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文芸ガーリッシュ アーカイブ

2003年12月16日

森茉莉「贅澤貧乏」

このページに森茉莉「贅澤貧乏」という文字を何度書いただろう。暮らしの聖書のように入れ込んでいた時代があった。1963年初版で買って、それから40年。さすがにここ数年は開いていなかった。それはいやになったということではなくて、血肉化してしまったので、わざわざ開く必要がなくなったのである。
上に「赤」とつくほどの貧乏だけど、それでいて貧乏臭さというものを心から嫌っている魔莉という主人公の言葉に共感した。わたしも言葉や思想になっていなかったが、そう思って貧乏な生活をしていたから、お墨付きをいただいたようなものであった。
友人の家に行ったとき、ビールのコップにメーカー名が入っていたり、プラスチックの笊に枝豆が入れてあったらもうダメで、友人とは認めないことにしてしまう。結婚式の引き出物の花模様の鍋を使うなんてもってのほかである。そんなものを押入にいっぱい入れている人を軽蔑する。高価でも使わないものは捨てなきゃ。
勝手に軽蔑しているだけだからどうってことはないのだけれど、なかなかもって、厳しい贅澤貧乏原理主義者なのであった。森茉莉という有名人のお墨付きであることで理由付けできたのが便利であった。森茉莉がこの本を書かず、またわたしがこの本を読まなかったら、ずいぶんとぐずぐずした気持ちで暮らしていたに違いない。
近所の主婦達の会話を聞いていてついていけず、「あれは別の星の人間だ」と友人にしゃべってうっぷんを晴らすのもおもしろかった。わたしもアパートの入り口にたむろしている主婦達の間を通り抜けるのにナンギしていたから、ほんと別の星の人やと心の中で言いながら通ったものだ。

2004年01月07日

こころが薔薇色になる本

どの程度の間隔で読んでいるのか気にしたことがないのだけれど、あの本を読もうと出してくる本がある。「高慢と偏見」「ジェイン・エア」「小公女」「秘密の花園」「リンバロストの乙女」、そして吉屋信子の数冊、秋月こおのフジミシリーズである。そうそう、まだあった。ドロシー・L・セイヤーズとクレイグ・ライスの本、そして「モンテ・クリスト伯」。
疲れているときも、別になんでもないけど読みたいときも、なんとなく手に取って読み出すと、もうこころは薔薇色である。なんでこんなに効くのだろう。読むところが決まっていて、本を持つとそこが開く。たいてい主人公が幸せになるところである。あほくさい話でしょ。
カラオケ、ゲーム、パチンコ等々人がすることはなんにもしなくて、ひたすら本である。それもボロボロになったのを読んでいる。安上がりこの上なし。そして散歩する。クルマ不要、近所を歩くだけ、なんせプールに行っても歩くだけの人である。
散歩から帰って、ろうそくをつけてぬるいお風呂に入り、おいしいお菓子とお茶があって本があれば言うことがない。そういうのがなくても読むけど。今夜はこれから寝るまでなにを読もうかな。

2004年01月10日

吉屋信子「紅雀」

紅雀—吉屋信子少女小説選〈3〉 (吉屋信子少女小説選 (3)) 吉屋 信子数ある吉屋信子の作品の中でもいちばん好きなのが「紅雀」だ。小学校1年のときに家にあった姉の本を読んで以来のお気に入りである。わたしがいま持っているのは、1977年にポプラ社から出版された新書版である。もうぼろぼろ。内容は同じと思っても、最近ゆまに書房から出た新刊本を読むと楽しい。これは買うつもりだったのだが、装画が松本かつぢなので図書館で借りた。松本かつぢも嫌いではないが、ちょっと違う。中原淳一だったらなぁ。
辻男爵家の家庭教師、純子は故郷から東京行きの列車に乗る。同じ列車にまゆみ、章一のきょうだいと母親が乗っているが、母親が車中で衰弱死してしまう。純子は2人をほおっておけず男爵未亡人に頼んで引き取る。その家には兄の珠彦と妹の綾子がいて優しく接するが、珠彦と結婚をたくらむ金持ちの娘の利栄子は意地悪である。まゆみは自立心の強い少女で、養われる生活に耐えられない。利栄子の意地悪が過ぎた日、まゆみは家出する。
それからのまゆみの苦難の生活と、男爵家のほうでまゆみの身元が立派な家柄とわかるのが並行して書かれ、最後は大団円なのだが、ただの幸運ではなく、努力して報われる幸運に書いてあるところがうまい。
「屋根裏の二処女」と「紅雀」の2冊がわたしのおすすめ吉屋信子本です。

