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チャールズ・ディケンズ アーカイブ

2008年06月21日

ディケンズ「荒涼館」が手に入る

チャールズ・ディケンズの本を読んだのはずっと昔のことで「オリヴァー・トゥイスト」や「ディヴィッド・コパフィールド」「ピクウィック・クラブ」などが懐かしい。「クリスマス・キャロル」はいろんな人が描いた絵本を知っている。長いこと「荒涼館」が読みたいなと思っていたが、全4冊というのにたじろいだままだった。
それが突然、いただけることになった。突然、炎のごとくに(笑)。しかも「骨董屋」「リトル・ドリット」「ピクウィック・クラブ」「マーティン・チャズルウィット」「エドウィン・ドルードの謎」がくっついて。

ミクシィのわたしが管理するミステリー関連コミュに、引っ越ししたので本の整理をするからタダで譲ると書き込みがあったのだ。本のタイトルが見えるように重ねて撮った数枚の写真の中に「荒涼館」が見えた。他はミステリーで好みが同じなのかほとんど読んだ本だ。素早く「荒涼館」くださいと書き込んだら、その横にまだディケンズがあるよということで、全部いただくことになった。
うれしくありがたい。長くて暗い(らしい)ディケンズの小説を梅雨の長雨の音を聴きながら読む幸せを思う。

2008年07月14日

チャールズ・ディケンズ「荒涼館」(1)

ディケンズの小説の中でも「荒涼館」をしっかりと読みたいとずっと思っていた。文庫で出ているのを本屋でいつも見ているのだが、4冊という長さに圧倒されて値段も計算して、たじたじとなったままだった。このたび(突然改まって)ミクシィコミュで知り合ったかたから、その他の数冊もいっしょに送料も向こう持ちで送っていただいた。

久しぶりに読むディケンズだから退屈しないかと心配していたのは杞憂であった。出だしからおもしろい。〈ジャーンディス対ジャーンディス事件〉というなんともわからない裁判の話があって、上流社会のディッドロック卿夫妻の話になって、次は薄幸の美少女エスタがその生い立ちを語り出す。
エスタは自分の親を知らない。養母に育てられるが、ある日、ほんとうのママのことを聞かせてほしいと言うと、養母はあなたは生まれた日から忌まわしい恥さらしの身だったと言う。ほかの子と違って罪と天罰を受けて生まれたのだと。エスタは人形のドリーにだけすべてを打ち明けて泣く。
養母が亡くなったとき法律事務所から使いが来て、後見人のジャーンディスさんが教育を受けるようにとのことで、手配された小さな学校へ行き、そこで6年間平和で幸福な時を過ごす。
そこまでが思い出で、ここから大人になったエスタが世の中に出て行く。

エスタはジャーンディスさんが関わる〈ジャーンディス対ジャーンディス事件〉の関係者の金髪の美女のエイダの話し相手として〈荒涼館〉で暮らすことになる。エイダとは気が合い、もう一人のリチャードともいい友だちになる。
〈荒涼館〉での生活と、ロンドンを訪れたときの行動にわくわくした。霧のロンドンの様子が描写され、貧しい人たちの生活が描かれる。貧しく阿片中毒で死んだ代書人の謎。両親を亡くして幼い弟と妹の面倒をみている少女。(青木雄造・小池滋訳 ちくま文庫 740円)

2008年07月21日

チャールズ・ディケンズ「荒涼館」(2)

エスタは後見人のジャーンディスさんの〈荒涼館〉で、〈ジャーンディス対ジャーンディス事件〉の関係者のエイダと従兄弟のリチャードの話し相手として暮らしはじめたが、人柄を認められてだんだん重んじられていく。
エイダとリチャードははじめて会ったときから愛し合うようになりエスタを頼る。しかしリチャードは性格が軽く、医学方面へ進みかけたものの辞めてしまい、次は法律の道を志すと言う。やがて法律家もやめて陸軍と言い出し、万事に軽くて金遣いが荒くエイダのことを考えるエスタの心配の種は増えるばかり。

ロンドンからの帰りにボイソーン家の客になったエスタたちは、日曜日に隣家のデッドロック家の猟園にある教会へ行く。デッドロック家の殿様と奥方がおり、奥方の目がけだるさを捨てエスタの目をしっかりつかまえた一瞬、エスタの心の中に幼いころの養母の家での孤独な生活が甦る。

〈ジャーンディス対ジャーンディス事件〉を扱っている法律事務所の事務員ガッピーは、エスタに恋して彼女の出自を調べ上げる。そして証拠を持ってデッドロック家へ乗り込み奥方に面会する。いよいよ孤児エスタの両親が浮かび上がってくる。

代書人ホードンの変死があり、検死の一幕があり、その死を内密で調べに来た高価な衣服の女性がいる。彼女を案内して金貨をもらうジョーという少年の、それからの可哀想な生涯。

たくさんの登場人物がいて、網の目のように張り巡らされた人間関係に引きずりこまれる。ジョーを救うことでジョーの伝染病が移ってしまう小間使いのチャーリーとエスタ。チャーリーがエスタの小間使いになったのも物語がある。
ほんとにおもしろい小説で、こんなにおもしろいのをなんでいままで読まなかったのかと後悔している。(青木雄造・小池滋訳 ちくま文庫 740円)

2008年08月01日

チャールズ・ディケンズ「荒涼館」(3)

エスタは伝染病に感染して大病を患い、ようやく治ったものの容貌が激変してしまう。心の底で愛している医師アラン・ウッドコートのことは、彼の母親が高望みをして、エスタごときは意に介していないので、これで良かったと思う。病中の出来事としてアランが船医として乗った船が難破し、アランがたくさんの人たちの命を助けたことを知る。

