の外の思ひ出に今ひとたびの逢うこともがな」
主人公の私(加沢)は第二次大戦前の大学生で左翼運動家である。活動資金をカンパしてくれている友人の芝居を見に行って、舞台の暁子に一目惚れする。暁子はブルジョアの娘だが左翼青年たちともに交わりがある。婚約者や崇拝者がいるが、彼女も加沢に惹かれていく。左翼の冬の時代である。特高につけまわされて投獄され、釈放された後は徴兵される。戦地に送られてきた暁子の手紙に記されていたのがこの歌である。
逮捕や徴兵という大きな障害に阻まれて、また暁子の結婚という事態になっても、ひたすら恋いこがれる。結末は悲しさを超えて美しい。
主人公が自分を取るに足らない人間であるように書いているが、お金持ちで美貌の女性が惚れ込むのだし、作家として認められて最後には長編小説を頼まれるほどの男なのだ。なんや、これは「やおい小説」といっしょやなぁと最後に気がついた。おっと、「やおい」のほうが真似してるんか。(河出文庫 620円+税)

2005年01月29日

川上弘美「光ってみえるもの、あれは」

図書館の返却本ワゴンをちらと見たときにあったので、ラッキーと思ってすぐに借りて来た。川上弘美の本を読むのはまだ3冊目である。読み出したら少女マンガみたいなふわっとしたおもしろさで、ちょっとのヒマにも読んですぐに読み終えた。しかし軽いようだけど内容は軽くない。
主人公の江戸翠くんは東京の高校生で、家事を担当している祖母とフリーライターの母と3人暮らし。母は結婚しないで翠を生んだ。ずっと親友の花田、つきあっている平山水絵、それと遺伝上の父の大鳥さんが主な登場人物である。
母と子の「ね、今日はどうだった」「ふつう」という会話ではじまるのだが、クールな翠くんは吉田秋生のマンガの少年みたいでかっこいい。父であるところの大鳥さんにもクールにこんなことを聞く。「あのさ、大鳥さんは、どうしてちゃんとコンドームを使わなかったの」「いや、使ってたんだけど」「じゃ、なぜ」「おれ、コンドームの扱いが下手で」「そうか」こうして生まれた翠くんなのだ。そこで思い出したんだけど、サルトルの「聖ジュネ」を読んだとき、コンドームがあれば生まれなかった子どもだとジュネのことを書いていた。そこで7人きょうだいの5人目である私は、「産めよ増やせよ」の時代でなかったら生まれていなかった子なんだーと思ったのだが、いまは翠くんのような子がいる時代なんだ。
話しがそれたけど、さりげなく美しくて巧い小説である。

2005年02月25日

春で、朧で、御縁日—泉鏡花「日本橋」

プールに行くとき渡る橋は松島橋。川幅が狭いから橋は短いし横幅も狭い。それまで2年半ほど行っていた下福島プールは、堂島大橋前のバス停で降りて堂島大橋を渡っていた。堂々たる橋だったから、あまり橋を渡っているという感じがしなかった。西プールに行くようになって松島橋を歩いていると、橋を渡っている気分になる。見渡せばマンションやビルばかりだが、どこか下町っぽくて懐かしい気持ちになる。
今日は風が冷たかったけど、日差しが明るくて川面がきらきらしていた。立ち止まって眺めていたら、突然「春で、朧で、御縁日」という言葉がひらめいた。泉鏡花「日本橋」の一節である。帰ってすぐに本の山から引っ張り出した。岩波書店から出ている全集の二六巻である。
ひな祭りの翌日で縁結び地蔵の縁日の夜、医学士の葛木は日本橋の上から紙包みを水に投じる。そのまま去ろうとすると巡査の笠原に止められる。その包みの中身を疑われたためで、詰問されて「あれは栄螺と蛤です」と答える。そこへ通りかかった芸妓のお孝が身元を引き受けようとして、葛木の名前の後から「おなじく妻と書いて頂戴な」と言い切る。めちゃくちゃ粋な出だし、そして義理とお金にからまれた世界で、愛と正義に生きようとして苦悶する人間の物語がはじまる。
この泉鏡花全集が出たのが1975年だからもう30年前になる。予約して届いた順に全部読んだんだなぁ。いまみたいにパソコンはないし、仕事は忙しかったけど、本を読む余裕はあったんだ。

2005年03月09日

中野重治「五勺の酒」

朝日新聞連載の五木寛之「みみずくの夜メール」を毎週なんとなく読んでいる。わたしはしっかりと新聞小説を読むほうで、4紙とっているときは朝夕8本の連載小説を読んでいた。せっかくお金を払っているのだからもったいない(笑)。いまは1紙だけだけど目を使うのとハカリにかけて読むから夕刊の小説は読まない。
先週の「みみずくの夜メール」(128回)に、倉田百三の「出家とその弟子」が岩波文庫と新潮文庫で出ており、85刷(新潮文庫)を数えていると書いている。その続きに中野重治の「五勺の酒」を探したが書店で見当たらなかったと書いている。なんで中野重治が突然出てきたのかなと思っていたら、今週(129回)を読んでわかった。五木ひろしのために「ふりむけば日本海」という歌謡曲の歌詞を書いていて、二番の歌詞に「五勺の酒」という文句を書いたそうである。ふむふむ、中野重治は日本海の人だもんね。
わたしが中野重治の全集を持っていたのはずっと昔のことで、だれかと旅行するときの費用に売り払ってしまった。熱が冷めると持っている気がしなくなるのである。どれだけの全集を買って読んであげくは売り飛ばしたかしれやしない。
しかし、中野重治には熱中した。「雨の降る品川駅」なんかいまでもそらで言えるし、「あかまんまの歌をうたうな」ってのには、それを言うこと自体が、あかまんまを歌っているやんかと笑ったものである。長編小説は「むらぎも」、短編小説は「萩のもんかきや」が好きだったが、「五勺の酒」もよかった。年老いた教育者が毎晩、五勺の酒を飲みつつ世を憂いてぐたぐたいう言葉に詩があった。五木さんが書いておられるのは、スタッフの中で「五勺」の意味がわかる人がほとんどいなかったんだって。わたしもそろそろ生きている化石かも。「むらぎもとは、むらがりたる肝の意」なんて覚えているんだもんね。「むらがりたる肝」とは人間の集まりということです。

2005年04月11日

町田康「告白」をやっと半分読んだ

おもしろいのでどんどん読んでいきたいのだがなかなか進まない。これから数日は会報づくりがあるので、読む時間がまたとれなくなる。途中までしか読んでないのに、だれかになにかをしゃべくりたくなる本なのだ。ということで今夜は町田康「告白」の半分までの感想を。
町田康は1962年大阪生まれ、高校時代に町田町蔵という名前でバンドをやっていた。ちょうどわたしがロック・マガジン社を知ったころだ。知り合いの若者たちがニューウェーブ系のバンドをはじめて、ミナミのバハマに出たのを見にいったりしていたそのころ、町田町蔵も活躍していて、すごいパンクだと評判は聞いていた。行ったことがないのが残念である。バハマの前に若い女の子がいっぱいいるので、なんだろうと張り紙を見たら町田町蔵が出演する日だった。
町田康という作家になってからは関心はあったが、いままで読んだことがなかった。あまり好きでない知り合いが絶賛していたので、気が引いてしまったということもある。アホやね。でも気になっていたので、今回はちゃんと買って読んでいる次第。
「河内十人斬り」として名高い、河内国赤坂村字水分に生まれた、熊太郎という男の幼年時代から十人斬りにいたるまでの物語である。会話がすべて河内弁なので声に出して読みたくなる。河内弁のニュアンスがわからない人はかなり損をしていることになると思う。
幼いころからの熊太郎の心理分析がまわりくどい文章で行われるが、普通ならどうしようもあるところを、どうしようもなくなってしまい、殺人にいたる。いまその過程を読んでいる最中である。
34歳になった熊太郎は、かつて一緒に遊んだ村人たちがすっかり百姓のおっさんになっているのに違和感を味わう。これの説明がおもしろい。フリーターと大学生がバンドを組んだようなものであり、フリーターにとってはバンドは人生だが、大学生には学生生活の一環であるという。10年もたてば隔たってしまうが、そのとき寂しいのはバンドを続けたフリーターでのほうである。熊太郎もいっぱし侠客のように振る舞っていたが、フリーターの寂しさをかかえていた。フリーターぽい人間としても興味津々たる本である。フリーターを通しながら熊太郎にならない生き方の可能性を探る(笑)。

2005年04月18日

町田康「告白」

半分読んだところで数日おいたらリズムがつかめなくなってしまい、だいぶかかってリズムを取り戻し、それからは一気に十人切り事件へと突入した。
主人公の城戸熊太郎は河内の百姓の長男として生まれ、父の平次と継母(実母は早死)の豊に慈しまれて育った。家ではかしこいなと言われて育ったものの、頭が良いので、実はそんなでもないということを早くから自覚してしまう。思考する能力があるがまわりくどく、またそれを適切な言葉にできない。口から出る言葉は奇天烈なことばかりである。実直に働けなくて、酒を飲み博打を打ち女を買い、いっちょまえの侠客気取りでトシを取っていく。でも根がおっとりしていて正直者のところがあり、人の言うことをすぐに信じて、おだてられると調子に乗る。賭場で助けた弥五郎はそんな熊太郎を兄貴として立て、最後まで行動を共にする。こういうヤクザながら人の良い人間を利用しようとする人間がいた。なんでそんなヤツの術策にはまるのかと思うが、騙されたり煽てられたり脅かされたりして、金の工面をするはめになり盗掘だってやってしまう。縫という村の女に一目惚れして嫁にもらうのにも、一直線の行動のために理由のない大金を払うはめになる。あまりにもその人の良さが歯がゆい。そこまで読者をこれでもかと引っ張っておいて、そしてついに悪を滅ぼす行動に出る熊太郎となるのがうまい。
十人切りのあと山に逃げた隠れ場所で弥五郎が熊太郎に、おまえはいつもほんまのことを話したことがないと思うと言ったことに、熊太郎はいまこそほんまのことを話しておこうと思い、長い独白のような話をする。この話し言葉を抑揚つけて声を出して読むと、なんや祭文を読んでいるような気分になった。
はじめて町田康の作品を読んで、大好きな作家ではないけれど、ものすごく才気と魅力があって、ものすごく勉強していると思った。(中央公論社 1900円+税)

2005年06月03日

木賊(トクサ)で思い出したこと

昨日花屋 spontanement でだべっていたとき、お店のジュンコさんが「あれ知ってます?」と花を入れたガラス瓶が並んでいる棚を指差した。40センチくらいの若草色の茎なのだが、節に黒い筋が入っている。木賊(トクサ)にしては上品であるが、園芸用に育てたらこうなるのかと思って「トクサ?」と言ったら、やっぱり木賊だった。建て直す前の兄の家にたくさん生えていたから知っているのだが、それをはじめて見たとき「これトクサ?」と聞いた覚えがある。なぜ知っていたかというと、子どものとき「木賊の秋」という小説を読んだことがあったからだ。見たことのない木賊を実物を見て言い当てたのは挿絵のせいだろうか。昨日も当てたのがおかしい。
そんなわけでさっき思い出して検索してみたら正木不如丘(まさき・ふじょきゅう)「木賊の秋」が古本屋の広告で出てきた。「大正12年 春陽堂 5,000円 初版 函汚れ・書込有り」。この本が家にあったのだろうか。単行本だったことは覚えている。検索を続けると図書館にあったという記述も出てきた。ここでは正木不如丘が竹久夢二の最後を看取った人ということで、医者であり作家であることがわかった。その他「お六櫛」という映画にもなっているのもわかった。
かんじんの小説の内容をさっぱり忘れているので話にならないが、山村の貧しい少年少女の恋物語であったような気がする。そのうち図書館で探そう。明治大正文学全集をわけもわからずに読んでいた小学生だったので、図書館で懐かしい本にぶつかったらたいへんだろうな。水上滝太郎「大阪の宿」をもう一度読みたい。

2005年06月18日

塚本邦雄「新古今集新論」

数日前に塚本邦雄さんが亡くなられた。大阪に住んでおられたなんて全然知らなかった。わたしは有名な歌をいくつか知っているだけで、彼の歌をきちんと読んだことがない。著書を1冊だけ持っている。岩波セミナーブックスの「新古今集新論」(1995)で副題が「21世紀に生きる詩歌」となっている。講座用につくられたレジュメなのだ。「新古今集」と言われてもなにがなんだかわからないわたしには、ちょうどよい入門書であるが、これ以上進むことがないのはわかっている。手に取りやすい本なので、ジンマシンで眠れないときなど、開いたところを気ままに読む。解説が自分の言っていることこそ正解、みたいな断定のしかたで説得力がある。複雑な政治と文学の関係の中で歌われた歌についてなんとか理解できるし、この歌が好きとか嫌いとか勝手に言って楽しめる本でもある。
兄が長いこと謡を習っている関係で、昔はよくチケットをもらって産経観世能に行ったり大阪能楽会館へ若手の勉強会を見に行ったりした。そこで、能「定家」を見て、藤原定家の秘めたる恋人とされている式子内親王に憧れてしまったのだ。“忍ぶ恋”って言葉の美しさにも。
式子内親王の“忍ぶ恋”の歌の美しいことったらない。和泉式部のほうが華やかだが、どちらも好き。今夜もひとり「恋ひ恋ひてよし見よ世にもあるべしと言ひしにあらず君も聞くらん」の解説を含めて繰り返し読んでいる。塚本さんはこの歌を式子内親王の恋歌の中でも別格というべき絶唱と言っている。幻想の恋は現実の恋を凌駕するとも言っている。

2005年08月03日

夏の楽しみ「モンテ・クリスト伯」

「モンテ・クリスト伯」をはじめて読んだのは小6の大晦日だった。きょうだい並んで布団を並べていたから、いつもは早く電気を消されてしまうが、大晦日はいつまでも読んでいられた。さすが夜明かしはしなかったが、2時ごろまでは読んでいた覚えがある。
それから何十回読んだことだろう。いま持っているのは岩波文庫で、山内義男訳、1985年第34刷。黄ばんで汚い文庫を開くと血湧き肉踊る物語に我を忘れて読み入ってしまう。全册とおして読もうと思ったときは1冊目から読むが、たいていはエドモン・ダンテスが脱獄する2冊目から読む。宝物を発見してからモレル家を助けるところまでが一回目の楽しみ。山賊ルイジ・ヴァンパとテレサのくだりも好きだ。
そのあとは、パリに行ってメルセデスと会うところ。大邸宅の温室で果物を勧められて断るところがいいな。緊迫したシーンが目に見えるようだ。
はじめて読んだのは冬だったが、その後は読みたくなるのは夏のような気がする。いまは1冊目を読み終ったところなので、まだまだ楽しめる。

2005年08月17日

水上瀧太郎「大阪の宿」

この本は小6のときに読んだものを再読したいと思っていたところ、講談社文芸文庫の目録を偶然見て最近出版されたのを知った。登場人物の芸者お葉、あだ名が蟒(ウワバミ)というのををいまだに思い出すほど印象に残っている。家にあったのは明治大正文学全集であったと思う。大阪大空襲で家を焼かれて避難先に落ち着いたときに、父親が古本屋で焼け残りの本を買ってきた中の1冊だったと思う。活字に飢えていたようで、いろんなジャンルの本があった。わたしにとってはお陰さまでいまの雑学の素になっているような。その中でいちばん印象に残っている本である。谷崎潤一郎の「痴人の愛」ほど強烈ではなかったが。
で、読んだのだけれど、もう1冊、「大阪の宿」の前に「大阪」というのがあるのがわかった。「大阪の宿」の中で「贅六」という本を書いたと出ているのが「大阪」らしい。東京人が見た大阪ということのようだ。辞書を引いたら【贅六(ぜいろく・ぜえろく)=人を罵る言葉。江戸時代、江戸の者が関西の人を嘲って言った呼び方。】とあった。語源もあるので興味のあるかたは調べてみてください。
その「大阪」のほうに作家志望の若者が持ってきた小説原稿のタイトルが「ある泥濘に生きる人々」というのであった。しょうもないことを覚えているなぁ。そうそう、主人公は作家が副業で昼間は保険会社勤務のサラリーマンである。
ええっと「大阪」だけど、主人公の三田は東京から転勤で大阪に来る。天満の下宿屋がよくなくて代わりを探しているとき、飲み屋でカントダキを食べていると、酔っぱらったおっさんが「下宿は酸月」がよいと言う。酸月は土佐堀(いまのYMCAのあたり)の旅館で、おっさんはそこの親戚で居候だった。三田はそこに一室を借りて歩いて通勤することになる。ホテル住まいと同じですべての世話を女中たちがしてくれるが、彼女らのおしゃべりや、同宿人の女癖の悪いのに悩まされる。それから1年半にわたる大阪生活の話で、東京できちんと育った青年が大阪の庶民のオナゴたちに翻弄されるさまがおもしろい。芸者蟒(ウワバミ)もちゃんと出てきて、ウワバミのごとくコップ酒を深夜にいたるまで飲むのである。元女中が新しく働いているところが御霊神社の裏というのだから、西区住民としてはうれしい話だ。そこで旅館の人たちやウワバミとお別れの飲み会をして、三田が一席ぶつところにほろっとした。(講談社文芸文庫 1200円+税)

2005年09月09日

海野弘「ホモセクシャルの世界史」

ホモセクシャルの世界史 海野 弘久しぶりに海野弘氏の本を買った。著書の「プルーストの部屋」と訳書の「ハリウッド・バビロン」の2冊は大切にしているが、読んでいる割りに持っている本が少ないのは、読んだあとは古本屋行きが多いからだ。今回も最初はおもしろかったのだけれど、3/4くらいまできたら読んでしまえばもういいやと思うようになった。それに表紙がね、買うのをやめようと思ったくらい。いかにもホモセクシャルは軟弱みたいなイメージで内容ともそぐわない。
最初は世界史に疎いので、ホモセクシャルの歴史とともに世界史でもあるのがありがたく興味深く読んだ。そして、ああ、あの王もそうかなんて余裕をもって読んでいたわけ。いざ20世紀になって、ハリウッドのとこらへんまできたら、いちばん興味があるはずなのに、だんだんどうでもええやんかと思うようになった。なぜかと考えたら、こういうことに外側から興味を持ってもしゃあないんやね。それよかプルーストを、ジャン・ジュネを、コクトーを、エドマンド・ホワイトを、読むべきなのだ。ボールドウィンの「もう一つの国」100ページを開いて、パリの街を歩く男がやがて恋人になる男に声をかけるシーンを読んだらいいのだ。そして難しそうだからって敬遠してきたミシェル・フーコーの「性の歴史」を読まなきゃ。
わたしってディレッタントまがいみたいなところがあってヘンにこういう本を読みたいときがある。いやいや、あったと言い換えよう。この本を読了して、時代もわたしも変わったと実感した。解説はいらない。読みたいのは、本人(当事者)の言葉。インターネットがあるんやから。(文芸春秋 3200円+税)

2005年09月27日

山田 真「闘う小児科医—ワハハ先生の青春」

闘う小児科医—ワハハ先生の青春 山田 真小児科医の山田さんはVFC会員のUさんのパートナーで、VFC会報を愛読してくださっている。先日京都へ講演にこられたついでに大阪へ足を伸ばして、南堀江の画廊「天音堂ギャラリー」の山口さんを紹介してくださった。そのことは当日の9月18日に書いたけれども、その日お土産に本書をいただいた。副題が「ワハハ先生の青春」となっているが、本をいただく前、顔を合わせた瞬間にワハハと笑い合ってしまった(笑)。そのワハハ先生の青春を振り返った本で、初対面の場でいただいたことでもあり、顔を思い出しながら読んだのでおもしろくてしかたなかった。
子育てのすんだ友人は、山田さんの本で育児をしたと言う。その「はじめてであう小児科の本」(福音館書店)は、わたしも最近出産した友人に贈ったところだ。
さて、本書の中身だが、激動の1960年代に“全共闘”のひとりだった山田さんの回顧談というかたちになっている。東京大学に入るのに予備校に通うために上京し、61年には東大生となり医者を目指す。政治闘争を避けて、麻雀やパチンコに熱中した2年間、そして医学部に進み、演劇部で活躍するが「ガラスの動物園」のトム役で悩み、名優宇野重吉に会いにいくなど微笑ましいこともする。その後は東大闘争にのめりこむ。闘争の過程で東大教授への道を捨てて町医者になることを決心し、医者になってからも森永ミルク中毒、水俣病、三里塚と活動を続ける。そして障害者運動へと活動は続く。そういう中で“同時に恋に落ちた”というUさんとのエピソードが微笑ましい。(ジャパンマシニスト 1800円+税)

2006年03月07日

何度も読んだり見たりする快楽

「高慢と偏見」を何度も読んでいる話をミクシィ日記に書いたら、“本を何度も読む”ことがわからない人からの、冷やかしコメントが入ったのでおどろいた。気に入った本を何度も読むって当たり前のこっちゃろというのが、わたしの気持ちである。30回読んだ本、20回、10回、3回、読んだ本がある。プルーストの「失われた時を求めて」は2回読んで3回目は挫折中(インテリっぽいのも言っておかないと—笑)。
「忠臣蔵」なんか子どものときから本で読み、歌舞伎で見て、テレビで見て、講談を聞いて、「赤垣源蔵徳利の別れ」なぞ一席できるくらいだ。尊敬されなくてもいいが、冷やかされる筋合いない。

さっきサンテレビで「剣客商売」の再放送をやっていた。渡部篤郎が秋山大治郎になっているやつ。これが放映されたころは、わたしは「鬼平犯科帳」は好きだったが、こちらはどうもって思っていて見たことがなかった。渡部さんもどんな俳優か知らなかった。ところが渡部ファンになり、「剣客商売」ファンになりで見たくてたまらなかったのが、偶然テレビ番組を見たらいまから始まるところだった。渡部篤郎の大治郎はとってもよかったです。毎週やるのだろうか。来週火曜日忘れないようにしよう。今日はこんなことで幸せになった。

2006年05月16日

ノーマ・フィールド「へんな子じゃないもん」

へんな子じゃないもん ノーマ フィールドノーマ・フィールドの本を読むのは「天皇の逝く国で」と「祖母のくに」についで3冊目になる。その他にも朝日新聞のシンポジウムなどの発言を切り抜いてあるほどの読者である。頭が良い上に、率直さと優しさがあって極上の人間とわたしは感じてきた。
1947年、東京で日本人の母親とアメリカ人の父親の間に生まれた。現在、シカゴ大学人文学部東アジア言語文化学科長で、専攻は日本文学・日本文化。2004年から5年にはプロレタリア文学と小林多喜二を研究するのに小樽に住んだ。
彼女は東京で幼時を過ごしたが、祖母とともに過ごすことが多かった。寝るときも同じ部屋だった。本書はその祖母が病いに倒れてから、毎年の夏日本へきて過していた、その介護生活の記録である。東京の一軒家での生活風景が書かれ、同時に幼時の回想があり、母のこと、母と祖母の関わりが書かれ、母の2人の妹との関係が書かれ、そのあいだに日本の政治と社会についての的確な指摘がはさまっている。
わたしの子どものころは排他的で、片親が外国人の子を“あいのこ”と言っていたような気がする。よその子と違った髪と顔をしたノーマ・フィールドを、おばあちゃんは可愛がり、医者や買い物に連れて歩いた。本のタイトルが「へんな子じゃないもん」というのは祖母の言葉である。
それでもノーマ・フィ−ルドは祖母や家族に可愛がられて育って幸せな子だったと思う。わたしの父方の祖母は兄姉を可愛がっていたらしいが、わたしの小さいときに亡くなった。母方の祖母は跡取りの孫を可愛がっていて、同居していたときさえ、わたしには無関心を通した。だからわたしは祖母の愛というものを知らない。わたしとノーマ・フィールドとの違いは幼児体験にあるのかもしれないと思った。もちろん優秀な学者と自分を比べるべくもないが、こういう暖かさを持つ人の言葉はわたしにはきつく感じられた。自分がひどく冷たい人間に思えて。(みすず書房 2400円+税)

