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三島由紀夫 アーカイブ

2007年08月23日

三島由紀夫「春の雪」を突然再読

なんで「春の雪」かというと、夏になると決まって取り出すマルグリット・デュラスの「タルキニアの子馬」を探そうと、本棚の上段の文庫本のところを見たら「春の雪」が見えたから。ふっと気になって取り出し読みかけるととりこになってしまった。小説の醍醐味がぎっしりとつまっている。恋の苦しさ辛さそして嬉しさがぎっしりとつまっている。読んでいるあいだ幸福感に包まれていた。せつなさも幸せのうち。文庫本は字が細かいので図書館で「決定版 三島由紀夫全集」を借りてきた。13巻に「奔馬」といっしょに入っている。

松枝清顕(まつがえきよあき)は松枝侯爵家のひとり息子で十八歳になる。渋谷郊外にある屋敷は14万坪の地所に、和風の母屋、洋風建築の別館、庭の向こうには紅葉山があり池がある。祖父が明治維新に貢献したが、幕末にはまだ卑しかった家柄を恥じて、父は清顕を幼時に公家の家に預けて教育を頼む。公家の家は和歌と蹴鞠の家柄で、その家の令嬢聡子は清顕より二歳年上でよく清顕を可愛がってくれた。公家教育の結果、妃殿下の衣装のお裾持ちをしたときの清顕は十三歳の美少年で大成功、この姿に父は公家的なものと武士的なものの結合を見て喜ぶ。
清顕と聡子は惹かれあっているのに、反発したり気持ちを隠したりしている。ただ一人の友、本多はそういう清顕の危なっかしさを危惧しながら見守っている。
聡子の結婚の世話をするのが義務だと松枝侯爵は考えている。聡子は松枝侯爵家に花見に来た洞院宮家の両殿下に見初められて、第三王子の宮との結婚話が決まる。

清顕と宮家の妃殿下となる女性との禁じられた恋が一気に燃え上がる。聡子の乳母蓼科を脅しての忍び逢い。本多の必死の助けがあっての海辺の一夜。
恋が結婚という世俗のかたちを拒否し、結婚という持続を拒否する以上、結末はこれしかない。聡子は奈良の尼寺で自ら髪を下ろして出家の道を選ぶ。聡子を奈良まで追いかけて会えなかった清顕は帰京後すぐ二十歳で死ぬ。最後の言葉「今、夢を見ていた。又、会ふぜ。きっと会ふ。滝の下で」。

こんなに小説を読んでいてすごいとか幸福とかせつないとか思うことは少ない。すごく論理的に組み立てられた作品なのに情感が溢れている。
それと脇役に血が通っている。乳母蓼科が聡子に教えていた、女がはじめての男に対してのやりかた、女のほうが処女らしくふるまうやりかた。書生の飯沼の今後は「奔馬」で明らかにされる。もちろん副主人公の本多は4冊の「豊饒の海」を、二十歳の学習院生から老残の身をさらすまで生きる。

2007年08月24日

三島由紀夫「奔馬」を再読

最初読んだときはいやな小説だった。「春の雪」はまた読もうと思うだろうが、「奔馬」はもう読むことはないだろうと思っていた。それがいま「春の雪」を読み終わると一直線に「奔馬」を読まなきゃと思い、読み終わったら清々しい気持ちになった。主人公の飯島勲が二十歳で死ぬことを納得できたからだろう。

昭和七年、「春の雪」の主人公松枝清顕の親友だった本多は三十八歳になった。帝大法科に在学中に高等文官試験の司法科に合格し、大阪地方裁判所詰めになり、今は大阪控訴院の左陪席になっている。子どもがなく妻と二人暮らしで平和な生活である。本多にとって青春は清顕とともに消えていた。残された「夢日記」を今も繰ってみることがある。
裁判所の上司に六月十六日に大神神社で行われる剣道の試合を見にいくように頼まれ、奈良へ行くことになる。ついでに翌日の三枝(さいくさ)の祭も見てくるようにとのことで出かける。運命のいたずらというべきか、剣道の試合で隣に座った男が、あの少年によく目を止めるように耳打ちする。剣道界で嘱望されている飯沼勲だと。それで本多は気がつく。右翼運動でめきめき頭角をあらわしてきた飯沼に関する記事を読んだことがあったのだ。経歴に松枝侯爵家の書生になり女中のみねと灼熱の恋をして出奔し、苦労の末に現在の地位を築いたとあった。その息子の勲は清々しくて強くて優勝する。
三輪山に登り下ってから滝を浴びるようにすすめられると、さきに勲が滝に打たれていた。その左脇腹に三つの小さな黒子(ホクロ)があった。清顕にも同じところに同じ黒子があった。本多は戦慄して思い出す。「又、会ふぜ。きっと会ふ。滝の下で」と言った清顕の言葉を。
三枝の祭で本多は歌人としても知られた鬼頭中将と、三十歳を過ぎた出戻りの美しい令嬢槙子に会う。

