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池波正太郎 アーカイブ

2004年01月02日

池波正太郎「堀部安兵衛」上下

前から読みたくて買うつもりだったのに、本屋に行ったときは買い忘れていた本である。暮れに図書館で見つけたのをさいわい借りてきて読んでしまった。テレビでだが歌舞伎を思い出したように見たり、木村蒹葭堂さんに惹かれたり、ちょっと江戸時代をさまよっている昨今です。暮れには「忠臣蔵」を2日にわたって見た。
わたしは「忠臣蔵」が大好きで、その中でも一番に堀部安兵衛、二番に不破数右衛門が好きである。やんちゃなところがいい。堀部安兵衛は堀部家に養子に行く前の中山安兵衛だったとき、高田の馬場へ助太刀に走る映画を子どものときに見てからのファンである。叔父の一大事を知り、高田の馬場へ駆けていく安兵衛は、途中で塩を舐めて桝の酒をがぶっと飲んだ。なんともカッコよかった。「忠臣蔵」の映画やテレビではわりとオトコマエの俳優がやっているので、オトコマエだったんだろうとは思っていた。
さて、この本を読んだら安兵衛がオトコマエであることも、剣だけでなく学問もできる若者ということもわかった。
毎朝木刀をふるう稽古をさせ続けた、硬骨の父が自刃するところを見た少年から、家出して苦労を重ね、狂ったように女に迷う青年となる。しかし安兵衛の一直線の性格と素直さは、いろいろな大人から興味と好意を受ける。兄と慕う友人ができ、道場では浅野家家臣の奥田孫太夫と知り合う。
安兵衛が果たし合いの助太刀をした叔父という人は、血のつながりはなく、相手に気に入られて叔父甥の関係になった人である。「好きな男に、少しばかりの世話をするだけだから、恩に着てもらっては困る」と言い、安兵衛の世話をする。その叔父に一大事が起こったので助太刀にかけつけたのである。そのカッコよさが江戸中の噂になり、堀部弥兵衛の目に留まる。しつこい弥兵衛のくどきに負けて娘と結婚し婿になった安兵衛は、引退した弥兵衛に代わって浅野家に仕える。そして「忠臣蔵」へ一直線となるのだ。

2004年01月16日

池波正太郎「剣客商売」1冊目を再読

「剣客商売」をはじめて読んだのははるか昔のことで、そのときは「鬼平犯科帳」のほうがずっといいと思った。それで何冊も持っていたのを、いつまででもいいよって人に貸して、そのままになってもなんとも思っていなかった。
今週からテレビの新番組で「剣客商売」がはじまった。出演者はこの前と同じ顔ぶれで、秋山大治郎と三冬に子どもができている。この物語いったいどこまであるんだろ。わたしはそこまで読んでいなかった。
それで近所の小さな本屋にも池波正太郎の本は揃っているので、1冊目だけ買って読みだしたら、そのおもしろいことったらない。昔はこの味がわからなかったのね。秋山小兵衛が大治郎に語る言葉を長いけど引用します。
「年をとるとな、若いときのように手足はきかぬ。なれどそのかわり、世の中を見る眼がぴたりと決まり、若いころのように思い迷うことがなくなる。これが年の功というやつで、若いころにはおもってもみなかった気楽さがあるものよ」
わおっ・・・そうよね、そうよね、わたしも秋山小兵衛の半分くらいのところまではきていると思いたい。だってこの言葉身にしてみてわかるもん。いろんなことを通り越した気楽さがあるのよ、年をとると。だからとても陽気になれる。わたし、もうちょっとで人生の達人になれるかも(爆)

2004年02月04日

池波正太郎「剣客商売」2冊目

1冊目を近所の本屋で買ったのだが、なにも気にせず読んでいた。YOKOさんご夫婦が「剣客商売」のファンなので、YOKOさんの掲示板で1冊目を新しく買って読んだと書いたら、Mah&Botchさんが、それはよかった、いま出ているのは表紙カバーも変わっているし、本文の文字が大きいよと教えてくださった。1冊目を眺めながら、そうなのかと思ったが比較のしようがない。先日2冊目を買ってわかった。カバーが派手になっているし字も大きい。うちの近所の本屋のは売れ残りだったんだ。3冊目以降は気をつけなくっちゃ。このシリーズは食後のお茶のときに読むことに決めた。先が長いからうれしい。
いくさのない時代が百何十年も続いている世の中に生きて、剣で身を立てようとすることは容易ではない、という前提で、「剣客」を商売にするという認識が秋山小兵衛にはある。息子の大治郎が剣で生きたいと決めてからは、道場を持たすところまではやり、後は本人にまかしたわけだが、なにかにつけ気になる親の情が細かく描かれている。
わたしはここに収められている7つの作品のうち「悪い虫」がいちばん好き。道で乱暴者をやっつけた大治郎を見込んで、うなぎの辻売りをしている又六が頼みにくる。細かいお金までみんな合わせて五両を差し出し、10日で剣術を教えてほしいと言う。小兵衛がちょっと手を貸し、大治郎が10日で又六を仕込むのである。その甲斐あって又六は辻売りに出た日に、いやがらせにきた乱暴者の腹違いの兄の暴力をものともせぬようになった。又六が汗水流して稼いだ五両をもらうのは…とこだわる大治郎に小兵衛は「あいつはこれから五両はおろか、十両も五十両も稼げる男になったのだ。あれだけのちからをつけてやって、五両なら安い」と言うのである。(新潮文庫 476円+税)