2006年06月17日

図書カードをもらったので

思いがけず図書カードを2万円分もらった。半分ずつわけて一人で1万円の本が買える。さっそく昨日は相方がヨドバシカメラとジュンク堂へ行って使ってきた。今日はわたしが出かける番だが、昨日から考えていたジャック・デリダ「そのたびごとにただ一つ、世界の終焉」(岩波書店 上下計7140円)を買うことにした。高くて諦めていた本なのでうれしい。
午後雨の中を梅田に出て阪神百科店で食品を買おうと思ったらすごい人で驚いた。なんでこんなに混んでるのかしらと思ったら、ボーナスをもらった人がいるんだと気がついた。1万円の本代で喜んでいる自分がカワイイ(笑)。
ジュンク堂ではすぐに見つかりきれいな本が2冊わがものとなった。ついでにミステリの文庫本を見て、読みたいジム・トンプスンの本が見つからなかったので、ロバート・クレイス「ララバイ・タウン」を買った。久しぶりに私立探偵エルヴィス・コールに会える。
今週ははじめから頑張ったせいか、ここにきて肩が凝ってかなわん。目もしばしばしてきた。サラ・パレツキーの「ウィンディ・ストリート」はまだ1/3である。これから読む本がここに積んである。来週は読書に励みたい。

2006年08月28日

読書の秋だが

先週の大雨のあとから夜が涼しくなった。朝はクーラーいるかなと一応相談するが、つけなくてもいけそうやなとなっている。さすが2時から4時は暑いが、それも一時のことで、夕方になると涼しい風が吹き抜けていく。夜中を過ぎるとほんと過ごしやすい。それで夜更かしが一向に直らないのだが。クーラーが入っていると、このささやかな涼しさの感じはわからないだろうと思う。
そして日が短くなった。7時になったら暗い。なんとなく気がせく。
秋は読書だとばかりに本を出すが、あまり進んでいない。画集「プラド美術館」(全5巻)を図書館で借りて2巻まで絵を見て解説を読んだ。ジャック・デリダ「そのたびごとにただ一つ、世界の終焉」の中から数人への追悼文を読んだ。ジム・トンプスンは「内なる殺人者」がまだ残っているのに、「グリフターズ」が映画にもなったし読みやすいので電車で読みかけている。そういえば谷崎の「細雪」を電車用にバッグに入れてあり少しだけ読んだ。その前は漱石の「草枕」を読んでいた。あとはハリウッドスターのポートレイト集をめくったり、料理の本を見たり、絵本や少女小説を持ち出したり。それとミクシィのドロシー・L・セイヤーズ読書会のために「殺人は広告する」を読み出した。なんかまとまりがないなぁ。

2006年09月18日

こんな本を持っていた 「カポネの時代」

正確には「People America 人物アメリカ史 5 カポネの時代(1919〜1932)」(1984 集英社)である。全8冊で「自由の新天地」(1620〜1828)からはじまり、「激動の時代」(1964〜)となる。この1冊しか買わなかったのだが、いま買うとしてもこの1冊だなと思う。取り上げられている人物と紹介者はヘンリー・フォード(城山三郎)、ハーディングとクーリッジ(猿谷要)、スタットラーとヒルトン(鳥羽欽一郎)、サッコとヴァンゼッティ(石垣綾子)、ベーブ・ルース(鈴木明)、アル・カポネ(常磐新平)、ルイ・アームストロング(池澤夏樹)、チャールス・リンドバーグ(三好徹)、フラッパーともぐり酒場とジャズの時代(常磐新平)。それぞれ一流の紹介者で、特に石垣綾子の名前が懐かしい。
禁酒法とともに狂乱の20年代がはじまった。ギャングたちの密造酒が横行し、もぐり酒場が繁栄した。そしてアル・カポネの「聖ヴァレンタインデーの虐殺」にいたるギャングの抗争があった。大衆にスポーツを楽しむ余裕が生まれてそれが野球だった。女性たちは髪を切って長いスカートを脱ぎ、ダンスを楽しみ、ジャズに人気が集まった。自動車の大衆への普及があり、無政府主義者のサッコとヴァンゼッティが無実の罪で処刑されたのもこの時代だった。そしてリンドバーグが飛行機で大西洋横断して「翼よ、あれがパリの灯だ」となった。
わたしは子どものときに父親から「聖ヴァレンタインデーの虐殺」の話を叩き込まれたので、いまだにヴァレンタインデーはチョコレートの日と思うのに抵抗がある(笑)。そのせいか、アメリカの歴史の中でこの時代にいちばん思い入れがある。久しぶりに出してきたが、また楽しんで読めた。本の形が少し細長くて表紙のイラスト(日比野克彦)が楽しい。

2006年12月14日

今年読んだ本を振り返ると

シシリエンヌ 嶽本 野ばら昨日のミクシィ日記にそのとき思い出せた今年読んだ本をつらつら書き出したんだけど、今年は良い本にめぐりあえた年だった。
で、もう一度日記を振り返ってみたら落としているのがあり、今日はその続きを書くつもりだ。
こっちの日記には読んだときに感想を書いているからいいんだけど、影響を受けた本のことなど少し書き出してみよう。わたしは「今年のベスト10」とかいうのが嫌いなので、ここに書くのは好きとか影響を受けたというようなものです。
もちろんサラ・パレツキーの新作「ウィンディ・ストリート」でしょ。その他の私立探偵小説はマイケル・Z・リューイン「目を開く」、S・J・ローザンの「天を映す早瀬」、ローラ・リップマン「ロスト・ファミリー」がそれぞれよかった。ロバート・クレイスのエルヴィス・コールシリーズを4冊読んで再認識した。
グレッグ・ルッカ「逸脱者」は進んでいく感じがすごい。アイルランド系のブリジット・ローガンの真っすぐな正義感に比べて、ロシアの暗殺者アリーナ・シズコワの複雑さにおどろいた。ロシアという国の深い闇を思った。
マイクル・コナリー「天使と罪の街」、イアン・ランキン「影と陰」相変わらずよかった。
ローリー・キング「シャーロックホームズの愛弟子」とピーター・トレメイン「蜘蛛の巣」には夢中になった。
ジム・トンプスンは数冊読んだけど、買った本がまだ残っているので、これは来年の課題。
ドロシー・L・セイヤーズの本ほとんどを再読した。読書会ではつぎに「学寮祭の夜」をやるので、またしっかり読まなくては(何百回目だ?)。

嶽本野ばら「シシリエンヌ」が大好き。カレン・ジョイ・ファウラー「ジェイン・オースティンの読書会」で読書会がしたくなり、ミクシィでコミュニティをつくった。「花はさくら木」で辻原登に目覚めた。千野帽子「文藝ガーリッシュ」に共感。
ジャック・デリダ「そのたびことにただ一つ、世界の終焉」にはしーんとなった。そのうち感想を書く。
夏目漱石「虞美人草」「草枕」を何度も読んだ。若いときにはわからないことがあるもんだとわかった。谷崎潤一郎「細雪」もまた読んだ。

2006年12月19日

引っ張り出した「久生十蘭全集」の2冊

本棚の下段は棚板をはずして古い本を積んである。できるだけ本の背を見せて置こうと思うのだが、本が増えていくのでままならない。最近は読書時間が減って新刊さえなかなか読めないことが多く、古い本に手が出ないからちょうどよいのだが(笑)。
さっき久生十蘭の「顎十郎捕物帳」が読みたくなって掘り出したのだが、あったのは全集が2冊で探したのは入ってなかった。すごく読みたい気分だったのになぁ。1970年に三一書房からでた全集で全部買ったはずなのにないのは、なにかのときに売ったんだろう。「十字街」「我が家の楽園」「真説・鉄仮面」が入った第2巻と、短編がぎっしりとつまった第5巻とである。
これから「十字街」を読みふけりそう。わたしは朝日新聞に連載された「十字街」を読んで久生十蘭に目覚めたのだ。1951年のことだからなんて早熟な(笑)。1933年フランスを震撼させた大疑獄スタヴィスキー事件を背景に、パリ在住の男女2人の日本人が巻き込まれるという壮大な作品である。
今日「顎十郎捕物帳」を読みたいと思ったのは、ミクシィの久生十蘭コミュニティに入ったからで、まったくミクシィには気を惹くコミュがたくさんあって困ったもんだ。

2007年01月27日

今年はじめて買った本 木下杢太郎「百花譜百選」

新編百花譜百選 木下 杢太郎最近ほんとに出不精になって、堀江からアメリカ村散歩くらいしか出歩いてない。それも整骨院の帰りである。そんなもんで本屋にも行っていなかった。在庫本を読むのと、図書館で借りた「木村蒹葭堂のサロン」をまだ読書中である。
今日はヴィク・ファン・クラブの例会があるので梅田へ久しぶりに出た。まずはジュンク堂へ寄って本のチェック。足が疲れるまで2・3階の本の背中を見て歩いた。でもどうしても欲しい本というのはなくて、買ったのは先日新聞広告で見て気になっていた、岩波文庫の木下杢太郎「百花譜百選」1冊だ。
シャーロック・ホームズへ行ってギネスを手にゆっくり眺めた。ぱっと見たら植物図鑑なのだが、客観的でありながら主観的な花の絵なのである。ページを開くと右側が絵で、左側は描いた日付と花の名前と絵の横に書かれたコメントになっている。昭和18年3月10日から敗戦間近な昭和21年7月27日までの絵である。そしてその年の10月15日に60歳で亡くなられた(1885〜1945年)。解説に戦時下だんだん食べるものがなくなり、雑草をいろいろと食してみたとある。そういう時代の絵だけど、ただ絵を見ているとそんなことは感じない。ものすごく緻密な精神力を感じる。そしてどれもこれも素敵な花の絵にとがった神経が慰められる。
わたしは詩人の木下杢太郎という名前を知っていただけだったが、高名な医学者であり教育者であり、詩や小説や評論を書き、そして絵を描いた人だった。
本の広告を見ただけでこれはお気に入りの本になると思った。これからずーっと愛読書になるだろう。(岩波文庫 1500円+税)

2007年06月09日

ウルフ・ポーシャルト「DJカルチャー」(ポップカルチャーの思想史)

DJカルチャー—ポップカルチャーの思想史 ウルフ ポーシャルトDJという言葉は知っていても見るのは映画やテレビ画面だけだった。ほんまに自分と関係ができるなんて思っていなかった。それがいま当たり前にDJと口に出しているし、だれが良いなんて言っている(笑)。
DJをはじめて体験したのは、阿木譲さんが本町につくられたミュージックスペース jazz room nu things で2004年8月のこと。心地よい音に、これはなにと阿木さんに聞いたら、これがクラブジャズだという返事で、なるほどと感じ入った。
わたしのジャズ歴は長くて父親が聴くスイングジャズからはじまって、モダンジャズを通り越してフリージャズへといった。阿部薫の死後はパンクロックへ走り、あとはなんでも受け入れているけどなんにも聴いていない状態だった。マックが仕事や生活に入ってきてたしね。
そんなときだったから nu things での体験はショックだった。その後すぐに細野ビルでのジャズライブで昔のジャズ体験がたちまち甦った。次に阿木さんのDJで最新ヨーロッパジャズの大シャワーを浴びたら、たちまちニコラ・コンテやユッカ・エスコラに魅せられてしまった。
そんな土台ができたとき、ではDJとはなんぞやと疑問が起こり、DJ初心者への解説書を読んで勉強した。そのときようやく二枚のレコードを混ぜ合わせて第三の音楽を作り出すということがわかった。

それが、いまや、DJについての理論書を読んでいる(笑)。
前置きばかり長いが、本書はなんだかよくわからんがすごい本だ。著者のウルフ・ポーシャルトは1967年生まれのドイツ人で、ベルリン芸術大学の教授をやり、雑誌のディレクターもやり、「ヴォーグ」のファッションモデルもやり、学生時代にクラブでDJもしていたという才人である。たくさん本を書いているが本書が日本初訳。原著は膨大な本らしいが翻訳が抄訳になっているのが残念だ。
ポップカルチャーの歴史を説明するのに、ヘーゲル、マルクス、エンゲルス、ニーチェが引用され、いろんな哲学者が批判され、それからフーコー、バルト、ガタリ、ドゥルーズの立場に立ちつつ、もう一歩先を行こうとしている。めくるめくインテリの世界(笑)。本の装丁も赤くておしゃれ。(原 克 訳 三元社 2200円+税)

2007年06月22日

アイルランドの現代小説 コルム・トビーン「ヒース燃ゆ」

図書館で手にしたとき、そよ風が吹き抜けるような感じがした。白いカバーの瀟洒な本で表紙には海と崖の上ぎりぎりに家が建っている細長い写真がある。読み出したらすーっと心に入ってきた。
わたしはアイルランドが好きといつも言ってるけど、なにも知らんのによう言うてると自分でも思う。アイルランド出身のアメリカの私立探偵が好きなだけだったりして(笑)。何冊かアイルランド作家の作品を読んだことがあるが、今回でようやく、そうなんだーと納得できた。ジェイムズ・ジョイスの何冊かを読んで以来のことだ。もっともジョイスの本を読んだときはずいぶんかまえていた。
コルム・トビーンは1955年生まれの現代アイルランドを代表する作家だそうだ。アイルランド生まれの人間の幸せを感じる。アイルランド独立の戦いの歴史が背景にあって、祖父も父も叔父たちも関わってきた。その地への愛情が主人公エーモンが暮らしたり散歩したりする町や村の名前をしつこいくらいに書いていることでわかる。
エーモン・レドモンドはダブリン高裁の判事で、物語は裁判所で判決文を読む支度をしているところからはじまる。安定した地位にあり何不足ない晩年を前にしているわけだが、妻カーメルとの間がもやもやしている。娘のニーヴと息子ドーナルともうまくいっていない。
その日の仕事がすんだあと、夫婦はエーモンが幼い頃から休日を過ごすことにしているアイルランドの東南の村カッシュへ行くのだが、その車中、カーメルは娘が妊娠して未婚の母になる選択をしたことを告げる。そのときエーモンは未婚の母裁判の判決を社会の秩序を重んじる立場からしたところだった。それへの反対運動の動きにドーナルが参加しているという。
物語はいまの夫婦生活から、自然に過去にさかのぼって子ども時代の物語となる。母を早く亡くして父と二人の生活だったが、祖母や叔母たちがよく面倒をみてくれる。クリスマスに祖母が叔母に話していたのは、1916年の蜂起のとき、この町に住む人の半分が抑留され、おじいさんはこの部屋で逮捕されたこと。父は学校教師だが独立運動の活動家でもあった。祖父の死、結核の叔父の死と続く近親者の死に続き、父も倒れて再起したものの亡くなってしまう。エーモンは静かな少年に育ち大学へ行く。

ニーヴとエーモンの会話「この国で、女であるということ、未婚で子どもを生むということがどういうことか、私には分かり過ぎるほどよく分かっているんだから」「さぞ立派な判決が、お前だったら出せることだろうよ」。
娘と父がこういう会話を交わしたあとにカーメルが亡くなる。残されたエーモンはただ散歩して体を疲れさせて眠ることしかない。ニーヴが息子のマイケルを連れて海辺の家にやってくる。祖父になつかなかったマイケルだったが、エーモンがニーヴの幼いときにやったように水で遊ばせるとだんだん親しんでくる。ほのかな希望が見えて終わり。とても気持ちのよい小説だった。(松藾社 1800円+税)

2007年06月26日

夢中で読んだ フランク・コンロイ「マンハッタン物語」

けっこう古い本(1994年発行)である。講談社文庫なのだが同じ文庫でミステリーを買っていても存在に気がついていなかった。相方が図書館で借りてきておもしろいと言うので、後を追って読んだのだが、ストーリーがおもしろくてとばし読みでどんどん読んでいった。読み終わったあとはきれいさっぱり忘れかけているが。
他に翻訳がない作家で、あとがきを読んでもどういう人かわからず、映画化の話が進行中であると書いてあるがどうなんだろう。

第二次大戦が終わったニューヨークの下町で、半地下のアパートでタクシー運転手の母と暮らしているクロードは、一日中窓から外を歩く人の足を眺めている。奥の部屋にある古い小型ピアノで遊ぶことを覚えたころ、楽譜があるのを見てなんだろうと思う。三番街の楽器店を訪ねたクロードに、店主のヴァイスフェルトは教則本は30セントだと言い、クロードは空き瓶を集めたり溝で拾った小銭で支払う。才能と情熱にうたれたヴァイスフェルトはピアノを教える。店員として雇い、地下室にピアノを置いていつでも練習できるようにもする。
クロードは近くのビルのボイラー室で働いている黒人のアルに親切にしてもらうが、アルはクロードの母のエマの世話をするようになる。
それからは努力に加えて運に恵まれる。高校も大学も一流の学校に入って勉強もよくできる。さらには有名な音楽家に認められる。
はじめて恋した美少女キャサリンはパーティでアルテミスに扮したりと高慢な女性だが、駆け落ち結婚してクロードは失恋する。
早くからエイジェントや弁護士もつき、演奏家として次第に名をなしていき、大学で知り合った名家の令嬢でレディーと呼ばれている女性と親の反対を押し切って結婚する。しかしその結婚は長続きせず別居となる。演奏の仕事のほうは成功につぐ成功。
話がどんどん進んでいって、作曲の賞をもらっての演奏会のためにロンドンへ行き、キャサリンと再会する。彼女は夫と別れて娘と暮らしていてロンドンで学問で身を立てるべく勉強中である。結婚を申し込むとキャサリンは断って、「四十五歳になったあなたの姿が想像できるわ。有名になって、ハンサムで自信があって。横には素敵な女性がいる。二十五歳か三十歳ってところね(二十年後、実際にこのとおりになる)」。よくある話ではあるよね。
ロンドンのジャズクラブへキャサリンと行ったクロードは、ジャズピアニストに紹介され、二人で並んでピアノを弾く。ハニーサックル・ローズを弾いたあと、「どうしてあんなことができたんだろう」とクロード、「さあて、あんなふうに弾いたのはおれもはじめてだよ」とジャズピアニスト。彼の実の父なのだが、クロードはそれを知らない。すごい考え抜いた結末である。(講談社文庫 上800円・下700円)

2007年07月03日

レベッカ・ウェルズ「ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密」まだ1/3だけど

ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密 レベッカ ウェルズミクシィで知り合った作家の久美沙織さんが、kumikoさんが気に入る本だと教えてくださった。図書館で探そうと思ってたわたしに、すかさずアマゾンのマーケットプレイスに安く出ていると教えてくれた。これはとばかりにアマゾンへいったら、2100円の本を159円+送料340円=499円で買えた。
2000年に早川書房から出た本なのだが、わたしは全然知らなかった。きっとタイトルだけで食わず嫌いになっちゃったのだろう。早川書房の広告なら毎月しっかり見てるから、買わなくてもおさえているはずなんだけど。表紙を見て目をつぶったのかしら(笑)。

アメリカ南部ルイジアナ州ソーントンの町では知らぬ人がいない伝説の4人組「ヤァヤァ・シスターズ」の物語。
最初「ヤァヤァ・シスターズ」というのはコーラスグループみたいなものかと思ったが、そうじゃなくて、ソーントンの上流階級に生まれた4人の少女、ヴィヴィ、キャロ、ティーンシー、ニーシーの4人の少女が自分たちでつけた名前なのだ。ヴィヴィの娘シッダの現代の生活とスクラップブックで知る「ヤァヤァ・シスターズの秘密」が語られる。
1930年代に少女時代を送る4人の少女は、まだ冷房がない時代、南部の夏の午後をポーチで寝そべって過ごす。黒人のメイドがいて、まるで「風とともに去りぬ」の世界である。と思う間もなく、少女たちは「風とともに去りぬ」の土地ジョージア州アトランタへ招待される。黒人のメイドをお供に連れていくのだが、汽車でも招かれた家でも、白人と黒人の間に厳しい壁がある。
まだここまでしか読んでない。あと2/3を読むのが楽しみ。

2007年07月04日

ルイジアナつながりで フレッド・アステアの「バンド・ワゴン」

バンド・ワゴン ヴィンセント・ミネリ先日から読んでいるレベッカ・ウェルズ「ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密」のことを、昨日書いたのだけれど、読み進むほどじわっと重いものがのしかかってくる感じだ。梅雨の時期の日本にいて読んでいるわたしに、アメリカ南部のじとっとした暑さがしのびよる。昼のうち雨が降っていたのでよけいに暑苦しく感じたのかもしれない。表紙からの印象とずいぶん違う作品だ。

夜になって「アステアのレーザーディスクでも見ようや、ほらルイジアナと歌ってるやつ」と言うと、すぐに話は通じて「バンド・ワゴン」を見ることになった。ナネット・ファブレイが歌い踊る「ルイジアナ・ハイランド」は他の歌やダンスとちょっと雰囲気が違い好きでないが、今日はルイジアナという言葉つながりが大事なのである。楽しんでいっしょに歌っていた。

この映画のいちばんのお楽しみは「ガール・ハント・バレエ」にある。大都会の夜、トランペットの音が鳴り響き、ペーパーバックの表紙がデザインされた舞台に、アステア扮する探偵ロッド・ライリー(ちゃんと書き取った)登場、黄色いドレスのブロンド女が撃たれて倒れる。殺し屋たちが踊りながら登場、最後に黒髪の謎の女(シド・チャリッシ)登場。いまなお色あせない音楽とダンス。
アステアのとぼけた味が生きている。特別出演のエバー・ガードナーが列車から降りてきて記者が群がり、自分相手の記者と勘違いしてたアステアががっかりというシーンは何度見ても笑える。ジンジャー・ロジャースが相手役の作品の他ではいちばん好き。
さて、これで元気をとりもどして明日からまた時間さえあれば「ヤァヤァ・シスターズ」に溺れる。

2007年07月10日

レベッカ・ウェルズ「ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密」

ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密 レベッカ ウェルズ数日前に1/3くらいまで読んだところで、本書を読むことになったきっかけなどを書いた。読み進むにつれ、だんだん物語は中心へ向かって行き息苦しいほどになっていく。アメリカ南部ルイジアナ州ソーントンの町で、せいいっぱいに生きた女たちの姿が浮かび上がってくる。

物語は1993年、舞台演出家のシッダと母親のヴィヴィとの確執からはじまる。シッダは舞台「先端をいく女たち」の演出で成功を収めた40歳の女性で、恋人の舞台美術デザイナーのコナーと4カ月後に結婚を控えている。順風満帆のはずだった。
〈ニューヨーク・タイムス〉からインタビューの申し出があり、日曜版にシッダの紹介記事が掲載された。「タップダンスを踊ってみせる一方で子どもを虐待」というタイトルは思いもよらないものだった。姉妹のように親しげにして記者はシッダを安心させ、プライベートな話を引き出した。全国版に載ってしまったため、その芝居を見にくるはずだった両親や兄弟みんながキャンセルし、末弟だけが電話してきて言う。母さんは〈ニューヨーク・タイムス〉に名前が載りたいと思っているけど、こういうかたちではない。そしてスターが母さんでないのも気にいらない。そして母は、縁を切る、遺言書から名前を外す、誰もシッダとつきあうなとなった。
弱りきり自信を失ったシッダは結婚を延期し、当分一人で友人の山荘を借りて犬と暮らすことにする。母がわたしをどうやって愛したらいいかわからなかったように、わたしもコナーをどうやって愛したらいいのかわからない。ここでようやくシッダは自分の子供時代を振り返る気持ちになる。