飯沼勲は本多に問われて、愛読書は「神風連(しんぷうれん)史話」だと答え、読んでほしいと薄い本を手渡す。この本こそ勲の精神なのだ。つきつめてこの本を読むと、腹を切るということにいきつく。同志を集めて決起するところを警察に踏み込まれて逮捕される。その前に槙子に挨拶に行き、送ってきた槙子と抱き合う。
本多は清顕と勲のことを考えているうちに、裁判官の仕事に打ち込めなくなり、裁判所を辞めて東京にもどり弁護士となっている。そして勲の弁護を引き受ける。

出所した勲は銀座の雑踏の中でいっしょにいた同志の手を振り切り、短刀を買い列車に乗り財界大物の熱海の別荘に行き彼を殺し、夜の海に向かって腹を切る。三島由紀夫の思想がここに鮮やかに記されていると思った。

「春の雪」は聡子、「奔馬」は槙子、二人の年上の女性の存在がすごい。

2007年09月06日

三島由紀夫「豊饒の海」第三巻「暁の寺」

昭和十六年、四十七歳になった本多は前々年に国号をシャムから改めたタイに、五井物産の仕事できている。バンコックのオリエンタル・ホテルから見ていると、日は対岸の暁の寺の彼方へ大きな夕焼けの中で沈んでいく。
会社がつけてくれた案内役に昔タイの王子二人を知っていたというと、彼らは留守だが幼い姫が一人残っているという。その姫は自分のことを日本人の生まれ変わりと思い込んでいるので、まわりの者が困っている。本多はその姫と会うことを希望する。勲が死の二日前に酔った譫言で言ったこと。「ずっと南だ。ずっと暑い。……南の国の薔薇の光りの中で。……」。謁見のあと姫は暑いからと水浴する。その胸の左の脇には清顕、勲と同じ黒子があった。
帰国してしばらく後に真珠湾攻撃となる。戦時中、本多は輪廻転生の研究のため古本屋で洋書和書を問わず手に入れて読みふける。
敗戦近いある日、本多は松枝邸の跡をたずねる。広大な土地を売った代金は銀行倒産のため失われ、養子の放蕩で残った土地も売り払われて没落したのだが、一面の焼け野原はかえって昔の面影をしのばせるものだった。そこで出会ったのは九十五歳になった聡子の乳母蓼科だった。
本多は関わった仕事ではからずも莫大な富を得る。昭和二十七年五十八歳の本多は御殿場へプールのある豪華な別荘を建てる。成長したタイの姫ジン・ジャンが日本へ留学していると聞いてのことだ。ジン・ジャンは子ども時代のことは忘れている。別荘の隣人慶子は吉田茂にもマッカーサー元帥にもぞんざいな口をきける例外的な日本人である。
別荘ができて盛大なパーティが開かれる。本多は客室の隣の書斎の壁に穴をあけ、隣室に泊めた客を覗いている。あるとき、慶子とジン・ジャンのからみあう姿を見てしまう。ジン・ジャンの体には、左の脇には清顕、勲と同じ黒子があった。

前二作を読んだときは、松枝清顕の死後、学習院から東大へ、そして裁判官となり、勲の弁護のために弁護士となった本多に思い入れがあった。三枝の祭や能を見ての気持ちの揺れに同調した。
しかし、大物弁護士となった上に大きな富を得た本多の姿はだんだん醜くなっていく。元裁判官の大金持ちに、こちらの気持ちが動かないのは当たり前だけど、夜の公園でのノゾキ行為とか、ようやるよなって感じになっていく。客観的読者になってもおもしろいところがすごい。