2004年01月12日

「紅雀」も「高慢と偏見」の仲間

つい数日前、何十回目にもなる「紅雀」を読み終え、いままで気にしていなかったことに気がついた。いままでなにを読んでいたんだろう。ヒロインまゆみの魅力にばかり気をとられていた。
若き男爵、辻珠彦はなにもかも揃った青年である。お金持ちで最高の教育を受け、その上容姿端麗で、家を守り母と妹に対する責任感も強い。周りの女性たちは当然ご機嫌取りする人ばかりである。そこへ現れたのが列車で行き倒れた女の娘、まゆみである。居候の身になってもおべっかを使わず自分の意見を持っている。珠彦はそういうまゆみにだんだん惹かれていくが、なんやかやあった後、まゆみは家出してしまう。
そして、まゆみの身を心配する母や家庭教師の純子が遠慮しているときに言う。みんなが自分に意識して妙に改まって接してくるのに、「彼女は僕の前で昂然と自分の誇りを保って無用のお世辞もおべっかも使わなかったんです」と。そして積極的にまゆみを探すことになる。
最後はまゆみがいる場所が見つかり、彼女の高貴な身元がわかるということになるのだが、それ以前に貧しい孤児のまゆみの値打ちに気がついていたというのが大切なところ。
しかし、イギリスの小説と違って“貴種流離譯”にしたところが、第二次大戦前の日本の少女小説の限界なのであろう。

2004年07月14日

吉屋信子「毬子」と「三つの花」

「剣客商売」を読み出してから一度も行ってなかった図書館に日曜日久しぶりに行った。あまり時間がなく、外国の本と子どもの本をさっと見ただけだが、ゆまに書房の「吉屋信子少女小説選」があったので2冊借りて帰った。2冊とも30年くらい前に出た新書版で持っているはずなのだが、ハードカバーできれいな表紙なので、久しぶりに読むならこちらにしようと思った。
夜遅く用事が終わってから、BBSのチェックをして返信を書いて、kumikoページを書いてアップするとけっこうな時間になる。そして最後のメールチェックをするのだが、なにもないか、楽しいメールならいいのだが、楽しくないのもたまにある。反応が早いのが自慢(?)のわたしとしては、言うべきことは言ってしまおうと返信を書く。そしたら、アタマが冴えてしまって寝付きが悪い。
そういうときに読むのにいちばん適した本が、読み慣れたドロシー・L・セイヤーズやクレイグ・ライスのユーモアあふれるミステリー、情緒たっぷりの日本の少女小説と翻訳少女小説である。でもいまや読みすぎてマンネリ気味である。借りて来た吉屋信子の2冊は今週ちょうどよかった。
幸せな少女たちが、突然襲ってきた不幸にめげず困難に立ち向かい、最後には幸せになるというパターンなのだが、巧みな環境描写、細かい心理表現で、個々の物語が仕上がっている。この選集は昔のままの挿絵がついているのもよい。そして何度も読んだ本だから、どこでも開いて読めるからいい。今夜もお風呂から上がったら、梅酒のコップを片手に静かな時間を過ごそう。その前に、NHKテレビで大相撲番組を見なくちゃ。栃東が朝青龍に勝ったところをね。

