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松岡正剛 アーカイブ

2007年05月28日

松岡正剛「17歳のための世界と日本の見方」

17歳のための世界と日本の見方—セイゴオ先生の人間文化講義 松岡 正剛図書館で借りて読んだのだが、知識と考え方の方法を学べてとてもためになる本だった。松岡さんは1998年4月から大阪の帝塚山学園大学に招かれ、その年にできた人間文化学部の教授となった。一年生向けに「人間と文化」という講義を2004年3月に辞めるまでおこなったが、この本はその6年間の講義をもとにしたものである。
【17歳というのは大学生に話す前に、高校生の諸君にこそ語りかけたかったという思いをこめてのこと】とあとがきに書かれている。実は、はじめはふーん17歳向けかなんて思って開いたのだが、読み出したら知らないことがどんどん出てきて、いつのまにか、ははーっと平伏していた(笑)。

第一講「人間と文化の大事な関係」、第二講「物語のしくみ・宗教のしくみ」第三講「キリスト教の神の謎」、第四講「日本について考えてみよう」、第五講「ヨーロッパと日本をつなげる」となっている。全体が話し言葉なのでわかりやすい。でも言葉はわかりやすいけど、内容は難しい。
読みながら「あっ、そうか」と思うことが多かった。こちらが断片的に知っていることがつながっていく。それは第一講で語られている〈編集〉するということなんだとわかっていく。
特に第四講「日本について考えてみよう」では重要なことを教えてもらった。神話からはじめて日本の歴史をたどってくるのだが、聖徳太子の時代、女房たちの手で漢字から仮名が生まれる、もののあはれ、旅する西行、地獄、そして武士の台頭、それから連歌の話になって、いまなお、これほどの美学はないという「冷えさび」という美意識。
第五講「ヨーロッパと日本をつなげる」にあったのだが、〈枯山水〉をさして〈負の方法〉と呼ぶ。引用すると【何もないからこそ、想像力で大きな世界を見ることが可能になる。あるいは、何もないからこそ、そこに最上の美を発見することができる。これって、財力や権力をいくらもっていても到達しえないような美意識です。これこそ日本の独自の方法であって(後略)】ここで笑ってしまったのだが、わたしのように何も持ってない者にとっては応援歌だ(笑)。

2008年03月17日

松岡正剛「誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義」

去年読んだ「17歳のための世界と日本の見方」の続編〈近現代篇〉として書かれた本である。前編は帝塚山学園大学での講義を元にしていたが、今回は出版社が話の聴き手を用意したとある。難しい内容の話なんだけど、ときどき冗談を言ったり、話し言葉だからすっと頭に入ってくる。

最初の章はコーヒーや紅茶から入って資本主義のシステムについて説明がある。そして「みんな」と「みんなの国家」と話がすすみ、「ネーションステート」(戦争ができる国民国家)の話となる。それが導入部で章が変わり「世界のなかの信長・秀吉・家康」と話をすすめる。エリザベス女王は信長より一歳年上と、日本の話をするときも同時代の世界の出来事や人を語るので、世界のなかの日本の位置がわかる。そして信長の前にイギリスとフランスの関係、そしてイギリス国教会の誕生、カトリックVsプロテスタントとすすむ。
第七講になると、マルクス・エンゲルスの「共産党宣言」。同じ年にエミリー・ブロンテの「嵐が丘」が話題になった。日本はペリー来航の直前だった。この章では「弁証法的唯物史観」について詳しい説明がある。そしてダーウィン「種の起原」。次はカフカとフロイト、実存主義。二つの世界戦争があって、第十講は「資本と大衆の時代」となる。ずっと日本の歴史が世界の歴史と連動して語られている。

最後がおもしろかった。「17歳のための世界と日本の見方」の最後も日本人の美意識について語っていて、わたしへの応援歌だと笑ったのだが、今回もそう。
【庭がなければ、玄関の前に小さな小鉢の植木をいろいろ組み合わせるとか、そういう単位にいるのですから】まさにわが家だからおかしい。また【「只の非凡」じゃなきゃいけないんです。そのままであることを非凡にするべきなんです。】また【モンテーニュが言うような「自分を質に入れない勇気」です。】
とてもたくさんの知識と勇気をもらった。(春秋社1800円+税)

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