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谷崎潤一郎 アーカイブ

2004年12月29日

三人の作家

谷崎潤一郎「細雪」を開くと、四人姉妹(鶴子、幸子、雪子、妙子)を中心に、幸子の娘の悦子、女中の春、美容院経営者の井谷と、さまざまな女性たちが作品の中に生きていて動き出す。ものの言い方、着物の着こなし方などの細かい描写が素晴らしい。お上品でありながら下卑たところもある、慎ましやかなのにあけっぴろげであり計算高くもある女たちの姿が見えてくる。
「あっ、この感じは」と思い出した。舟橋聖一「ある女の遠景」だ。そして川端康成の「山の音」だ。なんでこの三人が好きなんだろう。
その他には、そうそう「蜻蛉の日記遺文」の室生犀星がいるがちょっと違う。堀辰雄もちょっと違う。夏目漱石は時代は古いのにもっと近代的な感じがする。
「細雪」を読み終えたら考えよう。いま下巻の真ん中へんです。

2004年12月31日

「細雪」の映画

ここのところ毎日「細雪」のことを書いている。読み出したら引きずりこまれて、今日は忙しいのに最後までいってしまった。この前に読んだと思っていたが震災前だった。震災から10年経ったから10年以上読んでいなかったことになる。
覚えていると思っていたが、それは映画を見たからだろうか。市川崑監督の「細雪」(1983)では、四人姉妹はたしか幸子に佐久間良子がなっていたと思うがあとは覚えていない。そこへ吉永小百合が雪子だったとSさんがメールで教えてくださった。Sさんも吉永は健康的過ぎたと書いてはったが、わたしも雪子を演る柄ではないと思う。船場のいとはんで、洋画が好きで白葡萄酒をたしなむ雪子と全然違う人やった。そう言えば貞之助を演っていた石坂浩二もへんやった。「細雪」のパロディみたいな映画やったなぁ。絢爛たる桜ではじまるところだけがよかったけど。この時代に「細雪」を映画化したらこうなるのか。
子どものときに見た白黒映画はよかった。花井蘭子の鶴子、轟夕紀子の幸子、山根壽子の雪子、高峰秀子の妙子、と覚えているところが我ながらすごい。それでちょっと調べたら、1950年製作で監督が阿部豊で脚本が八住利雄だった。「細雪」に書かれているのは、太平洋戦争前の戦争の足音が聞こえる時代である。ひとときの平和な良き時代を生きる四姉妹の姿が華やぐ。それから日本は戦争に突入し敗北した。その数年後に製作された映画だから、滅びゆく階級への感傷のようなものがあった。大阪船場の黒光りした家に別れを告げる花井蘭子の鶴子の古風な物腰、華やかな芦屋マダムの轟夕紀子の幸子、山根壽子の雪子は地味だが存在感があった。高峰秀子の妙子が生き生きしていたのは、製作された戦後の時代を象徴していたからだろう。
雪子の絢爛たる花嫁衣装が飾られた部屋へ、妙子はひっそりとバーテンの三好のところへ持って行く荷物を引き取りに行く。しかし、雪子のそれからの暮らしが順風満帆ではないのを観客は知っている。そういうことを踏まえた脚本だったのが子どもの心にも感動を与えたのだろう。

2008年05月28日

羊羹をめぐって、原研哉「デザインのデザイン」と谷崎潤一郎「陰翳礼賛」

デザインのデザイン先日「羊羹は夜の梅の厚切り」というタイトルで、羊羹が好きなわけを書いた。文学的に好きなんてね。
今日、原研哉さんの「デザインのデザイン」という本を読んでいたら、「第六章 日本にいる私」に「『陰翳礼賛』はデザインの花伝書である」という文章があり、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」の羊羹の一節にふれている。
あら、そうだっけと古い文庫本を出してきた。古い中公文庫なんだけど、カバーの後ろ側に羊羹の一節がある。なんだ、有名なところなんだ。
【人はあの冷たく滑らかなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。】
本文へいくと、【かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹の色を賛美しておられたことがあったが、】とあった。わたしが読んでさわいだところだわ。おお、羊羹を買ってこよう。電灯を消して、蠟燭の灯りで食べることにしよう。