2004年10月02日

ベルリンブックスで見つけた本、長沢節「弱いから、好き」

先日、心斎橋に行ったとき、久しぶりに古書店「ベルリンブックス」に寄った。好きな人の本って目に飛び込んでくるものだ。1989年に出た長沢節の本である。手に取ってそのまま離さずに他の本を眺めて、片山健の絵本を見つけて2冊を買った。店主と少し話をしてから帰ったがうれしくてしかたがない。でも、まだ「ブラック・リスト」を読んでいるので、こちらはお預けである。
「ブラック・リスト」を駆け足で読み終わっって、時間をおいてもう一度読むことにした、その前に一息入れようと長沢節を読む。「弱いから、好き」、なんて素敵なタイトルなの。
わたしが長沢さんを好きになったのは少女時代、「白鳥」という雑誌の表紙と名作物語の挿絵であった。(このことは長沢さんが亡くなった1999年6月に書いているのでお読みください。)
その後どうしてはるかと気になっていたが・・・ファッション誌での活躍や、セツモードセミナーの存在をいつごろ知ったのかしら。なんとなくお元気なんやと安心したりして・・・。
それからずっと後になって雑誌「装苑」や「ハイファッション」で映画を中心にしたエッセイを連載されているのを愛読した。ファッション雑誌が元気でおもしろかったころだ。だからこの本は一度読んだものが多い。ダニエル・デイ・ルイスの美しさを書いたものなどよく覚えていた。お風呂やベッドのことなど独身で気ままな生活ぶりなど、私生活を書いたところもおもしろい。足首の細い男性への偏愛も楽しい。
「男の優しさ」という章に、「あの人、弱いからきれい」「あの人、弱いから好き」「あの人、弱いからセクシー」というのが私の三段論法だと書いておられる。1989年に書かれていたことを、わたしはいまごろになって理解した。

2005年05月02日

内田静枝=編「長沢節—伝説のファッションイラストレーター」

先日心斎橋のベルリンブックスで見つけて買った本。とても垢抜けした本で、表紙はセツさんの脚の長い男女のイラスト、裏表紙はセツさんの決まったポーズの写真が2枚ある。編者は弥生美術館学芸員で、2004年4月〜6月に弥生美術館で開催された長沢節回顧展にあわせて編集したものである。
長沢節さんが亡くなられて6年にもなるが、わたしにとって長沢さんはだんだん身近な人になっていくようだ。去年の10月に同じくベルリンブックスで買った「弱いから好き」には感心した。
この本は回顧展にあわせた本だから、セツさんの生い立ちから追っている。わたしがはじめてセツさんを知った少女雑誌「白鳥」のこともちらっと載っていた。表紙の絵がセツさんだったので、あれば写真が載っているだろうに、雑誌そのものが残っていないんだろうな。あああ「白鳥」見たいなぁ。
さまざまな時代のファションイラスト、フランスで描いた風景画、映画に関するエッセイ、などがあって、セツモードセミナーのことがある。以前セツさんのことを書いたとき、セツモードセミナーの卒業生のかたからメールをいただいた。とても楽しい学校だったと書いておられた。セツさんの設計による建物の写真が楽しい。ここで勉強したら楽しかったはずだ。
セツさんの“足より細いセツパッチ”と冗談で言われたという細身のパンツスタイルのかっこいいこと! またそのスタイルを生かした立ち姿、腕が長く見えるタバコの持ちかた、すっごくおしゃれ! そしてその形になったおしゃれは、自由でおしゃれな生き方からきているのだということがわかる。
映画についてのエッセイについている、紙に墨で描いたピエール・クレマンティとマチウ・カリエールがステキ。

2006年03月02日

読書会をしたい

カレン・ジョイ・ファウラーの「ジェイン・オースティンの読書会」がおもしろい。最初のうちはかなり面倒くさいところがあった。ミステリーならこうもぐだぐだと女の愚痴が続かないぞと思ったりした。読んでいるうちにだんだん、その愚痴と思えたものが作品の必然だったとわかってきた。がぜんおもしろくなって読んでいる。もう少しで終わるのが惜しい。
それにつけても、アメリカの住宅環境がうらやましい。女性5人と男性1人がそれぞれの家に持ち回りで集まって、ジェイン・オースティンの全作品6作について話し合う。うちなんか集まって語り合う場所がないもんなぁ。いやいや昔はこの部屋によく集まって話したものだ。雑魚寝で10人泊まらせたこともあるけど。いまやこの部屋はパソコンだらけだもんなぁ。
アメリカではすごい数の読書会があるらしい。VFCの例会も読書会っぽい時代があった。サラ・パレツキーとヴィクについて、はじめて同好の女性と語りあえる幸せで盛り上がったものだ。最近は雑談に終始してしまっている。初心を取り戻したいなぁ。
とりあえずは、もうひと頑張りして、ミクシィの〈サラ・パレツキーコミュニティ〉で語り合うことにするか。