母にヤァヤァ・シスターズのスクラップブックを貸してほしいと手紙を書くと、ヴィヴィは他のメンバー(キャロ、ニーシー、ティーンシー)に意見を聞いてから送ってきた。縁切りは解けたわけではない。
このスクラップブックから次々に現れる衝撃の真実がすごい。
少女時代、ヴィヴィの部屋で仲良し4人は家中が寝静まってから森へ行く。火をおこして炎を見つめながらヴィヴィが「ルイジアナ・ヤァヤァズ」について語る。白人がこの地に現れるずっと前、この地にヤァヤァズという強くて純粋で美しい女たちの部族があった・・・そして彼女らヤァヤァズは無茶な遊びや行動で有名になり伝説になるのだが、その友情の強さとうらはらに現実の生活は厳しいものとなっていく。
厳しいカトリック信者のヴィヴィの母は虚飾を嫌いヴィヴィを修道院へ送る。そこで禁欲生活を仕込まれるが、屈服しないためひどい目にあう。ティーンシーの母ジュヌヴィエーヴは看護婦からの電話でヴィヴィを引き取りに行く。
ティーンシーの兄ジャックとヴィヴィは恋仲だが、ジャックは戦争(第二次大戦)に志願して行方不明となり、そこからヴィヴィの不幸がはじまり、ジュヌヴィエーヴは立ち直れないままに亡くなる。

それぞれが結婚して子どもを産むが友情は変わらない。しかしヴィヴィは4人の子どもの世話に疲れはててしまう。少し前までは頼めば当たり前のように使えた黒人の女中の世話になろうとするが、昔のようにはいかない。時間がくれば帰られてしまう。ついに子どもたちに暴力をふるい隔離される。3人の友情はここでも発揮される。(この時代は結婚すれば子どもができて産むわけで、ほんの少し前の時代なのに、と思ったら、うちの親も7人の子を産んで育てたのだった。)シッダはその真相をついに知ることになる。

ある日、山荘に華やかな一団がやってくる。南部の上流階級が旅するときのしきたりどおり、服にあった帽子と靴など一式を揃え持つ大荷物で。ヤァヤァズの3人である。彼女らとシッダが話しているとコナーがやってくる。最後の真相がシッダに与えられる。そしてルイジアナへコナーとともに飛んだシッダは母と和解し、結婚式となる。

読んでいると南部のじっとりとした湿気にやられる。わたしは南部のことってなんにも知らなかった。「風とともに去りぬ」の他は、フォークナーを少し、カポーティを少し、テネシー・ウィリアムズも少し、フラナリー・オコナーの短篇集を1冊、くらいかな。それらを読んだときより南部のことが生理的にわかったような気持ちがする。(2000年4月発行の本です 早川書房 2000円+税)

2007年07月12日

ルイジアナの湿った午後 「ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密」続き

ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密 レベッカ ウェルズ「ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密」が心にしみる理由のひとつは、ルイジアナの夏の湿った午後の描写にあると思う。そして白人中心の暮らしの中の黒人たちの描写にも目を開かされた。

1930年代の終わりのころ、人々はポーチで時間を過ごすことが当たり前で、どの家にもポーチがあった。外に通りがあり、中に家があって、そのあいだにポーチという空間があった。ヤァヤァズたちはサイドポーチで何時間も寝そべってまどろんでいた。それは少女たちが赤ん坊を抱いた母親になっても、老女になっても、ポーチで夢見たままが体に染みついている。ポーチが壁になり窓が閉められ冷房が入り、近所の音がテレビにかき消されしまったいま、そのようなことは起こりようがない。
ここを読んで、わたしの子どものころはまだ冷房がなく、夏はポーチも庭もないから道路に縁台を持ち出して、うちわを持って星を仰ぎながら涼んでいたことを思い出した。そのあとは蚊帳に入ってラジオの怪談を聞いていた。こういうのってルイジアナの黒人たちと同じ過ごしかたかもしれない。

ヤァヤァ・シスターズの一人ヴィヴィの長女シッダは、黒人のメイドのウィレッタにずいぶん世話になって育った。母のヴィヴィの不安定な状態から、ウィレッタは自分の子どもをおいてシッダたちの世話をしなければならなかった。彼女は愛情と寛容をもって子どもたちの世話をしてくれた。そのときの様子を思い出しつつ、「人種主義は残酷だ」とシッダは思う。
【誰も口に出して言わないけれど、白人の子どもは一定の年齢になったら自分を育ててくれた黒人の乳母に対する愛着を捨てなければならない、という暗黙のルールがある。白人の子どもは、一人前になったら黒人の乳母に対する愛着を捨て、かわりに一段上の立場からセンチメンタルな愛情を注いでやるのが分別なのだ。自分の母親のあからさまな嫉妬に配慮して、メイドとして雇われた黒人に対する愛情表現を控えるのが分別なのだ。】

黒人のメイドたちの態度が変わっていくのを、子どもを4人抱えたヴィヴィは切実に感じる。貧しい暮らしながらも黒人女性たちは、いままでのように黙々と働かない。お金を余分に出すと言っても、明日は別のところで働くからだめだとはっきり断る。しかし、ヴィヴィが行き詰まって子どもたちに暴力をふるったとき、子どもたちを自分の住まいに連れて行き助けたのは黒人のメイド、ウィレッタだった。

2007年09月25日

涼しいって素晴らしい

15日からの3連休の暑さはたまらなかった。その中を出かけることで夏バテを乗り切ろうとしていたのかもしれない。気持ちの良い人たちとの会話で元気づけられた。
その次の、つまり昨日までの3連休はどこも行かずに家で読書だった。夜は少し涼しくて夏バテを静かにやり過ごせたように思う。
今日は昼間も涼しくて生き返ったような気持ちだ。「暑さも寒さも彼岸まで」になんとか間に合ったみたい。お彼岸になっても暑いやんと言うてたけど、やっぱりお彼岸には涼しくなるんや。と思ったのは早合点かかしら。明日はまた30度だと天気予報で言っていた。
今日の昼、涼しい風が吹き抜けるので扇風機を掃除してカバーをかけた。気が早過ぎたかな。

さて、ちょっと重い読書をと、この間から図書館で借りてあったジル・ドゥルーズ「感覚の論理—画家フランシス・ベーコン論」を読もうとしたら、返済期日やんか、延長しようと思ったら予約が入っていた。【ベケットの人物たちとベーコンの人物像に共通する描写、同一のアイルランド・・・】なんてあって読む気まんまんだったのに。8000円だもん、買うのは無理だ。また借りることにしよう。

2007年10月12日

レイモン・ラディゲ「肉体の悪魔」

せっかく映画を見たことだし原作も読んでおこうと思ったのは、図書館の棚から呼びかけてるみたいに本が目についたからだ。黄色いおしゃれな背表紙、黄色に黒の濃淡で表紙はジェラール・フィリップの顔、裏表紙はレインコートを着た胸から上のジェラール・フィリップ、しかも映画のシーンが本文の前に4ページあるというサービス。堪能しましたわ。

レイモン・ラディゲ(1903-1923)は本書を16歳から18歳の間に書いた。14歳のころ年上の女性と出会って恋をし、不登校のため学校から放校処分を受けた。自宅で語学を父親に教えられながら、詩作をはじめる。ジャン・コクトーに紹介されると、コクトーはすぐに彼の才能を見抜き自分の友人たちに紹介する。詩から小説に転じて書いたのが、自分の恋愛体験をもとにした「肉体の悪魔」だった。

「ドルジュル伯の舞踏会」を書いた後に20歳で死んでしまったレイモン・ラディゲ。コクトーはその死にショックを受けて阿片に長いこと溺れたんだよね。
わたしは若いときに「ドルジュル伯の舞踏会」を読んだのだけれど、それきりで忘れてしまっている。映画があったような気がして検索したがなかった。ミシュリーヌ・プレールが出ていたような気がしたが、「肉体の悪魔」と混同してたのかな。

でもって、「肉体の悪魔」をはじめて読んでおどろいた。こんな恋の物語を16歳から18歳の間に書いたなんて、なんて早熟な。
自分たちの愛は特別なものと思い込んでいるが、本当はどんな平凡な恋人たちでもそう思っているのも知らずに、なんて書いてあるんだもん。その若さでこういうことわかっていたのね。
そして、19歳の人妻で恋人のマルトが泣く。私のほうが年を取り過ぎているからよ、年寄りだからよって。(松本百合子訳 アーティストハウス 1600円+税)

2007年10月13日

図書館の快楽

最近図書館へよく行く。行かないと全然行かないのに、行くとなると毎週行くのがおかしい。8冊まで貸し出しオーケーなのでありがたい。わたしはこれを読みたいと予約したことがなく、いつもそこにある本を借りてくる。
図書館の棚を眺めているのが好きなのね。快楽といえるくらいに。いつも行くのは子どもの本と外国文学のところ。文庫本も外国ものの棚を見る。どうしても読みたい本は買うので、どうしようかと迷った本があるとうれしい。今日借りたのは買おうかとかなり迷った「アイルランドの棺」、ミクシィの女性探偵コミュで教えてもらったタルトノワールの1冊「ボンデージ」、タイトルに惹かれた「あまりに年下の彼」の3册。先日借りてまだ未読なのは現代ウィーンミステリーシリーズの2冊。

2007年12月03日

風邪ひき、ようやく全快

今回の風邪ひきは長かった。洟をかみすぎて鼻の頭の皮が剥けた(笑)。治ったつもりでも咳がいつまでも出ると近所の人に聞いたが、そのとおりですぐに咳き込みそうになる。シンフォニーホールでも細野ビルでも、のど飴をしゃぶっていた。
今日は3週間休んだ整骨院へ行ってきた。突然休んだので心配したと言われたけど、風邪引いて行けませんと電話するのもとためらっていたら、3週間過ぎてしまったのだ。先週は遊び優先で行けなかったんだけどね。鼻の中に柿の破片が入って云々と話して大笑いさせてあげた。
よく診てもらい、左右のバランスの崩れを矯正してもらったら、帰りに歩くのがうんとラクになった。

昨日は図書館でゆっくりした。いつもは翻訳本のところばかり行くが、思いついて水村節子の本を探したらあったので借りてきた。千野帽子「文藝ガーリッシュ」を読んで、読みたくなった本だけど忘れてた。水村節子「高台にある家」というんだけど、著者は80歳近くになってデビューしたそうだ。これだけは書き残したいという気持ちがあふれている。もう少しというところまで読んだ。少女の美しさと残酷さが詰まっている本だ。

2007年12月08日

書店の棚の前で

久しぶりにジュンク堂書店でゆっくりした。どこよりも本屋にいるのがいちばん落ち着く。翻訳ものの棚を見ていたら、ロマン・ロラン「ピエールとリュース」のきれいな新刊があった。なつかしいなぁ。中学生のわたしは姉が買ってきた「魅せられたる魂」が好きで何べんも読んだものだ。たしかアネット・リヴェイールって女性が主人公だった。
それからロレンス・ダレルの「アレキサンドリア四部作」もとってもきれいな本だ。うちにあるのは古ぼけて字が細かくて読みにくい。生活が落ち着いたら(そんなことがあるのか)ゆっくりと読みたいものだ。
新しく目にするイギリス、フランス文学のまだ知らない作家の名前にくらくら。読書欲がめらめら。
文庫本では贈り物用に探した「No.1 レディーズ探偵社」のシリーズは1冊もなかった。そのうち映画が上映されるころには再販が出るだろう。「抱擁」がないのも心配。そのうち買おうと思っているのに。
はじめて読む作家アン・クリーヴス「大鴉の啼く冬」と、レジナルド・ヒルのダルジール・シリーズでまだ読んでなかった「薔薇は死を夢見る」があったので買った。

あとは女友だちと待ち合わせて晩ご飯を食べに行った。いつもと違うお店、丸ビルのカンテグランテでチャパティ定食とビールで満腹。あとはスタバに似たカフェでお茶して、ずっとしゃべっていた。おしゃべりのほうも満腹。

2007年12月10日

毛利子来・山田真「育育児典」は座右の書

育育児典 山田 真著者の一人、山田さんには二度お目にかかったことがある。これがおもしろいとミステリーを薦めていただくこともたびたびで、忙しいお仕事の合間の息抜きの相手に、わたしはちょうどよい相手みたいだ。
本書を送っていただいてうれしかったが、育児本だからちょっと当惑もした。しかしページを開いたら、なんと! 人生哲学がつまった本だった。
「暮らし」と「病気」の2冊にわかれて箱に入っている。とてもカラフルな表紙で持ちやすい大きさ、読みやすい文字、楽しいイラスト、育児だけでなく、生きていく上での知恵もいっぱいあり、子どものいる人たちがなにかにつけ頼りにできると思う。
「病気」は子どもだけでなく大人にも通用すると思う。先日風邪を引いたときは本書をめくってどうしようかと頼っていた。

「暮らし」の最初の黄色いページに「この本の使いかた」とう項目があるので引用する。【この本は育児にたずさわるすべての人たちと、今後育児にかかわってほしい人に向けて書かれています。ですから、母親だけでなく、父親にも、親になる可能性のある人にも、また祖父母や親戚、友人、知人のほか、保育士、幼稚園教師、ベビーシッター、子育て支援スタッフ、さらには小児科医、保険師、などの方々にも、おおいに使っていただけるはずです。】
長々と引用したのは、わたしはこの本の読者に一番遠いんじゃないかと思って読みだしたから。あてはまるのは、〈親戚、友人、知人〉くらいだ。だけど、いろんなページを読んでいると、わたし自身が生きていく知識を得たし、背中を押してもらったような気持ちになった。
また引用だけど、すごく好きな言葉があった。【たとえば困ったときやつらいときなどに、子どもにうちあけ相談してみるのです。それだけでも気が楽になるだろうし、意外に力になってくれるものであります。赤ちゃんでも、そうしてみれば、なんとなく解決法が浮かんでくるのではないでしょうか。】
素晴らしい剣客のような境地にある人生の名人のお二人の想いがいっぱい詰まった本なのだ。(岩波書店 3800円+税)

2007年12月22日

朝から雨、夜も雨

目が覚めたら雨が降っていた。洗濯は休みと思ったらのんびりした気分だ。干場が狭いからまとまると困るんだけど。知り合いのブログに、忙しくて洗濯ものが溜まり何回も洗濯機をまわしたとあったが、干すところが広いのか乾燥機なのか気になる。

午後は図書館へ行った。期間延長したデリダの本を読み切れずに返却してまた借りた。お正月は勉強だ。
先日からA・S・バイアットの「抱擁」をまた読みたい気分になっていたので、座って読み出したのだが、もっと読みたくなりまた借りた。いつもそばに置きたい本だ。
モードは上流階級出身の学者でフェミニストである。ローランドは都市の中産下層階級の出身の学究者である。学問以外に二人が同席する場所はほとんどない。【こういったことはすべて〈ロマンス〉の道具立てにほかならなかった。・・・ロマンスへの期待が、よかれあしかれ西欧世界のほとんどの人を、一生に一度は支配するのと同じように。】
現代の作家は大手を広げてロマンス小説を書くわけにはいかない。内容豊かな物語を作り上げ、屈折したかたちでロマンス要素を入れた作品を書いたことにおどろく。
映画もとてもいいのでまた借りてきて見よう。モードはグウィネス・パルトロウ、ローランドにはアーロン・エッカート。

夕方、まだ雨がたくさん降っている中をシャーロック・ホームズへ。ヴィク・ファン・クラブの例会日なのだ。この雨ではだれも来ないと思うのだが、一応行っておかないと。相方がダーツをするというのでいっしょに行ったのだが、今夜のダーツはベテランばかり揃っていたので、ギネスを飲んで食事して帰ってきた。

それからお茶して、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「さすらい」のビデオを見た。久しぶりに見たのだがすごい映画だった。そのうち感想を書こう。

2008年01月05日

「西脇順三郎コレクション 6 随筆集」

西脇順三郎コレクション 6 随筆集 (6)年末に図書館の新刊書のところで、2007年11月発行の美しい本を手にしてうれしくなった。西脇順三郎(1894〜1982)の詩を読んだのはだいぶ昔のことだが、雑草の名前がたくさん出てくるところが好きで、いまも文庫本だが詩集を持っていてときどき開く。
随筆集だからきっと読みやすいと思ったが、言葉はやさしくても内容は深くて全部理解できたかわからない。けれどもたいへん幸福な読書だった。
最初のほうは生い立ちから若き日の回想で、ずいぶん恵まれた環境の人だったのがわかった。語学に興味を持ち、考えたり、感じたりすることを外国語でできたらよいなと思っていつも祈っていたとある。そしてヨーロッパの文学に親しみヨーロッパへ行き、考え方がヨーロッパ的になっていく。わたしは外国語がひとつもできないから比べられないけれど、長い間に翻訳小説が好きで読んでいるうちに、考え方がヨーロッパ的になっているのを感じている。だからすごく親近感を持った。

こんな一節があった。【この二十年間は文芸の上で何を読んでたのしんだかというと三十年以後のイギリスの小説ばかりであった。特に女の書いた小説ばかり。すばらしいものがある。現代イギリスの小説の実力は女であるということは恐らくまだ一般には気づかれない。またD・H・ロレンスもようやく、今日英国では初めて注目されつつある。この男の世界も女の世界である。】いまであればなんかわかるような気がする。

「自然の憧れ」という章には、自然の中にいるとかえって自然への憧れを失う、の後に【不幸にして都会の真中に貧乏生活をしている場合は自然に対して風情を強く感じる】とある。これってわたしのことね。
「故園の情」という章では、中学生のとき、松林のある小山の下のおおきな池にいっぱいに密生しているジュンサイの中に飛び込んで泳ぐ。【からだにジュンサイの精を感じ、頭からジュンサイのドビュスィーの音楽を浴びた。】という一節にしびれた。
同じ章に【昔は「キンセンカ」がきらいであったが、オーガスタス・ヂオンという画家が「キンセンカを持った少年の肖像」を描いたのをみてから、また法隆寺の仏像の前に花の頭だけ切って茶わんに沢山さしてあるのを見てから、心境の変化をみた】とある。これでまたものすごく親近感を持った。なぜならわたしはドロシー・L・セイヤーズの「学寮祭の夜」の中で、ピーター卿がテーブルの上の花瓶に生けられたキンセンカを好もし気に見た、という一節を読んでからキンセンカが好きになったから。しかも今日スーパーへ行ったら花売り場にキンセンカがあったのだ。なんという縁だろうと大喜びでテーブルに飾ったのである。

東京の中の田舎をよく歩き、さまざまな雑草の名前が書かれているところも好き。柳田國男や折口信夫の名前も出てきて読書の喜びは尽きない。持っていたい本だ。(慶応義塾大学出版会 4800円+税)

2008年01月06日

新倉俊一「西脇順三郎 絵画的旅」

西脇順三郎絵画的旅
「西脇順三郎コレクション 全6巻」の編集者 新倉俊一さんによる西脇順三郎についての本。「プロローグ」によると、3年ほど前に「評伝 西脇順三郎」を書き上げたとき、ある人に今度は詩について語るべきだと言われたとのことで、本書は「絵画」というキーワードで西脇順三郎の詩について語っている。
「あとがき」に、本書の内容は朝日カルチャーセンター立川の講座のために話されたものと書いてある。そのせいか読みやすい。
わたしは密かに詩を愛読していただけだったのに、図書館で見つけた本「西脇順三郎コレクション」であれっと思い、こうして研究書を読むにいたってしまった。偶然こういうことになってわたしは運がいい。

西脇順三郎は最初は画家になろうと思っていたが、生活のことを考えて画家になることを諦めたそうだ。そのために詩に絵画的要素があるんだって。だから絵画から影響を受けていて、本書のはじめにはそれらの絵の写真版がつけられている。
萩原朔太郎と西脇順三郎を二代潮流とされているが、こんなことは考えたこともなかったので勉強になった。わたしの中では二人はそれぞれ別に存在している人だった。萩原朔太郎は立派すぎて仰ぎ見ていた。西脇順三郎のほうはすごく親しみを持っていたが、そんな大詩人とは思っていなかったというのが本音である。
詩の引用がたくさんあって、覚えているのは懐かしく、知らない詩についての言及も納得いき、今年は最初から縁起がいい。(慶応義塾大学出版会 2800円+税)

2008年01月24日

エステルハージ・ペーテル「黄金のブダペスト」

黄金のブダペスト エステルハージ・ペーテルウィーンとベルリンをテーマに編集されたミステリーを読んで、ミステリアスなヨーロッパの都市とそこに住む人たちの魅力をを少しだけ味わった。図書館で他の都市のものを読みたいと思って見つけたのが2000年に翻訳されたエステルハージ・ペーテル「黄金のブダペスト」、ブダペストの街やドナウ川の写真に飾られた美しい本である。
ペーテルが名前でエステルハージが苗字かな。ハンガリーは名前が先で苗字が後にくるのかな。たしかバルトークもそうでバルトーク・ベラだった。検索したら、「ヨーロッパ風にベラ・バルトークやベーラ・バルトークと表記されることもある」とあった。

ブダペストを〈ブタペスト〉と思っていた子どものころ、なんの本か映画かで知ったか覚えていないけど、エキゾチックな街だと思っていた。社会主義国になってからのハンガリーについて、なにかの学習会で大学の先生に質問したことがある。東欧のことはわからないというのが返事だった。いま考えたらそこらの女の子に一口で語れるものじゃないよね。それだけのことで忘れてしまっていたけど。

本書はブダペストについてのエステルハージ・ペーテルの作品が集められている。読む前にネットでヨーロッパ、ハンガリー、ブダペストと順番に地図を見ていった。それを頭に入れて読んだのですごくおもしろかった。
最初の「見えない都市」にこれ以上ないブダペストへの賛辞がある。全部を引用したいほどだけど一節だけ。
【底意地の悪いブダペストがございます。快楽に淫しているブダペストがございます。権力欲まるだしのブダペスト、お調子者のブダペスト、深刻ぶったブダペスト、深遠なブダペスト、機知縦横のブダペスト、くそったれのブダペスト、嘘つきのブダペスト、卑劣なブダペスト、紳士のブダペスト、形のないブダペスト(プラスチック)、三文文士と経済学者の都市、極度の傲慢と極度の卑屈からなる都市・・・】
こう書ける作家の幸せというものを感じる。
彼の作品はハンガリーでも難解と言われているそうである。ここに集められた作品たちはブダペストについてのものだからなんとか追いついて読んだ。

訳者あとがきによるとエステルハージ・ペーテルは1950年生まれ、翌年6月、一家は「人民の敵」として強制居住地に移住させられた。彼の一族は十七世紀前半に副王としてハンガリー史に登場する大土地所有の大貴族だった。中央ヨーロッパの名門貴族の家系である。社会主義体制崩壊後に、エステルハージ・ペーテルにも土地返還の申し出があったが断ったそうだ。(ハンガリー文芸クラブ編/訳 未知谷 2000円+税)