エスタを気にかけてくれるボイソーンさんは自分の田舎の屋敷で静養するように言ってくれる。チャーリーといっしょに行ったエスタは面変わりした顔をようやくエイダに見せる気持ちになる。野原を散歩中に出会ったのはデッドロック家の奥方だった。彼女の母とわかった奥方は、もうこれで一生会わないでしょうと言う。

デッドロック家の女中頭ミセス・ラウンスウェルは屋敷にはなくてならない人だが、長男は執事になる道を外れて、北の方で鉄工業を起こし成功している。その息子が奥方の小間使いローズに一目惚れしている。奥方は彼女を去らし、自分もこの屋敷から出ていこうとするが、顧問弁護士タルキングホーンに止められる。彼は奥方の過去を知り追いつめようとする。

エイダと婚約しているリチャードは仕事が身につかず、〈ジャーンディス対ジャーンディス事件〉裁判により自分にお金を入ることばかり考えるようになる。ジャーンディスさんとエスタは手を尽くすが振り切られる。
タルキングホーン弁護士が殺されジョージが捕まる。ジョージの冤罪を信じていろんな人が動くが、彼の母親はデッドロック家の女中頭ミセス・ラウンスウェルだとわかる。

だんだん人間関係が整理されてきていよいよおもしろい展開となる。
わたしが感心したのは、イギリスには紳士階級というものがあって、彼らの誠実な生き方というものがあるということ。それは「ジェーン・エア」のロチェスターさんだったり、「高慢と偏見」のダーシーさんだったり、「レベッカ」のデ・ウィンターさんだったりという理解に過ぎないんだけど、今回はジャーンディスさんのその典型を見せてもらっている。

そしてこの時代、産業資本主義が起こってくる。鉄に触るのが好きな若者は北の方へ行き工場を持つ。そして選挙にも出て爽やかな弁舌をふるう。片やデッドロック卿は病に倒れる。

さまざまな男たちが描かれると同時に、女たちもいきいきと描かれる。貴族の奥方の苦悩、そしてエスタとエイダの真っ正直な生き方。貧しい女たちが助け合う。彼女らはなにがあっても正直でへこたれないし、思ったことは口に出す。気持ちいい。民主主義というものがこうして生まれてきたと思う。(青木雄造・小池滋訳 ちくま文庫 760円)

2008年08月03日

チャールズ・ディケンズ「荒涼館」(4)

最後の1冊になった。広がった物語と登場人物がつながって大きな流れとなる。エスタの両親がだれだったかも明らかになり、〈ジャーンディス対ジャーンディス事件〉の裁判が終結する。

ジョージ・ラウンスウェルは北へ向かって馬を向け、兄のラウンスウェル鉄工場へ行く。成功した兄と対面すると、息子の婚約披露が明日だという。相手はデッドロック家の奥方の小間使いだった娘ローザである。大邸宅での婚約披露パーティはブルジョワジーの誕生を告げるものであろう。兄の世話になることを断って弟は旧世界に帰り、母とともにデッドロック卿の世話をする生活を選ぶ。

最初に寄宿学校から荒涼館へ行くときに一泊したロンドンのミセス・ジェリピーの家は、母親がアフリカ支援の仕事にかかりきっていて子どもたちはほったらかされていた。娘のキャディはエスタになつく。キャディはいまダンス教師と結婚してダンスを教えていたのがうまく行きだしている。母親はアフリカから女権運動に鞍替えして相変わらずである。

もう一人の否定的人物スキムポールさんについてはどう言ったらいいのだろう。自分で子どもだと言って責任を回避し、他人にお金を使わせて楽しく暮らすことだけ考えている人だ。かなりのページを費やしているのは、こういう人間がけっこういたということかな。

エスタに求婚するガッピーくんの存在も物語に陰をつくっている。彼を含む法律事務所の人たちの法律を盾にした言動も興味深い。

物語の主人公が幸福になるところが大好きだ。長く続いた「荒涼館」の最後はエスタが自らつかんだ幸せをまわりの人たちも祝福していっしょに幸せになる。最後の章(第六十七章 エスタの物語——終り)は何度読んでも気持ちよい。(青木雄造・小池滋訳 ちくま文庫 760円)

2008年09月09日

チャールズ・ディケンズ「骨董屋」(上)

もう20年も前になるが〈イギリス児童文学研究会 ホビットの会〉に途中参加したとき、この会が最初に取り上げた本がジョン・バニヤンの「天路歴程」だったと知り、あわてて読んだ。17世紀の信仰の本だから退屈だったけれど、これが欧米ではどこの家にも聖書とともに置いてあるとなにかで読んだ覚えがありなんとなく感動した。重い荷を負い杖をついた男の挿し絵があった。
小松原茂雄さんの解説には、ディケンズの「骨董屋」は「天路歴程」を意識して下敷きにしているとあって詳しく解説してあるのが勉強になった。
19世紀のロンドンは大都会で、数年おきにペストやコレラが蔓延する不衛生な都市だった。そこには今日の都市問題のほとんどすべてがすでに完全に露呈されていた、と書かれている。

少女ネルは骨董屋を営む祖父と二人でロンドンで暮らしていた。祖父はネルを金持ちにして幸せにしてやろうと賭博に手を出し、ついに借金までするようになる。ネルを慕うキットは一人でいるネルを窓の外から見守っている。金貸しのクウィルプに追いつめられた祖父とネルは、わずかな荷物を持ちロンドンの街から逃げ出す。最初はとても解放された気分である。非情な人たちとの別れにネルの心は希望と確信で高鳴る。

二人が通り抜けるロンドンの貧民街の家並の説明が圧巻だ。突然、エンゲルスの「イギリスにおけ労働者階級の現状」を思い出してしまった。それから田園地帯になっていき農家の人に親切にしてもらう。
その後は旅芸人の一座といっしょにになったり、蝋人形の一行といっしょになったりするが、祖父の博打癖は治らずネルが隠していた最後のお金まで夜中に持って出るようになる。またクウィルプも追ってくる。