2004年02月20日

寺島しのぶの三冬—「剣客商売」3冊目

さっきニュースステーションを見ていたら寺島しのぶが出ていた。今年の主演女優賞を総なめしているんだそうだ。よかったねとお祝いを言いたい気持ちである。
わたしはテレビで前回の「剣客商売」を見るまで寺島しのぶを知らなかった。三冬になっている彼女を見て、感じの良い人やなぁと思っていたら、女性週刊誌の広告で「捨てられた」とか「見返した」とか出ていて、そんなに有名な人だったのかとびっくりした。
実際年齢より10歳も若い役ということで、違和感がある人もいるようだが、原作を改めて読んでみると、昔の人は成熟が早いので、三冬ははたちと言っても、いまの20代よりもずっとしっかりしている。寺島しのぶの落ち着きがちょうど似合っているとわたしは思う。
「剣客商売」3冊目を読み終わった。「陽炎の男」でお風呂に入っている三冬が二人の男に襲われる。一人を叩きつけ、もう一人は両目に指を電光の如くに突っ込み、衣類を素早く着て大刀をひっさげる。そして庭に出て、第三の男に「何者じゃ!!」。
よいぞ、三冬さま! わたしは読みながら三冬を寺島しのぶに当てはめていた。
それはそうと、彼女のお母さんは藤純子(昔の芸名)だそうだ。わたしは1970年前後に東映のヤクザ映画をたくさん見た。藤純子ははじめは鶴田浩二や高倉健の相手役の芸者なんかをやっていて、それも哀切な感じがよかったけれど、「緋牡丹博徒」のシリーズでは任侠道の女性を生きていて、その姿がたまらなく美しかった。(新潮文庫 514円+税)

2004年03月01日

大根の炊いたん─「剣客商売」4冊目

先日おいしそうな大根を前に、どうして食べようかと少し悩んだ。ブリ大根、イカ大根、おでん、粕汁、タヌキ汁、冬中いろいろして食べた。違う食べ方がないかなと考えたら、先週テレビドラマの「剣客商売」で、おいしそうに大根を食べていたのを思い出した。大根だけを出し汁で炊いたと言っていた。さてどんなものか。
そのあとで「剣客商売」4冊目を読んだら、その大根の食べ方があった。「約束金二十両」の中の一節である。老浪人平山太兵衛が持ってきた大根を、おはるが鉄鍋にたっぷりと薄目の出し汁を張り、大根を切り入れ、ふつふつと煮えたぎったのを炉端で食べさす。小皿にとって、「粉山椒をふったほうがいい」と小兵衛がすすめる。「こりゃあ、うまい」「そりゃあ、平内さん、大根がよいのだ。だから、そのまま、こうして食べるのが、いちばん、うまいのじゃ」なるほど。
うちにあるのは、ポランの宅配が持ってきた、ほんとにおいしそうな太い大根である。昆布とカツオたっぷりの出し汁をつくって大根を炊いてみたら、そのうまいこと、うまいこと。粉山椒を買い忘れたがなくてもうまい。
「約束金二十両」は古い百姓家に住む老浪人平山が、隣に住む百姓の娘おもよが茶屋の出物があるのを、二十両で買いたいという熱望をかなえるために、剣術の試合を計画する話である。勝ったら三両もらい受けるという立札を神田明神社に立てたのを見て、大治郎と三冬が行き、小兵衛も行く。すべて終わったあと小兵衛を訪ねてきた平山は、小兵衛とおはるが夫婦なのを知り驚く。小兵衛は平然と平山におもよと暮らせと言うのである。「こだわることはない。養っておもらいなさい」。(新潮文庫 552円+税)

2004年03月10日

三冬の縁談─「剣客商売」5冊目

テレビドラマのほうは、大治郎と三冬はとうに結婚して小太郎という男の子がいる。わたしが追いかけて読んでいる本のほうは、意識しあってはいるものの、なかなか進展しないからいらしているところである。結婚することがわかっているけど、なんとかせんかいなと読みつつ思うんだからうまい小説である。
昨日は大治郎が明け方に夢でにやついていたとかで、三冬がその原因をただそうと剣を打ち込むのを、大治郎がたじたじと受けていた。楽しい夫婦である。小兵衛と意次は「三冬が女になった」と喜ぶ。
5冊目「白い鬼」には七つの短編が収められていて、秋山小兵衛も驚く手裏剣の名手お秀が主役の「手裏剣お秀」がよかったけれど、ここはやっぱり「三冬の縁談」でしょう。
老中田沼意次の妾腹の娘である三冬は剣道に開眼して男装で暮らしている。意次が婚期を過ぎた娘に嫁に行くようすすめると、自分より剣の強い人ならということで、試合をしてはやっつけてしまう。今回も三冬は自分が勝つと信じて疑わない。でも相手の名前を聞いた大治郎は青ざめる。その男が三冬より強いのを大治郎は知っていた。
父親のところへ行ったものの、煮え切らない態度でいるのを小兵衛に問い詰められ、三冬への恋を白状する大治郎のかわいいこと。小兵衛も考えあぐねてしまうが、弥七の協力でその男の性格がよくないのを知り、人知れず三冬との試合に出られないようにする。
三冬と大治郎の世間知らずの初々しさが気持ちよい。その次の「たのまれ男」の最後で、小兵衛は「そういえば佐々木三冬……いや、お前の恋女の始末を、これから、どうつけるつもりかよ?」と聞いている。返事をはぐらかした大治郎だが、次の6冊目にはきっと決着がつく一編があるのでありましょう。そう言えばその話、テレビで見たっけ。ああややこし。(新潮文庫 552円+税)