2006年03月04日

カレン・ジョイ・ファウラー「ジェイン・オースティンの読書会」

ジェイン・オースティンの読書会 カレン・ジョイ ファウラー1カ月ほど前、堺筋本町の紀伊国屋で翻訳書のところに平積みしてあったのを見たのが最初だった。その日はわたしにしてはミステリーをたくさん買ったので、この次ということにした。ところがその後他の本屋で探したが見つからない。ネット注文したらよかろうに、なぜか本屋にこだわっていた。ようやく先週の土曜日、ジュンク堂のアメリカ文学の一番下の棚にあるのを見つけた。その日から読み出して今日で1週間。読んでよかった。
プロローグ1行目、【私たちはそれぞれ、自分だけのオースティンをもっている。】。
そして、登場人物のオースティン像が語られる。読書会を言い出したのはジョスリン。彼女は縁結びが得意で、でも自分は独身でケンネルを経営している。バーナデットは最年長の67歳、老化のきざしが見えてきたいま鏡を見ないことにすると宣言。彼女のオースティンは喜劇の天才だ。シルヴィアはジョスリンと11歳で知り合っていまは50歳をまわっている。32年連れ添った夫のダニエルに去られて苦しい時期である。シルヴィアのオースティンは娘であり、妹であり、叔母だった。
アレグラは30歳、シルヴィアの娘でレズビアンであることを公言している。アレグラのオースティンは、経済的窮状が女性の性生活にどのような影響を与えるかをテーマに小説に書いた。ブルーディーはいちばん若くて27歳、ハイスクールでフランス語を教えている。シルヴィアが離婚すると、彼女だけが既婚者である。いちばん好きなのは「説得」でオースティンが最後に書き上げた、もっとも生真面目な作品だ。
読書会に男性はいらないとみんなは言ったが、ジョスリンはグレッグを入れる。彼は濃い長い睫毛の持ち主である。だれも彼が既婚者であるかグリッグのオースティンがどんな人かを知らない。
この後が読書会の記録となる。会話の合間に、それぞれのいままでの人生が語られ、いまの生活があり、友情や恋が生まれる。思いもよらぬ組み合わせがあり、驚きの出会いもあり、再会もあり。気持ちのよい幕引きはまるでジェイン・オースティンの作品のようだ。
あとがきによると、【ファウラーはこの作品を書くにあたって、(1)オースティンを読んだことがない人、(2)昔読んだだけの人、(3)毎年読み返す人、の三種類の読者を想定し、すべてを満足させられるように工夫をこらしたという。】
わたしは「高慢と偏見」だけに限るけど(3)にあたる。まさにジェイン・オースティンを読んで幸福になっていたように、本書を読んで幸福になった。(白水社 2400円+税)

2006年03月05日

真面目でなきゃ

「ジェイン・オースティンの読書会」を読んだら、映画「めぐりあう時間たち」(2002)を思い出した。ヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」をテーマに3人の女性の生き方を描いた映画である。残念ながらマイケル・カニンガムの原作をまだ読んでいないので、こちらは映画の印象からの話になる。
ジェイン・オースティンとヴァージニア・ウルフの作品を読んだ女性たちにとって、生きること、生活していくことは、とても真面目に考えるべき問題となる。少なくとも「ジェイン・オースティンの読書会」で読書した5人の女性、「めぐりあう時間たち」に描かれた3人の女性は真面目である。ついでに、サラ・パレツキーの作品の中の女性たちは真面目に生きている。作品を読んで共感すれば真面目でなくては生きていけないはずだ。
登場する女性たちは若くはない。ずっと独身だったり、子どもがいたり、夫との確執を抱えたりして悩む人たちである。そして人生について深く考えている。普通に暮らしながら真面目にさまざまなことを考え行動する。
ひるがえって、わたしの周りにいた人たちのことを考えると、青春時代というものがあって、勇ましいことを言っていた人が大人になって去って行った。文学を真面目に読んでいたらできないことだと、わたしは思うんだけどね。
大人になっても文学を読む、読書会をする。読書会は先生をお呼びしてお話を聞くのでなくて、自分たちで語り合うってこと。わたしはなんと言われようと真面目でいく。