2008年02月08日

永原康史「日本語のデザイン」

日本語のデザイン (新デザインガイド)ちょっと見ただけでは簡素な表紙の本である。中身を読んでみろと相方が言ったので、いま読む本がいっぱいあるねんとモンクを言いながら受け取った。
ところが、開いてみるとおもしろい。〈はじめに〉の次に折り畳んである全部で10ページになる図版がすごい。[日本語のかたち鳥瞰]というタイトルで、日本語の表現が歴史を追って記されている。紀元前200年頃、大陸から漢字がやってきた。それからずっと漢字の時代が続く。倭語を漢字で書いていったわけだが、「古事記」の筆者太安万侶によって書くためのルールも決まる。そして万葉集も万葉がな(漢字で書かれた倭語)なのだ。その次に〈かな〉。美しい筆で書かれたかな文字、そして江戸時代の印刷物、戦争中の新聞記事、最後にパソコンの文字となって終わっている。
楽しくて何べんでも広げて眺めていた。〈かな〉を発明し発展させたのは女性たちだった。漢字を崩してかなになってしまった、その筆記のスピードが想像を誘う。気持ちのスピードが手より早い、まるでパソコンのキーボードのスピードを越えてしまうキータッチみたいな感覚(笑)。かなを駆使しての和歌や物語の数々に想いをはせる。

読み続けていくと、最後のほうにパソコンのローマ字入力についての一節があった。
ちょっと長いけど引用すると、【たとえばAならAの文字を書く代わりにキーを打つことと自国語ではない文字を打って、自分たちの字を呼び出すという行為はまったく違う。打鍵式のタイプライターであれば、文字を打つ強さが濃淡に現れる。鍵盤を打ちおろす速度(たたく強さ)で音量を変える電子ピアノがあるように、キーを打つ強さで表示濃度を変えるプログラムはさほど難しくはないだろう。しかし、キーと文字が対応せず、文字を呼び出す式の印字方法では、永遠に体と文字は切り離されたままである。発音とも筆勢や筆圧ともかかわりのない筆記方法が標準になりつつあるということだ。】
毎日文字を打っていて考えたこともなかったが、これからパソコンに向かう度に考えてしまうだろう。(美術出版社 2500円+税)

2008年03月08日

マイク・モラスキー「戦後日本のジャズ文化—映画・文学・アングラ」

戦後日本のジャズ文化―映画・文学・アングラこの本を読んでいる間にも、読み終わってからも、わたしは大阪で暮らしていてよかったとつくづく思った。東京という本流から外れた大阪で、幼年時代からスウィングジャズを聴いて育ち、モダンジャズに目覚めてアート・ブレーキーとジャズメッセンジャースにしびれ、フリー・ジャズにいってアルバート・アイラーに熱中し、大阪と京都で阿部薫のおっかけをし、強烈なドラマー日野明(晃)と知り合った。そして70年代の終わりにジャズから去っていったのが、その動きは本書に書かれている東京のジャズ史とものすごく重なっている。本書を読み終わるまで、わたしは自分がそんな普遍的な存在だと思いもしなかった。そしていま、大阪にいてよかったとつくづく思う。

【ところが、一九八〇年代に入ると、もはやジャズは〈同時代の音楽〉として認識されなくなり、ジャズを〈消費する〉ことはきわめて容易となった反面、ジャズは文化的想像力の源泉という役割をほとんどなくし、〈抵抗〉や〈破壊〉などの美学も日本のジャズ言説のなかの死語と化していった。】と第6章の終わりに書いてある。東京でジャズを聴いていた人たちはどこへ行ったのかしら。大阪のジャズ喫茶で知り会ってともにジャズを聴いていた人たちはほとんどが就職した。それから30年以上経ったが、いまは安穏な生活をされているようだと風の便りで聞いている。

その後はパンク・ニューウェーブに夢中になって、わたしの青春(?)は続いてきた。来日バンドのコンサートに行き、B-52で踊りEP-4のギグに夢中になった。その後は音楽から離れることはあったが、気持ちは変わってない。最近またいろんなところでジャズを聴くようになった。足の調子はイマイチだが、まだまだ続けるつもりでいる。相方は今夜もクラブで踊っているし(笑)。

本書の〈著者紹介〉によると、マイク・モラスキーは1956年にアメリカ セントルイスで生まれ、専攻は現代日本文学で70年代から10数年にわたって日本に滞在している。ジャズピアニストとして東京のジャズ・クラブなどに出演することもあり、CDも出しているという人だ。
〈はじめに〉で、本書はジャズから見た戦後文化史の試論であると書いている。そして映画、文学などに使われているジャズ、そしてジャズ喫茶について詳しく述べているのだが、終戦直後から現在に至るまでの日本におけるジャズのありようがすごくよくわかった。こういう客観的ジャズ史を考えたことがなかったから目からウロコが落ちた。

それともうひとつ大事なこと。本書では日本のジャズの世界における女性蔑視を大きな問題として取り上げている。めちゃくちゃうなづけることである。その世界をわたしは名誉男性になることで乗り切ってきた。その反省をサラ・パレツキーを読んで考えることで果たした。(青土社 2400円+税)

2008年03月10日

平岡正明「毒血と薔薇」

毒血と薔薇―コルトレーンに捧ぐ2007年7月に出た平岡正明「毒血と薔薇」を図書館で二度借りた。最初に読んだときにマイク・モラスキーについて知り、彼の著書「戦後日本のジャズ文化—映画・文学・アングラ」を図書館で探してきて読んだ。それからまた本書を借りてきた。
マイク・モラスキーが書いているジャズにおけるジェンダーの問題について、もう一度平岡さんの態度を読んでおきたいと思ったわけだ。
季刊誌「ジャズ批評」は1967年の創刊号から買っていた。5号ぐらいまで買っていたかな。平岡さんの有名な文章も読んだのだけれど、肌に合わなかったのでそれ以来読んだことがなかった。なんで肌が合わないかも考えたこともなかった。東京方面の左翼文化人って感じだった。
それが去年から何冊か読んで、平岡正明カッコええやんと思えるようになったのだが、でも違和感があった。マイク・モラスキーの本を読んで「毒血と薔薇」を読むと見えてきたのは、女性差別か女性嫌いか女性を問題にしてないなってこと。

最初にあるエッセイ「毒血と薔薇 コルトレーンに捧ぐ」は素晴らしいコルトレーン論で、「オーレ」について書いてあるところなど、すぐに「オーレ」をiTunesで探して聴いたほどである。ところが最後にのほうでコルトレーンが妻のアリスを舞台に上げるなと書いたあとに、【アルバート・アイラーもそうだ。死の四ヶ月前にアイラー・チームがフランスで行ったラスト・コンサートの舞台に、彼はマリー・マリアという自分の恋人を上げて、俺はシラけたことがある。】と書いている。アリス・コルトレーンについてはもっともだと思うわたしだが、マリー・マリアの声は好きだ。あのコンサートはマリー・マリアが出ているから好きなのだ。アイラーが死ぬ前に素敵な恋人を持ててよかったと思っている。
しかし、そんなことで怒ってはもったいないジャズ論が展開されているので読んでよかった。(国書刊行会 2000円+税)

2008年03月12日

菊池成孔+大谷能生「東京大学のアルバート・アイラー—東大ジャズ講義録・歴史編」

東京大学のアルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・歴史編2005年に出た本だが、書店の棚で見るたびに厭なタイトルだなぁと思って手に取ることもなかった。先日、平岡正明の「毒血と薔薇」を読んだら、その菊池成孔さんの「平岡先生、お言葉ですが、先生は寺島先生をぶっ壊す事は出来ません。何故ならば」という長いタイトルのエッセイが解説として最後にあり、タイトルに惹かれて読んでみたら、寺島靖国というジャズ評論家をおちょくっていてとてもおもしろかった。ちょうど図書館にあったので読んでみようと思ったわけ。
本書はほんとうに東大で2004年の4月から7月までジャズについて講義した記録である。講義といっしょにいろんなミュージシャンの音を聴かせている。アルバート・アイラーはその中の一人だが、手術台の上にミシンとコウモリ傘の代わりに東大とアイラーを乗せるような趣味はあまり好きではない。それなら読まずにすませばいいものを、図書館にあったら借りてくる(笑)。
内容は目次の第一章「十二音平均率→バークリー・メソッド→MIDIを経由する近・現代商業音楽史」で一目瞭然だが、西洋音楽とはどういうものかからはじまり、モダンジャズからフリー・ジャズへの歴史、最後の「MIDIとモダニズムの終焉」に至る。話言葉だからとてもわかりやすい。ジャズの歴史の勉強ができる。

フリー・ジャズについてちょっと長い引用
【「フリー・ジャズ」って一言で言っても、実はその中には今日聴いたようにさまざまなベクトルがあった。本当、一人一人違っていたと言っても過言ではないんですが、それがある歴史的な前進力の中で、何というか、一つの様式として、一緒くたにされてしまう。努力の果てに鈴に辿り着いたコルトレーンと、始めから鈴だったアイラーが同じ括りに入れられてしまうっていうのも(笑)いま思えばひどい話ですが、(中略)ソングからのフリー、定型リズムからのフリー、機能和声からのフリー、歴史からのフリー、正気からのフリー(笑)、みたいに、それぞれのミュージシャンが何から自由になりたかったのか。】
フリー・ジャズと同時代を生きてきた者としては、すでにこうして歴史になってしもたのかと感慨深いものがある。(メディア総合研究所 1600円+税)

2008年03月14日

藤沢周平「蝉しぐれ」

蝉しぐれわたしには読まず嫌いという作家や評論家がいて、断固として読まないままになっている本がけっこうある。藤沢周平もその一人だった。でも気になっていたかして、NHKの時代劇ドラマ「蝉しぐれ」を見ていたのだが、辛気くさくて途中でやめた。
信頼する人に薦められたときは、そのうちに読みますと生返事をしていた。
先日その藤沢周平の本「蝉しぐれ」と「三屋清左衛門残日録」の2冊を友だちがおもしろいから読めと送ってくれた。そこまでしたもらったのだからと「蝉しぐれ」を途中あたりから読み出したらおもしろい。最初から読み直して読了。
わたしの好きな時代小説は池波正太郎の「鬼平犯科帳」と「剣客商売」の他は、中里介山「大菩薩峠」、林不忘「丹下左膳」そして「忠臣蔵」だ。それに子どものときに読んだ兄の「少年講談」の塚原卜伝、岩見重太郎、田宮坊太郎などである。リアリズムの時代小説は好きになろうと思わなかった。

「海坂藩」(庄内藩が舞台とされてるそうな)の普請組の組屋敷で牧家の養子になった文四郎は育つ。母は血のつながった叔母にあたる人だが堅苦しく、血のつながっていない穏やかな父を敬愛していた。隣家の小柳家には娘のふくがいて、お互いに意識し合っている。
それから藩の派閥抗争に巻き込まれて父の切腹がある。ふくが藩主のところに奉公に上がるがお手がついて則妾となる。親友の一人が学者の道を行くのに江戸へ行く。
母と小さな家へ引っ越した文四郎は剣の道にいそしみ、奉納試合に出て注目を浴び、やがて秘剣村雨を伝授される。
クライマックスは藩主の子どもを産んだお福さまを藩内の抗争から守るところ。好きあっていたのに離ればなれになり、主従の立場で危機を乗り切る。
たんたんと描写される文四郎の人生。藩の中での息が詰まるような生活だが、その中に友情があり、剣だけでなく生産の場での仕事がある。(文芸春秋 560円)

2008年03月20日

今日もテレビスポーツ観戦、そして読書

お彼岸というのにここ2・3日寒い日が続いている。その前が暖かかっただけにいやな感じだ。どこへも行かずに本を読むのとテレビでスポーツ観戦の一日だった。本のほうはレジナルド・ヒルの「ダルジールの死」で、あとちょっとで終わるがフルスピードだったので、もう一度読んでから感想を書く。ものすごくおもしろい。
先日、押し入れの本を整理していたらドロシー・L・セイヤーズの「学寮祭の夜」が出てきた。机のそばの棚にもう1冊あって、ちょっとしたヒマにあちこち読んでいる(何度読んでもおもしろい)。めったにないことだが2冊買っていたみたいだ。ステファニー・シリーズファンの姪に他の本といっしょに送ったら喜んでくれた。なにがなんでもピーター卿&ハリエットファンに引っ張り込むつもり(笑)。

今日の大相撲は白鵬が千代大海にあっさりと破れたら、次は琴奨菊が頑張って朝青龍が負けた。これで一敗朝青龍、二敗白鵬、把瑠都、栃煌山となった。今場所は栃煌山の名前が何度もテレビ画面を飾っている。いけいけ栃煌山♪

7時のニュースを見てからフィギュアスケート女子SPを見た。今年はスケートの中継を全然見ていなかったので新鮮だった。
ヨーロッパの選手、1位のカロリナ・コストナー(イタリア)、4位のキーラ・コルビ(フィンランド)がよかった。コスチュームがスタイリッシュで大人っぽい。以前はミシェル・クワンと村主章枝選手のコスチュームがシンプルで好きだったけど、いまはこの二人がステキ。明日の中継が楽しみだ。

2008年03月22日

今日の散歩は本屋さん

今週は1回だけ整骨院へ行っただけで、あとはスーパーと郵便局以外に外出していなかった。なんとなく世間知らずになった気持ちで、このまま行くと出不精のまま年を取ってしまいそうだ。
第4土曜日はヴィク・ファン・クラブの例会日と決めている。決めてあるとその気になって出かけるからいい。早めに出てジュンク堂へ寄った。文庫本と文芸ものをじっくり見て、ローラ・リップマン「女たちの真実」とレジナルド・ヒル「完璧な絵画」を買った。「女たちの真実」は女性探偵テス・モナハンものかと思い込んで楽しみにしていたのだが、ノンシリーズだった。訳者あとがきを読むとクィル・ブック賞という一般読者が選ぶ賞(ミステリ・サスペンス部門)をもらった力作とのことだ。読むのが楽しみ。
「完璧な絵画」はまたダルジール警視シリーズで読み残していたものだった。最近古いポケミス(1998年初版、2000年再版)があるのがありがたい。めちゃくちゃ読むのが楽しみ。
ネット注文したらラクなのだが、本屋の棚を探すのが好き。買わない本でも新刊書を眺めるのが好きだ。今日はすごい人を見た。備え付けのカゴにミステリーの文庫本がぎっしりと入っている。いくらぐらいかなと人の買い物の金額を計算してしまった(笑)。

シャーロック・ホームズでギネスを飲みながらおしゃべり。最後はアイリッシュコーヒーでしめた。今日の話題はパソコン関連のことが主だった。

2008年04月07日

藤沢周平「三屋清左衛門残日録」

三屋清左衛門残日録 (文春文庫)「蝉しぐれ」といっしょにYさんが送ってくださった「三屋清左衛門残日録」を読み終わった。前にも書いたけど、わたしの時代小説の好みは血沸き肉踊るもので、だから藤沢周平は読まず嫌いだった。「蝉しぐれ」を読んで先入観を修正したばかりである。

三屋清左衛門は藩の用人をしていたが、三年前の四十九歳のとき妻が病死してから、隠居を考えるようになった。仕事ができる上に口が堅いと、いまだに藩主にも信頼されている人だけあって、普通の人の隠居生活とは違う。息子は藩に務めているし嫁の里江はよく気がつく。しかも藩主の気遣いで普請組が隠居部屋を増築してくれたのである。

隠居して間もないある日、友人の町奉行 佐伯熊太が訪ねてくる。ヒマだろうと言われて、これから道場で体を鍛えること、塾で経書を学ぶこと、それに釣りに行きたいし山で鳥を刺したいと答える。佐伯は気力をなくさないためにやったらいいが、いまはこっちの仕事を手伝えと言う。こういう調子で隠居生活は忙しく張りのあるものとなる。
釣りに行った帰りに人助けをするし、昔係わった女性が訪ねてくるし、それらの人たちを良い方向へ向かわすのに努力を惜しまない。藩には派閥があって、お世継ぎ問題もあって、殺されかねない状況になったりする。
そういう中で思いをよせてくれる女性がいるが、彼女が国へ帰る別れの挨拶をしたとき「わしは、そなたの死んだ父親によく似ているらしい。図星だろう」なんて言うのである。

成功したサラリーマンが停年退職したとき、こういう悠々自適である上に張りのある生活ができることは羨ましいものだろう。池波正太郎の「剣客商売」の秋山小兵衛は自営業の人が年を取った姿かなと思う。どちらも筋を通して生きている。

「剣客商売」ほどではないが、美味しいものを食べるシーンが何カ所かある。赤蕪の漬け物、蟹の味噌汁、はたはたを茹でて大根おろしの醤油味、みんな美味そう。

2008年04月26日

ジュンク堂で新刊書を見てまわる

ロリータ (新潮文庫)夕方早めに出かけて一人で晩ご飯を食べるというのも楽しいものだ、だが相方の仕事が忙しいので、晩ご飯用に時間をかけてカレーとサラダを作り、洗濯してとばたついてから出かけた。
ジュンク堂の2階3階をぶらつくのは快楽である。最終的には文庫本しか買わないのだけれど、見るだけならハードカバーもちゃんと点検する。ちょっとだけ欲しい本は図書館で借りることにして慎ましい買い物である。
買ったのはウラジミール・ナボコフ「ロリータ」(若島正による新訳 新潮文庫)。これは昔大久保康雄訳で読んだままなので、今回は若島さん(ミステリマガジンの連載を読んでファンになった)の訳が楽しみ。
ヴィク・ファン・クラブ会員のYさんが「すごい」と言っていたコーマック・マッカーシー「血と暴力の国」(扶桑社ミステリー)は映画「ノーカントリー」の原作。
それからイアン・マキューアンを読んでみたかったので、いちばん薄いのを選んで「アムステルダム」(新潮文庫)にした。ブッカー賞受賞作。
それと姉のためにネコの本と森まゆみさんの随筆を各1冊。先に読んでから持っていく。

どれから読もうかと思いつつ、シャーロック・ホームズで食後に「アムステルダム」を読み出したら、最初からぐっと惹き込まれた。これは気を入れて読まねばなるまい。
森まゆみさんのほうは字が大きいし読みやすそう。東京に住む書き手の日常茶飯事みたいなことが普遍的でもある。読むことが経験になるような本だ。まだ少ししか読んでないが。

2008年04月30日

森まゆみ「その日暮らし」

その日暮らし森まゆみさんの本を読むのははじめてである。ずいぶん前から書評や雑誌のコラムなどを読んでいて信頼できる人だと思っていた。先日、本屋でほのぼのした表紙を見かけて、姉に買っていくことにした。その前に拾い読みしようと思ったのだが、読みかけたら手放せなくなって全部読み終えた。

森さんは地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の編集人として有名であり、たくさんの著書がある。離婚して子ども3人とお寺の境内にある家に住む生活が書かれているが、本書ではそこからマンションに引っ越す。
「家は狭いけど心は広かった」という章で、【路地の調査をしたとき、“人情”とは非歴史的なものではなく、地方から出てきた根なし草同士、助け合い融通しあわなれれば、生きていけないという、すなわち“貧しさ”こそが根底にあると学んだ。いきが意地と媚態とあきらめのブレンドならば、人情は、貧しさと孤独とええかっこしい(あるいは他人の境遇への察し)で成り立っている。】とあって、鋭い!と思った。

全体に江戸っ子な感じがするはっきりとした物言いで、こんなこと言うても大丈夫かと思ったところもある。だけどこの歯に衣着せない物言いだからこそ、読者に愛され信頼されて本は売れているのだろう。
文学少女が大人になった感じもあり、「小公女」への共感があるのに笑った。少年少女や恋人たちが海岸にいる風景を【いいなあ、石坂洋次郎してる。】と書いているところがあり、これがわかるのは何歳くらいから上かとおかしかった。

「あとがき」によると「その日暮らし」とは、未来のために現在を犠牲にしない生活をさす、とある。(集英社文庫 476円+税)

2008年05月10日

まだ感想は書けない ウラジーミル・ナボコフ「ロリータ」

ロリータ (新潮文庫)夜中まで夢中で読んでいた一日目、寝ついたと思ったら悪夢にみまわれ、明け方には自分の寝言で目が覚めた。それからちょっと休んだり夜中に読むのをやめたもので読み終わるまで時間がかかった。
そしていま読み終わって訳者あとがきを読んだところだ。ていねいな注釈がついているのだが、その注釈を初読でなく再読のときにお読みいただきたいとある。そうなのだ、最後のほうにきたとき、もう一度読んでからでないと感想が書けないなと思っていたのだ。落ち着いて注釈を読みつつ再読しよう。

わたしが最初に「ロリータ」を読んだのは1960年ごろ、最初の大久保康雄訳だった。なぜかおもしろくなかったのを翻訳のせいにして、そのままになっていた。評判になり過ぎたので映画も見に行かなかった。

もう一度読もうと思うようになったのはちょっと前だが、若島さんの訳なら信頼して読めると思った。そのとおりで「ロリータ」が20世紀にそびえる小説家の一人という言葉に納得である。2005年に若島さんの翻訳がハードカバーで出ていたのを知らず、先日ようやく新潮文庫のを買ったのだが、文庫本になるにあたってまた点検作業をしたとあって、いま日本で最高の状態で読めることに感謝だ。(若島正訳 新潮文庫 857円+税)

2008年05月12日

「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」(季刊)其の八十九

森まゆみさんの本「その日暮らし」を読んだら、森さんと仲間が編集発行している「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」を読みたくなった。
1号(菊まつり特集)は1984年10月に発行されているんだよね。わたしはこの地域雑誌の名前をいつごろ知ったのだろう。森さんの随筆とか書評を読むたびに経歴のところに書いてあるのだが、森さんはいつごろから全国区になりはったんやろ。
読みたいと思ったが取り寄せるところまではいかず、東京の友人が谷中・根津・千駄木のほうへ行くときに買ってきてと頼んで手に入れた。昨日書いた煎餅はこれといっしょに送ってくれたものだ。持つべきものはものくれる友(笑)。

わたしは昔ら小冊子が大好きで手に入ると最初から最後まで読む。最近は読みたい小冊子がなくネットに興味がいっていたが、今回は最初から最後まで堪能するまで読んだ。全然行くこともないだろう土地の話がなぜかおもしろい。「特集/豊かな時間の過ごし方」で「町で遊ぼう 大人の工作」のそれぞれのお店の取材を読んで楽しんだ。
地図を見て行きたいと思ったのは、立原道造記念館・竹久夢二美術館・弥生美術館と三つ並んでいるところ。日暮里って中野重治の詩にあったような気がする。青鞜発祥の地なんかあるぞ。坂が多いなぁ。地図だけでもけっこう遊べる。近代史を探る旅ができるところなのね。
各ページにあるマッチ箱くらいの広告が楽しい。〈きいちのぬりえを中心に展示のぬりえ美術館〉の広告もある。猫が眠っている〈喫茶 映画館〉もいい。外人さん向けらしい旅館の広告〈澤の屋〉は名称以外は英文である。

2008年05月24日

アーザル・ナフィーシー「テヘランでロリータを読む」を読みはじめた

テヘランでロリータを読む一昨年に発行された本書を読みたいと思ってから日が経った。かんじんの「ロリータ」を読まないことには、読んだかてわからんやろ、と思ったわけ。ようやく「ロリータ」を読み終えたので堂々と買ってきた。
まだ感想を書いてない本や買ったまま読んでない本、図書館で借りた本がたくさんあるのだが、今日はしんどいのも治ったことだし、ハードカバーだから目の疲れも違うしと本書を開いた。最初のページから惹き込まれて読むのをやめられない世界が広がった。
「テヘランでロリータを読む」ってどういうことだろうという疑問があったが、読み出す前に〈著者紹介〉と〈著者ことわりがき〉でわかった。

〈著者紹介〉にはこうある。【1950年頃テヘランに生まれる。父は元テヘラン市長、母は国会議員。著者は、13歳から海外留学し欧米で教育を受け、1979年のイラン革命後に帰国し、テヘラン大学の教員となる。1981年ヴェールの着用を拒否してテヘラン大学から追放される。その後、自由イスラーム大学、その他で教鞭をとる。1997年にアメリカに移住。現在はジョンズ・ホプキンズ大学教授。ワシントンDC在住。】