2004年03月16日

好感が持てる男子ナンバーワン─「剣客商売」6冊目

毎週火曜日はテレビドラマを見る日にしていたのに、「剣客商売」は今日で終わり、「彼と彼女と彼女の生きる道」は来週で終わるらしい。なんかさびしい。草なぎくん扮する小柳さんは妻が娘を置いて出ていった後、娘と過ごす時間を確保しようと、銀行を辞めてレストランの厨房で働いている。好感が持てる男子ナンバーワンである。もう一人の男子ナンバーワンは山口馬木也扮する秋山大治郎である。現代劇と時代劇でナンバーワンは各々一人としておこう。
テレビドラマは先へ行っているが、いま読み終わったのは6冊目「新妻」である。「品川お匙屋敷」で、三冬は大治郎を意識している自分に気づく。伯父の家に行った帰り道、切られて瀕死の女から品物を預かる。追いかけてきた男どもをやっつけ、死んだ女をお寺に運んで、大治郎の家に行ける理由ができたのを喜ぶ三冬である。品物は禁制品の香であった。それから話がすすんで、三冬は悪党どもに誘拐される。きっと大治郎が助けにくると拷問に耐えながら、辱めにあえばそのときは死のうと思いさだめる。ぎりぎりに大治郎はやってきて三冬を助け出す。最後は三冬の父、田沼意次が秋山親子を招待しての席で突然、大治郎に三冬を妻にしてやってくれと頼むのであった。
話の途中でも周りの人が三冬のちょっとした身のこなしに女らしさを感じたり、大治郎の懊悩に気がついたりする。大治郎がドラマチックに愛を表現できてよかった。池波正太郎のお話のうまさに酔ってしまう一冊(新潮文庫 552円+税)

2004年03月17日

小柄な老人─秋山小兵衛

「剣客商売」は文庫本1冊に数編の短編小説が収めてあるのだが、それぞれの作品に小兵衛は小柄な老人だと説明がある。ふだんは柔和な表情だが、なにかあると一変して鋭くなる。「馬鹿者」と大音声で叱りつけるときはほんまに怖い。言われた相手はひぇーっとびびってしまう。以前は道場を持っていたが、いまは隠居して40歳も若いおはるといっしょに、楽しく暮らしている。“剣客”を商売だと言ってるくらいだから、お礼金などはあっさりともらう。その代わりに手伝ってくれた人にはケチケチしない。気持ちよく「これをとっておいておくれ」と紙にくるんだお金を渡すのである。人が訪ねてくるとすぐに「酒を」と言っておはるに用意させるし、仕事で連絡にきた人には「飯を食っていけ」と言ってあるものを出す。気持ちよく暮らすお手本としてもこの本は読める。
話を強引にひきつけるみたいだけど、わたしも小柄な老人(自分で言ってるぶんにはいいのよっ!)で、ふだんはとても穏和である。しょっちゅう人の打ち明け話の相手になっている。でも小柄なのと貧乏のせいだと思うが、人から見下ろされることがある。で、ごく稀にだけど「馬鹿者」とはよう怒鳴らんけど、バクハツすることがある。そういうときって頭脳明晰になるからすごいです(自分で言ってりゃ世話はない)。
なんの話だっけ、そうそう秋山小兵衛をお手本にして、生きにくい世の中だけど、楽しくやっていこうと思っているのね。

2004年04月06日

池波正太郎「剣客商売」7冊目

「剣客商売」全体をまだ読んでいないのだけれど、最後はどうなっているのだろう。「鬼平犯科帳」のほうは連載されていた「オール読物」をずっと買っていて、次号を楽しみにしていたのに、最後の作品は未完で終わったのだった。
「鬼平犯科帳」でも鬼平さんが疲れを感じるところがあったが、「剣客商売」は最初から秋山小兵衛は老齢なので、作者が自分の身に老いを感じたことを、そのまま小兵衛の身にあてはめて書いているようだ。そして、読者のわたしもまた「鬼平犯科帳」を読んでいたときと違い、老いを感じはじめているので、そのあたりに敏感になっている。
でも、老いを感じて共感しているだけではありません。こんなところがある。「隠れ蓑」では大治郎との会話で「といわれても、口や筆に出してあらわすことはむずかしい。わしもお前同様、その二人の身性については何も知らぬことよ」「はあ……」「なれど、胸の内に、言葉にならぬものががあって、わしのような老いぼれになると、何やらわかったような気もちになるのさ」。わかる、わかる、こういうのは年を取らぬとわからぬことじゃよ。
「徳どん、逃げろ」に出てくる、店の名前がなくただ「菜めし」と書いてある「六道の辻の菜飯屋」。大根や蕪の葉、小松菜など、青菜をきざみ、炊きまぜた飯はいつでもあり、そのほかには酒、熱い味噌汁、それだけしか出さぬ。こんな店で熱燗を飲んでみたい。(新潮文庫552円+税)