2006年10月19日

こんな本を持っていた 吉屋信子「紅雀」

紅雀—吉屋信子少女小説選〈3〉 (吉屋信子少女小説選 (3)) 吉屋 信子外へ行くときに持って出て読み進めているのはドロシー・L・セイヤーズ「ナイン・テイラーズ」(3回目の読書)で、これは基本的に外出用にしている。家では平岡正明の「チャーリー・パーカーの芸術」を読み終えて「マイルス・デイヴィスの芸術」にかかったところだが、そこでちょっとストップである。平岡さんは男性味が強すぎるような気がするのだ。平均をとるために女性味の強い本を読みたくなって吉屋信子を出してきた。いちばん好きな「紅雀」である。小学校のころにはじめて読んで泣いたのだが、姉の本なのでそのまま思い出だけが残っていた。1977年にポプラ社から出た新書判の本を見つけたときはうれしかった。なんと泉北団地の駅前の書店にあったのだ。
東海道線に乗った純子は列車内で上品な3人の親子を見かける。車内で母親が急死したのを世話したあとに、身寄りのない少女まゆみと弟を連れて自分が働いている辻家へ連れて帰る。純子はそこで家庭教師をしている。お屋敷には未亡人と年頃の息子珠彦と女学生の娘がいる。まゆみは女学校に行かせてもらうが、お定まりの意地悪な同級生利栄子にいじめられる。その一方で気位の高い賢いまゆみをしたう少女もいる。夏休みにでかけた別荘で、珠彦はまゆみに惹かれていく。珠彦と結婚するつもりの利栄子は危機感を感じていじめるので、まゆみは身を引こうと家出する。
貧しい一家に救われてその一家のために苦労しながら暮らしているうちに、辻家のほうではまゆみの家系がわかり、立派な家柄の出ということもわかる。最後は見つけられて、そこの長男と婚約する。一種の貴種流離譚なのだわ。何度も読んでいるので気に入ったところを開いて読む。

2006年11月10日

松本かつぢの「くるくるくるみちゃん」

ミクシィのコミュニティがあるお陰で楽しい思いをしている人がたくさんいると思う。ものすごい数のコミュニティがあり、それが日夜増えているのだからすごい。その中に過去に思いを馳せさせるものがあり、わたしもいくつか参加している。
「昔、素敵な少女雑誌があった」「ひまわり・それいゆ」「中原淳一倶楽部」等のコミュは、忘れていた子どものころの記憶を甦らせてくれる。そして過去を知っている人だけなく、若い人がこのような雑誌や絵や文章に心惹かれていることがわかってうれしい。
最近、松本かつぢが話題になった。わたしは中原淳一イノチみたいな少女だったが、次に好きなのが松本かつぢで、着せ替え人形「くるみちゃん」を持っていた。くるみちゃんとお友達のはるこちゃん(この名前は記憶が間違っているかも)と、厚紙で2人のお洋服や持ち物が全部切り抜けるようになっていた。やはり紙のドールハウスもあって、立ち上げると少女の部屋だった。テーブルと椅子も立ち上がった。元は10歳上の姉のものだったのをもらったのだが、少女の心はこんなもので幸福になったのだ。くるくるくるみちゃんと呼んでいたっけ。
時は経ち、そんなことは一切忘れて暮らしていた1978年秋、書店で見かけた雑誌「薔薇の小部屋」にはおどろいた。松本かつぢ氏のインタビューが載っていたのだ。そしてたくさんの絵も紹介されていた。たった2冊発行されただけのを大切に持っているが、古本屋でけっこうな値段がついているとか。「薔薇の小部屋」を検索してメールをくださったかたとは友だちになった。
ミクシィでのコミュ発見はそれ以来のことである。古い雑誌やレターセットなどを集めていらっしゃる人が、表紙や口絵や挿絵を画像アップしてくださる。毎日郷愁に耽けっていられる。ありがたいことである。