〈著者ことわりがき〉が最初にある。【この話に登場する人物と出来事には、主として個人を守るために変更を加えてある。検閲官の目から彼らを守るだけでなく、モデルはだれで、だれがだれに何をしたのか穿鑿して楽しみ、他人の秘密によってみずからの空虚を満たそうとする人々からも守るためである。(後略)】

そしてはじまる「第一部 ロリータ」では1995年の秋、最後の大学をやめた著者がかねてからの夢を実現することにする。教え子の中からもっとも優秀で勉強熱心な七人を選び、彼女の家で週に一度文学について話し合おうと誘う。
教え子が彼女がよく口にする警告を言う。【どんなことがあっても、フィクションを現実の複製と見なすようなまねをして、フィクションを貶めてはならない。私たちがフィクションの中に求めるのは、現実ではなくむしろ真実があらわになる瞬間である。」】
この読書会は彼女がテヘランを離れるまでの二年間続いた。
わたしはテヘランにおける「ロリータ」の物語を読みはじめたところだ。

2008年05月28日

羊羹をめぐって、原研哉「デザインのデザイン」と谷崎潤一郎「陰翳礼賛」

デザインのデザイン先日「羊羹は夜の梅の厚切り」というタイトルで、羊羹が好きなわけを書いた。文学的に好きなんてね。
今日、原研哉さんの「デザインのデザイン」という本を読んでいたら、「第六章 日本にいる私」に「『陰翳礼賛』はデザインの花伝書である」という文章があり、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」の羊羹の一節にふれている。
あら、そうだっけと古い文庫本を出してきた。古い中公文庫なんだけど、カバーの後ろ側に羊羹の一節がある。なんだ、有名なところなんだ。
【人はあの冷たく滑らかなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。】
本文へいくと、【かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹の色を賛美しておられたことがあったが、】とあった。わたしが読んでさわいだところだわ。おお、羊羹を買ってこよう。電灯を消して、蠟燭の灯りで食べることにしよう。

いま「テヘランでロリータを読む」を主に読んでいるが、とても内容がきついので、合間に「デザインのデザイン」を入れている。「陰翳礼賛」はかなり前に読んだままだ。薄いから外出時に持って歩こう。(谷崎潤一郎「陰翳礼賛」中公文庫 500円、原研哉「デザインのデザイン」岩波書店 1900円+税)

2008年06月04日

アーザル・ナフィーシー「テヘランでロリータを読む」

テヘランでロリータを読む書評や紹介を全然読まないから、本書を読む前にはなんでテヘランでロリータを読むのかわからず、とりあえず「ロリータ」を読もうと思った。「ロリータ」を読むといっそうテヘランで読むということがわからなくなった。だがそれは〈著者のことわりがき〉や著者紹介を読むと見えてきた。読み出すとなぜロリータかわかってきたし、ギャツビー、ジェイムズ、オースティンであり、それ以外ではないこともわかった。いま本は付箋だらけである。

わたしは「ロリータ」に惹き込まれて、この本はもう一度読もうと思ったのだが、その視点はかなり男性側に近いことが本書で理解できた。ナボコフはどうであれ、わたしはロリータという少女のことをそう暖かく見てはいなかった。本書を読んだことで、女性の問題として考えるためにももう一度読まなければならない。

「第一章 ロリータ」
アーザル・ナフィーシーの住むテヘランでは、革命前には自由があり、母親の世代は自由に街を歩いていた。異性とつきあい警官にもパイロットにもなれた。革命後、結婚可能年齢が十八歳から九歳に下がり、姦通と売春に対する刑罰として石打ち刑が復活した。そういう国の大学で文学を教えていた彼女は大学を追放される。
彼女は教え子の中から優秀な生徒に声をかけ、週に一度、自宅で「ロリータ」の読書会をすることにする。ヴェールを被ってやってくる若い女性たちが、部屋に入るとヴェールを脱いで美しい髪を手で梳く身振りがいとしい。
生徒たちそれぞれの会話や着るものや食べ物などの具体的な語りの中で、テヘランで生きる女性たちの人生が浮かび上がる。
アーザルには外国で教育を受けた過去があったが、その過去が盗まれ、自国で亡命者になった。彼女はその喪失を嘆ける。だが学生たちは【盗まれた口づけ、観たこともない映画、肌に感じたことのない風のことばかり言っていた。この世代は過去を持たない。彼らの記憶とは、不確かな願望の、かつて一度も経験したことがないものの記憶だった。】。

「第二章 ギャツビー」
まだ大学で教えていたときのことで、授業で革命派の生徒が画一的な言葉で文学を貶める発言をする。大学内はムスリムの学生と左翼の学生が衝突する。
政府の介入でいわゆる退廃的な西洋文化を一掃しようとする試みはじまる。【私は革命委員会に対して、月数千トマーンのためにうわべだけヴェールをつけるよう強要するのは、教員としてまた女性としての私の良心を傷つける行為だと言った。これはヴェールそのものでなく選択の自由の問題だった。】
今日はここまで。

2008年06月17日

山本義隆「磁力と重力の発見」1 古代・中世

磁力と重力の発見〈1〉古代・中世お正月に姉の家へ行ったとき「山本義隆さんの本を女性歌人が読んだと新聞に感想を書いてはったけど、わたしにも読めるやろか」と言ったので「読めるよ」と返事したら、「ほなネットで買うてさきに読んで」となった。実は読みたいと思っていたのだが3冊もあるので買うのをためらっていたので大喜び。
5月の連休に姉のところへ行ったときに第1巻だけ読んだのを持っていった。あと2冊はお盆休みに行くときまで借りておくと了承済み。

で、第1巻を読んだときのメモからここに書いておく。
もともと、こういう話が好きなのだ。単なる興味からだが、中世の錬金術の本とか若いときにかなり読んでいる。きっとおもしろく読めると思ったら、ほんとにおもしろく読めた。ただし、これももちろん学問でなくタダの興味である。
古代からはじまって、ヘレニズム、ローマ帝国、中世キリスト教世界、そして中世社会の転換、磁石のコンパス使用のはじまりとなっていく。名前だけ知っていたトマス・アクィナスの磁力理解とロジャー・ベーコンと磁力の伝播、名前すら聞いたことがないペトロス・ペレグリヌスと読むだけは読んだ。
やっぱりおもしろく読めたのは、文学作品に書かれたものの紹介だ。1200年〜1210年に書かれたと見られる本には薬として役立つ宝石のことが出ているという。そして、【十三世紀—十四世紀中期にドイツ語で書かれた『狐ラインケ』にも「薬草や石の効能にも造詣の深い」ユダヤ人が語る、「八百八病を治し」すべての苦しみを取り去りあらゆる災難を免れさせる宝石の話が出てくる。】とある。
さらに興味を持ったのは、ヒルデガルトという女性のこと。幼時に幻視を体験し、8歳で修道院へ入り、43歳になってはじめて幻視を文字に表す。一生修道女で過ごすが最後は女子修道院長に登りつめた。そのころのキリスト教社会は男性社会でヒルデガルトは正規の教育は受けていない。その彼女が1150年から60年の間に「自然学(フィジカ)」という本を書いた。その内容は特異なもので当時の学問の影響を受けていない。【最近の研究でも「その内容はゲルマン民族の伝統にもとづいたものであり、それに自分たちの経験や観察で得られた知識を蓄積して得たもの」で「ヒルデガルトの『自然史』以外に、このようなくわしい民間の薬草知識を語る者ものは、現存する中世の史料のなかには存在しない」とされている。】こういう人がいたということを知っただけでも、わたしには大いなる収穫だった。(みすず書房 2800円+税)

2008年06月29日

今日から、S・J・ローザンの新作「冬そして夜」を読み出す

冬そして夜 (創元推理文庫 M ロ 3-8)昨日は午後から難波845でトークイベントがあり、夜はヴィク・ファン・クラブの例会日だった。ジャズスポット845は四つ橋線の難波駅を上がったところにあり、西梅田に出るのにとても便利だ。5時半に845を出て階段を下りると、すぐにブックファーストがある。まっすぐに海外文庫本のところに行くと、目の前にS・J・ローザンの「冬そして夜」があった。実は買おうと思ったのはヘニング・マンケルの「タンゴステップ」だったんだけど、見当たらないからしかたない。
すぐに四つ橋線に乗って(しくじらないように行く方向を確かめてから)5時50分に西梅田に着いていた。後はどすんと座っておいしいギネスを飲み、いっぱい食べて、アイリッシュコーヒーも飲んでしゃべってきた。
それでも冷房の効いたところに長時間いると足下から冷えてくる。梅雨時はほんとにかなわん。帰ってからゆっくりと温まるのを待ってから寝た。

今日は朝明るかったので洗濯して、ちょっとだけでも読んでおこうとディケンズの「荒涼館」の1冊目を読み出した。語り手の女性エスタの生い立ちが謎に満ちていて、どんどん惹き込まれる。その背景にある裁判はなんなんだろう。興味津々。

それはそうなんだけど、せっかくの新刊なんだから読まねばと、晩ご飯後は「冬そして夜」を読み出す。これが字が細かくて長いんだわ。今回はビルが主役ですぐにリディアが援護にまわる。おもしろくて分厚いけど持って歩きそう。

2008年07月01日

中山康樹「ジャズメンとの約束」

ジャズメンとの約束難波845での中山康樹さんトークイベント「マイルスの夏、1969」に行ったとき、帰りにサイン本を1冊ずつくださった。わたしは内容を全然知らないままに、表紙の写真に惹かれて「ジャズメンとの約束」を手にした。
中山さんの本を読んだのはたった一冊「マイルス・ディヴィス ジャズを超えて」だけである。あとは相方の「マイルスに聴け」なんかを拾い読みしている程度だった。
開くと字が大きくて行間が広くてさっさと読めそう。目につくミュージシャンの名前がみんなお馴染みなのだ。ジャズを聴いてきた年月の長さのせいである。だけど名前を知っていても楽器は知らなかったりする人もいる(笑)。

評論や紹介ではないが啓蒙書のような感じで、ジャズミュージシャンのことを、その人のいちばんその人らしいエピソードで語っている。
わたしのジャズへの傾倒はアート・ブレーキーから始まったので彼の章を開く。アート・ブレーキーは自分の生年月日を知らなかった。パスポートに記載されていた生年月日は“見当”だったとある。晩年、アート・ブレーキーをレコーディングし続けたのはヨーロッパと日本のレコード会社だけだったそうだ。
【過去、アート・ブレーキー&ジャズ・メッセンジャーズを聴いたことによってジャズ・ファンになった人間は数知れない。(中略)アート・ブレーキーがジャズ・メッセンジャーズを通じて世に送り出した才能もまた数知れない。】と、ジャズミュージシャンの名前がたくさん続く。【だが、アート・ブレーキーの功績が広くアメリカで認められたことはない。(中略)それが、“黒人である”ということだった。】

その他、ギル・エヴァンス、マイルス・ディヴィス、ジョン・コルトレーンとガトー・バルビエリ、ジョー・ザヴィヌルのエピソードがよかった。ヴィレッジ・ヴァンガード、ブルーノートの話は知っていてもじーんとくる。(集英社文庫 476円+税)※本の写真は2002年に河出書房新社より刊行されたものです。

2008年07月11日

アーザル・ナフィーシーとダイアン・ウェイ・リャン

「テヘランでロリータを読む」のアーザル・ナフィーシーと、「翡翠の眼」のダイアン・ウェイ・リャンは祖国を離れて、異国で祖国のことを書いているのに気がついた。イランと中国出身の二人がアメリカに渡って大学で教えている。日本から外へ出たことにないわたしには想像すらできないことだ。
祖国から脱出するにあたっての大変さ、そして異文化の国で教える地位に着くのはどんなに大変なことだったろう。それぞれの表現方法で祖国のことを書かずにいられない心のうちを思いやる。
評論書とミステリーと表現方法は違うけれども、自由と自立というテーマが一本真ん中に通っている。

2008年07月16日

暑さを忘れる楽しい読書

暑さに慣れていないせいか、いきなりの33度〜34度はこたえる。今日は救急車と消防車が近くを何度も通った。窓を開け放しているからサイレンやらなにやらがすごい。ふと音が止むと、近所かと気になり見下ろすと左折しようとしている。これから当分、大阪の長い暑い夏(おっと、今年も書いた!)が続く。嫌いではないが、年々体にこたえるようになっている。

暑さを忘れるいちばん良い方法はおもしろい本を読むことだと、今日の午後の暑さの中で思った。ディケンズの「荒涼館」2冊目とサラ・ウォーターズ「夜愁」を読んでいると暑さを忘れた。19世紀と1940年代のロンドン、内容が全然違うから、代わりばんこに読んでもおもしろい。ディケンズってなんでこんなにおもしろいの、と思いながら読み、サラ・ウォーターズの女たちの圧倒的な愛の姿に溺れる。

今夜はヴィク・ファン・クラブの会報の最後の仕上げをして、封筒に入れたら夜中を越してしまった。毎月ご苦労さまと自分に言って、ヴィクの愛する黒ラベルを一杯飲むことにしよう。今月の表紙は黒ラベルの写真にした。いつも会員の娘さんたちが描くネコやヒヨコのイラストなので、ちょっと変わった雰囲気になった。

2008年08月14日

山本義隆「磁力と重力の発見」2 ルネサンス

磁力と重力の発見〈2〉ルネサンス2冊目の本書では、磁力の理解がルネサンス期になって近代物理学に発展していったわけではなく、魔力としての磁力という理解に変貌していったこと、近代科学の概念や方法が一見非科学的に前近代的な観念のうちに育まれてきたということを実証していく。

一五世紀後半に復活した魔術思想はヨーロッパ全域の知識人のあいだに影響を及ぼす。これまでの貴族・僧侶・農民という三身分におさまらない都市市民が増大し力をつけてきたことで、それまで呪術的・土俗的だった魔術が知的な装いをこらすようになり、生活向上を目指す都市市民に訴えるようになった。
と同時に印刷書籍の登場があった。商品としての書籍の大量生産と、それを購読する都市市民の存在が魔術思想の普及を促していった。
魔術という言葉にとまどうが、【自然界は諸事物とその相互作用からなり、人は観察をとおしてその力を知ることができるという魔術思想こそ、やがてケプラーそしてニュートンによって創り出されてゆく近代物理学のキー概念というべき万有引力概念を準備するものとなった。】という説明で納得がいった。

そして次の章は大航海時代となる。遥かなるインドの海原に磁石の山(島)があって船を沈ませるというように、キリスト教徒にとってインド世界は驚異と怪異の貯蔵庫であった。やがてコロンブスによって磁石の山は北極圏になった。
磁気羅針儀の使用は火薬や印刷術とならんでヨーロッパの中世と近代をわかつものであり、ヨーロッパ人を古代崇拝の幻想から覚醒させ、近代のヨーロッパ人に進歩という観念を植えつけることになる。ということがきちんと説明されている。

わたしが本書でいちばん興味を持ったのは印刷技術の発展だ。小見出しに「一六世紀文化革命」とある。書物は最初のうちはラテン語の宗教書だった。だが出版業者は利潤を目的として書籍を作ったので、俗語で書かれた本の出版が促進された。大学人や知識人は長い間にわたって俗語で本を書くことに抵抗した。いまから想像もつかない教会による宗教的支配があった。〈知の独占者〉からすると俗語使用は異端につながる。

先日わたしは佐々木俊尚さんの「フラット革命」を読んで、いま普通の人たちがブログや掲示板で発言することへの不快感をもつ、マスメディアや知識人がたくさんいることを知った。わたし自身もブログを持っていないときに何度も不愉快なことがあった。一六世紀と変わらない状況がいまもあることを実感している。(みすず書房 2800円+税)

2008年08月30日

吉本隆明「生涯現役」に共感

生涯現役 (新書y)吉本隆明は60年代70年代に若い人にずいぶんと読まれた思想家だけど、難解ということでわたしは読んだことはなかった。たしか「言語にとって美とはなにか」を読みかけたのだが最後までいかなかった覚えがある。
ここ数年は新聞や雑誌に出ているのをほんの少し読んでいるけど、ずいぶんとまるくなったというか、文章がやさしくなったという印象はあった。でも遠くの高いところにいる頭のよい人という印象は変わらなかった。

相方が昨日図書館で借りてきて、にやりとしながら渡してくれたのは「生涯現役」。いつもそうありたいと話していること、ずばりのタイトルの本である。「老いてなお現役であるための決意と覚悟の書」とある。
吉本さんが語ったことを、今野哲男さんが聞いて文章にされているから、語り言葉で読みやすい。突然べらんめえ口調になったりするところがおもしろい。

最初の章の見出しは「若い人へ/老いて一億円あったら、急速に歳をとっちゃうなという感じがします 隠居」である。吉本さん自身が、いまもちゃんと働かなければ、ちょっと手をあげちゃうなというのが実感と書いておられる。働かなければならないのはきついけど、意欲としてあったほうがいい。ここで一億円あったら、吉本さんの実感では急速に歳をとっちゃうだろうと。一億円は例えで食うに困らない安楽な生活なこと。
また、戦争が終わったときに若かった吉本さんが、なにか言ってもらいたかった思想家の沈黙に出合い、自分はなにかあった時点で発言していこうと思っているというところが印象に残った。

最後のほうの章「一人を助けることが全部を助けることと同じ助け方 老いのシュミレーション装置」では、【通りかかったときにたまたま遭遇したその老人を助けてやることのなかに、もう少し精神的な要素が画然と入っていたとすれば、その人一人を助けることが老人全部を助けることと同じだよという意味をもつ。あるいは価値をもつといってもいいですけど、そこまでいかなければ、そりゃ単なる親切に過ぎない。(中略)だから、ぼくは、世の中が便利になって老人体験装置のようなものが発達し、そういうことがあらゆることについて可能になるということは、完全に肯定しますが、しかし、だからといって、そこから価値が出てくる、老人がわかっちゃう、それで終わりということでは、全然ないと思います。もしそこでとどまるのならば、それはたかだか善なる行為に過ぎない。】
【その人一人を助けることが老人全部を助けることと同じだよという意味をもつ。】って、わかるような気がする。

抽象的なところもあるけど、ほとんどは実際にあったことや経験したことだし、自分の体のこともあけすけに語っていて、老人として発言する決意が清々しい。老人にも若人にも読んでもらいたい。(洋泉社新書 780円+税)

2008年09月15日

本がおもしろくてたまらない

昨日とうってかわって曇りと小雨の淋しい一日となった。洗濯物が乾かないのが困るけど、涼しいのはありがたい。
三日間の休みがあっという間にすんでしまった。外出は近所のスーパーへ行ったのと、昨夜ちょっと近所へ飲みに行っただけ。ヴィク・ファン・クラブの会報が優先の一週間である。今日は表紙もやっつけたし、あとがきを書けばいいところまでいった。今月も力作になったと思う、主観やけど。

今日は経済関係のネットニュースをあれこれ読んでいた。リーマン・ブラザーズ破たんがやっぱり気になる。報道ステーションも見た。

読書は山田真さんから「子育て みんな好きなようにやったらいい」を送っていただいたので、読みかけているのと、先日買ってきた新刊のグレッグ・ルッカ「哀国者」も読みかけている。両方ともおもしろくてどっちを優先するか困っている。テーブルの前にいるときは山田さん、パソコンを置いてあるデスクの前では「哀国者」と決めていたけど、ちょいと乱れてきた。
それにネット(青空文庫)で岡本綺堂「半七捕物帳」を読みかけたらおもしろくてとまらない。これもナンギなこっちゃです。

2008年09月26日

梅田望夫「ウェブ時代をゆく—いかに働きいかに学ぶか」

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)梅田望夫さんの本を読むのは「ウェブ進化論」と、茂木健一郎さんとの共著「フューチャリスト宣言」に続いて3冊目だが、今回もとても楽しく読めたし励まされた。
読み終わって思ったのだけれど、〈混沌として面白い時代〉をオプティミズムを貫いて生きるのは大変なことだ。わたしのような理由なきオプティミズムではないんだ(笑)。
【誰もが自由に表現すればそれが不特定多数に届く「総表現社会」では、私たち一人ひとりがネット上でどういう生き方をするかによって、「もう一つの地球」の未来の姿を大きく変えうるのである。】

グーグルやオープンソースその他のネット上で展開されている事業に触れているところは、とても知識を得られたし勉強になった。
でも、あっそうかと得心したのは「けものみち」というところ。【「働き者」タイプの人は、それほど案ずることなく「けものみち」をすいすいと歩いていけるのではないか。ネット空間から即座に反応が返ってくることに興奮したり、ミクシィで友だちをたくさん作りそこから生まれる新しい関係を積極的に面白がっている「働き者」タイプの人たちは、「そんなことなにが面白いの」と言っている「面倒くさがりや」タイプの「怠け者」よりも、あきらかに「けものみち」向きである。】よかった〜、わたしは「けものみち」を行ってるわとにっこり。

【一般的に、リアル世界で満足度の高い人ほどネットには関心を持たない。リアル世界で満足度が低い人(若い人はその代表)ほどネットの可能性に興奮している。(中略)だから「リアル世界」だけで満足できない人たちでも、リアルとネットを自由に創造的に行き来することで、より良く生きる可能性や選択肢が生まれるのではないか。また創造的に行き来しなくとも、「もうひとつの地球」の存在ゆえに「いつでもそこへゆけるという安心感」を抱けば、「リアル世界」を少しは「息ぐるし」くなく生きられるのではないだろうか。】

今日は引用が多い。消化してないのがまるわかり(笑)。難しいところは置いといて、わたしは性格がネットに向いていること、リアル世界で満足度が低いという点もネット向きということがわかったので、よっしゃー。(ちくま新書 740円+税)

2008年09月30日

山田真「子育て みんな好きなようにやればいい」(新装版)

子育て 新装版―みんな好きなようにやればいい山田さんに送っていただいた本書は、1990年に出されたものに20年後のエピソードをつけ加えた新装版である。平野甲賀さんの装丁はとてもモダンでしゃれていて、文字と色合いに見とれてしまう。本棚に立てても見栄えがするのでうれしい。

第1話〈ぼくはネアカな“町のお医者さん”〉では九代続いた医家の一人っ子であった山田さんの生い立ちから大学闘争の時代を経て、下町の診療所で修行しつぶれそうな診療所を引き受けたこと。ついで「このごろの病院の待合室は老人のたまり場になっている」という悪口にたいして「たまり場じゃあ、いけないのかよ」と反論したい気持ちがあると書いておられる。待合室にいると必ず話し相手に選ばれるわたしはうなずいて読んだ。
それから、お連れ合いと出会い、彼女の家事・育児分担“宣言”を受けて、二人で自分流でやってきた子育ての話になる。
そして障害をもった長女が保育園からはじまって高校を卒業するまでの長い闘い、第4話「障害者が生きにくい社会は病んでいる」では、障害を持つ子どもたちについて語っている。
第5話から病気の話になり、お医者さんのこととなり、第7話では〈「母と子の絆」論をけっとばせ〉と「母性」は時代に利用されやすいと説く。
第8話は〈子育てはみんな好きなようにやればいい〉子育ては男と女でやろう。

ここまでが1990年に書いてあることで、今回はそのあとに〈子育て、その後——二十年後のエピローグ〉がついている。ここでは書かないが、お孫さんが二人いる現在の話がむちゃおもしろい。

山田さんの講演会に行った知り合いが、目を輝かして言っていたが、「山田先生は時間がくると、今日は炊事当番だからとそそくさと帰るのがカッコいい」んだそうだ。

読み終わって思ったのだが、先日読んだ梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく—いかに働きいかに学ぶか」に書かれていたオプティミズムという言葉は、山田さんの人生にぴったりだ。知性ある人が笑いながら闘っていま真っすぐに立っている。オプティミストだ。(太郎次郎社エディタス 1600円+税)