一方、キットのほうもいろいろなことがおこる。
祖父の弟の〈独身男〉が登場し、兄とネルを探しはじめる。
クウィルプのために働く事務弁護士ブラースと法律の権化のようなその妹のサリーがユニークなワル。(北川悌二訳 ちくま文庫 800円)

2008年09月11日

チャールズ・ディケンズ「骨董屋」(下)

祖父は明日の夜に盗みをするように賭博者たちに追いつめられる。隠れて聞いていたネルは真夜中に祖父を連れて宿を出る。行き先は以前助けてくれた先生が行くことに決まっている村。疲れ果てて川辺で眠っているとボートに乗った男たちが同じ方面だからと乗せてくれる。到着したところは雨が降っておりずぶぬれになったとき、一人の男が溶鉱炉の火の側に連れて行く。親父が死んだときの自分の姿を思い出したという男は一生をこの火の側で過ごしている。
出発したものの、ネルは疲労困憊していて、男がくれた小銭でパンを買っても食欲がなく祖父ががつがつと食べる。通った町の人たちは冷たくて施しも受けられない。一人の旅人に追いつくとネルは倒れてしまう。その人は先生で任地の村へ行く途中だった。宿屋に連れて行き医者にかけて村へ連れて行く。ネルと祖父の旅は終わる。バチェラーとよばれている男が二人の世話をしてくれる。

このときロンドンでは独身男が必死で行方を探している。キットは馬を通じてガーランド氏と知り合い彼の家で働くことになる。そして女中のバーバラと仲良くなり、お互いの母親たちも仲良くなる。
キットはクウィルプとブラース弁護士の陰謀で盗みの罪で逮捕される。
ブラース弁護士事務所で働くスゥイヴェラー氏はそこの下女を〈侯爵夫人〉と呼んでカードで遊んだりしていたが、熱病にかかったときに彼女の看病で生命を取り留める。その〈侯爵夫人〉が鍵穴から聞き出したのは、クウィルプとブラース弁護士の陰謀だった。紳士たちが動いてキットは救われる。

ガーランド氏の弟がバチェラーであり手紙でネルらしい少女のことを書いてきたので、みんなでその村へ行くが、着いたときネルは既に死んでいた。

最後はそれぞれのその後の様子が描かれている。脇の話のようだが、スゥイヴェラー氏はいささかの遺産を受けて、下女の侯爵夫人を学校へ入れてやり、彼女は賢い女性に成長して二人は結婚する。この話がおもしろく楽しい。

ブラース弁護士は刑務所行き、妹のサリーは逃げて行方不明だったが5年ほどの後は、病疫、悪徳、飢餓の肉体をおびた亡霊となったみじめな姿をさらしているという。
クウィルプはサリーの一報でうまく家を抜け出すが川に流されて死亡。自殺者と見なされて心臓に杭を打ち込まれて埋められた。

独身男はネルと兄が世話になった人たちを訪ねてまわる。溶鉱炉の男のとろこも忘れずに。
キットはバーバラと結婚して二人の子どもがいる。子どもをネルがいた通りに連れていくが、改装されていてその場所に自信がもてなくなる。
最後の一行【わずか数年の年月がひきおこす変化はこうしたもの。そして、語り伝えられる話のように、すべてのものは消え去っていくのだ!】(北川悌二訳 ちくま文庫 800円)

2008年09月12日

ディケンズ、ええわ

ディケンズがずっと好きだ。そんなに読んでいなかったけど、なんとなく。一応読んだ「オリバー・ツイスト」「デイヴィッド・コパフィールド」「クリスマス・キャロル」はよく覚えていて、「ピクウィック・クラブ」は全然覚えていないという頼りなさだ。なんとなく短編集を持っている。「骨董屋」はあとがきで知ったけど「少女ネル」という少女ものを読んだことがあって「骨董屋」が元だといまわかった。

ずっと「荒涼館」を読みたいと思っていたが、4冊もあって3〜4000円かかるとなると、すぐに買い難い。そのうち絶版になってしまったのだが、今回不要になったからと送ってくださる人がおり、読むことができた。
「荒涼館」はそのスケールの大きさと物語のうまさが素晴らしかった。薄幸の少女エスタが成長して、自分が考えたことを話し正しいと思うことを実行することに共感した。時代を超えて正しく生きようとする人間の意志が伝わってきた。

「骨董屋」では、祖父が賭博に精神を持っていかれ、全てを失ってなおネルの持つ最後の金さえ盗んでいく堕ちようがすさまじく描かれていた。ネルはその地獄から祖父を救うことによってますます清く美しくなり死ぬしかない人生を生きる。

主人公やその周辺の人たち、貴族や金持ちではない貧しい人々を生き生きと描かているのがディケンズだ。19世紀のイギリスは産業革命が起こり、いままでの支配者階級に新しくブルジョワジーが加わる。貧しい人たちは搾取されていっそう貧しくなる。その中で人間らしく真っすぐに生きようとしている人たちに好意をもって描いているのがディケンズだ。
ちょっと休んで、次は「ピクウィック・クラブ」(上中下)にかかる。

2008年10月31日

チャールズ・ディケンズ「ピクウィック・クラブ」を読み終わって

数日前に読み終わったけどまだ感想を書けません。上中下とあって1冊ずつが長いので、読み終わったときにはぼーっとしてしまった。解説によると登場人物300人に及ぶというんだから、その膨大さにおそれいっている。
本書を書店で眺めていたのはかなり前(1990年発行)のことだ。長大さにたじろいで買わないままに絶版になっていた。いま「荒涼館」「骨董屋」も気前の良い知り合いから譲り受けて読んだ後は信用のおける希望者にまわしている。本書もそうすることにしている。