2006年11月19日

千野帽子「文藝ガーリッシュ──素敵な本に選ばれたくて。」

文藝ガーリッシュ    素敵な本に選ばれたくて。 千野 帽子去年ミクシィに入ったとき、紹介者やつきあってもらうことになった人(マイミク)のトップページを見て、自分が入るコミュニティを決めていった。もちろんミクシィ内検索もした。そしてサラ・パレツキーコミュがないのを発見、喜んでコミュをつくり自分が管理人とあいなった。
そのとき見つけたのが「文藝ガーリッシュ」というコミュだった。トップページに「うっとり」と称して作品の名前が100冊あまり連なっている。わたしは3/4以上は読んでいるので、「文藝ガーリッシュ」という言葉の意味がはっきりわからないままに参加した。
本書はそのコミュの管理人をされている千野帽子(俳人)さんが、2005年に「東京新聞」「中日新聞」「北陸中日新聞」に連載されたものをもとにして書かれた本である。わたしはミクシィではじめてお名前を知ったのだが、今年の「ミステリーマガジン」10月号に書かれた〈誌上討論「現代本格の行方」8回目「少年探偵団 is dead. 赤毛のアン is dead.」〉がおもしろかったので、迷わずに買ったというわけ。
「文藝ガーリッシュ」とはなんぞや。あとがきに【志は高く、心は狭く—(中略)さまざまなタイプの本に出てくるお嬢さんたちの誇りは、毒と蜜のカクテルでした。スヰートな蜜が致死量の毒と結合した瞬間、女子は甘いスリルとともにみずからの誇りを自覚する。/ふと思い立って、その甘いスリルを仮に「ガーリッシュ」と名付けてみました。】とある。
名付けられた「ガーリッシュ」であるところの作品の紹介が2ページに1冊あって、読むと思い出すことがあったり噛みしめたりで、なかなか次へ進めない。いまはちょっと満腹状態である。
読んでいるうちに気に入った言葉があった。清水博子「ぐずべり」紹介のページに、【読書は戦う女子の栄養源なのですね。】そうなんですよ。読書は戦う女子になくてはならない栄養源。それがわかる千野さんは男性だけど、えらい(笑)。吉屋信子の紹介の中で、【「女」ではなく「私は」と言える女子。(後略)】と書かれている。そうそう、「私は」と言う女子が少なすぎる。わたしなど「私は」と言い過ぎだと言われてるけどね(笑)。(河出書房新社 1600円+税)

2006年12月04日

あらっ、内藤ルネさま

最近はお昼ご飯を食べながらNHK朝の連続ドラマ「芋たこなんきん」の再放送を見る。12時45分からなのを今日は10分くらい早くテレビをつけた。この時間は日本列島のどこかを著名人が訪ねる番組をやっているのだが、今日は伊豆の修善寺温泉だった。いかにも観光地ぽいなと思って見ていたら、突然見たことのある少女の顔の絵が・・・。「内藤ルネやん」と叫ぶとすぐに、ここには内藤ルネさんが住んでおられて「内藤ルネ人形美術館」があると紹介があり、今度はルネさんご自身のご登場である。柔らかい態度で静かに話すルネさんをほーっと見つめていた。
実はわたしはルネさんを女性とばかり思い込んでいたのだ。戦後の少女雑誌「ひまわり」「それいゆ」の後期に頭角を現したルネさんは、1932年愛知県で生まれた。20歳のときに中原淳一に呼ばれて上京し、ひまわり社に入り雑誌の編集の手伝いをしながらイラストを描きはじめる。その後「ジュニアそれいゆ」が発刊されて主要メンバーになり活躍がはじまるのだが、わたしはその途中で少女ものから卒業してしまった。それであまりルネさんの活躍を知らないで過ごしたのだが、1978年にルネさん企画編集の「薔薇の小部屋」(夏・秋)2冊を買ったことからルネファンになった。この2冊には少女のエッセンスがぎっしりとつまっている。
数年前の日記に「薔薇の小部屋」のことを書いたとき、検索してメールをくださったかたと友だちになったのだが、彼女のメールにルネさんのことを「彼」とあったので、あれっ、男性だったのかと気づいた。なんと何十年も勘違いしていたのだ。いまごろになって「薔薇の小部屋」の編集は男性の仕事だと納得している。
「内藤ルネ自伝 すべてを失くして—転落のあとに」を読もうと思いながらまだ読んでいないのだが、目次だけでも波乱の生涯を送られた様子がうかがえる。いろんなことを通り過ぎたからこその今日の穏やかさだなと感じた。