いま「テヘランでロリータを読む」を主に読んでいるが、とても内容がきついので、合間に「デザインのデザイン」を入れている。「陰翳礼賛」はかなり前に読んだままだ。薄いから外出時に持って歩こう。(谷崎潤一郎「陰翳礼賛」中公文庫 500円、原研哉「デザインのデザイン」岩波書店 1900円+税)

2009年06月22日

谷崎潤一郎の本を三冊

一昨日、京劇の「覇王別姫」を見て夏目漱石の「虞美人草」を読もうと思いついた。本棚を探していたら、横に「陰翳礼賛」「細雪」(上中下)「猫と庄造と二人のおんな」の三冊があった。漱石にはちょっと待ってもらって、なぜか気分は谷崎潤一郎。
どれも一度以上読んでいるから拾い読みになってしまうが、どれもおもしろいので今日は谷崎の日にする。梅雨の雨が湿っぽくなく豪雨と強風なのがちょっと残念だが。
せっかく「谷崎潤一郎アーカイブ」を作ってあるのに「猫と庄造と二人のおんな」も「細雪」も入っていないのは、ブログ以前に読んだままだからだ。読んでぼつぼつ書き足していこう。

谷崎とは全然関係のないことだけど、今日のミクシィ日記にUさんからコメントがあった。一昨日の日記『京劇「覇王別姫〜漢楚の戦い〜」』を読んで思い出したそうだ。
【子供のころ、祖母は私がわがままを言うと「虞や虞やなんじをいかにせん」と言いながらおやつを出してくれました。】
項羽と虞姫の悲恋が日本人の心に深く入っていたかわかる言葉だと思った。

2009年07月13日

谷崎潤一郎「猫と庄造と二人のおんな」

ずっと前に読んだ本を再読した。猫のリリーが主役で相手役が庄造、二人のおんなは品子と福子だが、まとめて〈おんな〉である。
リリーを溺愛している庄造はアホらしいけど、読んでいるうちに無償の愛の極みかと思う。その溺愛ぶりの描写がなまなましく、人間の男と女の愛より純粋な愛に見えてくる。

生活力のない庄造と結婚した品子は裁縫で生活を支えてきたが、金持ちの娘で奔放な福子とできた庄造は品子を追い出す。
福子は品子を追い出した家で庄造と暮らすようになったものの、庄造が自分よりリリーを愛していることに嫉妬して庄造を傷だらけにするし、品子からリリーを貰い受けたいと手紙がくると渡してしまう。
庄造に未練が残っている別れた妻の品子だが、庄造を引き寄せるためにリリーを福子に貰い受けていっしょにいるうちにリリーを手放せなくなる。

庄造は品子が二階借りをしている家の妹にリリーに会わせてくれと頼む。「済んまへんけど、ほんのちょっとでええさかい、会わしとくなはれ!」。
品子の留守に部屋に上がりこんでリリーを撫でながら切なくなる。そして品子が帰ってくる姿を見かけると反対方向へ一散に走る。

会話はもちろん関西弁だが、地の文にも関西弁が混じって谷崎の世界が広がる。昭和9年の作品で、前年に「春琴抄」を書いている。(新潮文庫)

2009年09月10日

谷崎潤一郎「吉野葛」

ずっと昔に読みかけて読み通せなかった本をふと思いついて開いた。作品を読む前に写真を一つずつ見ていったら、妹脊山(左が妹山、右が背山)、上市町の風景、釣瓶寿司の暖簾、それから菜摘の里から入之波(しおのは)へとさまざまな地と地名が懐かしい気持ちを呼び起こした。
わたしは吉野の花見でずっと奥まで行ったことがある。それよりもずっと前のことだが、友人の登山家と計4人で近鉄の下市口で下車してバスでだいぶ奥まで行き、それから十津川(だったと思う)を遡ったことがある。夕方になってテントを張った。奈良は何十回と行っているのに、吉野方面はその2回だけなのだが、強烈な思い出になっている。