2004年04月24日

池波正太郎「剣客商売」8冊目

今週のNHKドラマ「お宿かわせみ」では、深夜の狐の行列が江戸の住民を驚かしていた。人間の姿をした狐が10人くらい、中心にある駕篭を守って行列している。行列が止まると、その駕篭が空中にそろそろと上っていく。その周辺には火の玉がゆらめいている。昔の夜は真っ暗だったから、見た人はとても怖かったろう。
池波正太郎の作品の中で狐が出てくるのは、まず「鬼平犯科帳」の「狐雨」。鬼平さんの部下の青木助五郎に狐がついた話である。狐がついた助五郎は鬼平さんの家の座敷で出された料理を手づかみで食べ、「油揚げは、まだか、まだか、まだか、まだか?」と催促する。「油揚げをどうして召し上がります?」「生でよい。生で、生で、生で」。何回読んでもおもしろい。「鬼平犯科帳」の中でも好きな1編である。
前置きが長くなったが、「剣客商売」8冊目にも「狐雨」という1編がある。これもわたしは好きだ。主人公の杉本又太郎に狐がつく話である。恋人の小枝が昔、狐の命を助けたことがあった。その狐はもう死んで、いまは伏見稲荷にいるのだが、小枝へのお礼のために又太郎の危機を助けようとやってきて、又太郎の体にとりつく。そして三年間は助けるから、三年間のうちに剣道をしっかりやって強くなれという。死にものぐるいで又太郎は大治郎の道場で修行することになる。
その狐の話し方がおもしろい。「このたび、小枝さまとあなたさまが苦しめられていると聞きおよび、上方からやってまいりました。アノ、お手助けをいたしたく存じます。私がアノ、あなたさまの体内へ乗り移れば、あなたさまは天下に敵うものなき剣の達人となられまする」。とても色気のある狐なのである。(新潮文庫 514円+税)

2004年05月01日

おはるのように—「剣客商売」9冊目

和歌山の友人に蕗がおいしかったと伝えたら、柔らかいうちにもう一度と、またたくさんの蕗と野蒜をぎっしりと箱に詰めて送ってくれた。それはそれはたくさんあったので、昨日はその始末に大わらわであった。大鍋で蕗の葉をちりめんじゃこと佃煮ふうに炊いたのを、美容院の2人にもお裾分けして、保存しておく分を冷蔵庫にしまい込んだ。今日は茎を茹でて、鰹節の出汁であっさりと炊いたのを食べた。残りは長時間しっかりと醤油で炊いてキャラブキにした。これもご飯がもう一杯余分に食べられるうまさになった。
台所に長時間立って、土のついた野菜をいじりつつ「まるで今日はおはるやわ」とつぶやいた。「剣客商売」のおはるは台所にいることが多い。いつもこうして土のついた野菜の始末をし、生きている泥鰌や鯉を料理し、絞めた鶏をさばいて煮炊きし、食卓に乗せる。我が家が頼んでいるポランの宅配の野菜は昔は土がついたものが多かったが、最近はよく洗ってある。便利だけど少し淋しい。たまに土がついたものに触るとうれしくなる。
さて、「剣客商売」も9冊目まできた。「小さな茄子二つ」は新宿の小さな道場で、近辺の農家の若者たちに剣道を教えている孫六が主役である。元の師である秋山小兵衛に、月に一度は江戸に出て、大治郎のところへ泊まって指導を受けるように言われているのに、さぼってしまう。事件に巻き込まれて、小兵衛に救われるのだが、最後にこう言われる。「・・・その年齢(とし)をして、まだまだ剣術にしがみついていたいのなら、それ相応に一歩ずつでも先へすすまなくては、生きる甲斐もないではないか。な、そうだろう。ちがうか…?」なんかわたし自身に言われているようで身がひきしまる。
40歳年の離れた夫婦の小兵衛とおはるのごく自然なやりとりが、このシリーズを読む楽しみを格別なものにしている。年の差は「シャーロック・ホームズの愛弟子」のホームズとメアリ・ラッセルと同じくらいかな。ホームズ/ラッセル組は3人の子どもに恵まれるが、小兵衛/おはる組は子どもはいない。
本日の献立:日本酒(呉春本醸造)、のびるの酢みそ、蕗の炊いたん、厚揚げとさつま揚げを焼いたのに土生姜と木の芽つき、ごはん、みそ汁(まいたけ)、塩鮭、蕗の葉の佃煮、胡瓜の浅漬け、焙じ番茶、羊羹(夜の梅)。