2008年10月01日

吉本隆明「日本語のゆくえ」

日本語のゆくえ一カ月ほど前に同じ著者の「生涯現役」を読んで、それまで吉本さんに持っていた偏見を正した。
今回はもうちょっと深く吉本思想に近づきたくて読み出したが、やさしい言葉で語っているのに内容が深い。昔読まなかった「共同幻想論」や、読み出したものの読めなかった「言語にとって美とはなにか」で書いていたことをやさしい表現で言っているのかと思う。
本書が読みやすいのは、東京工業大学の学生を対象として語っているので話し言葉だからだろう。だけど内容は深くて用事をしたり歩いたりしながら考えこんでいた。

表現について「源氏物語」からはじまって現代にいたっているのだけれど、現在は話体の作家の時代であり、日本人の七、八割を占める中流意識をもった人たちを読者として書かれた作品が主流になっているという。純文学的な作家は意識的に考えないとまだもう少し衰退していく、そして環境はだんだんキツくなっていくと。こうはっきり言われると、少数派の純文学の作家を求めているわたしとしては困った事態になっていると思う。だけどベストセラー作品だって偶然そういう情況にあるだけで「芸術的にいっておまえの作品がいいというわけではないんだよ」という評価が一方ではついてまわるとあり、次の章は〈芸術の価値は「自己表出」にある〉となる。【音楽であれ文学であれ絵画であれ、自分が自分に発する問いが声になるかならないかは重要ではない。重要なのはそうした自己表出がどれだけ豊かかということです。】
その結論にいたるまでの詩人について語っていることもおもしろい。吉田一穂、立原道造、吉増剛造について納得。

「共同幻想論のゆくえ」でためになったのは、〈いざというとき何をするか〉というところ。昔、天皇家に所属した主なる兵卒(いくさびと)はふだん農耕をやっていて、いざというとき武器をとって合戦に参加した。鎌倉幕府になっても、幕末になってもそれは変わらなかった。【明治以降も、天皇による統治形態を政治形態と考えますと、一般国民はふだんはふつうの職業をしながら戦争が勃発すると徴兵されて兵隊になったわけですから、そういうやり方はちっとも変わっていません。】これでわたしが不思議に思っていた謎が解けた。赤紙一枚で戦争に駆り出されたとよく聞くが、こういうことだったんだ。吉本さんは、いざというときにおまえはどうなんだといわれると、「何」をするかわからない、もうちょっと説明があって、【そこはぼくの課題としているところです。】とある。わたしも課題にしていかねば。

最後の「若い詩人たちの声」は、二十代、三十代の詩人の詩集を三十冊近く読んでの感慨である。日本の詩はずっと自然があったけど、いまは街路樹がきちんと並んでいる以外はなにもない。自然のないところで詩を書く若い詩人たちには脱出していくという大問題があるという。
最後の言葉【詩の問題も同じです。ぼくは、まさかかかる事態と思わなかったのでびっくりしているわけですが、これはかなり重要なことと思います。そういう問題を考えないでうかうか過ごして、詩を論じること自体、これはちょっとおかしいぞと思います。ここはやはり自分の問題に還元して考えていかなくてはいけない。それが、別に外側の問題ではなく、自分のなかにおける大きな問題だと思うからです。】やっぱりたぐいまれな思想家だ。(2008年1月発行 光文社 1500円+税)

2008年12月06日

早坂 暁「花へんろ」夢の巻、風の巻、海の巻

友人のSさんが宅急便の中にお父様の愛読書だけどと入れてくださった。荷物が大きいなと思ったら単行本が3冊入っていた。読めるかしらと思ったが、文字が大きくて文章がやさしいので読みやすかった。大正の末から昭和二十年の敗戦までの地方都市に生きる一家を描きつつ、世界と日本でなにがあったのか昭和史を教えてくれる。

大正十二年九月のはじめ関東大震災の日、松山の若い女性静子が家出をするつもりで家を出たところからはじまる。アメリカ製の自転車に乗って進むと、高浜虚子の育った家がある。自転車から降りて「よろしくお願いします」と頭を下げる。静子は遠い縁続きの虚子を心頼みにして上京するつもりなのだ。すぐに伯母ウメが経営する「富屋勧商場」(いまならスーパーかデパート)がある。静子は東京の音楽学校へ行くように教師にすすめられ、伯母に世話を頼むつもりでいる。漱石の坊ちゃんが道後温泉本館に行っているが、伯母の店は道後温泉に遅れること二十三年目に三階建てができた。

東京へ行きたいのでお金を貸してほしいと言うと、まあ、うどんでも食べてとなったとき、ウメはわずかに揺れを感じる。頼って行く人も教えてもらい翌日広島行きの船を待っていると、船の到着が遅れている。そこへ勧商場の若女将が走ってきて「あんたが行こうとしなさっている東京は、失(の)うなってしもうたぞ、ナモシ」と言う。東京行きが中止となると、ウメは次男勝二の嫁になるようにすすめる。
夫婦は分家として店を持ち劇場の経営も任される。静子の初恋の人は映画監督の伊藤大輔だった。彼女は伊藤監督の映画上映をもくろむ。伊丹万作も出てくるし、当時の映画のことが詳しく書かれている。

出だしはこういうことで、大正から昭和へと変わって行く時代を必死で生きて行く静子と家族。政治と戦争と庶民の暮らしが細かく書かれていて、日本が戦争に突入して行くまでの日々が、そういうことだったのかと納得がいくように書かれている。
説教強盗に入られたとき、強盗が静子の妊娠を言い当てる。静子はそのお礼にと余分なお金も渡すというおもしろい場面もある。

そして、地方都市松山の恵まれた商家の家族が戦争に巻き込まれて行く。一人息子昇一は軍国教育を受けて海軍兵学校へ入学する。
松山は四国遍路の通り道でもあり、店の前にわけありの巡礼が子どもを置いて(捨てて)いくことがある。たいていは数日後に後悔して迎えにくるのだが、春子は置きっぱなしだった。静子は自分の子どもとして育てる。昇一と春子は愛し合うが・・・。(勉誠出版 各巻共2400円+税)

2008年12月08日

いろいろなつながり

サラ・ウォーターズ「茨の城」の感想を2日に書いたが、ロンドンの貧民街の描写などディケンズとつながっているのに気がついた。サラ・ウォーターズのすごい筆力を感じた。

映画「宋家の三姉妹」と早坂 暁の「花へんろ」は時代が重なっている。「宋家の三姉妹」で中国近代の歴史を知り、「花へんろ」で同時代の日本はどうだったかを学んだ。

そして、「青春のロシア・アヴァンギャルド」展で、革命の時代と重なった芸術の輝きと挫折を見たあとに、スターリン独裁下に起こった連続幼児殺人事件を描いたトム・ロブ・スミス「チャイルド44」上・下を読んだ。暗い圧政の時代の中で愛の力がほの見える物語だった。
続いて亀山郁夫「ロシア・アヴァンギャルド」を読んで、いま同じ著者の大著「磔のロシア」を読んでいる。

2008年12月10日

亀井郁夫「ロシア・アヴァンギャルド」

ロシア・アヴァンギャルド (岩波新書)2004年に「幻のロシア絵本1920-30年代展」を見て目録を買い、「ソビエトの絵本 1920-1930」(1991年リプロポート発行)を買って、絵本ではあるがロシア・アヴァンギャルドの一端にふれて興味を持った。そして10月にサントリーミュージアムで「青春のロシア・アヴァンギャルド」展を見た。

知識がばらばらで画家の名前もええかげんな覚え方で、マレーヴィチの絵を見ても美術館の説明文を読んだぐらいではどうしようもない。特にロシア・アヴァンギャルドの場合は時代と政治を知らねば「この絵であること」の意味が理解できないことがわかった。
それで、遅まきながら今回「ロシア・アヴァンギャルド」(1996)を読んで、絵だけでなく文学や映画についても教えてもらった。美術館へ行く前に読んでいれば理解できたことがたくさんあったと思う。もう一度絵を見たいと思ってもままならぬのが悔しい。

20世紀初頭のヨーロッパに巻き起こったアヴァンギャルド芸術運動。同時多発で西はパリを中心としてミラノ、チューリヒ、ベルリン、ロンドンの各都市で若い芸術家たちが立ちあ上がった。一方、東の中心はモスクワで起こり、後にロシア・アヴァンギャルドと呼ばれる。アヴァンギャルドのスローガンは「芸術に死を!」であり、いままでの芸術のありかたを根本から覆すものだった。【絵画をカンバスの十字架から引きづり下ろし、詩を意味不明なアルファベットの羅列に変え、舞台からフットライトの仕切りを取りはらい、音楽を調性や和声のヒエラルヒーから解き放つこと。】貴族やブルジョワジーを楽しませるものを破壊する行為だからアヴァンギャルド(前衛)と名付けられたのだ。

文学、美術、演劇、音楽、映画、建徳、批評、の分野で決定的な役割を果たした人たちの名前が記されているのだが、彼らの名前が西側に知られていないことについても書かれている。第一はロシアが西欧と遮断されていたこと、第二は母国ソ連によって継子扱いされてきたこと。
本書は1917年の10月革命をはさんだ約30年にわたったこの運動の歴史を解き明かしていく。革命の青春からレーニンの死へ、スターリンの圧政の政治によって崩れていく運動と抹殺されていく芸術家の運命。

スターリンの死後の雪解けでもアヴァンギャルドは置き去りにされた。タブーが解かれたのは1979年にパリで催された「パリ・モスクワ」展だった。
【歴史の皮肉といおうか、ロシア・アヴァンギャルドの復権がようやく本格化しはじめた矢先に、ソビエト連邦が崩壊し、多くのアヴァンギャルドがかつて限りない夢を託した基盤が根源から崩れ去った。】(岩波新書)

2008年12月26日

舟橋聖一「ある女の遠景」

文庫本の山の中に埋もれているのだが、なにかを探すときに手にするとそのまま読み出してしまう。最初は好きなところを開くのだが結局最初から読み直す。なんでこんなに魅力があるのかと思いつつ。

九谷維子(つなこ)が普通列車で2・3時間の古風な城下町の小さい寺へ行くシーンから物語ははじまる。そこには叔母の伊勢子の墓がある。
第二次大戦中、維子の父は地方の県庁の役人だったが、新しくできた図書館の館長になって気楽な勤めをしていた。妹の伊勢子は羽振りのよい軍需産業の社長である泉中紋哉と言い交わした仲なのだが、泉中は東京の芸者にも手を出し子どもも生まれている。伊勢子と泉中が会ったとき側にいた九歳の維子は鰻屋の二階で、伊勢子が座を外したときに唇を奪われる。維子はその感触を忘れることができない。
伊勢子は戦後すぐに山奥の猫啼(ねこなき)温泉で自殺する。母より伊勢子が好きだった維子は、形見の「和泉式部日記」を大切に読んでいる。

戦後になり、九谷家は東京へ出てきて維子ははたちになった。伊勢子の三周忌に父と郷里に帰ったとき、寺で偶然に泉中に出会う。彼はいまや代議士になっており、芸者だった時子は代議士夫人として堂々としている。
東京へもどるとすぐに泉中から自分たち一家と京都へ遊びに行こうという誘いがくる。維子はその旅で夫人が深酔いしている間にホテルの一室で泉中と会う。その後は仕事の合間を縫っての逢う瀬が続く。その旅にはいつも「和泉式部日記」を持参し、伊勢子の思い出にひたったり男を追いつめたりする。

維子は美しい上に「和泉式部日記」を解読する知性がある。父の言う通り、どんなところへでも嫁に行ける娘なのだ。
そのはたちの娘が代議士まで登り詰めた中年男と愛し合う。維子は若い男に紹介されてもなんとも思わないが、京都で一力の廊下をどんどん歩く男の魅力は抗しがたいと思う。

性愛の描写があからさまでないぶん想像を誘う。はたちの良家のお嬢さんが、どこかの売女のような口のききかたしたりして。おかしいといえばおかしな小説だ。
だけど、その遠景にはいつも叔母の伊勢子がいて、ずっと遠いところには和泉式部がいる。維子は泉中と式部ゆかりの場所に旅して想いをはせる。上品と下品が、優雅とあだっぽさとが交錯する。
【恐らくほかの男とでは、こんなに熱っぽくはなれないだろう。この人となら、いくらでも果てしなく淫らになれて、それが自分の幸福の実感なのだから仕方ない。】親を騙して捨てて、男の許に走った維子なのであった。(講談社文芸文庫 1500円)

2008年12月31日

来年の課題は「和泉式部日記」

和泉式部日記 (岩波文庫)なんて言うてるのはいまだけやったりして(笑)。この間掃除をしていたら、相方の本棚のSF文庫本のところから20冊ほど古典文庫本が出てきた。どこかにあるはずやと思っていたのが出てきてよかった。その中に「和泉式部日記」(岩波文庫)があった。「ある女の遠景」を読んだところへええタイミングで出てきたもんやわ。

ほとんどひらがなやさかいに読めると言えば読めるけど、文字をたどっているだけやね。味わうところまでなかなかやわ。それで、いつも持ち歩くことにした。どこなと開いて読んでるうちに、うたの意味かてわかるやろってことで。

冬になるころはずっとiPhoneで「半七捕物帳」を読んでいたんやけど、ちょっと飽きて夏目漱石の「草枕」を持って歩いていた。何度も読んでいるのでぱっと開いたところを読む。何度も何度も読んでいるうちになにかを得たような気がしてきた。気がしただけやけど。その調子でやれば「和泉式部日記」を味わえるやろか。

2009年01月19日

「二部治身の美しい暮らし十二か月」

昨日は午後の1時を過ぎるまで眠ってしまったので、さすがにいつまでも目がぱっちり、読みかけのサラ・パレツキーから、安眠本に切り替えた。
二部治身(にべ はるみ)さんが雑誌「クロワッサン」に連載していたものをまとめた本で、柔らかい色の表紙や見返しに心が和む。1998年に出た本だからもう10年も愛読している。
如月(二月)からはじまって終わりは師走のお正月の準備から睦月(一月)にいたる。一年間の日本の季節の暮らしが写真と文章で綴られている。伝統とモダンが手をつないでいる。

自分の畑でつくった野菜や花が登場する。美味しそうな野菜の手料理、野草の天ぷらも、よもぎ団子も、カレーも紅玉のアップルティーもおいしそう。野菜が残ると切ってから乾燥させる。うらやましい。うちなんか乾燥させようと思っても排気ガスまみれになる。

咲かせた花を飾るカゴも手編みである。その美しい花々が昔はどこにでも咲いていたが最近見かけなくなったもの。それらがこの10年間で花屋でも見かけるようになっているのも、二部さんたちの影響だろう。
花かごは無理にしても、直線縫いの裁縫やいも判をカンタンに作ってしまうのは真似できるかもしれない。そう思いつつ、湯たんぽの袋さえなかなか縫えないわたしです。(マガジンハウス 2000円+税)

2009年02月08日

いまの若い子

先週は木曜日までエド・マクベイン編集の「十の罪業 Red」の5つの中編小説を読み、1作ずつ感想を書いた。そして「十の罪業 Bleck」をアマゾンに注文した。
金曜日から現在インテルの会長であるアンドリュー・グローブの「僕の起業は亡命から始まった!—アンドリュー・グローブ半生の自伝」を読み出してさっき読み終わったところだ。これにははまってしまい、用事をおいて読みふけった。感想は明日以降に書くつもり。

昨日は10年くらい前に知り合ったとき、はたちくらいだったKさんと相方ともども久しぶりに会った。彼女に桜橋のお店へ連れて行ってもらい、豪快な鍋をたらふくご馳走になった。5時から食事して、あとはコーヒーを飲みに行って10時までよくしゃべった。てか、しゃべりを聞いた(笑)。
Kさんが現在はたちくらいの知り合いの女の子の話をして、〈いまの若い子〉と何度も言うので大笑いしてしまった。わたしらには彼女自身がずっと〈いまの若い子〉なんだもん。〈いまの若い子〉は永遠に続く言葉なんやなぁ。

2009年02月09日

前田まゆみ「リトル ガーデン ブック」で春を待つ

毎年のことだが、税務署へ確定申告を出しに行くころが寒い。3月になったら受付が混むと思うのでいつも寒いけど2月中にすますことにしている。
今日はネットで申告用紙に記入しプリントして、いつでも持っていけるようにした。なんか一仕事すませた気分。明日もう一度点検しよう。

春を待つ気分でおしゃれ本が入っている本棚を見たら、前田まゆみさんの本「リトル ガーデン ブック」が目についた。ガーディニングは自分では全然しないけど本を見るのは好き。
この本はイラストも前田さんが描いていて、すっごく楽しくておしゃれ。淡い色合いの花がとても可愛い。イラストとタイトルの英文と本文の日本語がぴったりと合っているので見飽きない。豪華な花でなくてバラはオールドローズだし、近所で野草を採ってきて植えようとか、好みがわたしといっしょなのね。
その上にわたしにはカンケイないが、土や肥料のこと、庭仕事の道具の選び方、植物の選び方、植え方、増やし方など実務記事がきちんと書いてある。ハーブの作り方とレシピもあるる。ハーブのお茶、そしてお風呂も。
可愛いイラストがあるポージィはグラスに生けられるくらいの小さな花束のことだって。束ね方のコツが書いてある。茎は斜めに切って水揚げする、バランスよく束ねて輪ゴムの止め方、上手な包み方まで。
最後は虫と病気の話だ。これもペーパーガーディニングのわたしはカンケイないな(笑)。
(ブロンズ新社 1748円+税)

2009年02月11日

「僕の起業は亡命から始まった!—アンドリュー・グローブ半生の自伝」

著者は世界最大の半導体メーカー "インテル" の設立メンバーの一人で、1997年にタイム誌の「今年の人」に選ばれた成功者である。おもしろいぞと相方に言われて本書を手に取った。

アンドリュー・グローブは1936年にハンガリーのブダペストでユダヤ人の家庭で生まれた。幼いときに事業をしていた父親は兵隊にとられ、町にはドイツ軍が侵攻してくる。ユダヤ人は家に星のマークをつけられ、服の胸にもマークをつけないと外出できない。そして家から引き出されてユダヤ人ばかりの狭い住宅に放り込まれる。たくさんのユダヤ人がアウシュヴィッツで殺された。母とあちこち逃げ回っているうちにドイツ軍が敗退しソヴィエト軍が入ってくる。
その後、父が命からがらもどってきて、また平和な暮らしがはじまる。頭の良い少年は勉強ができ、ピアノと英語を習い泳げるようになり、ギムナジウム(高校)に行くようになった。
ギムナジウムの物理教師が言った言葉が原題「Swimming Across」だろうか。先生は【人生はたとえて言えば大きな湖です。すべての少年が一方の岸から湖に入り、泳ぎはじめるのです。全員が湖を泳いで渡り切れるわけではありません。しかし、そのうちの一人はきっと渡り切るでしょう。】。その一人と言われた少年グローフ(ハンガリーでの名前)が後のアンドリュー・グローブである。栴檀は双葉より芳し。

楽しいはずの高校生活がだんだんソ連の圧力で暗くなる。
彼はソ連についての思いをこのように書いている。
【私は共産党に対して複雑な感情を抱いていた。一方では、母と私の命を救ってくれたのは彼らだと感じていた。それについてはとても感謝していたし、(中略)彼らの主張も信じたいという思いがあった。反面、共産党は権力を握って以来、私たちの日々の生活にますます干渉するようになった。】
1956年大学生のときにハンガリー動乱が起きる。ハンガリー国民が共産党政府の圧政に対して蜂起したのにソ連が軍事介入してきたのだ。ソヴィエト軍により数千人の市民が殺害され、25万人近くの人々が難民となり国外へ逃亡したという。
そんなときマンツィおばさんが立ち寄り、すぐにここを立ち去れと言った。彼女はアウシュヴィッツの生き残りであり、大げさなことを言う人ではない。ソヴィエト軍が戻ってきて以来、たくさんの若者が国境を越えている。マンツィの姉夫婦がニューヨークにいるので、最終的にそこへ行くことにして友人と家を出る。

歩いて国境を越えオーストリアに入り苦労の末にアメリカ行きの船に乗る。そしてブルックリンに到着する。

幼少時にはナチス、青年期にはソ連からの圧政のもとに両親とともに苦労を重ねて後に亡命。アメリカでは伯父のもとに寄宿して必死で奨学金を得て勉強する。ニューヨーク市立大学を出てから、バークリーの大学院へ行くためにサンフランシスコに着く。そして両親を迎える。
(樫村志保訳 日経BP社 2200円+税)

2009年02月13日

前田まゆみ「わたしのリトルガーデン12カ月」

9日に書いた「リトル ガーデン ブック」(1994年)と対になっている。こちらは1997年刊で、3冊目の「ツグミのプレゼント」も持っていたのだが、庭のある知り合いにあげてしまった。
前田さんのイラストはそのころからよく女性誌で見ていたが、最近は雑誌を見ることもなく、園芸本コーナーに行くこともない。いっときはユニセフのハガキにあってよく買っていた。

本書は春4月からの12カ月間の園芸について。園芸をしないわたしは、実用記事はおいて花の絵を楽しみ、エッセイを楽しむ。めくっていくと明るい春の寄せ植え、コサージュの作り方、そしてリトルガーデンにもアジサイをと6月、可愛く描いた虫の章があってハーブ、ハーブランチ、そして朝顔などの蔓ものの見せ方がある。
8月、エミリ・ディキンスンの庭についての一章があり、草の詩の原語と訳詩が素朴なイラストに飾られている。
そして秋のティータイムはクッキーやジャムなど。10月はガーデンを訪ねてヨーロッパへ。スケッチがステキ。12月は水栽培とサラダガーデン。1月は「バラは野の花と一緒に」でオールドローズ。1月は冬の室内ガーデン、2月はガーディナーズエプロンの作り方。あっと驚く「デレク・ジャーマンの庭」についての一章。わたしはここで「デレク・ジャーマンの庭」を知って探しまわって、だいぶ経ってからネットで手に入れた。大切にしている本である。3月はコンテナガーデンや寄せ植え。「また春がやってくる」で終わる。

おしゃれな園芸を本を書けるほどにできて、並外れたセンスのよいイラストを描けて、しかも文章を書ける人。その上、エミリ・ディキンスンとデレク・ジャーマンについて語れる人。いまどうしてはるかと検索したら、たくさん本を出されていた。
「リネンが好き」「白とナチュラルのソーイング」、「女の子のベーシックな服」(文化出版局)、「ふだんの暮らしが好き」(大和書房)。本屋で見てこよう。
(ブロンズ新社 1800円+税)

2009年03月27日

今週は寒かった

1月末から休んでいた整骨院行きを復活して月火水と3日間行った。肩・腰が固まっているみたいでほぐしてもらうのが心地よい。先生に「休んではる間に顔が丸くなりましたね」と言われてしまった。いかん、いかん、食べ過ぎとわかっていてデザートを欠かさなかったからなぁ。ということでそれ以来デザートなし、間食なし生活を復活。いつのまにこんな習慣ができてしまったのかしら。

サラ・パレツキーのエッセイ第3回がある「ミステリマガジン」を発売日(25日)に買うべくスタンダードブックストアへ行った。ところがこういう雑誌は置いてないおしゃれなアート関係の書店だった。雨の御堂筋を歩いて地下鉄難波駅の入り口のブックファーストに行ったらあってやれやれだった。

昨日は美容室シュリットで髪を染めてカットしてもらった。美容室犬のシェルくんを膝にのせてクラブ情報とか楽しい雑談。
前髪がようやく同じ長さに揃って、めでたくボブになった。自分では〈くるくるクルミちゃん〉の気持ち。相方が言うには〈夢野久作〉にでてきそうだと(笑)。