わたしの読書家の友人たちは、オルコットやモンゴメリーがディケンズについて作品中で言及しているので、ぜひ読みたいと言っている。そして読んだ人はすごくおもしろがっている。
だが、さっき古い映画の本(1986年発行)を眺めていたらこんな言葉が目についた。アンディ・ウォーホールの友人のポール・モリシーという人が、インタビューで「今の若者は大学生でも文章が書けない。ディケンズも読まない」。いまはどうだろうか。

2008年11月04日

チャールズ・ディケンズ「ピクウィック・クラブ」(上)

最初に本書を開いたとき、上中下3冊の厚さと字の細かさに気持ちが萎えたというのが正直な気持ちだ。「荒涼館」や「骨董屋」は物語がはじまると一気にヒロインに寄り添って読んでいける。ところが、本書は第一章が〈「ピクウィック・クラブ」会員〉である。ヴィク・ファン・クラブ会員だったらわかるが(笑)。

1827年、ロンドンの「ピクウィック・クラブ」の会合で通信部という部門が新たに結成され、会長のピクウィック氏、会員タップマン氏、スノッドグラース氏、ウィンクル氏の4名が職員に指名される。その仕事は、旅行・調査、風俗習慣の観察、その冒険すべての正統な報告、地方の情景とそれになじむことがひきおこす物語と記録をすべて、折りにふれて、ロンドンのピクウィック・クラブに提出することを要求されている、というもの。「ピクウィック・クラブ」はピクウィック氏が創設したクラブである。彼はそれまでに実業界で働き富を蓄えた。いまや広い世界を見るために外に出ることにする。

翌朝、彼らは旅に出る。馬車で見知らぬ男といっしょになり薦められた宿屋に着く。それからは行き当たりばったりにいろんな目に合うが、野外の遊びで帽子を飛ばされ追っているときに、気持ちの良い農場主に出会う。そして彼に招待されて田舎の屋敷で楽しい日々を過ごす。その一家はこの物語の重要な柱となる。

上巻が1/3くらいまでいったところで、もう一人の主人公サム・ウェラーが登場する。宿屋で靴磨きをしていた若者をピクウィック氏は気に入って従者にするのだ。サムは賢く気が利いていてはしこい正義漢だ。解説者はこの二人をドン・キホーテとサンチョ・パンザに例えている。わたしはピーター卿とバンターだわと思った。

各章のタイトルがおもしろい。ながながと内容を説明しているので後から確かめたりするのに便利だ。また、旅の途中で出会った人から聞いた話がそのままで一章になっている。(北川悌二訳 ちくま文庫 1990年発行 800円)

2008年11月05日

チャールズ・ディケンズ「ピクウィック・クラブ」(中)

ときどき「高慢と偏見」を見たくなってDVDを30分くらい見るのだが、先日はすごい勉強になった。馬車で旅する様子、田舎の風景、ちょっとディケンズの時代よりも前だが、参考になった。馬車に雇い主が乗り込むと雇われ人はひらりと飛び乗って、後ろに立ったり御者のそばに座ったりする。

ピクウィック氏と一行は善意にあふれて行動するのだが、それがヘンなことになったり、人に利用されたりする。悪漢を追いかけて従者のサムといっしょに騙される甘さが二人にあるのだが、最後までかかわるところがおもしろい。

ピクウィック氏は夜中に宿屋の部屋の位置を間違って女性の部屋に入ってしまい、誤解から裁判沙汰になる。悪徳弁護士は金目当てで訴訟を起こすのだが、ピクウィック氏は自分が納得できないお金は支払えないと断る。その後バースへ遊びに行き(そこでの旅日記もおかしい)、滞在中に逮捕され、ロンドンへ連れ戻されて債務者監獄に入れられてしまう。彼は監獄の中の悲惨を見ることになる。しかし、そこはお金がものを言う世界で広い独り部屋を手に入れて暮らすことにすると、サムが自分もわざと法律に触れて入獄する。ピクウィック氏はそこで知り合った人々に影響を与え自身も深く考える人になる。

ディケンズは中流階級に生まれてお坊ちゃんで育ったが、父の浪費癖と派手好きのために一家の経済が破綻し、貧民窟の生活となり借金が返せないために債務者監獄に投獄される。その体験が本書に生きていてリアルな描写となっている。

サムは旅の途中で御者をしている父親と出会う。この父親が一家言持っている人物でピクウィック氏の気に入る。また。サムは美しい女中メアリーと知り合う。(北川悌二訳 ちくま文庫 1990年発行 800円)

2008年11月08日

チャールズ・ディケンズ「ピクウィック・クラブ」(下)

監獄の中を充分見たことによって頭も胸も痛んでしまったと、ピクウィック氏は自分の部屋から出ない。健康を害すると弁護士のパーカーやサムが注意しても、三月の間夜中に新鮮な空気を吸いに出る以外は部屋で過ごすようになる。
ある日、訴訟の相手のバーデル夫人が監獄に連れられてくる。なんと訴訟を起こすように唆した弁護士たちが強制施行令状を出したのだ。それによってパーカーが元気づき、バーデル夫人との間を修復したら監獄から出られると言う。

監獄を出るとクラブの友人たちとも再会し、ますますピクウィック氏は善意で考え行動する人になっていく。ウィンクル氏とアラベラ、スノッドグラース氏とエミリーの2カップルの結婚に力を貸し、サムと美しい女中メアリーが結婚するようにもっていく。
この3カップルが結婚にいたるまでの物語もユーモアがあって楽しくたっぷりとある。

ピクウィック氏は充分に旅の生活を楽しんだと、ピクウィック・クラブを解散し、ロンドンの近くの田舎に落ち着こうと永住の地を探す。屋敷の披露が華やかに行われる。その側にサムとメアリーの家を用意する。
数年後、サムの家からは子どもたちの声が聞こえる。ピクウィック氏は近所の人たちから尊敬されている。毎年のウォードル一族のお祭り騒ぎのときはサムを同伴して訪れる。