2004年05月06日

焙った茄子の味噌汁—池波正太郎「剣客商売」11冊目

10冊目を飛び越して11冊目です。10、11、12と連休中に読みまして、10冊目について書くつもりだったのですが、今夜のみそ汁がおいしかったので11冊目を先行です。
「初孫命名」の最後のほう、事件を解決したあとに旧友松崎助右衛門が訪ねてくる。語り合ううちに時が経ち、おはるが昼餉(ひるげ)の支度をした。〈手長海老の付焼に粉山椒を振りかけたものと、小胡瓜の糠漬け。それに茄子を丸ごと焙ったのを二つ切りにして濃目の味噌汁へ入れたものだけのもてなし〉であるが、これがうまいと客は目を細めて箸を運ぶ。
わたしが今夜つくったのは、海老ではありません。茄子を焙って味噌汁に入れるほう。わたしは茄子の味噌汁が好きで、小さめに切った茄子と素麺を入れる。精進料理みたいだと言われるけどおいしい。ところが昨日ここを読んでこれはうまそうと思った。茄子を焙ってさっと皮とヘタをとってタテに二つに切る。濃い目に出汁をとって味噌も濃い目にして、そこへ茄子を入れてさっと煮立てる。これはうまかった。今年の茄子の味噌汁はこれに決まり。茄子を焙る面倒もうまいので帳消し。
この「初孫命名」で、小兵衛は大治郎と三冬の間に生まれた子どもの名前を、両親が“小太郎”にするのがいやで、意見を聞こうと旧友を訪ねる途中で事件に出くわす。しみじみ人の一生について考えさせられる。
もうひとつ「その日の三冬」もよかった。三冬に憧れている身分が低くて醜男の岩田勘助が、ある日稽古の帰り、上野の茶店で、三冬の掌に顔を押し付けた。やがて飛びはなれた岩田は「一期のおもい出にござります」とうめくように言って立ち去る。その夜岩田は自分もつとめている旗本の家来を殺して出奔してしまう。その岩田が次ぎに三冬の前に洗われたとき、その日の三冬はすごい。
今日の献立:日本酒(呉春本醸造)、鰹のたたき、茹でたレタスの辛子マヨネーズ和え、ごはん、味噌汁(焙った茄子)、おから(海老入り)、きゃら蕗、キムチ、黒ごま、焙じ番茶。(新潮文庫 514円+税)

2004年05月13日

池波正太郎「剣客商売」10冊目「春の嵐」

今日は春の嵐だった。強く吹き込む雨風にあわててベランダの棚にある鉢植えを中のほうに避難させた。狭いベランダにあれもこれもと鉢を置いてあるのでややこしい。
「剣客商売」10冊目、シリーズ中の長編小説2冊のうちの1冊「春の嵐」は、小兵衛とおはる夫妻、大治郎と三冬夫妻がいっしょにご飯を食べるシーンからはじまる。鯛の刺身は皮にさっと熱湯をかけ、ぶつぶつと乱切りにしたもの。それを食べ終わると、次は軍鶏と葱の鍋で。三冬は「私、このように、めずらしきものを。はじめて口にいたしました」と言う。とてもゆったりとした出だしを快く読んでいる間に、よそで大治郎の名前を騙った凄惨な事件が起きているのである。
三冬の父であり幕府の要人田沼意次にまで及ぶ危機を、小兵衛一門が総出で智慧と力を尽くして戦う。
この巻では根岸流手裏剣の一種「蹄」投げの名手、杉原秀の活躍が楽しい。小兵衛へ連絡するために大川沿いを走ると、束ねた髪が風になびき、居合わせた人が通り魔かと怖がるほどである。小兵衛の居場所に着くと家の周りを悪者が取り囲んでいる。秀は小兵衛を次の活躍の場に行ってもらおうと、ここは自分が受け持つと言う。そして「蹄」を投げて片付けるのである。
三冬と秀、「剣客商売」はこの二人の毅然とした武術の達人である女性の物語でもある。(新潮文庫 552円+税)

2004年05月26日

さまざまなカップル—池波正太郎「剣客商売」12册目

「剣客商売」のシリーズは秋山小兵衛とおはる、大治郎と三冬の親子カップルが主役だが、その他にもさまざまなカップルが出てくる。もと料亭「不二楼」にいた板前の長次と女中のお元がいっしょになって「元長」をはじめた。ご用聞きの四谷の弥七は女房のおみねが小料理屋をしているので、心置きなく仕事に打ち込める。
12冊目でわたしが好きなのは「罪ほろぼし」。主人公の永井源太郎が農家の寡婦おふくの家で抱き合っているところからはじまる。源太郎は旗本の子だったが、父親がお目付衆という役職にあったとき、辻斬りの快楽にはまって小兵衛に斬りつけたところを、つかまって切腹お家取りつぶしとなった。源太郎は苦労の末、知人の世話でおふくの家の物置小屋で暮らすようになり、おふくと愛し合うようになった。商家の夜の用心棒となって暮らしを立てていて、月に2・3度はおふくのところに帰る。その商家に盗賊が目つけて、まず用心棒の源太郎をやっつけてしまおうと、浪人どもが切り掛かかったところを、通り合わせた小兵衛が助ける。そして大掛かりな押し込み強盗を小兵衛ともどもやっつけるのである。
最後に小兵衛の家へ弥七がやってきて事件の後始末の話をし、源太郎が雇い主に了解を得てふくと結婚し、ふくの家から通っているそうだと言う。
そこへ永井源太郎がふくを連れてやってくる。8歳年上で子どもがいる上に美しくないふくだが、「このたび、妻を迎えましたので、御礼かたがた、御挨拶にまかり出ました」と源太郎は顔をあからめつつ言うのである。