今日はアマゾンに注文していた「少女の友 創刊100周年記念号 明治・大正・昭和ベストセレクション」が届いた。すっごく楽しい。出遅れて初版第二刷になったけど買って良かった。亡くなった姉が生きていたらどんなに喜んだろう。わたしの乙女もの好みはみんな姉から受け継いでいる。父からはミステリ、姉からは乙女もの、兄たちからは剣豪ものや三国志なんかを受け継いたのが、わたしの基礎になっている。めちゃくちゃな混じり方だ。

明日は東京からSさんが会いにきてくれる。いまになって言うても詮無いが、もう少し早くダイエットすべきだったわ。ま、ありのままで(笑)。

2009年04月01日

吉田健一「東京の昔」

ついこのあいだ前田まゆみさんのガーディニングの本を検索して、当ブログへこられた人からメールがあった。本が絶版で手に入らないので貸して欲しいとのこと。前田さんの本は「リトル ガーデン ブック」と「わたしのリトルガーデン12カ月」と2冊持っているので、そんなに読みたいのならとお貸しすることにした。何度かメールをやりとりしたのだが、吉田健一の料理の本のことを話題にされた。あいにく料理の本は手許にないので、おからの話が出てくる「東京の昔」をお貸しした。わたしのエビ入りおからはこの本のおしま婆さん直伝(?)である。

「、」の少ない、のたうつような旧かな遣いの文章が気持ちよい。語り手が自分のことを「こっち」というのも洒脱な感じ。
日本で戦前だとか戦後だとかいうようなことになるとは誰も夢にも思っていなかった時代に、一人の男性が本郷信楽町に住んでいた頃の話である。彼はおしま婆さんのところに下宿していて、近所のおでん屋で知り合った自転車屋の勘さん、東大生の古木君とのつきあいがはじまる。彼が昔の知り合いの実業家に紹介したことで、勘さんは自作の自転車が世に出るようになり、古木君はパリへの憧れが実現するまでになる。
その頃の東京は寒くて、冬になればいやでも冬ということを思わずにいられないほど寒く、寒さが空から東京にのしかかってくるほどの夜におでん屋で熱燗を飲む。おでんの鍋と帳場のおかみさんの脇の火鉢、そして熱燗で温まるという描写がなんともいえない。
(中央公論社 880円 昭和49年発行)

2009年04月02日

「少女の友 創刊100周年記念号 明治・大正・昭和ベストセレクション」

『少女の友』創刊100周年記念号 明治・大正・昭和ベストセレクション3月19日に注文したら4月9日以降になるという返事だったが26日に到着した。3月21日に初版第一刷が発行され、25日に初版第二刷なのでおどろいた。早く手にとれてうれしい。3,990円とわたしとしてはビビる価格なので出遅れたけど、買うと決心して良かった。

いきとどいだ編集で美しい本に仕上がっている。家にあった戦前の「少女の友」と同じ大きさで、厚さも毎号このくらいあったように思う。戦後の時代にどこで手に入れたのか数冊あったのだ。姉がさんざん手にした後だからぼろぼろになっていたが、中原淳一の絵を薄紙に写して楽しんだり、着せ替え人形を自分で作って淳一好みのドレスを着せたりした。おませな少女だったのねぇ。
姉の好みは戦後は「ひまわり」「それいゆ」にいったので、わたしもついていき、戦後の「少女の友」のことは全然知らない。昭和30年6月号が最後だったんだ。創刊は明治41年2月で今年で100周年。

本書を読んでいたら、わたしが読んだ時代のがいちばん充実していたようだ。だんだんきな臭い世の中になっていって中原淳一の絵は軍部に睨まれ、昭和15年6月に降板を余儀なくされている。
「世界を知る記事」というページでは昭和15年4月号に「王城の女学生」というタイトルで、イギリスの女学生がロンドンの戦火を逃れて、ヨークシャー州のお城に避難している写真がたくさん載っている。敵国イギリスの記事をよく載せたものだ。次代を担うということで子どもたちを大切にしているのが、日本と全然違うのにいまさらながらおどろいている。

全体に中原淳一と松本かつぢの絵がいっぱい。第 I 部は「少女の友」ベスト・セレクション、川端康成の「乙女の港」、吉屋信子の「小さき花々」、松本かつぢ「くるくるクルミちゃん」その他いろんな記事がある。第 I I 部は「少女の友」100年の物語、「宝塚日記」を23年間連載した冨士野高嶺さんの思い出話、昔の愛読者が集まっての座談会、名編集者の内山基さんのことなどがある。内山さんのパートナーが内田百けん(〈けん〉は門構えに月)の長女、内田多美野さんとはじめて知った。
(遠藤寛子・内田静枝 編集 実業之日本社 3800円+税)

2009年04月04日

ジョン・F・スウェッド「ジャズ・ヒストリー」を読んで(1)

ジャズ・ヒストリー一昨年の秋に若いジャズミュージシャンの演奏を聴いて感心し、それまでの3年間くらい聴いてきたクラブジャズ一辺倒から抜け出した。
そしたらすごく自由な気分になって、好きなミュージシャンもできて言葉を交わすようにもなった。彼らとミクシィでコメントを書いたり返信したりしているうちに気がついたのだが、わたしにとってジャズはいつもいっしょにあるものだった。それはスウィングジャズからはじまって、ビバップとかハードバップという言葉もよく知らずにモダンジャズとひとくくりにして聴いていたジャズ。そこから自然にニュージャズ(当時はフリージャズとは言ってなかった)に移行していった。
そこからパンクへいって、いろいろ聴いたのちにまたジャズにいたったのだが、わたしとしては一貫しているつもりなのである。そのとき気持ちよく聴ける、あるいは鼓舞される、それがジャズなのだ。
ミュージシャンがその人の音を奏でて、そのときわたしの気持ちにぴったりくればいい。だからあるとき今日はフリージャズをやるという言葉には違和感を感じた。ジャンルとしてのフリージャズなのか。

本書を読むとジャズとはなにかからはじまり、ニューオーリンズ、スウィング、ビバップ、ウェストコースト、ハードバップ、フリージャズ等々に整理されていてなるほどである。フリージャズもジャズの歴史に入ってしまったんだ。思わず自分の生きてきた時間の長さにおどろいた。
だったら、若いミュージシャンはジャンルとしてのフリージャズを演奏するよりしかたないではないか。でも、フリージャズの魂の演奏を聴きたいので、器用な演奏は聴きたくないという天の邪鬼なのである。

2009年04月06日

ジョン・F・スウェッド「ジャズ・ヒストリー」を読んで(2)

ジャズ・ヒストリー本書を読んではじめてフリージャズについて理解した気持ちになっている。ジョン・F・スウェッドはイェール大学の人類学の教授だそうだ。学者が方向性を持って書けばほんとに素晴らしいものになると読みながら思った。ジャズの歴史を最初から勉強できて、現在にいたるまでのミュージシャンの苦闘も知ることができた。実はフリージャズのところで、わたしが好きだったミュージシャンを評価しているのが共感と尊敬の源になっているのだが。

1960年代のニュージャズはジャズの主流から離れた場所ではじまった。アップタウンの喫茶店で自主開催されたフェスティバルだ。セシル・テーラー、サン・ラ、ポール・ブレイ、カーラ・ブレイ、ジミー・ジェフリーらがそこで演奏した。演奏家の技量は高く偏見なくどんな音楽表現にも開かれていて安易な性格づけをさせなかった、とはじまって。
【当初は「ニューシング(新しいもの)」と呼ばれた。つづいてこの時代の精神、つまりは国じゅうに広まった人間解放への政治行動とユートピアふうな理想主義をもとらえて、「フリージャズ」という表現が使われた。】こうしてインターナショナルな広がりを見せたフリージャズだが、80年代に入ると【そして奇妙な事態が起きる。スイッチがはいったかのようにフリージャズはいきなりジャズの世界で歓迎されないものになった。(中略)重要なレコードはレコード会社の手で排除された。】
フリージャズの登場から衰退がよくわかった。背景には公民権運動の衰退があり、文化としての制度疲労があり、即興にくたびれた。【いま、ゆく手には約束の地があった。ミニマリズムのいろいろな折衷、電子機器のクールな印象、ディスコ音楽の終わりのない反復構造、あっけらかんとしたレゲエ、アフロポップ、サルサの興奮。】
そうだった。わたしもパンクにいっちゃったもんね。
そして、ジャズの歴史からフリージャズは社会ののけ者扱いをされていると結んでいる。

ミュージシャンたちについて書いているところ。
ジョン・コルトレーン:「ジャイアント・ステップ」は偉大な歩みだが、テナーサクソフォンのソロイストにとっては人生がむずかしくなった。
セロニアス・モンク:表現自体を単純にしていった。同じ傾向は文学にもある。1930年代にジェイムズ・ジョイスがことばをぎっしり詰めこんだとき、サミュエル・ベケットやフランツ・カフカはことばを刈り込み、その精髄を求めた。
アルバート・アイラー:彼こそは世紀末のミュージシャンだった。
サン・ラ:たいていの哲学や宗教とちがって、サン・ラのメッセージは死ではなく生を肯定した。
セシル・テイラー:その演奏に立ちあうことは人生観が変わるほどの体験になる。
アート・アンサンブル・オブ・シカゴ:現代演劇と教会の祭の行列。

わたしは当時マリオン・ブラウンの「アフタヌーン・オブ・ア・ジョージア・フォーン」が好きなのだけれど、その解説がぴったり。
そして、当時すごく熱狂したアンソニー・ブラクストンがあちこちに出てきて、素晴らしい音楽家として評価されていることもうれしかった。
(諸岡敏行訳 青土社 2800円+税)

2009年04月08日

岡田春生「もう一度 坂の上の雲を—陰謀の幕末史と現代(小楠、海舟、具視)—」

著者の岡田春生さんは93歳になる(元)ヴィク・ファン・クラブ会員である。去年のお便りにいま原稿執筆中とあり、待っていたら先日送ってくださった。(元)としたのは、本についていた手紙に「長い間有難うございました」とあったからだ。入会してから10数年の間、ずっと励ましてくれ、原稿やお便りをいろいろ書いてくださった。VFCサイトのミステリページにミステリ論がある。

本書はいまの日本の政治状況を憂いて、過去を振り返って活路を見出す観点から、幕末、明治維新の難局を日本がどう切り抜けたかを懐古しようとしたもの。
帯にはこう記されている。【近代日本のグランド・デザインは横井小楠によって描かれた。混迷する日本を救うには横井小楠の実学、勝海舟の見識、岩倉具視の辣腕が必要である。】

横井小楠、勝海舟、岩倉具視の三人の名前は知っていたものの、なにをした人なのかはなにも知らなかった。NHK大河ドラマ「篤姫」の最後の1カ月を見て、勝海舟はいい人、岩倉具視はわけのわからん人という印象を受けたくらいで(笑)。
いま、三人の生き方や業績を知り、また彼らの周囲や幕府や宮廷の動きを知り、もっと勉強せなあかんなと思った。思っただけで終わりそうだが。

読みたい人は発行元をお知らせしますので、メールでご連絡ください。当ブログのプロフィールページからメールフォームへいけます。
(手作り工房社 600円)

2009年05月11日

「Switch それぞれの女性の生き方」特集号(1989)

本棚の奥から20年前の雑誌が出てきた。ていねいに読んで本棚におさめてあったので、少し黄ばんではいるがしゃんとしている。「Switch」の特別号で「それぞれの女性の生き方」特集。

アレックス・カッツの絵、アン・ビーティの文による「カップルズ」の最終章が載っていて、その最後に書籍「カップルズ」が秋に発行の告知がある。ここにある7点の絵が素敵だから、本はもっと素敵だろうなといまごろ言うてもしかたがないけど。

「[それぞれの女性の生き方]ドキュメント」では、作家、写真家、教授/編集者、女優、アート・コンサルタントの素晴らしい肖像写真のついたインタビュー記事。
ジェシカ・ラング、パティ・スミスのインタビュー記事。TV、雑誌、大学、新聞の現場の声、その他エッセイや紹介記事や写真がある。
グレイス・ペイリー、スーザン・マイノット、マリアン・サーム、ローリー・ムーア、アリス・マンロー、マーガレット・アットウッドの小品もある。それぞれ素敵な挿し絵つき。
最後にスーザン・ソンタグの小説「今の私たちの生き方」があり、その前にすごく格調高い「スーザン・ソンタグ、死と向き合う知性」という解説がある。

20年前にはこんなにカッコいい女性の生き方を取り上げた雑誌が出ていたのねとおどろく。残念ながら内容を忘れてしまっているので内容を読んでまた書くことにする。
雑誌がイキイキしていた時代があったということがわかる。わたしは雑誌が大好きで、たくさんとっていたのだが、みんな捨ててしまった。こうして置いてあったのはしっかりした内容と、それを支えている美しい写真や絵やレイアウトが優れていたからだ。頑張ってたんだな、Switc編集部。
(発行:スイッチコーポレーション 発売元:扶桑社 1989年8月)

2009年06月24日

チャルカの本「アジ紙」

アジ紙―東欧を旅する雑貨店チャルカの、好きで好きで仕方のない紙のはなし最近すっかりアジ紙という言葉が身についてしまい、またチャルカでアジ紙買って来ようなんて言っている。いろんなものがあって高価なものもある。うーむと考え込んでたまには買うが、たいていは安いもので満足する。
特に気に入っているのが紙ナプキン。薄い普通の紙ナプキンなのだが、そりゃもうカワイイ絵柄で、しかも2枚セットで200円ちょっとからある。紙ナプキン1枚100円以上っと考えてしまいそうだが、その柄を見たら1000円でも買うわって思うほどステキ(笑)。

「アジ紙」は「東欧を旅する雑貨店チャルカ」が作った本である。
わたしはチャルカが北堀江にできたころから、カフェコーナーでケーキとお茶を楽しみ、雑貨コーナーで紙ものや東欧の絵本や食器を買っていた。10年経ったらお店は同じだけど、ネット販売で全国展開し会社組織になっている。すごいおなごたちだ。経営的に成功しているけれども、元々のチャルカの雑貨好きの気持ちは変わっていない。というよりますます調子が上がっている。
その気持ちが「アジ紙」という本に結晶していると思う。東欧の旅で見つけた紙と紙製品の数々、そしてその紙製品の精神を生かしたチャルカオリジナルの雑貨は現地の職人の手によるものだ。また日本の町工場の社長や職人さんたちはチャルカの要求に応えて「よっしゃ、ひとつやってみましょ」とひと肌脱いでくれる。

そんなアジ紙への愛や知識がつまった本だ。紙の質・色、装丁、レイアウト、写真、イラスト、すべてがアジ紙スピリットで仕上げてある。
(チャルカ著 アノニマ・スタジオ 1600円+税)

2009年07月07日

乱読!

何冊かの本を並行して読んでいるのだが、ほんまに混乱の極みになっている。ディケンズの「マーティン・チャズルウィット」(めちゃ分厚い上中下)をほとんど読んだが、最初のほうが退屈ですっ飛ばしたので、後になったらだれやらわからない人物がいる。ミステリ本のように〈登場人物〉の表が冒頭にあればいいのにと思っているところ。最初から読み直しつつ感想を書こう。途中からものすごくおもしろくなった。

相方に勧められた、濱野智史「アーキテクチャの生態系——情報環境はいかに設計されてきたか」は、難しいところはおいてわかるところだけ読んだ。2ちゃんねる、ウィニー、初音ミク、ケータイ小説・・・知らないことがたくさんあっておもしろかったし勉強になった。

買ったままでまだ読んでいないのが、ピーター・トレメイン「修道女フィデルマの叡智」。フィデルマシリーズの短編集である。せっかくの新刊だから早く読みたい。ディケンズがすんだらかかろう。

お出かけ用薄い文庫本、谷崎潤一郎「猫と庄造と二人のおんな」がなかなか読み終えられない。薄いけど字が細かい。
もう1冊、山本義隆「磁力と重力の発見」は読みかけたままだ。落ち着いて読みたいがいつのことやら。

2009年07月18日

「色の手帖」で和む

昨日、森谷明子「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」の感想を書いたら、日本の色が見たくなって出してきた。
「牡丹色」から「鉛色」まで358の色見本と説明がある。どのページをめくっても好きな色があり、その色が出てくる文学作品が引用されていて、読んでいるといつのまにか時間が経ってしまう。

ピンク系統に「石竹色」「撫子色」など花の名前からつけたのがあり、また「韓紅・唐紅(からくれない)」という名にも色にも惹かれる。「牡丹色」には永井荷風と北原白秋の作品からの引用があり、「赤紫」には「源氏物語」からの引用がある。
「菫色(すみれいろ)」では泉鏡花の「婦系図」で、菫色の手巾(ハンカチ)が出てきたり。「漆黒(しっこく)」では漱石の「明暗」から、輝く瞳は漆黒であったとある。

今夜はヴィク・ファン・クラブ会報の最後の詰めを一心にやったので、終わったら疲れがどっと出てきた。さて、好きな色で和んでから横になろう。
(小学館 1986年発行 1950円)

2009年07月30日

午後の図書館とイェイツの詩

ずっと本は買って読んでいたが、最近は図書館で借りた本を読むことが多い。わたしは予約するよりも、ぶらっと行って本棚を眺めて、これっと思うのを借りる。今日、翻訳ものの棚をゆっくり眺めて見つけたのは、エドウィン・ミュアの「スコットランド紀行」。1930年代のスコットランド、特にグラスゴーについての記述がずば抜けているようだ。
平日の午後の図書館は人が少なくて静かで、借りるだけで帰るのは惜しいような。

そろそろ感想を書こうと思っているアンドリュー・ホラーランの「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」は図書館で借りたのだが、あんまりいいので側におきたくなり購入した。冒頭に掲げられているイェイツの詩「学童たちを眺めて」を読んでいいなと思っていた矢先に、先週の土曜日、ジュンク堂で本棚から呼ばれたような気がしたら、「対訳 イェイツ詩集」があった。今月発刊の岩波文庫。
対訳なので元の詩も読める。もしかしてと探したらあった! こちらでは「小学生たちのなかで」と訳されている。作品のタイトル「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」(詩の最後の一行)を探し出した。

O body swayed to music. O brightening glance.
How can we know the dencer from the dance?
おお、音楽に揺れ動く肉体よ、おお、輝く眼ざしよ、
どうして踊り手と踊りを分つことができようか。

2009年07月31日

アンドリュー・ホラーラン「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」

読み終わってから10日ほど経っているがまだ余韻の中にいる。ぴたっと気持ちにひびく言葉があちこちにあって付箋がいっぱい。昨日は冒頭に掲げられているイェイツの詩のことを書いたので、いよいよ本編がどんなにステキかを書こうと思う。

往復書簡ではじまって、往復書簡で終わる。
最初の手紙はニューヨークから以前の生活とすっぱり手を切って、南部のジョージア州に移ってきた男。相手はニューヨークのロウワー・イーストサイドにいて、いまもパーティに行っている。そして昔の知人の噂話など書いたあとに、自分がホテルのガードマンにふくろだたきにあって足にギブスをはめていること。そして傷が回復するまで小説を書くと言う。人生と愛について。

そして小説がはじまる。
主人公マローンはぼくにとって、ある冬ディスコで見かけるようになった常連に過ぎなかったが、いまぼくはファイアー・アイランドへ遺品を引き取りにいくところだ。マローンは友人とはいえないが、重い人であり軽い関係であった。マローンを想いつつ彼のクローゼットや引き出しを開ける。

6年前に知り合ったマローンは、これほどの美男子がこの世にいたのかと思うような存在だった。
マローンは豊かな家庭に育ち、ニューイングランドの寄宿学校を卒業してイェール大学に進み、法律専攻の修士課程を終えてヨーロッパに留学しストックホルム大学で学ぶ。アメリカに帰るとニューヨークの名門企業に雇われて有名な裁判を担当し、ホワイトハウスでもポストを与えられた。ダークスーツに身を包み、ワシントンとニューヨークを結ぶ特急列車でヘンリー・ジェイムズの小説を読む彼は、だれからもうしろ指をさされることがなく、かなりスノップだった。

マローンは孤独だった。
その日、ぼくは給仕をしている展覧会のオープニングパーティで、偶然マローンを見かけていた。この国に「階級」が存在する象徴のような彼らの中に、マローンはぴったりはまっていた。輝くような美貌が目立っていたが笑顔は悲鳴のようだった。
マローンはワシントンで知り合いの家に下宿するようになったが、そこでアルバイトに来た高校生のマイケルに会い恋に目覚める。

こうしてマローンの物語がはじまる。
職場には「ジャーナリズムの道を目指したい」と辞表を出したが、ほんとうに目指したいのは「ラヴ」という道だ。
フランキーと出会い、再会し、同棲するところもよいが、これは前奏曲に過ぎない。
浮気をしてフランキーに殴られて逃げ出し、ボンド・ストリートのそばの横町で座り込んでいるとき、かつらをかぶった男爵夫人が倉庫の裏口から出てきた。「助けてくれ」とマローンは言い、サザーランドはすぐにタクシーに乗せて自宅へ運ぶ。

マローンとサザーランドの素晴らしく麗しい関係。
マローンはサザーランドの部屋で眠り続け、夏から秋にかけてほとんど眠って過ごす。サザーランドに聞いてマローンをこっそりと眺めにくる人たちが多くいた。二人はそれから7年の間いっしょに過ごす。
教養があってメチャクチャで楽しくて、しかも美しく残酷な二人が繰り広げる愛の世界。

訳者あとがきには、アンドリュー・ホラーランはマローンのような生い立ちで、ハーヴァード大学を出てアイオワ大学の創作科在籍ののちにニューヨークへ出て、たぶん本書に描かれているような生活をしたのちに、ゲイ雑誌などにエッセイやルポを発表。1978年に本書で小説家としてデビューしたとある。

著者の「10年後のあとがき」に、【あの頃は、死者の名前を縫いこんだキルトが通りに広げられることはなかった。また、友人がいつもぼくらを待っていた街角が、ぽつんとした無人の空間に変わることもなかった。誰とでも気軽に交わることを可能にした、互いの肉体に対する無条件の信頼も消え、この小説を貫くスタイルや楽観主義を生み出した多くの人々が亡くなった。もはや踊らなくなった人々の思い出は、いたるところに存在する。】とある。
そういう時代を超えたいまだから、よけいに哀愁や悲哀を感じるのかもしれない。哀切きわまりない恋愛小説である。
(栗原知代訳 マガジンハウス 1800円+税)

2009年08月10日

ジェームズ・ボールドウィン「もう一つの国」と映画「ハーレム135丁目/ジェイムズ・ボールドウィン抄」

アンドリュー・ホラーラン「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」を読み終わってから、エドマンド・ホワイトの本をあちこち拾い読み、その流れでジェイムズ・ボールドウィン「もう一つの国」(野崎 孝訳 集英社)を出してきた。1964年発行のぼろぼろの本である。198ページを開くとそこで出会うのがアフリカ系アメリカ人のエリックとフランス人のイーヴ。初々しい青春小説で、45年経っているのに新鮮だ。その他に読んだのは「ジョヴァンニの部屋」だけだけど、大好きな作家だ。

ボールドウィンは1987年に亡くなって、1989年に映画「ハーレム135丁目/ジェイムズ・ボールドウィン抄」が作られた。監督・製作・脚本がカーレン・トーセン。
製作から何年後のことだろう。この映画の上映会があると知って中之島のどこかのビルに出かけた。文化センターって感じの部屋にたくさんの人が集まり、椅子が足りなくなった。床に座って前の人の頭をよけながら見た。彼の生まれ育ったニューヨークのハーレムが写し出され、それからヨーロッパ各地の彼の足跡を辿っていた。パリの美青年はイーヴだとわたしは思った。ジェイムズ・ボールドウィンのさまざまな生前の姿に感銘を受けたのを覚えている。