【サムとその主人のあいだには、死以外のどんなものも消すことのできないしっかりとした、たがいにいだき合っている愛情が流れているのだ。】で長い物語が終わる。ああ、おもしろかった。もう一度読もうかな。(北川悌二訳 ちくま文庫 1990年発行 800円)

2009年04月12日

チャールズ・ディケンズ「リトル・ドリット」(1)

去年の夏にいただくまでディケンズに「リトル・ドリット」(1855-57)という本があることも知らなかった。「荒涼館」(1852-53)「ハード・タイムス」(1854)に続く後期の作品で、翻訳者の解説によると、19世紀から20世紀初頭にかけて、ディケンズの全作品中もっとも評判が悪いものだそうだ。そういう中でジョージ・ギッシングが「ディケンズ論」で真実性あふれる傑作であると賞賛した。ギッシングの予言が共感を持って受け入れられたのは1940年以後のことであるという。
評判が悪かったというのもわかる気がする。とにかく暗いのである。ヒロインのリトル・ドリットだって「骨董屋」のネルや「荒涼館」のエスタのような、神々しいような善意に輝く美しさではない。主人公のアーサー・クレナムだって出てきたときから暗い。暗いニュースばかりの時期に読んだものだからこちらまで落ち込んだ。というのもあるが、本書の官僚批判があまりにもそのまま、いまの社会にあてはまるので暗くならなかったらおかしい。

マルセーユの港に着いたミーグルス一家(お父さん、お母さん、娘のペット)とアーサー・クレナムが出会う。ミーグルス一家とは後でまた関係ができる。
アーサーは中国に20年いて資産家としてイギリスに戻ってきた40歳の独身男である。マルセイユからドーバーを経由してロンドンへ戻る。事業をしている母親の家はこれまた暗い。彼は両親に厳しく育てられて愛された覚えがない。再会した母は12年前から車椅子生活で部屋から出ずに仕事を続けている。母が呼びヒモをひくと小柄な女性リトル・ドリットが入ってきた。用事を言いつけるが、食事の世話も彼女がする。
リトル・ドリットは通いのお針子だった。彼女は人と食事をするのを避けている。気になったアーサーはある日、彼女が帰るとき後をつけると、帰ったところはマーシャルシー監獄だった。債務者が入れられる監獄である。父のドリットは妻と息子と娘とでここに収監され、その後にリトル・ドリットが監獄で生まれた。母の死後、リトル・ドリットは人に頼んで文字を習い、お針を習って昼間は外に出て働き、門が閉まる前にもどってくる。お屋敷で出た食事は持ち帰って父に食べさせている。
それをつきとめたアーサーは娘に対するような愛情を覚えて助けようとする。

ロンドンのど真ん中に〈ブリーディング・ハート・ヤード〉がある。この名前について現実的な人は、昔殺人があったという説。女性全部を含む心やさしい想像力豊かな人たちは、ある若い淑女の伝説を信じている。恋人に忠誠を守ったために父親に監禁され、「ブリーディング・ハート、血を流す心臓が・・・」という傷心の恋歌を口ずさんでやがて死んだ。この町がずっと後の物語でも舞台になる。
(小池滋訳 ちくま文庫 1991年発行 760円)

2009年04月13日

チャールズ・ディケンズ「リトル・ドリット」(2)

リトル・ドリットの家族は長い間マーシャルシー監獄で暮らしている。姉のファニーは叔父と同じ下宿におり劇場の女優である。妹が訪ねて行くと知り合いのマードル夫人のお屋敷へ連れて行く。そこで社交界のさまざまが語られる。続いて夫のマードル氏について語られる。マードル氏のお屋敷で晩餐会が開かれている。大英帝国を動かしている、そして時々つまずかせるお歴々がすべて一堂に会して、マードル氏の大ヒットを称えている。妻の連れ子の頭の弱いスパークラー氏はファニーに夢中である。
ファニーは、自分たちは不幸にして監獄にいるけど身分が高い人間で、そこいらにいる人間と違うと言う。堂々と社交界の花とやり合う彼女は、妹と違う意味でしっかり者だ。
監獄の牢番の息子ジョン・チヴァリーはリトル・ドリットに愛を告白して断られ、落ち込む。
ブリーディング・ハート・ヤードの地主に雇われているバンクス青年は、家賃の取り立てに汗をかいているが、手相を見ることを覚えてリトル・ドリットの手を見てびっくりする。そしリトル・ドリットに気持ちを動かされてなんとかしたいと思っているアーサーと共に、彼女をを監獄から出す手だてを考え奔走する。
ついに書類が出てきてものすごい財産がドリット氏のものとなり、25年間の監獄生活から抜け出すこととなる。
この巻は牢獄の前に留めた馬車に乗り込むドリット一家の場面で終わる。

汚らしい通りの汚らしい店の食べ物がおいしそう。
【肉汁で一杯の金属の貯水池の中で焼いた豚の足がセイジの葉や玉葱の涙を鏤めている姿、同じような器の中でローストビーフの脂身とかさかさになったヨークシャー・ブディングが暑そうに玉の汗をかいている姿、仔牛のヒレ肉が腹をふくらましている姿。ハムがふうふう息せき切って汗をかいている姿、薄皿に乗った焼きジャガイモがはちきれて互いにくっつき合っている姿、茹でた野菜の束がいくつか、その他実質たっぷりのご馳走の姿】。食欲がわいてくる。
(小池滋訳 ちくま文庫 1991年発行 760円)

2009年04月14日

チャールズ・ディケンズ「リトル・ドリット」(3)