本書は谷崎潤一郎が関東大震災後に関西に転地してから8年目となった昭和6年(1931)に発表された。千葉俊二さんの解説によると、それまでの観光客のような態度から脱し【伝統文化を関西の風土やその風俗習慣をとおし、その内側から捉えることができるようになったのだといえよう。】ということである。

「私」は20年ほど前(明治の末か大正の初め頃)に吉野の奥に行ったのだが、なんでそんなに交通不便なところへ行ったかというと、と物語がはじまる。そして、十津川、北山、川上の庄あたりで「南朝様」「自天王様」と呼ばれている南朝に関わる伝説に読者を惹き込む。谷崎潤一郎はこのあたりのことを小説に書こうと思っていたが、友人の津村に「折角の機会だから来て見てはどうか」と誘われたのだ。津村と東京からの「私」は奈良で落ち合う。
歌舞伎や文楽で知られる「妹脊山婦女庭訓」(いもせやまおんなていきん)の舞台の妹脊山、謡曲「二人静」の菜摘川、「義経千本桜」の釣瓶鮨屋を過ぎて、奥へ進むと落人が住んでいそうな菜摘の里へ出る。
そこで見せてもらったのは、義経公より拝領の太刀脇差数口(すうふり)ほか、静御前より賜った初音の鼓等の品々。その後にお茶とづくし(熟柿)が出て、そのづくしが逸品だった。
今日はここまで。
(「吉野葛・葦刈」 岩波文庫 460円+税)

2009年09月11日

谷崎潤一郎「吉野葛」続き

そこまでは紀行文かと思って読んでいた。菜摘の里の旧家を辞したあと、同行の津村が〈初音の鼓〉にこだわった話を続け、あの鼓を見ると自分の親に遇ったような思いがすると言う。
津村は「私」と東京の一高の同窓で親しくしていたが、大学へ入る時に両親が亡くなったこともあり大阪島之内の生家へ帰り、家業は番頭まかせの若旦那になっていた。それ以来ゆっくりと話したことがなかったが、今回の旅でゆっくりと津村の話を聞くことになった。
津村の話が具体的に展開するのだが、この津村という青年の気持ちと行動に託して、谷崎潤一郎は、自分の母恋いの気持ちを作品に仕上げたと思う。

【自分のこの心持は大阪人でないと、また自分のように早く父母を失って、親の顔を知らない人間でないと、(——と、津村がいうのである。)到底理解されないかと思う。君もご承知の通り、大阪には、浄瑠璃と、生田流の箏曲と、地唄と、この三つの固有な音楽がある。】
とはじまる津村の話は、大和の国吉野郡国柄村から大阪新町へ売られた娘が、一旦然るべき人の養女になってから津村の家へ輿入れしたらしいと続く。母の故郷を知りたいと調べていまは親戚付き合いにまでなっている。
国柄は紙すきの村である。津村ははじめて訪れたときに見かけた紙すき作業をしていた娘に母の面影を見た。

「私」は途中から別行動で案内人を雇い奥深くまで行く。谷底の岩を指して「あれは『御前申す』という岩です」というところがあるのだが、自天王に関わりのある土地について興味ある話が続く。
「私」が書こうと思った歴史小説は形にならなかったが、母を恋う津村の気持ちに託して谷崎潤一郎は母恋いの物語を纏綿と書き綴った。そしてその背景には吉野、国柄、信太の森の狐の子別れの伝説が綴られている。歴史小説よりも「吉野葛」になってよかった。
(「吉野葛・葦刈」 岩波文庫 460円+税)

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