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辻原 登 アーカイブ

2006年04月25日

辻原登「花はさくら木」に酔う

花はさくら木 辻原 登こんなにおもしろい小説にお目にかかることは滅多にない。土曜日にジュンク堂で買ってから人を待つ間に読み、電車で読み続け、帰ってからも読んで、翌日読み終わってからは気に入ったところを読み返した。今日になったら憑き物が落ちたような感じだけれども、楽しい小説を読んだ歓びで気持ちがよい。
朝日新聞に連載中から毎朝楽しみに読んでいて、そのことを去年の12月1日の日記「木村蒹葭堂(きむらけんかどう)展」に書いている。堀江の超文化人 木村蒹葭堂さんも本書に登場しているのだ。
十代将軍 徳川家治の時代、御側御用取次 田沼意次は江戸から京都へ行く。当時の大坂はシカゴよりも先に世界最初の先物取引をした大商業都市であった。そこの中心人物 鴻池善右衛門と幕府が手を組んでやっていこうという、先を見据えた政策を考えたのである。それには密貿易で巨万の富を得た北風をつぶさねばならない。部下の青井ほかお庭番が京都へ入り活動する。北風の娘として育った菊姫と青井の恋、菊姫と親しくつきあっている内親王の智子は後に女帝(後桜町天皇)となるお方である。その上に当時の文化人がたくさん登場する。
なんと田沼意次と町娘のかっこをした内親王智子とおつきたちが船で大坂見物にきて、天満で泊まり、翌日は道頓堀で“ふく”を食べ、芝居小屋で文楽を鑑賞するのだ。
本書を読んだ人はだれでも田沼意次ファンになること間違いなし。昔の思い人と過ごして別れていくところもなんとも言えない情感があふれる。
ただおもしろいだけではなくて学ぶところもある。こんなことを若い武士に向かって田沼が言う。【「無私の精神だよ。私利私欲のなさこそ、われわれの力の源泉だ。人のよさという意味ではないぞ。むしろ、われわれの無私は人が悪い。意地悪すぎるほどだ。田安さまのほうがよっぽど人がよい。しかし、無私の精神によって、われわれは世間をみおろす。具体的には、公平、公正な政治をおこなうこと」】。
また田沼は近松の床本を読んで思う。近松の心中ものの中での【男女の生き死にのさまは、武士道と同じ高みにまでのぼっている。と田沼は感じた。彼らは弱さから死ぬのではない。出会ってしまった、非常にいい相手に恋慕したのだという運命を引き受けて、死んでゆく。添えないから死にます、ではないのだ。】
もちろん、青井三保と菊姫の恋はすてき。内親王が恋の涙を友情の涙にみせかけることに成功したところもすてき。ああ、楽しかった。(朝日新聞社 1700円+税)

2007年01月13日

辻原 登「遊動亭円木」に惚れ込む

遊動亭円木 (文春文庫) 辻原 登辻原登さんの作品をはじめて読んだのは朝日新聞に連載された「花はさくら木」で、おもしろくておもしろくて、新聞を手にするとまっさきに読んでいた。単行本になったときはすぐに買った。こんなおもしろい小説を書く人がいるものだと思った。
毎日慌ただしく暮らしているので、他の作品も読もうと思いながら日が過ぎたが、年末に図書館に行ったとき思いついて借りたのが本書である。このタイトルは聞いたことがあったから、書評かなにかを読んだんだろう。そのときに読んだらもっと早く辻原登を知ったのに残念なことをした。
本書はおもしろいというだけではなくて、「花はさくら木」でもそうだったが、なんとも言えない品があるのだ。思い出したのが吉田健一の「金沢」だ。
主人公は遊動亭円木という二つ目の落語家で、真打ちにもう少しというところなのだが、糖尿病で白内障がすすんで水晶体が濁ってしまいほとんど盲目である。妹夫婦が持っているマンション「ボタン・コート」の一室に居候のように住んでいる。たまに昔の贔屓筋からお座敷によばれて噺をする。
気のいい妹夫妻、ボタン・コートの住人、明楽(あきら)という昔から贔屓にしてくれている旦那、それらの人たちとの関わりがおもしろい。
明楽が相撲の枡席をとってくれて、円木はマンションの三人を誘って行くことになるが、その三人は当日現れず、目の見えない円木だけがテレビに映る席に姿勢よく座っている。来ない三人の連れの女たちがテレビを見て、円木が一人なのでおどろく。だが「すっと背が伸びて高座にいるみたい」。その円木は相撲を見ながら「おい、おれはひと皮むけたようだぜ」と自分の肩先につぶやき、ぶきみな笑いを浮かべる。相撲の呼び出しの声の描写などゆったりとあった後の、ここがすごくいい。
円木の昔の女が訪ねてきたとき、彼は不在だったのだが、妹夫妻が接待しているうちに、二人とも彼女にいいようにされてしまうのもおもしろい。
話はたゆたうように進んでいき、円木の目は一瞬惚れた女の顔が見えた後に完全に見えなくなる。その女寧々との出会いもおもしろい。
不思議な女たちが円木をめぐって出てくるのもおもしろい。落語家が主人公だから落語の話もいろいろある。ゆっくりと味わってもう一度読もう。

2010年01月04日

辻原登「抱擁」

抱擁数日前に姉の家で机の上にあった「波」を開いたら、辻原登さんへのインタビューがあった。新しい作品「抱擁」についてで、ヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」の影響を受けているようなことを話されていた。(この点はもう一度読んで確かめる)
それですぐに読みたくなって広告ページを見たら12月20日発行とあったので、もう出ているんやと翌日の大晦日に買いに行った。
すぐに読み出して翌日の元旦に読み終えたが、余韻の残る作品でもう一度ゆっくりと読み直した。本書は読み終えた女子によって語られ次々と読まれていくに違いない。

昭和11年(1936年)の二・二六事件の少し後という時代設定で、主人公の〈わたし〉が検事に語るかたちではじまっている。まず前田侯爵家の小間使いであったこと、もう二度と愛くるしいお嬢様に会えないのが悲しいこと。
〈わたし〉は鎌倉の女学校を卒業して家事手伝いをしていたが、18歳のときに、知り合いの紹介で前田家へ奉公にあがる。
前田家は東京駒場の鬱蒼とした森の中に西欧のお城のように聳えていた。使用人が50人をくだらないというお屋敷で、仕事は6歳の緑子お嬢様の小間使いである。〈わたし〉は緑子の部屋でベッドを並べて眠ることになり、寝食を共にする生活がはじまる。緑子には以前〈ゆきの〉という小間使いがいて、緑子が生まれてから仕えていて影響を与えていた。さまざまな不思議があって〈わたし〉は〈ゆきの〉について知りたいと思うようになる。
女中頭に聞くと〈ゆきの〉は二・二六事件で逮捕され処刑された中尉の妻で、処刑後に後追い自殺を遂げていた。
なにかにつけ相談相手になっている米国人の家庭教師ミセス・バーネットは、その不思議な現象はポゼッションだという。「要するにキツネ憑き」だと。
〈ゆきの〉と緑子と〈わたし〉の気持ちのつながりが頂点に達したとき、〈わたし〉は行動に出る。
(新潮社 1400円+税)

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