金持ちになったドリット一家は教育係のジェネラル夫人と女中や従者を引き連れ、アルプス連峰を越えてスイスからイタリアに入る。リトル・ドリットはジェネラル夫人に社交界の身ごなしや教養を教え込まれて困ってしまう。彼女にとっては社交界はマーシャルシー監獄と似ているように思える。教会や美術館を歩き回るのは、古びた侘しい監獄の庭を歩くのと同じだ。監獄の住人と同じように、旅行者も一箇所に腰を据えられない。
ヴェネチアにはミーグルスの娘ペットが結婚して住んでおり、リトル・ドリットと心を通わせる。ペットが愛したのは名門の出ではあるが、才能のない貧乏で横柄な画家で、ミーグルス氏の頭痛の種である。
ヴェネチアからローマに入るとマードル夫人が滞在していて、彼女とやりあうファニーの剣さばきはすさまじい。
リトル・ドリットはアーサーだけに語れる本音を詳しく手紙に書く。
アーサーはミーグルスの縁で知ったドイスと共同で事業を立ち上げている。ドイスは現場の仕事に才能を発揮し、アーサーは経営を担当してうまく動いている。1巻で迂遠省という役所を訪ねるところがあるが、迂遠省は名前の通り仕事をしない典型的なお役所で、たらい回しのあげく収穫がなかった。ドイスもその経験があるが、アーサーはドイスとの仕事のために再度迂遠省通いをはじめ、五月蝿いヤツと官僚から目をつけられる。
ファニーとマードル夫人の息子スパークラーが結婚する。ファニーは人知の生み出しうる限りの豪華な部屋で、社交界で長いこと名声を独占してきたマードル夫人を蹴落とそうとしており、この生活は幸福に決まっていると心でつぶやく。
ある夜、マードル夫人の晩餐会に出たドリット氏は具合が悪くなる。晩餐の最中に監獄にいる気持ちになって娘に呼びかけ、「娘はここで生まれたのであります」からはじまる、監獄で囚人を迎えた気持ちの挨拶をする。娘は父を連れてホテルに帰るがその夜のうちに父は死に、その死をいっしょに嘆いた叔父もその夜に死ぬ。
(小池滋訳 ちくま文庫 1991年発行 760円)

2009年04月15日

チャールズ・ディケンズ「リトル・ドリット」(4)

アーサーはドイスの発明を迂遠省に申請しに行くのを諦めていない。ドイスはそれはアーサーにとって年を取らせ疲れさせ失望させるだけだからやめるように言う。ドイスは機敏な発明の才とそれを実行に移す決断力の持ち主である技術者の助力を求めている外国へ出発する。アーサーはロンドンで資本の管理をすることになり、バンクスの勧めで絶対安全と思われる投資する。
ファニーの新婚家庭にマードル氏がきて帰りにペンナイフを借りていく。彼は温水浴場でそのナイフを使い頸動脈を切断して自殺する。その自殺によってマードル氏が関わってきた投資先がすべて破綻する。アーサーとドイスの共同財産も失われてしまう。
弁護士はすぐに逮捕されるからちょっとマシな監獄へ世話をするというが、アーサーはマーシャルシー監獄に入り、見知った牢番親子が迎える。
アーサーが牢獄の暮らしと精神的な打撃とで病気になったところへ、リトル・ドリットが旅行からもどってきて、自分のお金を提供するというがアーサーは断る。彼女は献身的に介護する。ジョン青年は彼女への愛のためにアーサーの世話をする。

アーサーのところへ迂遠省の若い役人がくる。役所の実態について、【「・・・限られた人数のクリケットのようなものです。外野の人たちがいつもお役所仕事にボールをぶつけに来られます。そこで僕たちはボールをブロックします」アーサーは、ボールを投げた人はどうなりますか、と尋ねた。快活なバーナクル青年が答える。疲れ果て、くたくたになって、足をもぎとられ、背筋が折れ、死んで、諦めて、他のゲームに参加するのですよ。】と語る。これが官僚の本質とディケンズは語っている。
アーサーは自分のお金だけでなくドイスのお金をなくしたことがダメージになっていたが、ミーグルス氏が外国へ行って成功したドイスを連れてくる。もう迂遠省にお百度踏まなくても、仕事をやってもらいたい国で働き勲章をもらっている。

リトル・ドリットは自分と兄姉の財産も同じように失われたと言う。そしてお金がなくなったいま、アーサーを愛しているとはっきり言う。結婚式には父親代わりのドイスや昔なじみ、立ち直っていっしょに働くことになったバンクス君もきている。教会から出てきた二人は幸せと奉仕のつつましい生活の中へ、騒々しい町の中へと降りて行った。
(小池滋訳 ちくま文庫 1991年発行 760円)

2009年05月18日

「ソルトマーシュの殺人」でディケンズに出会った

グラディス・ミッチェルの「ソルトマーシュの殺人」を読んでいたら、探偵役ミセス・ブラッドリーが語り手のノエル青年に聞く。
【「あなた、『ピクウィック・クラブ』読んだことある?」「ええ、あります」と、ぼくは答えた。実をいうと愛読書なのだ。「あっは! それは結構」とミセス・ブラッドリーはいった。(中略)「手押し車でピクウィック氏が寝ているのをキャプテン・ボールドウィッグが見つけたとき、何が起こったかしら?」ミセス・ブラッドリーにそういわれて、ぼくは記憶を探った。】という具合にディケンズが使われている。ディケンズは愛されているんだなぁと思う。

少し前に「若草物語」を書いたルイザ・メイ・オルコットが探偵するアンナ・マクリーンのシリーズの2冊目「ルイザの不穏な休暇」を読んだ。
【家族から一時的に離れること、ひとりになって、娘でも、姉妹でもない、ありのままの自分になる時間を持つことだった。(中略)父がいらだつのを承知の上で、いささかくどすぎるほど、チャールズ・ディケンズの『荒涼館』からこう引用したものだった—— “わたしが求めているのは自由だけなんです。蝶は自由です” 】

まだ読んでないのだが、去年の夏に翻訳された児童文学、J・L・コンリーの「ほとばしる夏」には「荒涼館」が出てくるそうだ。

「荒涼館」をはじめて読んでから1年、「骨董屋」「ピクウィック・クラブ」「リトル・ドリット」と読んできたから鼻息が荒いです(笑)。実はまだ未読の本が手許にある幸せ。