2004年05月28日

剣客という生き方—池波正太郎「剣客商売」13冊目

このシリーズは秋山小兵衛が年を取りながら進んでいくので、読み進むとだんだんシリアスになっていくのがつらい。そして、田沼意次の失脚は実際にあったことなので、いかに小兵衛ががんばっても、世の中は思わないほうへ転がって行くのがわかっているからなおつらい。
苗売りの声が聞こえると「もうすぐ夏か…」と小兵衛はうんざりする。昔は夏が好きだったが、いまは冬のほうがよい。なぜなら「冬には炬燵があるからのう」なのである。老年に達した小兵衛の淋しさが伝わってくる。でもなにごとかあると元気になって活躍するのでほっとする。
「剣士変貌」では剣客という生き方について考えさせられる。【絶えず、おのれの剣と人格を磨きつづけ、剣客としての充実をこころがけてゆかぬと、結局は「いてもいなくても同じような…」剣客に……いや、人間になってしまいかねないのである。】道場を持っても自分よりも弱い弟子だけを相手にしていると、【(これでよいのか。弱い者だけを相手にしている、いまのおれは、これでよいのか……)その不安につきまとわれていたに相違ない。】こうして引用していると、剣客の生き方とは人間の生き方そのものではないか。
わたしは以前自分の暮らしを浪人に例えて“浪人暮らし”と書いたことがある。浪人の傘はりのようなパソコン仕事をして、浪人と似通った暮らしであると思っていた。いまは「違う、うちの暮らしは剣客だ」と考え直しているところである。雇い主からクビになって浪人をしているのでなく、自らが仕官の道を選ばす、独立して自らの腕で仕事をしているのだから、剣客そのものである。自分の腕で仕事をしていくばくかのお金を稼ぐ剣客商売じゃん。なんてカッコつけたけど、ああしんど。(新潮文庫 514円+税)

2004年06月06日

池波正太郎「剣客商売」14冊目 長編小説「暗殺者」

秋山小兵衛が息子大治郎のところへ遊びに行って孫の小太郎と散歩しているとき、何度か幼い娘を連れたこざっぱりした姿の浪人に出会ったことがあった。その浪人がこの話の主人公、波川周蔵である。最初の章では、小柄な老人と風雅な料理屋で話し合っているのだが、老人は人を殺してくれと頼み、五十両さしあげると言う。周蔵はいまのところは引き受ける気がしないと断る。周蔵は第一級のプロの殺し屋なのである。
ある日秋山小兵衛は周蔵が浪人に襲われるところを目撃する。ものすごい強さを見せつけた周蔵に感心するが、それは周蔵の強さを試すための襲撃であった。そして試したほうは元の主君であり、周蔵の母親を自分の女として置いている。そこまでして周蔵を試したのは秋山大治郎を殺すためであった。
知り合いの料亭の主人から、浪人者の会話に大治郎の名前が出たと告げられ、小兵衛の気持ちはゆらぐ。調べていくうちに、田沼意次の行動にからんで大治郎が襲撃される可能性があり、襲撃するだろう相手は周蔵に違いないということになる。周蔵と大治郎が戦えばどうなるのか、周蔵のほうが強いかもしれぬ。小兵衛は悩む。
小兵衛と周蔵はともに、病いに伏す稲垣忠兵衛の見舞いに行っている。二人は同席したことがないが、忠兵衛が二人にお互いの話をしているという間柄なのである。
周蔵は妻と子を安全なところに避難させるために、最初の章の殺しを引き受ける。鮮やかに仕事を終えて、老人と語り合う姿はすがすがしいほどだ。
田沼意次が内密に外出するために乗っている駕篭を襲撃する日が来た。大治郎は駕篭につきそって歩いている。周蔵と浪人どもが斬りかかるが、周蔵が相手にしたのは依頼した側の浪人どもだった。駕篭から出てきたのは小兵衛であり、大治郎が羽織を脱いだときはたすきがけの姿であった。
ここで田沼意次に対する陰謀をひとつ潰すことができたわけだが、田沼失脚は目前である。小兵衛の老いとともに物語は陰影を帯びる。
波川周蔵はこのシリーズで秋山親子を除いたら、いちばん魅力ある登場人物かもしれない。いろんな魅力ある男女が出てくるけど、これほど強くて清潔な人はいない。武士として不運な運命にもて遊ばれて、なおまっすぐに生きようとする。最後に狂った母を引き取って、あとは静かに暮らすことになる。幸せを祈らずにはいられない。(新潮文庫 438円+税)