戦後になって女性たちがそれぞれの人生を生きていく姿が、リアルに描かれているところがいい。
勲が愛していた槙子は、歌人として成功し弟子を利用してのし上っていく。
慶子の上流らしいふてぶてしさがうまく描かれている。ジン・ジャンに入れあげる本多を世話するようなことを言いながら、自分のものにしてしまう。
本多の妻の梨枝は夫とジン・ジャンの仲を疑うが、夫がなにをしているか書斎へ探りに来て、覗き穴から慶子とのからみを見て安心する。

好意の持てない作品なのだけれど、どこか惹かれて二度読んでしまった。その理由はなんだろう。あと一冊「天人五衰」の感想を書いているうちにわかってくるかな。

2007年09月07日

三島由紀夫「豊饒の海」第四巻「天人五衰」を読み終わって

本多は七十六歳になっている。妻の梨枝は死に、やもめになった本多はよく旅をするようになった。たまたま三保の松原で海岸に佇みたくて歩いているとき、異様に高いコンクリートの基底をもった建物の前に立つ。その小屋は通信社の清水港事務所だった。本多はこれで帰ってしまうが、それからは事務所で働く凍ったような青白い美しい顔をした透少年の物語となる。透はそこで望遠鏡で入港船の確認する仕事をしている。またの日、慶子とともに同じところに行った本多はその事務所の階段を上っていき、透のランニングシャツ姿の脇の切れ込んだところに黒子があるのを見る。
本多は透を養子にして中卒で働いていたのを高校へ入れ、家庭教師をつけて東大へ入学させる。それまで大人しくしていた透は二十歳になると本多を脅かすようになる。
長い交際の末に、はじめて本多は慶子に清顕、勲、ジン・ジャンの三人が二十歳で死んで転生した話をする。慶子はクリスマスパーティと言って透だけを招き、透の虚栄心を打ち砕いて真実を告げる。そしてあなたは偽物だから二十歳では死なないと言ってのける。これを知った本多は慶子と決別する。
透は自殺を図るが命は助かり盲目となる。二十歳の誕生日が過ぎても死ぬ気配はなく、点字を学び本を読むようになった。昔からつきまとっていた醜女でありながら美女と信じている狂った絹代と結婚するというのを本多は許す。衰亡はおもむろに進み、終末はしずかに兆している。
本多は六十年ぶりに清顕が恋した聡子に会いに奈良の月修寺へ行く。対面すると紫の衣に身を包んだ門跡の聡子は美しい。しかし話をしても清顕を覚えていないし、本多のことも知らないと言う。「それも心々(こころごころ)ですさかい」と門跡の返事。

第一巻「春の雪」第二巻「奔馬」を読み終わったときの緊張感に比べて、「暁の寺」と「天人五衰」は、ちょっとはぐらかされたような感じがした。作品の細部まで気配りがあり、タイでの日本の商社の姿やインド旅行の詳細や、戦後の世相やら、興味深くて読み飛ばしができない。だけど真っすぐに一本通ったものがなく緊張がない。本多の意識していない堕落、意識した堕落がある。清顕と勲が転生したと本多が思ったジン・ジャンは必然性がないような気がするが、戦中戦後の日本の状況では主人公になる人間が見つからなかったのかもしれない。
老醜をさらさずに死んでしまった三島だからこそ、本多の老醜をこれでもかと書くことができたのかもしれない。本多と慶子が二人して若者を批判するところがおもしろい。慶子は同性愛者だが、世間の同性愛の二人暮らしを徹底的に批判する。それは同時に三島の〈狭いながらも楽しい我が家〉みたいな貧しい庶民の夫婦生活への批判でもあろう。そういう暮らしをしていても、そういう暮らしでない道を選んでいる人もいるんだけどね。
本多は車に乗って高層ビルの間を通り抜けるとき、自分が死んだらこれらも滅亡するのだと思う。わたしはそのときジャック・デリダの「そのたびごとにただ一つ、世界の終焉」というタイトルの本を思い出していた。

最後に死がせまっていることを自覚した本多が奈良の月修寺へ行くところは圧巻。「暁の寺」「天人五衰」の生々しいいやらしさみたいなのが、すっと消え失せる。この美しいシーンのために細部にわたっていやらしいく書いてきたのかもしれない。

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