○5月25日に書き加え
ロス・トーマスの「女刑事の死」では、殺された女性刑事の兄が12歳の夏に彼女が「リトル・ドリット」を読んでいたことを思い出す。

2009年05月31日

チャールズ・ディケンズ「ハード・タイムズ」

図書館で借りた立派な単行本、全一冊で2000年発行。大谷女子大学英語英文学科の教員が数名集まって週一回の輪読会を行っていて、英国小説を読んでいくうちに、なにかを翻訳して出版しようとなり、最終的に本書となったとある。
「荒涼館」(1852ー53)と「リトル・ドリット」(1855ー57)の間の作品が「ハード・タイムズ」(1854)。タイトルすら知らなかったがそれもそのはず、あとがきによると古い翻訳(1928)があるだけだそうだ。

今回の舞台はロンドンから離れて北部の工業地域である。産業革命で発展したマンチェスターがこんなだったかとを考えながら読んでいた。

教育者トマス・グラッドグラインド氏は現実主義者で事実と計算を重んじる人間。自分の子どもトムとルイーザにも〈心〉や〈感情〉を配慮しないで、知識だけを押しつけて教育する。サーカスの曲馬係の娘のシシーを引き取ることになり、同じように教育しようとするが、シシーには全然通用しないのでサジを投げ、シシーは家事を手伝うようになる。

年頃になったトムは銀行家で工場主バウンダビーの許に預けられるがぐれていく。ルイーザは30歳年上のバウンダビーに求められて結婚する。それまでルイーザと心が通っていたシシーの顔にいぶかし気な表情が浮かぶと、ルイーザはそれ以来シシーとのつき合いをやめる。

工場では労働者たちが安い賃金で働かせられており、スティーヴンとレイチェルが善なる労働者として描かれる。労働争議が起こり、銀行の金庫から盗難があり、会社側にも争議側にもつかないスティーヴンが疑われる。
〈ひどく立派な演説をやってのけるハンサムな若者〉ハートハウスがバウンダビーに会いにきて、ルイーザが明るくなるのはトムの顔を見たときだと気がついてルイーザに興味を持つ。ルイーザはハートハウスに巧妙に愛を打ち明けられ動揺するが父の家に帰る。グラッドグラインドは娘と話してようやく自分の教育の間違いを知る。
(山村元彦/竹村義和/田中孝信 共訳 英宝社 4600円+税)

2009年06月01日

チャールズ・ディケンズ「ハード・タイムズ」続き

解説を読んで知ったのだが、当時のイギリスの教育は、中産階級に広くいきわたっていた功利主義と政治経済学に基づくものだったそうだ。ディケンズは教育の背後にその思想を見て、本書の登場人物に当てはめて批判している。その思想の化身として描かれているトマス・グラッドグラインドは、悪い人ではないが凝り固まった人だ。おとぎ話を読むのは時間の無駄だと思っている。そのため長男トムはぐれてしまい、素直な長女ルイーザは感情を殺した結婚生活を送ることになる。

その反対にどうしても勉強ができないサーカス芸人の娘シシーは暖かい心の娘に育つ。また労働者階級の女性レイチェルの深い信仰と道徳心は、つらい生活にもかかわらず最後まで曇りない。

シシーの父親は犬を連れてサーカス団から逃げてしまうが、のちにその犬がよれよれになってサーカスの団長スリアリーのところまできて、尾っぽをふってから死ぬ。飼い主が死んだと告げにきたのだ。その話をしてスリアリーはグラッドグラインドに言う。
【(前略)一つは、世の中には愛情ってものがあって、それは、結局んとこ、どんな私利私欲でもねえ、えらく違ったもんだということでさあ。もう一つは、愛情は計算できるにせよできねえにせよ、それ自身のやり方ってえものを持ってるってことで(後略)】

本書の前に書かれた「荒涼館」と後に書かれた「リトル・ドリット」と比べると、小説として完成度が高くて素晴らしいと思うのは「荒涼館」だし、暗い社会の中で信頼し合って生きている「リトル・ドリット」の登場人物たちはいきいきしている。
「ハード・タイムズ」は、ちょっと主張が過ぎているような気がする。

最後にこうなったという終わり方でなく、未来形でルイーザについて幸福な結婚生活など【こうしたことは起こりうる運命になかった。】としている。シシーは幸福な結婚をし子どもに恵まれる。そしてその子どもたちはルイーザを愛した。【こうしたことは起こり得る運命にあった。】としている。大団円にしないところに作家の心を感じた。
(山村元彦/竹村義和/田中孝信 共訳 英宝社 4600円+税)

2009年07月23日

チャールズ・ディケンズ「マーティン・チャズルウイット」(上)

ぎっしりと文字が詰まった厚い文庫本3冊を前にたじろいだがようやく読み終わった。いつものように途中からおもしろくなり、最後は手放せなくなった。読み終わってから登場人物たちがどこで知り合ったかとか読み直ししてようやくわかったりした。
この本は〈友情と信頼の書〉だと読み終わって思った。例によってイヤなヤツ、悪いヤツは徹底して悪い。そしていい人は徹底して良い。

第1章はチャズルウイット一族は立派な家系であると説明している。物語の中心にマーティン・チャズルウイットは二人いて、一人は老マーティン、もう一人は孫の青年マーティン。
老マーティンは周囲の人間はみんな財産を狙っていると疑っており、孫にもそういう目を向けている。孤児のメアリーを雇って自分の世話をさせ高い給金を払うが、自分が死んでから受け取るものはないと言ってある。青年マーティンとメアリーは愛し合っているが、それを知ると二人が示し合わせていると誤解する。マーティン青年は家を出る。