2009年09月26日

「チャルカの旅と雑貨と喫茶のはなし」

チャルカの旅と雑貨と喫茶のはなし新しい本が出たと知ってチャルカに買いに行った。タテ16cm×ヨコ14.5cm×厚さ1.5cm(約)の羨ましいような瀟洒な本である。
内容は【旅のはなし】【店のはなし】【もうひとつのチャルカのはなし】となっているが、そのひとつひとつの詳細なはなしが楽しく綴られている。
なかに〈刺しゅうとトランシルヴァニアのはなし〉というのがあるのだが、わたしのトランシルヴァニアの知識は吸血鬼ドラキュラしかなかった。こんなにのどかで住みやすく、美しい刺しゅうのある地方というのをはじめて知った。

今日もチャルカでコーヒーをまず頼んだのだが、コーヒーがくるまで座っていられなくて、雑貨コーナーを見て回っていてお店のHさんに「コーヒーお持ちしましたけど」と言われてしまった。わたしは元々せかせかした性格ではあるが、もっとせかせかさせる要素がチャルカの雑貨にはあるのだ。

その雑貨のページのひとつひとつがおもしろい。わたしがチャルカを知ってからの年月も長いから内容がよくわかる。チャルカは1999年にはじめて今年で10年になるのだが、わたしはお店ができたときから知っている。堀江を散歩していたら、焼きたてスコーンの貼り紙があったのを見て入った。かなり待たされて出てきたスコーンはおいしかった。それ以来のファンである。大得意先ではなくて、ときどき途切れながらも細々と続いているファンである。
店主の久保さんと藤山さんの顔を見ることは最近ないが、お店にはこのブログを読んでくれてミクシィで友だちになったHさんがいる。Hさんは先日いっしょに来た相方が、そのままチャルカという感じの人だと感心した。「スタッフにお店をまかせる」という章を読んで、なるほどと思った。

いろいろと羨ましいページがあるが、いちばん羨ましいのは「“好き”を仕事にするはなし」だ。“好き”と“仕事”は矛盾することが多いのに、なんたる自信と実力!
字が細かくて読みづらい他は、文章も写真もレイアウトも素晴らしい。
(産業編集センター 1500円+税)

2009年10月17日

秋は散歩と読書ですね

整骨院やスーパーの帰りにふっと金木犀の香りが漂ってくる。用事がすんだあと少し歩くのが楽しみ。昼は空が青くビルの向こうにちょっとだけ顔を出している生駒山も秋の感じがする。

まだ扇風機が部屋の隅で縮こまっているわが部屋。もう少しでガスファンヒーターと入れ替えるからもうちょっと待っていて。

先日クリスタ長堀を歩いていたら雑貨店で猫柄の膝掛け毛布が見つかった。これはわたし用に買って、昨日は阿弥陀池の雑貨店OMIYAGEで毛糸編みのを相方用に買った。ささやかな冬対策だけど心が温もった。夜中に仕事や読書をしていることが多いから大いに役立つだろう。

秋の夜長にジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの世界にはまっている。熱い紅茶をいれると手も心も温まる夜中。そのあとは羽毛ふとんがしみじみ暖かくてうれしい夜になる。かなり星が見えるのもうれしい。

来月10日にはレジナルド・ヒルのダルジール警視シリーズの新刊「死は万病を癒す薬」が出る。ハヤカワポケミスで2100円。長いんだろうな。楽しめるなぁ。
現代短篇の名手たちの1册、マイクル・Z・リューイン『探偵学入門」は手に取ってみて買うかどうか考える。ハヤカワ文庫で945円。

2009年11月09日

モンゴメリ「青い城」

モンゴメリは「赤毛のアン」を書いたモンゴメリである。ヴィク・ファン・クラブ発足時からの会員Dさんが送ってくれた。「赤毛のアン」と違って大人の女性の物語である。

ヴァランシー・スターリングはその日に29歳になる独身女性で、だれからも希望の持てないオールドミスとしか見られていない。その朝雨が降らなかったら一族とおばの婚約記念ピクニックに行くはずだったし、トレント医師はモントリオールへ行ってしまうはずだったが、その日は雨だった。
母親は自分に反抗されることに我慢できない人だった。模様替えも許されない醜い部屋で暮らしながら、ヴァランシーは彼女だけの“青い城”を心に持っていた。男たちに囲まれた美しいヴァランシーがなにをしているのか、スターリング一族が知ったらどんなに驚くことだろう。

雨が午後まで降り続いていたら図書館でジョン・フォスターの本を借りて来ようと思う。小説を読むのは許されていないが、それは自然の本だと司書が言ったので借りたのだ。ヴァランシーはその自然についての考察の言葉に幻惑されて一言一句そらんじるようになっている。
そのあとヴァランシーは心臓のあたりに感じる痛みをトレント医師に見てもらいに行く。家族に言うと騒ぎ立てられるので、黙って父親が残してくれた預金200ドルから出そうと思う。利子さえ自由になっていない預金だが。
医師から郵送された診断書にはヴァランシーの心臓は狭心症で最後の段階にきていると書いてあった。ヴァランシーは自由な気持ちになる。年を取ってひとりぼっちになることはない、そしてオールドミスでいるのも長くない。そう思うと心が解放されるのを感じた。いままでのおしとやかな態度から突然お転婆娘になったヴァランシーにみんなはおどろく。さらに彼女は大工のがなりやアベルの病気の娘シシーの世話をするため家を出る。

ここまでがちょっとくどくて面倒だったが、ここからはどんどんおもしろくなる。アベルの家で働くうち、よく立ち寄るバーニィと親しくなる。バーニィは森に住んでいて、村の人たちからは人殺しとか悪人呼ばわりされている青年だ。解放された気分のヴァランシーがダンスに行って男たちに囲まれ危ないところを助けにきてくれる。二人はおんぼろ車で映画に行ったりする。解放されたヴァランシーはどんどん魅力的になっていく。
シシィが亡くなり、彼女の世話をしたヴァランシーはいい人と評価されるがもう家に戻らない。あと1年足らずの命だからとバーニィに結婚を申し込みバーニィは承諾する。

ここからがロマンチックな島の生活。島と湖と森の四季をあますところなく描いている。バーニィはヴァランシーを月光さんと呼び、いろんなことを教える。ドアを開けたらいけないという〈青髭〉の部屋はあるが、その他は住み良く素晴らしい家である。
心臓病はどうなったのかしらと思うでしょ。それが大丈夫だとわかるし、同情から結婚したバーニィもヴァランシーを愛するようになるし。実はバーニィは・・・ほんまにものすごくうまい具合にいくんだから。〈青髭〉の部屋はバーニィの・・・読んだらわかる。
(谷口由美子訳 角川文庫 705円+税)

2009年11月13日

宮台真司「〈世界〉はそもそもデタラメである」をまだ全部読んでないが・・・

図書館で見つけた本だが、宮台真司さんって数年前には雑誌やテレビで名前やお顔をよく見ていた。こちらも「朝まで生テレビ」なんかけっこう見ていたし、雑誌は買わなくても新聞の雑誌広告があった。最近は新聞とってないしテレビもニュース以外はめったに見ないせいか、ご無沙汰していた人に久しぶりに会ったみたいな感じ。

本書は雑誌「ダ・ヴィンチ」に2003年11月号から2008年5月号まで連載されたもので、2008年11月に発行されている。54の章があり、それぞれいろんな映画を題材にして世界を語っている。
まだ読みきってないのに新刊のミステリに移ってしまったので、覚え書き。

ここ数年は映画館にいってないしDVDもめったに見ないので、出てくる映画の半分は見ていない。でも見ていない映画の話でも話されていることはよくわかって読書の楽しみを味わった。宮台さん自身が書いておられるが、映画批評の体裁をとった「実存批評」だから。

最初のページに本書の前(同じ雑誌に連載されたいた)に出た本「絶望 断念 福音 映画〜「社会」から「世界」への架け橋〜」(2004年発行)のことが書いてあるので引用する。
【素材になった映画や小説を「けなす」ことは、一部の例外を除くと滅多にしていない。(中略)社会学的実存批評の観点から実りがあると思える素材を取り上げてきた。一部の例外とは、具体的には村上春樹の小説『海辺のカフカ』(02)であるが、この場合、この小説に決定的に欠けたものを理解することが——正確に言うと小説を読むことで欠落を現に体験することが——社会学的実存批評の観点から意味があると思われたからである。】

わたしは村上春樹の小説を読むことを「ダンス・ダンス・ダンス」の時点でやめてしまった。なぜ読まないかと人に聞かれて、性に合わない、くらいのことしか言ってない。みんなが読んでいるから「いやだ」あるいは「だめだ」と言って気を悪くさせたくないという気持ちもあった。最近になってもっとはっきりさせなあかんなと思うようになったのだが、うまく言い表せない。先に出た本で宮台さんの社会学的実存批評を読んでみたい。
(メディアファクトリー 1800円+税)

2009年11月25日

みうらじゅんマガジン「Butuzo Rock」(仏像ロック)前書き

みうらじゅんマガジン vol.2 仏像ロック先日のお昼過ぎ、NHKテレビの1時のニュースのあと「スタジオパークからこんにちは」がはじまって、みうらじゅんさんが出てこられた。お名前は知っているけどお仕事はほとんど知らない。80年代に雑誌「宝島」を毎月買っているころに見たかもしれないというくらい。おもしろそうなので見ていたら、ほんまにおもしろくて、仕事をほったらかして最後まで見ていた。
すごくたくさんの本を出しておられて、番組でも机の上にいっぱい並んでいたが、特におもしろそうだったのが本書である。さっそく図書館で予約した。

わたしは若いときは仏像が好きで奈良へよく行った。堀辰雄や亀井勝一郎の本を読んで憧れたのだ。教養主義そのものやん。兄姉やその友だちが行くときにくっついて行ったりもした。でもそのときかぎりで、記憶以外になにも残っていない。興味は奈良や京都の町歩きに移ったし、音楽や映画や演劇や舞踏や能や、いろんなものを見るほう専門になった。

いまは仏像(の写真)を見ると郷愁に誘われる。美しい仏像が好きだし、仏様に踏まれている邪鬼にも惹かれる。そしていちばん印象に残っている仏像は、本書で袋とじになっている「秘仏拝観所」のページにある浄瑠璃寺の吉祥天だ。髪飾りが風に揺れたのを見たような気がした。
思い出しついでに、東北の中尊寺まで行ったことがあった。駅名は忘れたけど歩いていくうちに参道みたいな道になって、両脇に巨木が並んでいるところを厳粛な気持ちで歩いた。夜行で行き夜行で帰った。寝台車なんて思いもよらぬビンボーな青春時代。
あとは近くだけど、室生寺と当麻寺が好きだった。室生寺は土門拳、当麻寺は折口信夫の影響やな。
本の紹介をしようと思ったのに、自分の紹介になってしまった。続きは明日。

2009年11月30日

読みかけの本が4冊

レジナルド・ヒルの「死は万病を癒す薬」は一度読んだけど、かなり読みとばしたので、もう一度読み直している。ちょうど半分読んだところへ、エドワード・D・ホックの「サム・ホーソーンの事件簿 VI」を訳者の木村二郎さんが送ってくださった。このシリーズは最初からずっと読んできたお気に入り。他の本をおいてすぐに読み出して、短編小説12作中6作まで進んだ。おもしろいが古いメガネなので長時間は読めない。両方とも字が細かいのだ。
ピーター・トレメインの「蛇、もっとも禍し 上下」は最初の数ページを読んだだけだ。

もう1冊のジャック・デリダの「言葉にのって」は、字が大きくてインタビューなのでわりと読みやすい。90ページほど読んだ。そこらまでは幼少時代からの話なのでよかったが、これからが難しそう。
いま読んでいるところで、【私は一派をなさなかったと思いますが、一派をなさないために、何かを組織化したという確信はありません。】という言葉に惹きつけられている。

2009年12月04日

「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」(季刊)其の九十三 堂々の終刊号!

去年の5月にSさんが「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」の八十九号を送ってくれた。
小冊子が好きなわたしは隅から隅まで読んで感想を書いた。
先日は九十三号(堂々の終刊号!)と九十四号(これで終わります)を送ってくださった。その地に住んでいないと、おもしろく読んでも直接申し込むところまでいかないものだ。でもいただくと夢中で読んでいる(笑)。

大阪には1971年から1987年まで「プレイガイドジャーナル」(プガジャ)という情報誌があったが、「谷根千」がほぼ同じ大きさなので郷愁を誘われる。余談だが、プガジャ編集長だった山口由美子さんとは「プガジャ」がなくなってから親しくなり、ヴィク・ファン・クラブにも入ってくださった。早く亡くなられたのが惜しい。

最終号ということで、当地に住んでおられる方々のインタビューがたくさんある。東京の奥深さがわかる顔ぶれである。彫刻家の朝倉文夫さんも住んでおられた。わたしは子どものころに「それいゆ」という雑誌で朝倉家の娘さんたちを知っていた。若き日本画家と彫刻家の姉妹で、学校へ通わずに家で教育を受けたとあって、羨ましく思ったものだ。それだけの知識だったが、森まゆみさんの「わたしの朝倉彫塑館 谷中の先生 朝倉文夫と同郷の人々」でいろいろと知ることができた。

2009年12月15日

「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」其の九十四 これで終わります。ホントはなかった幻号 特集/気になる人々

最終号「其の九十三 堂々の終刊号!」が出たのが2009年8月10日、「其の九十四」は8月20日と10日後である。原稿が集まり過ぎたので分けたのかしら。読みものとしてはこの号のほうがおもしろかった。

谷中・根津・千駄木というところに行ったことがない。わたしが知っている東京は生まれ故郷の品川区五反田。子どものときの思い出は富士山が見える坂と、道ばたの雑草ヤブガラシくらいである。どこか用事で出かけた母親を追って迷子になりお巡りさんに連れて帰ってもらったことがある。迷子札をつけててよかったと言われた。大阪へ引越しする日にお蕎麦屋さんに入った。

のちに兄が東京で仕事していたときに大森に1週間いてあちこち連れていってもらった。寄席、銀座、鎌倉、家の墓がある多磨墓地、大森銀座、蒲田商店街なんかへ連れて行ってもらた。
祖父が相撲の行司をしていた友人がいて、その子の昔なじみに浅草に連れて行ってもらったことがある。東北旅行や信州登山の帰りに兄の家に寄って、一人であちこち歩いた。
最後に行ったのはサラ・パレツキーさんが1994年に来日されたときで、芝増上寺の側のホテルに泊まった。お寺の庭を散歩していたら大阪弁の人に道を聞かれた(笑)。それから15年も行っていないんだわ。

自分のことだけ書いたけど、この号は読み応えがあった。いろんな知っている名前が出てくるもんね。
東京にはずいぶんと文化人や有名人が住んでいたし、いまもいるんやなというのが感想やね。

2010年01月09日

池田信夫「希望を捨てる勇気—停滞と成長の経済学」

希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学タイトルに惹かれて読み出した。池田信夫さんのお名前ははじめて知ったが、気鋭の経済学者でブロガーなんだって。あわてて池田信夫blogを読みにいった。

2009年の10月に出た本だから内容が新しい。最初からおもしろくてどんどん読めた。わたしは零細企業と零細自営業でしか働いたことがないので、会社員の実態を知らなかった。興味もなかったのだが、最近大会社の上級社員夫人を近くで見てその言動に驚いたので、がぜん興味がわいてきた。

本書に書いてあるのは、大企業の社員や高級官僚のいままでの実態で、そしてこれからは彼らはもういままでのようにはいかないという話なのである。
若いときに安い給料で働くと会社に貯金したようなもので、それを取り戻すまで会社にいないと損をする。途中退社すると企業年金や退職金をもらえなくなるから、停年まで会社にいて出世しようとする。それがいままでの日本の会社員だった。
喜んで会社にいるわけではない。アメリカの研究者が日米の企業で社員を調査した結果が以下である。
【日本のサラリーマンは欧米人よりも会社が嫌いで、今の会社に入ったことを後悔している。正社員もハッピーではないのだ。その一つの原因は、いやな会社をやめる転職がむずかしいためだ。】

終身雇用という章では、キャノンの御手洗社長の言葉を引いて、彼が終身雇用というときは、派遣労働者や請負労働者を「外部から来た人」として計算に入れてないからだという。
わたしなんか全く恩恵にあずかったことがないが、企業の福利厚生を行政が税で補助している仕組みがあって、それが労働者を企業にしばりつけて労働市場の柔軟性を阻害しているんだって。労働者を会社のくびきから解放して自立させることが日本経済がどん底から立ち直る第一歩だと述べられている。

わたしの個人的な体験だが、葬式などで親戚が集まると、大企業の会社員が大きな顔をして座っているのが腹に据えかねたことが何度かあった。いまや彼らが停年退職してお金はあるが老け込んでいて、「kumikoさんはお元気ですね」と話かけられると「現役ですから」と声高く答えるわたし(笑)。脱線しました。

官僚の支配についての最後にこうある。
【職階法のようなアメリカ型の公務員制度を直輸入しても、結果的には機能しなかっただろうが、ここに見られるのは、戦犯を絞首台に送ったGHQの絶対的権力に対しても面従腹背で実質的な支配力を握り続けた、日本の官僚機構の恐るべき生命力である。日本は法治国家だと思われているが、このように官僚さえその気になれば、法律を50年以上、無視することもできる「官治国家」なのである。】

先ごろ話題になった世界一のスーパーコンピュータについても書いている。
【要するに、これはスパコンの名前を借りた公共事業であり、世界市場で敗退したITゼネコンが税金を食い物にして生り延びるためのプロジェクトなのだ。】

引用が多くてすみません。文章が明快で読みやすいので、ここは引用しようと思う箇所が多いのだ。最後の一行を引用する。
【今の日本に足りないのは希望ではなく、変えなければ未来がないという絶望ではないか。】
考えさせられる。
(ダイヤモンド社 1600円+税)

2010年02月10日

新町遊郭を描いたマンガ、もりもと崇「難波鉦異本」(なにわどらいほん)

難波鉦異本 上 (BEAM COMIX)東京から遊びにきたOちゃんが買ったばかりの本、もりもと崇「難波鉦異本」(なにわどらいほん)上・中を読み終わって持ってきてくれた。難波のそれも新町が舞台になっているからね。まだ下巻は出ていないそうだ。
マンガを最後に読んだのはいつかも忘れてるくらい久しぶりだ。読み出したら昔みたいに夢中になってしまった。

新町遊郭の遊女たちの格付けは、〈太夫〉が〈松〉で相撲でいえば三役、〈天神〉が〈梅〉で幕内クラス、〈鹿子囲〉が〈桐〉で十両クラス、以下になるとショートタイムでも客をとらせられる。
夕霧太夫亡きあとの新町遊郭。主人公の和泉は〈天神〉で、新町一の三絃の名手であり、実力からいえば〈太夫〉のところを、客あしらいが下品なので、〈天神〉で止まっている。禿(かむろ)のささらを従えての、すさまじくもしたたかな日常が描かれている。
ストーリーがおもしろくて、絵が良くて、構成がしっかりしていて、エロくて、いやなところが少しもない。

本書にある新町郭東口大門があった新町橋と横堀川の跡あたりをよく歩いている。埋め立てられて長堀通りになってしまった西長堀川の橋の名残りや、大阪大空襲で消失したわが家があった場所は日常的に見ているので、古地図を見ているように懐かしい。

中巻にこんなところがあった。
大坂落城で真田隊全滅のあと、ひとりの武士が行くあてもなく死のうとしているとき、やはり身一つで逃れてきた姫君を犯すが、その後にその女性が姫と知る。
姫は言う。「見よ、この骸の山を・・・大坂は負けたのじゃ・・・・勝者ではない、敗者こそ無念の骸の上に何かを成して報いるべきぞ・・・」
姫君は遊女となり、武士は商人となる。その後の話も哀切である。
早く下巻が読みたい。
(エンターブレイン 上下とも620円+税)

2010年02月26日

宮台真司「日本の難点」

おととい読み始めたらおもしろくてもう読み終わってしまった。わたしもそうだけど、いまの生活が苦しい上に未来に灯りが見えなくて息苦しい人が多いと思う。読み終わって少し明るくなった。状況は変わらないし未来もどうかと思うけど、なんか人生捨てたもんじゃないなっていうくらいの明るさを得た(笑)。

前書きにこうある。
【丸山眞男が述べた「作為の契機(人が作ったという自覚)の不在」がヒントです。戦後、日米の蜜月関係が「太陽が東から昇って西に沈む」のと同じく永久に続くと思われるようになり、あえてコミットメントしなくても社会が自然のように続くだろうと見做す感覚が一般的になりました。】
続いて宮台さんはアメリカの情勢と日本との関連を言われている。そうだよね、ぼけっと平和ボケした暮らしを続けていたとつくづく思う。そしてそれに気がついたところでどう生きるか。しんどくてもどしっとした思想を持てばやっていけそう。
前書きの最後に本書について、
【いったん「この社会」の直接性から離れた上で、再び「この社会」へと向かうための、いわば「往って、還ってくる」旅なのです。】
とある。おお、かっこええ! 「往って、還ってくる」って「ホビットの冒険」にあったっけ。往って、お土産持って、還ってきたよ。

目次は、(1)人間関係はどうなるのか(2)教育をどうするのか(3)「幸福」とは、どういうことなのか(4)アメリアはどうなっているのか(5)日本をどうするのか、の5項目になっていて、それぞれ分かりやすい言葉で具体的に書かれている。
(1)にあった平和を守るための重武装化が必要という論旨は、わたしも考えているところだったので理論的根拠を教えてもらえた。
その他、それぞれ論じられていることが具体的なのでおもしろく読めた。

付箋を貼ってあるところがたくさんあって引用したいけど、一カ所だけ秋葉原事件のときのコメントから、
【今は新卒一括採用ゲームでの勝利が人材価値を保証しない。叩き上げで獲得した専門性こそが人材価値をもたらす時代だ。なのに教育界や親がいまだに『いい学校・いい会社・いい人生』である。教育界はこの「勘違い」で飯を食う利害当事者だし、親はかつての常識から抜けられない。】
明るくなったのは、かつて、わたしが「叩き上げ」とバカにされたことがあるから(笑)。
(2009年4月発行 幻冬舍新書 800円+税)

2010年03月05日

「風信子忌」(ヒアシンスき)

1カ月ほど前に東京のSさんが送ってくれた荷物の中に、ヒヤシンスの球根が3つ植えられた植木鉢が入っていた。茶色い直径3センチほどの球根から緑の芽が出ている。昼間はベランダに置き、夜は室内に入れておくうちにするっと伸びてつぼみがつき、真っ白な可憐な花が咲き出した。3本の茎が順番に咲いていったので長く楽しむことができた。とてもよい香りで、閉め切った部屋にあったときは濃厚さにおどろいた。

同じころにミクシィのコミュニティで「立原道造」コミュがあるのを発見して入り、いままでの書き込みを読んでいたら、毎年、3月に「風信子忌」(ヒアシンスき)があるという書き込みを見つけた。ひとつの詩の数行を暗記しているくらいの愛読者とは次元が違うファンがたくさんいらっしゃるんだとわかった。

わが家で花を咲かせたヒアシンスと「風信子忌」を知ったのが重なって幸せな気分になっている。「風信子忌」は毎年、3月の最終土曜日に東大弥生門前にある立原道造記念館で開催されているとのこと。27日は密かに詩集を開いて立原道造を偲ぶことにしよう。

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