2004年06月12日

気合いを入れて「鋭」—池波正太郎「剣客商売」15冊目

【剣客として世を渡って来た者は、いつ何どき、どのような異変が待ち受けているやもしれぬ。】と、覚悟して秋山小兵衛は人生を生きている。
66歳になった小兵衛は、朝にはまだ早い時間に夢を見て目が覚めるが、目眩におそわれて躰がいうことをきかない。おはるは医師の小川宗哲を呼びに走る。仰向けになると天井がぐるぐるとまわっているように感じる。宗哲の診断は、小兵衛の躰の仕組みが変わって老人の躰になったための徴候が、人より遅く現れたのだと言う。おはるが煎じ薬を取りに行っているとき、小兵衛は寝ながら妙な物音がするのを感じる。そして物置小屋の前に侍が2人立っているのを追い払うのだが、そのときは目眩は消えていた。
物置にはかつての弟子井関助太郎が子どもを抱いてうずくまっていた。「二十番斬り」の物語の発端である。井関の父親は小兵衛と同じ道場で修行した仲であった。連れている子どもは主家筋の子であるらしい。その子どもを奪っていこうとする者たちをやっつける二十番斬りは、もうこれほどのことはできるまいと述懐するほどのものであった。
「鋭」と、小兵衛も大治郎も三冬も気合いを入れて斬り込む。「えいっ」というかけ声でなく、鋭い「鋭」という漢字の表現がすごい。
この物語の主な筋とは別に、田沼意次の長男が江戸城中で斬りつけられるという事件があり、この事件が小兵衛の心境をがらりと変えてしまった。これだけ武士社会が頽廃しているからには、徳川の世はもうそんなに長くはなかろう。それで、小兵衛は井関が連れていた子どもを、主家筋の九千石の大身旗本に返さず、その子を愛している町人である母方の祖父に渡すのである。
最後の1行がめっちゃ好き。剣客浪人浅井源十郎を打ち倒したのち、「今日は妙に冷える。おはる。夕餉は、油揚げ(あげ)を入れた湯豆腐にしておくれ」。「剣客商売」15冊目、あと1册でおしまいです。(新潮社文庫 438円+税)

2004年06月17日

池波正太郎「剣客商売」16冊目、最終回「浮沈」

いよいよ最後の1冊となった。このシリーズは18年間にわたって書き続けられてきたが、作者の死去によりこの「浮沈」で物語は終わってしまった。とは言うものの、物語は中絶という感じはしなくて、すべて書き尽くしての終わりのような気がする。田沼意次の失脚、秋山小兵衛の徳川武家社会への絶望感と老い、そして、さまざまな登場人物に決着がついていく。また、小兵衛は93歳まで生きるが、小兵衛よりも早くおはるも弥七もこの世にいなくなっていると未来まで書いている。
物語そのものは、ますます巧みになって、いろいろな登場人物が出てきて結びつき話が進んで行く。
昔試合をして負かした相手にそっくりな青年に出会い、話をすると、やっぱりそのときの相手の息子山崎勘之介とわかる。勘之介は敵討ちなどする気がないという。小兵衛は彼を結局助けることになる。
また、顔で損をしている金貸しの平松多四郎および息子の伊太郎と、小兵衛の関係がすがすがしい。多四郎が無実の罪で打ち首にされる。獄門にさらされている首を盗みに行くという伊太郎を助ける、小兵衛の親のような愛情が楽しい。
なんやかんやと読みどころの多い作品だけれど、いちばん楽しかったところ、それは又六と秀の結婚である。ある日、小兵衛の隠宅へ又六が現れる。その向こうに女性が見えるのが、誰かと思えば杉原秀なのであった。すでに妊娠中なので、又六の母親を説得してほしいという。2人は武士と町人という身分違いである。秀は武士の娘で亡き父がやっていた道場で、百姓たちに剣術を教えて生計を立てている。この前の事件では又六といっしょに行動することが多かった。そのときに情が移ったらしい。又六はこのシリーズの前のほうに出てくるのだが、うなぎの辻売りをしていて、兄に売り上げを取られるのを防ぐ為に、強くなりたいと大治郎に師事した間柄である。母親ともども、なにかと小兵衛の役に立ってきた。弥七が又六によい結婚相手をさがしてきたところへの、この報告である。
最後に小兵衛75歳のときの1シーン、そのころは、もう、以前のようにしゃべることも少なくなり、おはるを相手に黙然と日を送っている。そこへ京都に住む伊太郎が妻を連れて挨拶にくる。その穏やかなやりとりでこのシリーズは終わり。(新潮社文庫 476円+税)