家を出て行った先は老人のいとこの建築家ペックスニフのところで、ここで働くトム・ピンチと出会う。その前にジョン・ウェストロックがいたのだが、彼はペックスニフの本質を見抜いて出て行った。マーティンはトムと仲良くなるが、いつか自分が成功したら引き立ててやると言う。
ペックスニフは老人から孫を追い出すように言われるとすぐに辛くあたって出て行くようにしむける。トムは雇い主の偽善が見抜けず尊敬しているのでわけがわからない。マーティン青年は出て行くが仕事も住まいもあてがない。

最初のほうで老マーティンとメアリーが登場する場所が清竜旅館である。おかみさんはぽっちゃりとした美人で、気持ちよく老人の世話をする。ここの馬丁マークがこの後マーティン青年を助けて大活躍する。

マーティン青年は匿名で送られてきた20ポンドでアメリカへ渡って一旗揚げる決心をする。メアリーが訪ねて来て、いざとなったとき換金できるようにと指輪をくれる。
マークは青年と共にアメリカへ行くと言い、いっしょに三等船客として船に乗る。青年は三等にいるのを恥じてじっと横になったままだが、マークは同船の人たちを助けて忙しい。
(北川悌二訳 ちくま文庫 1200円)

2009年07月24日

チャールズ・ディケンズ「マーティン・チャズルウイット」(中)

マーティン青年とマークはアメリカに到着する。マサチューセッツ州の医師ぺヴァンが親切にしてくれ、ニューヨークで彼の友人の家に青年を連れて行く。その家族の保守的なところは、イーディス・ウォートンの「エイジ・オブ・イノセンス」を思い出させる。会話の中で同じ船で着いた将軍は青年を知らないと言う。青年が三等船客だったと言うと場はいっぺんにしらける。

マーティン青年は持ち金をはたいて〈エデン〉というところに土地を買うが、行ってみるとそこは沼沢地に小屋がいくつかある不毛の地だった。入植した人たちが倒れて行く。
そのうち青年が熱病に罹りマークが看病する。次にマークが倒れ青年が看病する。その過程でマーティン青年はついに自分勝手だった性格を反省し自己変革することができた。

二人はイギリスに帰ることにしたが、帰りの船賃をぺヴァンが気持ちよく送ってくれる。
当時のアメリカがどんなだったかよくわかるし、ディケンズがアメリカにあまり良い印象を持たなかったのもわかる。
見送りにきたぺヴァン氏の言葉。
【きみが金持ちか有力者になることがあったら、国民が海外にさまよいでて生活を立てようとする場合、きみの政府に働きかけて、もっとそうした人の世話をみるように仕向けてもらいたいもんですね。きみ自身の場合で移民についてわかったことを政府に知らせ、ちょっとした骨折りでどんな多くの苦しみがふせげるものかを、しっかりと教えてやってください!】
マークが船内で働き場所を見つけ、ぺヴァン氏のお金は手つかずで返すことができ、青年とマークはロンドンへもどってきた。

マーティン老人の弟とその悪たれな息子ジョーナスの物語も大層長いのだが省略。
ペックスニフの娘2人の物語もあるが省略。

マーティン老人を家に引き取ったペックスニフは老人が耄碌していると思い、遺産を手に入れようともくろむ。その上、メアリーと結婚しようとする。
メアリーに真実を告げられたトムは、それを知ったペックスニフにクビにされる。職場と家を失ってロンドンへ出たトムは、妹のルースが家庭教師をしている屋敷を訪ねて辞めさせる。ジョン・ウェストロックが親切にしてくれる。
(北川悌二訳 ちくま文庫 1150円)

2009年07月25日

チャールズ・ディケンズ「マーティン・チャズルウイット」(下)

トムとルースは下宿を見つけて二人で楽しく暮らすことにするが、トムは仕事を探さなければならない。ルースがプディングをつくっているときにジョンがやってきた。彼のところへ来た男がトムが職を求めているなら仕事をしてもらいたいというのだ。仕事場に行ってみると数千冊にのぼる本があり、散乱状態なのを整理するのが仕事だという。雇い主の名前を言わず、仲介者から毎週充分な報酬を受け取る。

青竜旅館にマーティン青年とマークがアメリカからもどってきてルービン夫人は大喜び。二人の留守中に夫人はメアリーの世話をしていた。二人はペックスニフの家へ祖父に会いにいくが、祖父はペックスニフの言いなりである。

トム、ジョン、マーティン青年、そしてマークの間はいろいろ誤解があったりしたものの解けていった。
トムはメアリーに恋していたが、そのときはもうメアリーとマーティンは愛し合っていた。トムは一生この傷を持ったまま生きていくことになる。
マーティンと話すトム、
【・・・粗末な服をまとった誠実の精ともいえるものになっていた——ありがたいことに、それは、しばしば、粗末な服を身につけているものなのだ!】

マーティンはジョンの忠告で、ペックスニフが設計したとされている大成功をおさめた文法学校の建物は自分の設計であると、理事たちに宛てて手紙を書く。

マーティン老人の弟とその悪たれな息子ジョーナスの膨大な物語についてはここに書かないけれど、その件が解決した後に、老人がペックスニフのところで計画を胸に辛抱していたことが明らかにされる。

ある日、トムが仕事をしていると階段を昇る足音がする。マーティン老人がやってきて雇い主は自分だったという。ここからは大団円にまっしぐら。関わりのあった人々を招いて老人が事実と自分の考えを話す。マークが手伝う。
マーティン青年とメアリー、ジョン・ウェストロックとルース、マーク・タップリーとルービン夫人の3組の結婚が決まる。

わたしは登場人物が幸せになる物語が大好きなので、最後のところを何度も読み返したが、巧みな技のディケンズは、トムのその後を静かに描いている。年よりも早く白髪が増えているトムはルースとジョン夫妻と離れずに穏やかに暮らしている。ルースの子でないほっそりした女の子が駆け寄ってトムの膝によじのぼり、頬をこすりつける。
(北川悌二訳 ちくま文庫 1150円)

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