2007年01月24日

山本やよいさん訳 メアリ・バログ「ただ忘れられなくて」

ただ忘れられなくて メアリ・バログ山本やよいさんから送っていただいたときは、なんてストレートなタイトルなんだと思ったが、内容もストレートですーっと読める。19世紀前半のイングランド、美男美女が惹かれ合いながら反発しあう。男性は貴族の御曹司でロンドン社交界にいて、女性は過去にわけありでバースの女学校で教師をしている。
フランシスは大伯母たちを訪ねたクリスマス休暇のあと、大伯母の旧式な馬車に乗ってバースへ帰る途中、新式の馬車に追い越されて雪だまりにはまってしまう。新式馬車に乗っていたルシアスと言い争いになるが、大雪を避けて近くの宿屋に泊まることになる。そこには留守番しかおらず、暖房や食べ物の支度も自分でするはめになる。気に食わない相手ながら、料理をつくったり雪だるまでたわむれたり、だんだん打ち解けていき、ダンスをしてベッドへ行く。展開が早い。
それから二人とも相手を忘れられなくなるが、フランシスは学校教師を真面目に勤めようとする。バースの医師が交際を申し込んでいる。ルシアスのほうも婚約することになっている完璧な貴族令嬢がいる。
実はフランシスは素晴らしいソプラノ歌手として幼いころから訓練されていた。父親が亡くなってからいろいろあって、バースの学校へ逃げ込んだのだ。祖父の保養に行ったバースの夜会でフランシスが歌い、その才能をルシアスは知って学校に会いに行く。
祖父がロンドンでじっくりと聴きたいということで、音楽家の後援をしている貴族も呼んでの音楽会は大成功だった。ルシアスは会うたびに求婚するがそのたびに断られる。
ジェイン・オースティン「高慢と偏見」、シャーロット・ブロンテ「ジェイン・エア」、「ドロシー・L・セイヤーズ「学寮祭の夜」を思い出した。金持ちの男性が貧しい娘を恋して追いかけ、その拒絶されている間に男性も考えを新たにし成長する物語。その系譜である。いまの時代に書いた〈時代小説〉だからスピードがあって読みやすい。
女性探偵の物語には暴力シーンが必ずあるように、ロマンス小説には丹念なベッドシーンがある。たまにはこういう小説を読んでロマンチックムードにひたるのもいいな。相変わらず慌ただしい日々のひととき、コーヒーを飲みながらちょっとのんびりした。(ヴィレッジブックス 880円+税)

2007年01月28日

幻の雑誌「白鳥」と内田静枝編「長沢節」

長沢節 伝説のファッション・イラストレーター 内田 静枝生まれ育った家があって、子ども時代のものがそのまま置いてある人っているんだろうなぁ。わたしは子ども時代に何度も引っ越している上に、古い物に未練を持たない性格もあって、なんにも残っていない。ドロシー・L・セイヤーズ「大学祭の夜」だけを、なにがあっても持って歩いてきた。
いま、これだけは持っていたらどんなによかったかと思えるものに、雑誌「白鳥」がある。その前に中原淳一大好き少女だったときの「ひまわり」は、国書刊行会が復刻したのを買ったが、思い出にひたった後は手放してしまった。
「白鳥」のほうは知っている人が周りにいなくて、ひたすら思い出だけだったのが、最近ミクシィの「昔 素敵な少女雑誌があった」というコミュニティができて渇きが癒された。たくさんの少女雑誌名の中に「白鳥」があったのだ。そこで覚えていることを書き連ねたら、手応えのある返信をいただけた上に、お正月にはお年玉として長沢節が描いた号の表紙をアップしてくださった。その後も、わたしが覚えていると言った長沢節のイラストがついている名作物語の、ドストエフスキー「白痴」、アンデルセン「即興詩人」、コレット「青麦」のページも載せてくださった。この挿絵を再び見ることができるなんて思っていなかったから、ものすごくうれしくてふわふわしてしまった。
それで、本棚から長沢節の著書「弱いから好き」と内田静枝編「長沢節 伝説のイラストレーター」を出して、この2冊の本を大切にしていると書いたところである。
「白鳥」の時代からずっと後に、雑誌「装苑」で長沢節の名前を見ておどろき喜んだのは言うまでもない。それからずーっと彼がお亡くなりになった後もファンである。「長沢節 伝説のイラストレーター」には、彼の住んでいた部屋や服や彼の愛した物がいっぱい出てきて、いとおしいような気持ちになる。(河出書房新社 1800円+税)