2004年06月22日

「剣客商売」はハードボイルドだ

「剣客商売」、これはハードボイルド私立探偵小説だよなぁ。まるでヴィク・シリーズだと感心しながら読んだ。比べて「鬼平犯科帳」シリーズのほうはハードボイルド警察小説だと思う。
「剣客商売」はヴィクに比すべき秋山小兵衛がいて、ロティ役にはちゃんと医師の小川宗哲がいる。サル・バーテルのバー「ゴールデングロー」や「ベルモント・ダイナー」のように、料亭「不二楼」や「元長」がある。弁護士のカーター・フリーマン、なんでもやってくれる警備会社「オールナイト・オールライト」のストリーター兄弟がいるように、弥七や傘徳や又六がいる。
事件は小兵衛や大治郎が道路や蕎麦屋で出くわしてはじまることが多く、よく見れば昔知った顔とか、世話になった人に関わっていることが多い。そして事件に深く関わっていくと、悪徳武士がいて、徳川幕府の中心にいる田沼意次にまで関わりが及ぶ。まるで、従兄弟や叔母や姉妹のように育った女性の事件に関わって、調べていくうちに政治や経済の中枢の腐敗にいたる、ヴィク・シリーズの事件のようだ。
小兵衛には若い妻のおはるがいるが、ヴィクにはミスタ・コントレーラスがいる(これは冗談)。

2008年02月06日

「その時歴史が動いた」の鬼平さん

さっきテレビで、NHK「その時歴史が動いた」(シリーズ江戸時代の危機② 天明の飢饉(ききん)江戸を脅(おびや)かす ~鬼平・長谷川平蔵の無宿人対策~)を見た。
鬼平さんこと長谷川平蔵は実在したということは「鬼平犯科帳」を読めば書いてあって、物語はフィクションではあるけど、こんなすごい人がいたんだと思いながら読んでいた。
最近は「鬼平犯科帳」を開いていなくて、もっぱら「鬼平料理帳」のやっかいになっているだけなので懐かしかった。池波正太郎を読むのもっぱら「剣客商売」に片寄っているので、また「鬼平犯科帳」を読みたいものだ。でも、読み出したら熱中して全部読むだろうから、これから読む本が積んである状態ではちょっと無理だわ。

この番組では火付盗賊改で有名な長谷川平蔵が、それだけではなく、石川島(いまの中央区佃島公園あたり)に人足寄場をつくり、巷にあふれる無宿人たちを集めて、手に職をつけさせて世の中に送り返した業績を取り上げている。
NHKのサイトに詳しい内容があるので興味があれば読んでみてね。再放送もあるようだ。

2008年03月05日

油揚げを入れた湯豆腐

吉屋信子のことをけっこう書いているのに気づき、カテゴリーをつくって「文芸ガーリッシュ」などに入れていたのを移動した。ついでにあれこれ読んでいたら、おもしろくてやめられない。自分の書いた文章にはまってしまった(笑)。
池波正太郎の項が多い。「剣客商売」を読むたびに全部書いている。ずっと読んで行くと15巻「二十番斬り」の最後がこうだ。秋山小兵衛がおはるに言った言葉を引用して、「今日は妙に冷える。おはる。夕餉(ゆうげ)は、油揚げ(あげ)を入れた湯豆腐(ゆどうふ)にしておくれ」。

口真似して言ってみたら、その揚げ入りの湯豆腐を食べたくなってきた。今夜は冷えるらしいしぴったりだわ。相方が出たついでに買ってくるというので、京揚げと豆腐とあとは適当にと頼んだら、ハタハタを1パックと春菊を1束買ってきた。
夕餉に熱燗にその湯豆腐をかつお節と醤油で食べたらあっさりとしておいしかった。ご飯には先日九州のお土産にいただいた本粒うにをまぶして食べたらうまかった。

2008年03月19日

佐藤隆介「池波正太郎・鬼平料理帳」で春の献立を考える

季節が変わるたびに食器棚の下段に並べてある料理本の中から本書を取り出してくる。丸元淑生さんの料理本以外ではいちばん出番が多い。
今日はポランの宅配に頼んであったニラが届いたので、ビールでニラレバと決めた。菜花もあるので茹でてカツオと炒めた。あとは常備菜と味噌汁でいけた。
スーパーにトリのレバーを買いに行って、「春野菜」のコーナーを眺めるといろいろある。若ごぼう、うど、ふき、菜花、きぬさや、たらの芽・・・。そうや、帰って「鬼平料理帳」を出して春の献立を研究しよう。
本書が楽しいのは、池波正太郎の語りが先にあるのと、料理の話の前に「鬼平犯科帳」からの一節が抜き出してあるからだ。

「特別語り下ろし 江戸の味・池波正太郎」は、江戸時代のことをいろいろと教えてくれる。武士が食べていたものとか、料亭の味とか、酒の飲み方とか。池波さんの若いときはまだ女郎屋があったようで、吉原遊郭で朝帰りするときに女郎さんがつくってくれた料理がおいしかったんだって。〈浦里(うらざと)〉というんだけど、ちぎった梅干しを入れて、大根おろしを入れて、揉み海苔をかけて、お醤油をちょっと落とす。それと〈玉子のぶわぶわ〉は油揚げを細く刻んで甘辛く玉子と炒ったもの。

その後に季節ごとの料理がある。春のご馳走は「白魚と豆腐の小鍋たて」からはじまり、田螺(たにし)、独活(うど)、蛤、鮎並(あいなめ)、わけぎ、菜飯など食欲をそそる。料理の作り方のほかに佐藤さんの池波正太郎に対する思い出や思い、幼少のころの思い出など、ゆったりとした気分になる。何度読んでもおもしろい。(文春文庫 400円)

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