2007年02月17日

クルミちゃんのドールハウス

松本かつぢの「くるくるくるみちゃん」〉を書いたのは去年の11月のことだ。(あとで知ったのだがクルミちゃんのクルミはカタカナ。)それからミクシィに松本かつぢ氏のお嬢さんがいるのを発見して、こんなことを書きましたと連絡したら、読んでコメントを書いてくださった。ヤッホー。
わたしが思い出しつつ書いたクルミちゃんのドールハウスのことを、ミクシィの「昔 素敵な小女雑誌があった」コミュにも書いてみた。もしかしてクルミちゃんの友だちの子の名前を知っている人がいたら、という気持ちがあった。わたしは「はるこ」だったかなと思っていた。しかしドールハウスがあったことも、クルミちゃんに友だちがいたことも知っている人がいなくて、わたし自身があのドールハウスはほんとにあったのかと思うほど現実味が薄れてきていた。
そこへ今日、コミュ管理者からお知らせがあった。「ひょんな事から、クルミちゃんの着せ替えドールハウスを持ってたという人に出会いました。」とある。そしてクルミちゃんの友だちは「ルミちゃん、ルイちゃん、男の子はかっちゃん。女中さんはマメや」だそうだ。うわーっ、なんか感激、やっぱりあったんだー。あえかな記憶をたどって書いたことを、突き止めてくださる人がいるのがうれしい。

2007年03月26日

愁ひつつ岡にのぼれば花いばら

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今日散歩していたら足下に野ばらの花が数輪咲いていた。えっ、ほんまに野ばらかしらと、つくづく眺めたがやっぱり花いばらだった。どこか田舎から持ってきた土に根が残っていたのが、春になって芽が出て花が咲いたということだろう。白い清純な花。

先日、ミクシィで知り合った若き友が、平安時代の歌人の歌二首だけをその日の日記に書いていた。そのときの自分の心を歌にこめている。
それを読んで自然にわたしの心に出てきたのは、

 愁ひつつ岡にのぼれば花いばら 蕪村

うまくつながって気持ちよく、この句だけを返信したら、彼女も気持ちよく受け止めてくれた。まだ会ったこともない人だけど、だいじな心の友。
乙女心を歌に託すとすれば平安時代の和歌と江戸時代の俳句なんだなぁと今更ながらつくづく思った。

そんなことがあっての、今日の植え込みの隅っこで見つけた花いばら。

2007年12月05日

水村節子「高台にある家」

高台にある家 (ハルキ文庫) 水村 節子突然、水村美苗の「本格小説」を読みたくなった。やっぱりよかった。何度も読んでいるのに引き込まれてしまうのはなぜだろうと考えたら、水村節子「高台にある家」を読みたくなった。千野帽子「文藝ガーリッシュ」に紹介されていて、そのときから読もうと思っていた本だ。節子さんは美苗さんの母上である。
図書館に行ったら「み」のところにお二人の本が並んでいた。帰ってからすぐに読み出したのだが、作品の世界にはまってしまって、用事はほったらかし。夢を見ているようなと言えば大げさだけど、はまりこんでいた。
水村節子は80歳に近くなってデビューした素晴らしい人だ。本書は昭和3年からの20年を描いた自伝小説である。

伯母の住む高台の家にあこがれ続けている〈私〉は、芸者あがりの母に育てられている。24歳年下の〈父〉との間の子どもで〈庶子〉として届けられているが、その背景が成長するにつれて明らかになっていく。
宝塚歌劇にあこがれ、ピアノやベッドにあこがれ、本を読む少女は恋にもあこがれる。世間的には差別されているのだが、他の女と結婚した父親に甘え、親戚に甘えるすべも知っている。
叔父から、お前は谷崎潤一郎の「痴人の愛」のナオミに似ていると言われて、のちのちその本を読んだ〈私〉は得意になる。そういう少女が結婚するのだが、伯母のすすめる相手を断って、自分で決めた相手である。だが、華やかな新婚旅行から帰った〈私〉は、迎えた家族の冷たさにおののく。
戦争のせいで夫の職場が移転し郊外に別居してからは、物資の欠乏と戦いの毎日である。そこで〈私〉の生命力が力を発揮する。そして敗戦、夫とは心が通じなくなっている。
最後がすごい。

昭和のはじめの家族制度について考えさせられた。なんと妾と芸者が生んだ子どもが多いのだろう。そして兄弟姉妹が多く、上に生まれたら下の者の面倒をみるのが当然だし、食い詰めて親戚の家に転がりこむことも多かったようだ。
大部分の舞台が大阪の下町であの辺りかとわかるし、会話が大阪弁であることも入り込みやすかったと思うが、複雑な人間関係を剛直に書いている文章の力に感心した。(角川春樹事務所 2000円+税)

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